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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
2章 小森林への遠征
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模擬冒険開始

 小森林に向かう日がやって来た。魔法学園を出発した日と同じように、俺達六人は完全装備で東門に立っている。


 「みんなも思っているだろうが、やっとここまで来たな。皆さんお待ちかねの冒険をこれから始める」

 「やっとやぁ! この日をどんなに待ちわびたことかっ!」


 感慨深く力一杯力んでカイルが叫ぶ。脇を通り過ぎる他の冒険者に笑われるからやめてくれ。


 「師匠。昨日の説明では、今日はこの旧王国公路沿いにまっすぐ東へと進んで、森の手前で北上し、そして日没前に野営するんですよね」

 「そうだよ。スカリー、真東にどれだけ進んだら森に着くんだっけ?」

 「約二十四オリクやったな。うちらの脚やと五時間くらいやから、昼頃には着くはずや。北上するのも同じくらいの予定やね」

 「シャロン、どうして最初から東北に向かって進まないんだった?」

 「小森林の南北を大まかに分ける指標の旧王国公路が、森のどの位置とぶつかっているのかを知るためですわ」

 「クレア、どうして今日は森に入らないんだ?」

 「完全装備で平地を歩く感覚を知っておくためと、森の中の魔物を避けるためです」

 「カイル、今回冒険者ギルドの依頼を引き受けていない理由は?」

 「依頼達成を焦って危険なことをせんようにですわ。ちゃんと覚えてまっせ!」


 返ってきた回答に満足して俺は頷いた。うん、五人とも俺の教えたことをきちんと覚えているようだ。


 今回の目的は課外戦闘訓練として小森林で戦うことだ。そして、それに付随させる形で、冒険者として必要なことを学ばせることにしている。更に、それ以外の余計な問題となりそうな事柄を少しでも減らすことにした。その結果が、これである。


 「よし、みんなちゃんと覚えているようだな。それじゃ出発する」


 俺の宣言に五人が元気よく返事をする。

 それを見てから、俺は旧王国公路沿いに歩き始めた。




 都市の近辺はどこであっても安全だ。周囲は平地で見晴らしはいいし、何より同業者の冒険者が点在している。こんなところに盗賊や犯罪者は堂々と現れない。


 そのため、今はまだ歩くときの隊形については指示をしていない。いつも通り思い思いに歩いている。


 俺達の出で立ちは、革の鎧や旅装に背嚢を背負っているというものだ。そのため背中が少し重い。外套は巻いて背嚢に括り付けている。これは夜には毛布代わりとなるので重要だ。身につけている物で一番うるさいのは鞘を留めている金具だろう。あと、慣れないと武器が脚に当たって地味に痛いとカイルがぼやく。金具の調整がうまくできていないみたいだ。休憩時に再調整してやるか。


 ウェストフォート一帯にははっきりと四季はあるものの、雨季がないので年中同じように活動できる。


 今回の遠征は四日間の予定だ。今日は平地をずっと歩いて一泊、翌日は森の中を歩いてそこで一泊、更に翌日は森の外に向かって歩き、最終日に街へ戻る。


 課外戦闘訓練と銘打っているが、小森林で活動する以上、まずは森に慣れないといけない。そのため、今回は俺の内心の方針としては、森の中を歩くだけでもいいと思っている。みんなは不満だろうけどな。


 旧王国公路沿いに歩いているときは、これと言って何もなかった。往来する冒険者をたまに見かけるくらいだ。他には、今は使われなくなったこの旧街道を見て、五人が少し昔に思いを馳せていたことくらいか。実際に使われていたときのことを知っている俺とは、世代どころか時代単位で隔世の感がある。


 昼頃、小森林の際までやって来た。旧王国公路はそこで完全に途絶えている。土に埋もれ、木の根に掘り返されているその様子を見て、五人は絶句していた。


 「よし、ここで昼ご飯にしよう。調理器具と保存食を出して」

 「はぁ……やっとメシやぁ」


 腹の底から絞り出されたカイルの言葉に俺は苦笑する。こういう冒険先での楽しみは限られているので気持ちはよくわかる。


 調理器具といっても個人が携帯できる程度の物なので大したことはない。長さ二十五イトゥネックの鉄の棒を四本使って二十イトゥネックの四角形を組み立て、更に四本の棒を地面に突き刺した上に備え付ける。棒には、棒同士をはめ込む凹凸があったり、でっぱりがあったりするので簡単には外れない。そしてその上に、平べったいフライパンや小さい鍋を乗せて使うのである。調理器具はこれだけだ。


