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教師へのお誘い

 異世界転移や異世界転生をして冒険者になるっていう流れは、常識と言っていいほどの形だと思う。そしていろんな冒険を繰り返し、極端に強くなってその枠組みから外れてゆくのも必然と言えるくらいだ。理不尽なまでの能力を最初から、あるいは短期間で身につけることに言いたいことはあるが、そんな能力を持ってしまった以上、普通の組織に収まらなくなってしまうのは理解できる。


 俺の場合、最初に転移したときは魂だけがこちらにやって来たせいもあって、そもそも異世界転移や異世界転生の常識さえも当てはまらなかった。何しろ有り体に言えば幽霊だったもんだから、そのままだと人間社会にすら入れない。それが前世の俺だった。


 しかし今回、ようやくこの世界で人として生まれ育つことができた。いやぁ、フォレスティアで剣から出たときは消滅するものとばかり思っていたけど、次に気がついたら赤ん坊だったもんな。自分がまともに転生したことにしばらく驚いたよ、いろんな意味で。


 ただし、だからといって幸せというわけではなかった。

 まず、姿形は日本人のときと同じで、俺の生まれ育った地方の村だと珍しかった。そのせいで両親と村人から嫌われてしまう。遺伝子なんてものも当然知らないから、浮気の子とか化け物とか呼ばれてた。まぁ、金髪碧眼の親子から黒髪黒目の子が生まれてきたんだもんな。


 普通なら周囲からこんな扱いを受けると、子供の性格がひねくれてもおかしくない。けど、幸い俺は前世の記憶と能力をそのまま引き継いでいたので、大人な対応をして躱したり、村の外で一人活動していた。それで更に嫌われたけど。


 ともかく、早めに村から出て独り立ちしようと色々準備をしていたわけだ。最低限食わせてくれたことには感謝してるけど、扱いは酷かったからな。さすがにさっさと出て行きたかったんだ。本当なら十二歳くらいで村を出て冒険者になるつもりだった。


 ところが、俺が八歳の頃に疫病が周囲一帯の村々に流行ってしまう。俺のいた村の近辺は特に酷かったらしく、村で唯一生き残ったのが俺だけだった。そこで予定を繰り上げて、俺は都市に流れ着くことになる。


 この後は、年齢をごまかして冒険者になったり、幼い外見の割に能力が高くて怪しまれたりと、地味な苦労を重ねてきた。今現在は二十歳だが、申告年齢だと二十代後半だ。生きるために必要だったとはいえ、今ではさばを読みすぎだと自分でも思う。


 「あいつ本当に来るのかなぁ」


 暇に飽かせてこれまでの人生をぼんやりと振り返っていたけど、いい加減飽きてきた。そもそも冒険者になる以前なんて良い思い出がほとんどないんだから、思い出しても気が沈むだけだった。失敗したな。


 で、俺は今何をやっているのかというと、人を待っている。冒険者ギルドの受付カウンターと依頼書が張り出された掲示板群の間にある、休憩所の椅子に座ってだ。目の前にあるテーブルの下には自分の荷物を置いている。数日前に仕事を探しに冒険者ギルドへやって来たら、俺宛の手紙が届いていて会いたいと書かれていた。


 これが正体不明の人物だったらまだ美人の差出人を期待できるんだけど、残念ながら相手は男だということを俺は知っている。以前何度か一緒に仕事をしたことのある男の魔法使いだ。


 うん、わかってた。生まれてこの方、美人や美少女どころか、ろくに女と付き合いなんてなかったんだから、今更女っ気なんて期待できるわけないよな。でも、手紙を受け取ったときに少しだけ期待してしまったのは悪くないと思うんだ。


 なんて直近の悲しい思い出に浸っていると、向こうからにこやかにこちらへと向かってくる魔法使いを視界に捕らえた。モーリスだ。




 「よぉ、久しぶりだなぁ。独りぼっちロンリーボーイ

 「いきなりだな、おい」


 テーブルを挟んで俺の正面にある椅子に座ると同時に、モーリスは上機嫌な様子で挨拶代わりに俺のあだ名を言い放つ。くそ、最近はあまり言われなくなったってのに。


 独りぼっちロンリーボーイなんて呼ばれている理由は、そのあだ名の通り、一人で依頼をこなしていたからだ。けど、最初から一人で仕事をしようとしていたわけじゃない。何とか歳をごまかして冒険者になったばかりの頃に、組んだ相手に次々と騙されそうになったり、法外な上前をはねられそうになったり、売り飛ばされそうになったりしたのが原因だ。前世で守護霊なんてものをやってたときは、最初からパーティメンバーが決まっていたから何とも思わなかったけど、仲間選びは本当に重要だと痛感した。


 それ以来、どんなパーティからのお誘いも断っていると、さば読んでたせいで見た目が幼いと思われていたのも相まって、いつの間にかあんなあだ名を付けられていたってわけだ。そして、目の前にいるこいつは、その名付け親疑惑のある一人だったりする。ここいらじゃ珍しくない金髪の白人で見た目もおとなしそうなのに、口や態度は軽薄一歩手前なんだよな。親しみやすい奴には違いないけど。


