初めての戦闘
「あ、わたくしも捉えましたわ!」
野犬までの距離が三百アーテムを切ったところで、シャロンの捜索にも反応があった。野良犬を探索条件にしたらしいが、うまく引っかかってくれたようだ。
「ここから北東に三百アーテムくらいですわね。私の探索範囲ぎりぎりですわ」
「どのくらいおるんや、そのわんこ」
「スカーレット様、そんな言い方をされると、相手がかわいらしい子犬に思えてしまいますわ。えっと、それで数ですわね。十匹ぐらい……ですわ」
「わん公の数ははっきりせんのか」
「カイルが言うと、途端に下品な響きがしますわね。ともかく、わたくしの捜索の精度ではこれが精一杯ですわ」
シャロンが探索できた時点で、俺達は一旦立ち止まってこれからどうするか作戦会議を始めた。五人の中でもっとも探索範囲の広いシャロンの捜索だが、捜索の精度については低い。そのため、曖昧な情報で話し合いをしなければならなかった。
ちなみに、シャロンが探索結果で野犬の群れを見た場合、各点が非常にぼんやりとしか見えないらしい。ちょうど近眼の人が遠くのものをみてもよく見えないというのと同じである。
シャロンの捜索に引っかかった時点で俺の探索結果は教えないことになっているので、ここからは五人でどうにかしないといけない。そのため議論にも力が入るが、情報が不足しているのでなかなか話がまとまらないでいる。
「とりあえず、大まかな方針を決めておいて、スカリーの探索範囲に入ってから再度話し合ったらどうかな?」
議論することはいいことだが、ずっと話し合っていても仕方ない。情報不足で話がまとまらないなら、まずは必要な情報を得られるように努力するべきだろう。
「ユージ先生の言うとおりですね。それじゃみんな、もう百アーテム近づきましょう」
ここから先は基本的にクレアが指揮を執ることになっている。かなり緊張しているようだ。しかし、本当にどうしようもないときは俺が助けることになっているので、そんなにちらちら俺の顔を伺わなくてもいいぞ。
「お、うちの捜索でも捉えたで。数は十一匹やな」
「今のところ動きはありませんわね」
野犬との距離が二百アーテムを切ると、今度はスカリーが探索できるようになった。こちらは高い精度で探れるので、足りなかった情報がもたらされる。
「十一匹か。結構多いな。それで、一ヵ所にかたまっているのか?」
「群れてるってゆう意味ではな。ただ、範囲魔法で仕留めるには、ちょっとばらけてるみたいなんやなぁ」
「ふむ。範囲魔法で一網打尽というわけにはいかないか」
アリーは、先制攻撃によって野犬の数を手っ取り早く減らすことを考えていたのだろう。ただし、それは厳しいとスカリーに返されてしまった。
「わん公はその場所から動いとらんのか?」
「一定の範囲内からという意味でしたら、先ほどから動いていませんわね。寝床なのかもしれませんわ」
今度はシャロンから情報がもたらされた。探索の精度が低いとはいえ、時間の経過による大まかな状況の変化くらいは調べられる。
今のところ、五人の範囲魔法では大きな戦果は期待できないが、一定の範囲内に十一匹の野犬はかたまっていることがわかっている。さて、これをどう攻撃するかだ。
「みんな魔法を使えるんだから、最初に魔法攻撃で相手の数を減らしましょう。こちらに気づいて向かってきたら、その野犬を優先に魔法で攻撃して、近づいてきたら前衛のアリーとカイルは接近戦に切り替える、っていうのはどうかしら?」
クレアがこのパーティでやれる最も効果的な戦い方を提案した。
「魔法を使って相手を圧倒するんか。ええやん、それ」
「ほほほ、そういう派手な戦いは、実にわたくし好みですわよ、クレア」
「私もそれで構わないぞ。カイルはどうだ?」
「俺の魔法攻撃って大して役に立つとは思えへんねんけど、それでもええんか?」
「うん。早めに魔法攻撃を切り上げてもいいと思うわ」
「そっか。それやったら、俺もその案でええで」
魔法に頼った遠距離からの制圧戦をするらしい。期待していた戦い方とは違うが、野犬の数が多いので遠距離戦から入るのは良しとしよう。
ただ、一点だけ気になることがあったので、それを指摘しないといけない。
「みんな、一度に三匹以上の野犬が突っ込んできたときはどうするつもりだ? 前衛はアリーとカイルの二人だけだから、三匹目以後は必ず中衛と後衛にも突っ込んでくるぞ」