 次に水をどうするのかというと、これは魔法を使う。何しろ六人中四人が水属性の魔法を使えるのだから、これを利用しない手はない。隣にある森で落ち葉と小枝を集めて、それを水属性の魔法である水吸収ウォーターアブソービングで強制乾燥させ、火打ち石で着火する。


 調理器具は土属性の魔法で作らないのかという疑問が湧くかもしれないが、使わない理由はある。今回は魔法をできるだけ使わないでやりくりするためであり、実用に耐えうる調理器具を作るためには精度を高める必要があるが、これには意外と多くの魔力が必要になるせいでもある。


 水吸収ウォーターアブソービングを使ったのは、待っている時間が惜しいので仕方なく使ったのだ。


 そして、用意したフライパンと鍋で何をするのかというと、フライパンでは干し肉を暖め、小さい鍋にはウォーターの魔法で水を張って、細かくちぎった固いパンと干し肉、安い香草などを入れてかき混ぜる。


 「うっ、水っぽい上に味がばらばらやな」

 「冒険者は、いつもこんな物を食べているんですの?」


 鍋の料理を小皿にとって口にしたスカリーとシャロンは、早速感想を口にした。黙っているクレアの表情も渋い。

 うん、味を調えるっていうのは本当に大切だと思う。


 「個人で持って行ける量ってのは限られているからな。牛や鶏の骨、すじ肉、それに野菜なんかがあれば、もっとまともな物を作れるんだけど、普通はかさばるから持ってこないし。これが限界なんだ」

 「食べられるだけましと言うことなんですね、師匠」


 一方、以外にもアリーは平然としている。どこかで経験済みということなのだろうか。

 ちなみに、カイルはひたすら食べている。貧乏とはいえ貴族出身な割に随分とたくましい奴だ。


 一部にとっては衝撃の昼ご飯が終わると、俺はそのまま真東へと進んで五人を森の中へと連れて行く。見せたいものがあるからだ。


 いくらか入ったところで足を止めると、地面を指さす。


 「森のように視界が極端に悪いところで活動するときは、何か目印になるものを見つけておくことが重要だ。今回の小森林の場合だと、この王国公路跡がそうだ。かつて小森林を東西に貫通していたから、こうやって地面にその残骸が見える」


 俺達の足下と周囲には、かつての石畳のかけらがあちこちにあった。五人もその様子を眺める。


 「もし、森ではぐれて迷った場合、方角を確認できるのならば東の平野か南のこの街道跡を目指せ。そうすれば迷うことはない」


 その方角を確認するのが難しいわけだが、教えられることだけでもしっかりと伝えておかないといけない。


 全員が充分に確認できて納得したのがわかると、俺は再び西へと進んで森の外へと出た。




 今度は小森林と平地の境に沿って北上する。沼や川などはないので進むことはできるが、人の腰程度までの高さしかない草木が一面に広がっているので思ったよりも足が取られる。これが森の中だと木とその根や腐葉土に足を取られるので似たり寄ったりだ。


 それでも森の外側を歩いているのは視界が広いからだ。魔物はもちろん、獣だからといって油断できる相手ではない。木陰に潜んでいて突然襲ってくることだってある。そのため、取れる安全策は徹底して採るべきだろう。


 半日も北上すると、北に続いていた森との境は西へと緩やかに折れ曲がっている。小森林は旧王国公路から北上するほどに末広がりとなっているのだ。これが北限の中央山脈まで続いている。


 日差しに赤い色が混ざってくる頃には、境界線が目の前にせり出してきて西へと延びている。この辺りで、俺はみんなに歩くのを止めるように告げる。


 「今日はこの辺りで野営する。みんな、森の方へ行くぞ」


 五月とはいえ、吹きさらしの場所で寝ると体が冷える。それよりも、まだいくらか雨風がしのげる森の入り口付近で寝泊まりすることにした。野生動物の襲撃が恐ろしいが、それは不寝番と魔法で対応する予定だ。