 「最後に会ったのは三年前の仕事だったかな」

 「あの後確か、引退したんだったよな? 歳のせいだっけ?」

 「バカ言え。俺はまだ三十を過ぎたばかりだぞ。引き抜きだよ、ひ、き、ぬ、き」

 「はぁ? どこの物好きがお前を引き抜いたんだよ」


 三年前に仕事を一緒にしてからしばらくして、モーリスが冒険者を引退したという話を聞いたときは何とも思わなかった。パーティメンバーでもない冒険者の動向なんてよくわからないのが普通だし、余程親しいか有名でもないと興味も持たないのが一般的だからだ。だからこのときも、ああそうなんだとしか思わなかった。


 けど、今こいつは引き抜かれたと言った。腕の良い魔法使いだからおかしな話じゃない。ただ、こいつもどちらかと言えば一匹狼型だ。そのせいで冒険者の頃はいろんなパーティに出入りしていたはず。


 そんな良く言えば独立心旺盛、悪く言えば腰の定まらない奴が入っていいと思える組織ってどんなところなんだろう。純粋に興味が湧いた。


 「ははっ、聞いて驚けよ。何と、あの『ペイリン魔法学園』だぜ!」

 「は?」


 いや、素で驚いた。ペイリン魔法学園って言ったら、勇者・・ライナスと一緒に魔王討伐に参加した一人、メリッサ・ペイリンが創立した名門校じゃないか。


 「確かに驚いたけどな、どうせならもっとばれにくい嘘にしないとすぐ見破られるぞ」

 「嘘じゃない。嘘ならお前の言うとおりもっとましな嘘をつくさ」

 「確かにお前の腕が魔法使いとして良いのは知ってる。けど、あそこはそれだけじゃ無理だろう。それとも、お前実は貴族様だったとか?」


 跡を継げない貴族の次男以下が、冒険者として身を立てるという話は珍しくない。大抵は、ある程度経験を積むとどこかの騎士団に入ったり役職に就いたりするが、貴族出身の冒険者は一応いる。モーリスの出身なんて気にしたことはなかったけど、実際のところはどうなんだろうか。


 「いや実は、ここ数年間で実技担当の教員が次々と引退したから、教員の数が足りなくなったのさ。しかも、より実践的な戦闘を教えられる教員を迎え入れるっていう方針で、何年か前から身分にとらわれず教員として採用することになってるんだ。俺もその一人ってわけさ」

 「それにしたって、よく入れたな」


 方針はすぐに変えられても、それを実行するのは簡単じゃない。第一、ペイリン魔法学園は今まで身元がはっきりとした奴しか入れていなかったのに、いきなり実力第一なんて言ったところで、すぐに探せる体制を整えられるとは思えない。そんなことを手っ取り早くやりたいなら……あ、もしかして。

 俺の表情の変化に気づいたモーリスがにやりと笑う。


 「気づいたかい?」

 「冒険者ギルドに斡旋させてんのか」


 モーリスは俺の回答に満足そうに頷いた。

 そうか、冒険者ギルドのお墨付きで腕の良い冒険者を斡旋してもらえれば、少なくとも身元や人柄もある程度は保証されている。


 「しかしそれにしても、よく紹介してもらえたな」

 「以前、ギルドの幹部の依頼を直接引き受けたことがあったのさ」

 「なるほど、そういう伝手があったのか。納得」


 一見すると、良い人材を一方的に提供することになる冒険者ギルドが損をするだけのように思えるが、引退間近か年齢の高い冒険者に声をかけるだけならそうでもない。腕の良い冒険者になれば、引退後に良い就職先があるという宣伝を冒険者ギルドができれば、みんな奮起するだろうしな。それに冒険者ギルトとしても、無闇やたらにつばを付けられるよりかはずっといい。そう考えると、なかなか良くできた相互関係とも言える。


 モーリスの事情はわかった。それで、今度は俺に会いに来た理由だよな。そんな良いところにお勤めしている奴が、今更俺に何の用があるんだろうか。


 「それじゃ、そろそろ本題に入ろうか」

 「どんな話だよ」


 通常、冒険者は冒険者ギルドを通じて仕事を引き受けることになっている。これは、ギルドが冒険者の上前をはねたいからだけじゃない。ギルドという組織の力を使って冒険者を保護するためでもある。どこの世界も仕事を出す方の立場がずっと強いからな。後で報酬がもらえなかったり、殺されたりしないためにも、俺たち冒険者にはギルドという傘が必要だ。


 しかし、ごくたまにだが、直接依頼人と契約を結ぶこともある。余程お互いに信用がないと危険だが、そこまで信用されたとなると、もう引き抜き一歩手前と言えるだろう。後ろめたい依頼で使い捨て同然に扱われなければだが。