奇襲が失敗したり、何匹かが前衛を避けて回り込んできたりする場合もある。しかし結局のところ、クレア、スカリー、シャロンが野犬と接近戦をする羽目になりそうになったときにどうするのか、ということだ。
「近づく前に魔法で対処するつもりなんやねんけど、うちらじゃ無理なんか?」
「獣の体裁きは人間が思っている以上に素早いから、避けられる可能性が高い。あと、仲間が射線にいたら同士討ちになる」
「うっ、それはいけませんわね……」
ひとりで戦っているわけではないので、常に周囲を気にしないといけない。だから、いつも派手な魔法を使えばいいというわけではないのだ。
「そこでだ。土属性の土壁を野犬の目の前に作ってひるませた後に、攻撃する方法を教えよう。これなら、焦って魔法を使っても仲間を巻き込むことはないからな」
「わたくし、土属性の魔法は使えませんわ、ユージ教諭」
「そうだったな。それじゃ、水属性の氷壁は使えるか?」
「そちらでしたら何とか」
その答えを聞いて俺は安心した。水壁の上位版だが操れるらしい。
「結局のところ、固い壁にぶつけて怯んだところへ攻撃をするだけだよ。さっきも言ったけど、これなら焦っても最初の魔法で誤射することはないし、動きの止まった野犬になら次の攻撃も当てやすいだろう」
ということで、壁を使った戦い方のこつをクレア、スカリー、シャロンの三人に教える。脇で聞いていたアリーとカイルも熱心に聞いていた。
これでようやく戦い方が決まった。後は近づいて攻撃するだけだ。途中で気づかれないように祈っておこう。
遠目に見て、十一匹の野犬はこちらに気づいていないようだ。寝そべっていたり、辺りをうろついていたり、他の野犬と戯れていたりしている。大きさは中型犬くらいか。
距離は大体五十アーテム程度だ。たまたま見つけた背の低い丘の裏手から、野犬の様子を観察している。
目視できる範囲でないと魔法で攻撃できないのでここまで近づいたが、生い茂る木などが障害物となって射線が限られてしまう。もっと近づければよかったのだが、これ以上は野犬に気づかれてしまうために無理だ。
そうそう、実際に攻撃地点までやってきて、いくつかの問題が発覚した。
ひとつは、今言ったように射線が限られてしまうため、魔法で攻撃できる人数が限られてしまうことだ。開けている場所なら他にもあるが、今度はここほど近づけない。攻撃できるのは四人までなので、アリーとカイルは接近戦になるまで待機ということになった。
もうひとつは、カイルの魔法攻撃の射程範囲が三十アーテム程度だということが、直前になってわかった。全員すっかり失念していた。今回は接近戦のみ担当することになったので大きな影響はないが、今度からはきちんと覚えておいて作戦を立てないといけない。
自分達の能力と地形を考慮して作戦をその場で修正すると、いよいよ攻撃の開始だ。
「我が下に集いし魔力よ、氷となり貫く刃となれ、氷槍」
「我が下に集いし魔力よ、大地より出でて貫く牙となれ、土槍」
「「我が下に集いし魔力よ、風の刃となり我が元で舞え、風刃」」
俺、クレア、スカリー、シャロンの順に攻撃魔法が野犬に向けられて打ち込まれてゆく。
片膝をついて待機しているアリーとカイルの頭上を四つの魔法が飛び抜ける。
そして、約二十アーテム先にある木々のカーテンの隙間を縫って野犬に到達した。
氷槍は、寝そべっている野犬の腹を地面に縫い付けた。
土槍は、地面に鼻をつけて何かを探していた野犬の前足を吹き飛ばした。
風刃のひとつは、戯れている野犬の一匹を真っ二つに切断し、もうひとつは驚いた野犬が反射的に退いたせいで外れた。
四つの魔法は、野犬二匹を殺し、一匹を瀕死の重傷に追い込んだ。
動ける残り八匹は突然の凶行に驚き慌てた。しかし、さすが野生の動物というべきか、外れた魔法が地面を抉り、死にかけた仲間の泣き声のする中、どこから攻撃されたのかすぐに探ろうとする。
俺達四人は再度同じ魔法で攻撃を加える。間にある木々のカーテンが射界を極端に狭めてくれるのが恨めしい。
こんなときは水属性の雹などの範囲魔法を使って確実に仕留めるのが一番だが、途中にある木々のせいで威力が減殺されてしまうので効果が薄い。他にも土属性の土石散弾は相手の真下から射出できるので確実に仕留められるが、使ったら最後、三々五々に散って逃げるのがわかっているので使えない。
二回目の魔法攻撃では一匹を行動不能にした。やっぱり命中率は下がるな。
