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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
2章 小森林への遠征
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初めての探索

 「なんだか、頭が重くて仕方ありません……」

 「クレアもかいな。うちも頭がふらふらするわ」

 「冒険がこんなに厳しいものだなんて、思いもしませんでしたわ」

 「なんやすっきりせぇへんのは確かやなぁ」


 ウェストフォートを出発して二日目の朝、俺の予想通り寝不足の者が続出している。


 外套を使っているとはいえ、地面に直接寝ているせいで寝心地が悪い上に、やっと眠りについたと思ったら起こされるのだからたまらない。俺だって慣れているだけで寝不足なのは同じだ。


 「アリーは平気そうだな」

 「夜間歩哨と地面で寝る訓練は受けていますから」


 ライオンズ学園では一体どんな授業を受けていたんだろうな。機会があったら聴いてみることにしよう。それよりも今は目の前の授業だ。


 とりあえず朝ご飯を作って食べることにする。食欲がなくてもある程度食べておかないと体が持たない。


 「みんな、食べながら聞いてくれ。今日は一日ずっと森の中を歩いて一泊する。昨日までと違って今日は死ぬ危険性があるから、それを忘れるなよ」


 俺も支援するから実際はまず死なないはずだが、絶対はない。特に緊張感なく嘗めた態度で森に入ったときは危ない。だから、大げさに言ってでも緊張感を持たせないといけない。


 いつもと違って真剣な様子を感じ取った五人は、俺の言葉をしっかりと受け止めてくれたようだ。


 「よし、それじゃ次の話だけど、隊列をどうするか決めよう。俺としては、前衛、中衛、後衛に各二人ずつにしようと考えている」

 「前衛と後衛で三人ずつはあかんのでっか?」

 「森の中だと、進行方向に対して横長な場合、個人の歩幅や地面の地形によって隊形が崩れやすいんだ。他にも、遮蔽物が多すぎてばらばらになる可能性もある。平地なら中衛抜きでもいいんだけどな」


 説明を聞いたカイルは納得してくれた。


 「では、誰がどこを担当するのでしょうか、師匠」

 「前衛がアリーとカイル、中衛が俺とクレア、後衛がスカリーとシャロンだな」


 俺が前衛に出てもいいんだが、司令塔として動くことも考えると、中衛というのが妥当だろう。


 「それですと、背後から襲われたときが危険ではありませんか?」

 「なら、アリーならどうする?」

 「スカリーとシャロンのどちらかをクレアと交代させます。クレアなら一時的に戦士的な働きが期待できますから」

 「治療の中核を危険に晒す前提ってゆうのはまずいんとちゃうか?」

 「スカーレット様のおっしゃる通りですわ。どうせならユージ教諭と交代してはどうかしら?」

 「いっそのこと、思い切って中衛の二人と後衛の二人を入れ替えたらどうかな?」

 「一番危険なんは前衛やさかい、なんかあったときにすぐ指示がほしいから、ユージ先生には中衛にいてほしいんやけどな」


 アリーとの問答をきっかけに、全員が話しに参加してくる。それぞれの立場と戦術論により隊形の案はいくつも出てくる。こういった議論はためになるから、機会があったら積極的にするべきだろう。特に今は授業なんだから、いくらでも時間をかけられる。


 そうしてある程度煮詰まってくると、クレアが俺に質問をしてきた。


 「ユージ先生。どうして先生は中衛を先生と私にしたんですか?」

 「俺の場合は、基本的に前衛が一番危険だから、それに対応するためだよ。小森林でもこの辺りだとそんなに獣も多いわけじゃないから、後ろから襲われる危険性は低いと考えているんだ」


 どうせ全ての状況に対処なんてできないんだから、一番可能性の高いことに対応できるようにするべきだろう。


 「そうですか。それなら、私は師匠の案に従います」

 「ある意味一番基本的やもんな。うちもそれでええよ」

 「背後が少し気になりますが、スカーレット様がそうおっしゃるのなら」

 「わたしもユージ先生の案に賛成です」

 「よっしゃ! 決まりやな!」


 ようやく六人の配置が決まった。

 結局俺の案に落ち着いたわけだが、良い議論ができたと思う。時間が許すなら、今後も繰り返しやっていきたい。




 朝ご飯の後片付けを終えた俺達は、隊列を組んで森へと入っていく。


 現在は五月後半なので平野だと過ごしやすいが、森の中に入ると状態ががらりと変わる。植物の発する水気と半密閉空間を作り出す生い茂った木々の枝葉のせいで湿っぽくなるのだ。それも単に水分が多いというのではなく、生木の香りをほんのりと漂わせている。まるで、小森林という生き物の中に入ったかのようだった。