 「ユージ先生、この辺りなんかええんとちゃいます?」

 「お、いいところに目をつけたな。よし、ここにしよう」


 野性に目覚めたのか、カイルがいい仕事をする。学校では勉強を教えてもらうなどみんなに頼る場面が多かったが、ここに来て活躍しつつある。


 カイルの見つけた場所に集まった五人は、荷物を下ろして夕飯の支度を始める。


 俺はそれを見ながら、捜索サーチの魔法をかけた。周囲に魔物と獣がいないか確認するためだ。前世からも含めると、この小森林で活動する生き物にはたくさん出会っているので、知っているものは全て探索対象とした。その結果、周囲五百アーテムには害となるものは何もいないことがわかる。


 できれば他の五人にもやってもらいたいが、今日初めて森にやって来たみんなでは捜索サーチをかけても大した結果は得られない。とりあえず、やり方だけ教えておくにとどめた。


 そして、今晩最大のイベントである不寝番の順を決めておかないといけない。実に面白味がない上にひたすら眠いという酷い役目だ。しかし、やらないというわけにはいかない。


 「それで、どうするのん、先生?」

 「そうだな。俺、アリー、カイルはばらばらにして、他の三人がこのうちの誰かと組むようにしようか」

 「まぁ、スカーレット様と別れてしまいますの?!」

 「なんか俺がスカリーとの仲を引き裂いているみたいな言い方だな。理由はちゃんとあるぞ。前衛と後衛で二人一組にするためだよ」


 体力仕事ができる三人がどの時間帯にでも起きているようにして、他の三人が魔法で補うというのが理想だろう。


 全員で話し合った結果、俺とクレア、アリーとシャロン、そしてカイルとスカリーの組が誕生した。魔法の苦手なカイルが魔法の得意なスカリーと、近接戦闘が得意なアリーは後方支援特化のシャロンと、そして残ったクレアが俺と組むことになった。いい組み合わせだと俺は思う。


 見張りは一組二時間交代だ。今の時期だと日没から日の出まで大体十二時間くらいあるから一組二回となる。不公平なく不寝番をすることになるのは結構なことだ。


 しかし、この不寝番の問題はそこではない。睡眠不足である。順当にいけば一組目と三組目は四時間睡眠が二回、二組目は二時間睡眠が二回と四時間睡眠が一回、というように寝る時間がぶつ切りになるのだ。これは慣れないときつい。今回はそれを体験してもらうのも授業の一環だ。ちなみに、時間は持ってきた砂時計で計る。


 今晩は、最初にカイルとスカリーの組、次に俺とクレアの組、最後にアリーとシャロンの組にした。俺は慣れているから一番きついところにしたわけだが、そのせいでクレアが割を食う形になってしまった。悪いがやむを得ない。


 不満の残る夕飯が終わると、辺りはほとんど暗くなっていた。街中ならともかく、こんな何もないところではやることもない。


 「不寝番以外は寝ようか。全員、虫除けはしっかりかけるんだぞ」

 「こんなに効果があるとは思いませんでしたわ」

 「これ自体も少し臭いですけど、虫にたかられるよりはずっといいですからね」


 虫除けの香水を背嚢から取り出しながら、シャロンとクレアは神妙に呟いた。


 そう、こういう自然あふれる場所で厄介なのは魔物や獣だけではない。虫も大変な障害だ。虫除けがなかった頃は我慢するしかなかったが、虫除け香水が発明されてからは、森への侵入がかなり楽になった。何しろ、単に鬱陶しいだけでなく、卵を産み付けてきたり、病気を運んだりするからだ。全く油断ならない。


 この虫除けの香水、臭いは煙草に似ているが、原材料が植物という以外は知らない。手ごろな価格で売られているということは、栽培されている可能性がある。


 ともかく、その虫除け香水を振りかけて、カイルとスカリー以外は横になった。これで朝まで虫は怖くない。


 俺は、明日の朝にみんなが寝不足を訴えることを予想しながら、すぐに眠りに落ちた。

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