 そうなると、目の前のモーリスはどうなんだろうな。一緒に仕事をしたことがある知り合いだが、そこまで仲が良いわけでもない。そうなると、普通は持ちかけられた話は疑って見るべきだが、実際のところはどうなんだろう。


 「実はな、お前を引き抜きに来たんだよ。魔法学園の実技担当の教員としてな」

 「は?」


 一瞬何を言っているのかわからなかった。顔が惚けているのが自分でもわかる。それをにやにや見ているモーリスの顔が実に腹立たしい。


 「冗談なら、お前が魔法学園の教師っていうやつよりかは面白いが、本気なのか?」

 「ああ。さっきも言ったろう? 実技担当の教員が足りないのさ、今もね」

 「けど、お前今魔法学園の教師なんだろ? こうやって直接冒険者を引き抜くのはまずくないか?」

 「もう話は通してあるよ。さっき言ってた幹部にね」

 「やけに手回しがいいな」


 でなきゃ冒険者ギルドの休憩所なんかで堂々と引き抜きの話なんてできないか。


 「ユージもそろそろ引退後のことを考えないといけない時期だろう? この話は渡りに船じゃないか」

 「実に美味しすぎる話だよな。普通なら疑ってかかるくらいに」

 「例え俺が嘘をついていたとしても、魔法学園に問い合わせたら一発でわかることさ。何しろ、お前を雇うのは俺じゃなくて学校だからな」


 そういえば、書類上の年齢は二十代後半だったことを思い出しながら、モーリスの話を吟味する。一見すると表裏なく情に厚いことをしゃべってくれているが、こいつはそんなに優しい男じゃなかったはず。


 「で、俺に話を持ちかけた本当の理由はなんだよ?」

 「前から知り合いに良い人材がいないか、いたら引っ張ってこいってせっつかれてるんだ。俺、まだ一人も紹介したことがないからさ、いい加減肩身が狭くなってきてるんだよ」


 思わず短く笑ってしまった。うんうん、お前ってそういう本心をしっかり晒してくれるから憎めないんだよな。


 「しかし、俺みたいな素性の怪しい奴を魔法学園は受け入れてくれるのか?」


 故郷の村は疫病で俺以外は全滅、その周辺も似たり寄ったり、しかも今のところばれていないとはいえ、年齢もだいぶさばを読んでる。だから俺の素性を証明できる奴なんていない。冒険者になってからの活動はさすがに記録があるだろうけど、基本的に一人で動いていたから、仕事以外についてはやっぱりほとんど誰にも知られていないはず。こんな奴でも雇うってのか。


 「少なくとも、冒険者ギルド経由で教員になった俺が今まで教師業をこなせていたから、俺の紹介で採用試験くらいは受けられる」

 「ああ、やっぱり試験ってあるんだ」

 「貴族の紹介状があれば面接だけで採用されるけど、冒険者ギルド経由だと実力重視ということで試験があるんだよ」


 そりゃそうだろうな。今までよりも身元が怪しい奴を雇うんだ。腕が確かでないと冒険者上がりなんて雇う意味がない。


 「どんな試験なんだ?」

 「俺のときは、土人形ゴーレムとの対戦だったな。大きさは俺と同じくらいだったよ」

 「一対一の勝負なのか?」

 「個人戦はな。あともうひとつ、団体戦ってのがある」


 聞けば、個人戦は個人の能力を見るためのものであり、団体戦は他人との連携がどのくらいできるのかを確認するためらしい。


 「他の知り合いには声をかけなかったのか? 魔法使いなら魔法学園の教員なんて憧れの職業だろう?」

 「当落線上にいる知り合いなら確かにいるさ。けど、まずは確実に合格できるお前に試験を受けてほしいんだ」


 気持ちはわかる。初めて紹介した奴が不採用になると、今後紹介しづらくなるからな。しかも肩身が狭い職場なら尚更だ。


 「けど、俺は魔法戦士だぞ? 魔法使いじゃなくていいのか?」

 「魔法が使える優秀な人材だったらいいって上からのお達しさ。それに、魔法戦士の採用例は昔からいくらでもあるから問題ないよ」


 その今までの採用例ってのは貴族出身限定なんだろうけどな。ともかく、受験資格は一応あるらしい。


 「まぁ、受かるかどうかわからんが、受けるだけ受けてみるか」

 「謙遜しすぎると嫌みにしか聞こえないね。魔法使いより魔法をうまく使えるくせに」


 モーリスが苦笑しながら俺の返答を混ぜっ返してきた。全身の力を抜いたのは、俺が断る可能性を考慮して緊張していたのか。


 せっかくやって来た異世界で、ある意味念願の冒険者になってみたものの、予想以上に地味で世知辛かったので、いい加減この仕事にも飽きてきていた。もう十二年も冒険者をやっている。実年齢の割に俺も熟練者と呼ばれる存在だ。

 ここいらで現状に一区切りつけるのも、いいかもしれない。

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