 「なんや、微妙に息苦しいな」

 「そうですわね。それに、まるで見えない何かがまとわりついているようですわ」

 「動くといつもより空気を感じるんやろ? うちもやわ」


 後方からスカリーとシャロンの話す声が聞こえてくる。初めて森の中に入ったのだから、この平地とはまた違った感覚に戸惑っているようだ。


 今の俺達の隊列は、前衛の右がカイル、左がアリー、中衛の右が俺で左がクレア、後衛の右がシャロンで左がスカリーという配置になっている。前衛、中衛、後衛の間隔は大体三アーテムだ。


 この編成にはきちんと意味がある。今回は前衛に合わせて配置した。


 カイルは攻撃されると回避行動を取ることが多いが、そのとき場合によっては前衛を敵に突破される可能性がある。そうなると中衛で受け止める必要があるから、俺が背後にいるのだ。また、俺の背後にいるシャロンは一発の威力は大きいが誤射する可能性がある。だから、回避能力の高いカイルを支援させているのだった。


 一方、アリーは敵を受け止めて戦うことができるので、その背後にクレアを配置している。そして、後衛のスカリーは正確に魔法攻撃できるので、カイルほど回避能力が高くないアリーの支援をさせるのだ。


 今回、俺は自分の捜索サーチの結果を五人には伝えないことにしている。できるだけ五人でどうにかしないと訓練にならないからだ。そのため、スカリーとシャロンで広域を定時観測し、クレアが戦闘時に周囲の警戒をするという役割を担当することになっている。


 俺の位置づけだと、このパーティの司令塔はクレアで、参謀がスカリー、前線指揮官がアリーといったところか。


 歩く速度はいつもの半分以下と指示している。どうせ歩みは遅くなってしまうからだ。


 というのも、湿気が籠もった重い空気も嫌なものだが、何しろ足場が悪い。木々の密度が高いということは、あちこちに張った根が冒険者の脚を取ろうとする。まっすぐ歩けないというのはそれだけで辛い。


 その上、周囲を警戒しながら進まないといけないので尚更大変だ。


 「歩くだけで結構疲れんな。こりゃたまらんわ」

 「周囲を警戒しながらというのもあるからな。私も同じだ」


 まだスカリーとシャロンの捜索サーチは大して役に立たないため、その分だけ目視の警戒の重要性が高くなる。それだけに、前を進むアリーとカイルの負担は大きかった。


 「これって、本当にまっすぐ歩けているのかな……」


 しっとりと汗をにじませたクレアが不安そうに呟く。


 何しろ、文字通り林立した木々がまっすぐ歩くことを邪魔している。更に青々と生い茂った枝葉で天をくまなく遮られているので、太陽を使った位置の確認ができないのだ。方位磁石も一応あるが、これは過信するなと講習会で習っていた。場所によっては全く役に立たなかったり微妙におかしかったりするからだ。


 今回は、ひたすらまっすぐ東に進むだけという指示をみんなに出している。しかし、そのまっすぐに進むというのが森の中では難しいということを、全員が思い知らされているようだった。


 ちなみに、俺の捜索サーチで検証した結果、平均して一時間当たり五十アーテム程度北にずれていっている。つまり、パーティ全体がアリーの行動に引っ張られすぎているということだ。


 一時間ごとの休憩のときだったが、シャロンが周囲を見ながらぼそりと呟いた。


 「この虫除けの香水、本当に良く効きますわね」


 二百年前の魔王討伐のときにもこの小森林に入ったが、そのときライナス達を苦しめたもののひとつが羽虫の来襲だった。当時は臭いのきつい虫除けの香木しかないせいで、獣や魔物に襲われないようその香木を使うのを諦めた。しかし今は、それよりも臭いがましな香水があるので利用している。獣や魔物が臭いをかぎつける可能性は依然としてあるが、これなしだと恐らくスカリーとシャロンは耐えられないだろう。


 「たまに虫が近くまで寄ってくるけど、すぐ逃げていくものね」

 「これがなかったらと思うと、ぞっとするわ」


 ああ、やっぱりスカリーは無理っぽいな。

 まぁ、この近辺ならまだましだな。南側になると更に悲惨なことになるが。




 「なぁ、スカリー、シャロン。俺らの相手になりそうな獣って、まだ見つからへんのか?」

 「それがさっぱりやねんなぁ。ずっと前におとーちゃんの狩りについていったことがあるんやけど、そんときはもうちょっと獣と遭っとったのに」

 「そりゃ勢子がおったからやな。俺も親の狩りについてったことがあるさかい、わかるわ」

 「ユージ教諭、狩りなどで見かけた獣と同じ種類でしたら、捜索サーチでわかるのですわよね?」

 「うん、同種ならわかるよ」


 俺達は昼ご飯を食べながら朝の探索を振り返っていた。真東に直進するだけとはいえ、捜索サーチをかけながらなら獣の一匹くらいは見つけられると楽観していた五人だったが、予想に反して今のところ遭遇していない。