無傷の七匹のうち、二匹がこちらに気づいた。そして、一声鳴くとこちらに突撃してくる。少し遅れて五匹もついてきた。
「抜剣!」
「よっしゃ!」
クレアの号令と共に鞘から剣を抜くアリーに続いて、カイルも同様に片膝をついたまま構える。まだ動かない。
野犬は二匹を先頭に突撃してくる。
しかし、二十アーテム先にある木々が進路を三ヵ所に限定してくれる。
俺達は、その進路を飛び出してくる瞬間を狙ってもう一回魔法で攻撃するつもりだ。
最初の二匹がまず突っ込んできた。左側と中央からだ。
「「我が下に集いし魔力よ、氷となり敵を穿て、雹」」
まず迎撃したのは俺とクレアである。最初の攻撃では使えなかった雹だが、今度は非常に有効だ。
発動と同時に掌から飛び出した多数の雹は、狙ったとおりに限定された進路全体を覆う。俺の雹は中央の進路、クレアは左側である。
「「ギャン!!」」
甲高い鳴き声が二つ同時に響く。避けられなかった野犬がまともに雹を受けたのだ。突進する勢いはある程度保ったままこちら側へ転がってきて、前衛の数アーテム先で止まる。片方は痙攣を繰り返し、もう片方は全く動かない。
続いて、一瞬遅れて五匹の野犬が左側、中央、右側、中央、右側の順に次々と通路から飛び出してくる。
左側から飛び出してきた野犬はスカリーが担当し、これを仕留める。一方、最初に右側から出てきた野犬はシャロンが担当したが、攻撃魔法が上方に外れてしまった。これで残り四匹だ。
この時点になって、アリーとカイルは初めて動き出した。
アリーは野犬を充分に引きつけると、自分めがけて飛び上がった野犬を右移動して躱しつつ、左横を通り過ぎようとした野犬の口に、水平にした黒い長剣を当てた。すると、野犬はまるで薄い紙でも裂くように、上顎と下顎を境に上下真っ二つとなる。そして、その二つの塊が後方へと流れていった。
どう見ても普通の長剣じゃないな、あれ。魔法を使ったわけでもないのに切れ味が良すぎる。
一方、カイルは自分に向かって飛び込んできた野犬に対して、その頭めがけて長剣を思い切り振り下ろした。狙い過たず剣は野犬の脳天へとめり込む。しかし、絶命しながらも飛び込んできた野犬の勢いを殺しきれずに追突されてよろめいていた。
残る二匹は前衛の二人を迂回して、その後方へと突っ込んできた。
アリー側から回り込んできた野犬は、アリーが二枚に下ろした野犬を短い悲鳴をあげながら避けていたクレアに向かう。体制の崩れた人間を狙うとはなかなか賢い。
思わず隊列から外れてしまったクレアが野犬に気づいたときは、既に彼我の距離は五アーテムを切っていた。全速力で走っている野犬相手にもう呪文を唱えている暇はない。
「この!」
そんなクレアは、とっさに鎚矛を振り上げて、飛びかかってきた野犬の脳天にそれを思い切り叩き込む。すると、大きな悲鳴と共にそのままクレアの胸元へと飛び込んでいき、どちらも転倒した。あ、まずい。
「スカリー、シャロンを支援しろ!」
「え? あ、うん!」
俺の指示に頷いたスカリーを横目に、俺は咄嗟にクレアの元へ駆け出した。
近くに寄ると、野犬を蹴り上げてクレアの顔をのぞき込む。
「おい、大丈夫か?!」
「え? あ、はい!」
いきなり俺の顔が現れて驚いたクレアだったが、無傷のようなので安心する。
今蹴り上げた野犬は、クレアの一撃で痙攣していた。もう長くはないだろう。
最後の一匹は、俺がクレアに向かったことにより、自動的に標的をシャロンに定めた。
緊張した表情のシャロンが迎撃する。
「我が下に集いし魔力よ、氷をもって我が盾となれ、氷壁」
自分に向かって飛び上がったところで、シャロンは氷壁を発動させた。すると、目の前に氷の壁が現れる。
それと同時に野犬が氷の壁にぶつかった。余程痛かったのだろう、盛大な悲鳴と共にはじき返される。
「我が下に集いし魔力よ、大地より吹き出し敵を穿て、土石散弾」
その弾かれた野犬を、すかさずスカリーが土石散弾で仕留めた。魔法の発動共に野犬直下の地面から爆発したかのように土や石が撃ち出される。再度大きな悲鳴をあげた野犬はそのまま絶命した。
「はぁ、終わった」
結構危ない場面があってひやりとしたが、どうにか野犬を全て倒すことができた。俺は全身の力を抜く。
多少数が多くても野犬なら何とかなると思っていたが、これはちょっと危ないな。次からは気をつけよう。