 シャロンなどは不安になって捜索サーチの能力について確認してきたが、その認識で間違いない。つまり、今のところ魔法でも目視でも対決できるような相手とは遭遇していないのだ。


 敵と戦うと意気込んで森に入った五人にとっては、これは予想外の事態だった。もっと頻繁に獣と出会うと思っていたらしい。しかし、実際はこんなものだ。獣や魔物が密集している場所もあるが、そうでなければ早々に出会うものではない。逆に、遭いたくないときほどやたらと出会ってしまうものでもあるが。


 ちなみに、スカリーの探索範囲は二百アーテム程度で、シャロンは三百アーテム程度である。実はこの範囲に猿、狼、熊が入ったことがあったのだが、二人は気づいた様子がなかった。ということは、二人ともどれも実物を見たことがないということだ。俺のだと五百アーテムの範囲に鹿、猿、狼、猪、野犬、熊、狐、狸、虎と実に多彩な獣が行ったり来たりしているのだが、捜索サーチに引っかからないということはこういうことである。


 「それにしても、何もないのに警戒し続けるっていうのは、思った以上につらいわね」

 「そうだな。成果なしという事実が時間と共に重くのしかかってくるからな。私も知っているとはいえ、これはきつい」


 焦らず落ち着いて事に当たれとよく言うが、成果がないときほどこれはやりにくくなる。どうしても気が焦ってしまうからだ。こんなときは、些細なことでも失敗しやすい。


 こうしてあまり敵と出会わないというのは織り込み済みである。何しろ敵になりそうな獣や魔物の密度が小森林の南側よりもずっと低いことを、俺は知っていたからだ。


 「なぁ、先生ぇ。これも授業の一環なんやろうけど、もうちょっとどうにかならへんの? このままやと、うちらの捜索サーチにはなんも映らへんままやん」

 「そうですわ。もしかして、既にわたくし達の捜索サーチの範囲にも何かがいるかもしれませんわね」


 全員が俺の方を見る。うーん、どうしたものか。


 「みんな、森の中を歩くのは慣れたか?」

 「それなら大丈夫でっせ。俺はもう慣れましたわ」

 「大体森の感触は掴めました。後は実際に戦ってみるだけです、師匠」

 「そうですね。わたしも早く戦ってみたいです」


 クレアまでがやる気あふれる意見を返してきた。

 本当ならこのまま放っておこうかと思っていたが、この様子なら一度俺が誘導した方がいいかもしれない。


 「わかった。それなら昼からは俺が誘導する」

 「「やったぁ!」」


 スカリーとカイルが声を上げて喜んだ。他の三人も同時に笑顔になる。

 俺としては今日一日くらいは空振りのままでもいいかなと考えていたが、下手に遭遇戦をするよりもましだと考えを改めることにした。


 昼ご飯を食べ終わると、俺は捜索サーチをかけて周囲の様子を調べてみる。五百アーテム先に野犬の集団がいる。俺はこれを最初の相手とすることにした。


 「よし、最初の相手を決めたぞ」

 「どんな相手なんでっか?」

 「野犬だ」


 俺の返答を聞いた五人は何ともいえない表情を浮かべる。まぁ、森に入って最初の敵が野犬だもんな。せめて小鬼ゴブリンくらいは期待していただろうし。


 「師匠、小森林の野犬とは、どういったものなんでしょうか?」

 「他の地域の野犬と基本的に変わらないよ。一回りくらい大きいくらいかな」

 「わたしなんかですと、街にいる野良犬を想像してしまうんですけど、やっぱり違います?」

 「警戒心が強くて凶暴だな。それに賢い。あと、一番厄介なのが群れていることだ」


 一匹、二匹くらいならこの面子だと問題ないが、それが十匹、二十匹となるとその状況は全く変わってくる。


 「ただの犬っころってなめてかかったら返り討ちにあうんか」

 「魔法で焼き払ってしまえばよろしいのではなくて?」

 「シャロン、あんたは森を火事にする気かいな。火の魔法は使ったらあかんねんで」

 「あ」


 シャロンはスカリーに指摘されて気づいたようだ。このあと注意しようと思っていたことだが、注意事項がひとつ減る。


 「野犬やからゆうて、油断できんわけでんな。最初はなんでかって思いましたけど、先生の話を聞いてようわかりましたわ」


 カイルの言葉に他の四人も頷いた。


 全員が納得したところで俺は野犬がいる方向を示す。そうして、パーティ初の敵目指して俺達は歩き始めた。

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