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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
2章 小森林への遠征
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参加者の募集と授業前の準備

 つい最近までとても順調に思えた教師生活だが、二年目にして早くも目眩がしそうな仕事を任せられた。


 いやね、俺だってこの世界にやって来るまでは会社で働いていたから、理不尽な命令を受けたことはあるよ? でもね、さすがにわざわざ仕事の危険性を跳ね上げた上に、個人で責任が取れないようなことをやらせるなんてことはなかったぞ。


 今回の場合だと、学園創立者一族の娘、勇者と聖女の子孫、魔界からの留学生、そして外国の大貴族令嬢と、何かあったら学校以外にも問題が飛び火しそうな学生に、何があるかわからない学外での戦闘訓練をさせようとすることだ。しかもあの小森林でだ。


 小森林とは、中央山脈と南方山脈に挟まれた場所に位置する、東西三百オリク以上、南北四百オリク以上もあると言われている森のことだ。現在ではレサシガム共和国とハーティア王国を分断する形となっている。


 北側は世間一般でいう森に近く、魔物よりも獣がよく出る。ただし、他の地域の獣よりも大きくて強い。一方、南側は熱帯地方の密林に近くなる。こちらは獣よりも魔物がよく出てくる。そのせいで、他の地域である程度経験を積んだ冒険者でさえ、森に慣れていないと返り討ちに遭ってしまう可能性がある。


 つまり、小森林のどこに赴くにせよ、危険は他の比ではないということだ。そんなところで授業をしろだなんて、一体何を考えているのだろうか。


 ただし、サラ先生が意味深長な感じで言ったように、俺がいたら小森林で獣や魔物に襲われることはない。かつてヤーグから首飾りをもらっているからだ。


 地殻変動や気候の変化などで大森林から切り離されて以後、聖なる大木と呼ばれるヤーグが小森林の主となって管理している。このヤーグにかつてライナス達と一緒に会ったときにもらった首飾りだ。


 この首飾りは、聖なる大木ヤーグの友人であるという証で、身につけると大森林と小森林に住む獣や魔物などに仲間として認められる。その結果、襲われることはない。これには随分と助けられた。


 そしてこの首飾りは、何と霊体だった前世の俺でも身につけられるという珍しいものだった。そのおかげで、魔力で編纂された書籍と同様に今も身につけている。


 あのときのサラ先生の口ぶりだとこの首飾りのことを知っているような様子だったけど、一体どの程度知っているんだろうか。というより、メリッサの奴、何か書き残しているのかもしれない。魔法についてだけでなくて、俺についても。


 ただそれにしたって、自分の娘を含めて重要人物を危険に晒す理由はわからないんだよなぁ。




 様々な疑念を抱きつつも、引き受けてしまった以上は何とかしないといけない。


 俺が任された課外戦闘訓練は、選択科目で期間は一ヵ月か二ヵ月程度の授業だ。二回生以上の学生のみが選択できる。本来ならば四月に希望者を募り、五月以後に訓練を実施する。授業形態としては、少人数の学生を教師が引率する形式だ。もちろん、選択科目なので希望者のみである。学園創立者が始めた由緒ある授業なのだが、色々な理由で現在は廃れており、細々と行われている。


 今回はこの授業を小森林で行うわけだが、まずは五人を四月までに一度呼び集める必要がある。本来なら募集は新学期からなのだが、引率する学生が指定されているのと、あの五人を直接指導する授業を他に担当していないため、担任権限で今月中に集めることにしたのだ。


 三月末、もうすぐ新学期というある日、俺は昼頃に食堂の一角へやって来るよう五人に伝えた。個室を持っていないので本来ならば教員室の自分の席で伝えればいいのだが、他の先生もいて手狭なのだ。それに、どうせ騒がしくなるので、それならある程度の広さがあって騒いでもいいところを選んだのである。


 昼ご飯を食べながら話をすると伝言していたので、みんな大体正午頃に集まった。全員が集まったのは進級祝い以来だな。


 「ユージ先生、久しぶりやな! 今日は重要な話があるって聞いとるんやけど、なんやろ?」

 「師匠、お久しぶりです。お忙しいようですが、また稽古をつけてもらえると嬉しいです」


 最初に声をかけてきたのはカイルとアリーだ。たまに校内で修行している様子を見かける。相変わらず二人とも熱心だな。


 「先生、久しぶり! 相変わらず学校に引きこもっとったんか? たまには外に出なあかんで」

 「ほほほ、ご機嫌よう、ユージ教諭。先生方は大変ですわね。春休みの間も働かねばならないのですから」

 「もう、二人とも、失礼でしょ。あ、ユージ先生、お久しぶりです」


 残る三人、スカリー、シャロン、クレアも挨拶をしてくれる。こっちは前にサラ先生からペイリン本邸にずっといたことを聞いていた。もうすっかり三人組として定着している。


 「みんな、食べながら聞いてくれていいぞ。今日は連絡事項と確認事項があるから集まってもらった」


 これで全員揃った。目の前に必要なだけ盛られた皿を置いた状態で、昼食会兼面談の開始だ。


 「最初に、ここにいる五人の担任だけど、新学期から俺が担当することになった」

 「ありゃ、とうとう正式になったっちゅうわけですか」

 「なんだよ、とうとうって」

 「いやだって、もう去年から事実上そうでしたやん」


 カイルの言葉に他の四人が同意する。まぁ、俺もそう思っていたけど、みんなも同じだったか。


 「嬉しいお話ですけれど、なぜか当たり前に思えて驚きがあまりないですよね」

 「既成事実を追認しとるだけやさかいな。ま、ようやく形式が事実に追いついたってゆうことやな」


 クレアとスカリーが嬉しそうに言葉を交わす。もっと驚くかなと思ったけど全然だな。


 「そうなると、これからは大手を振って師匠に稽古をつけてもらえるのか。なるほど、確かにめでたいな、これは」

 「ほほほ、これからは気兼ねなく何でも相談できるのですわね。楽しみですわぁ!」


 そして、担任を使い倒してやろうと意気込む学生が二名いる。便利屋と勘違いしているのではないだろうか。


 「それで先生、本題はなんやのん?」

 「どういうことだ、スカリー?」

 「担任が替わったっていうだけなら、連絡ひとつで済ませばいいからでしょう。わざわざ集める必要はないっていうことじゃないですか?」

 「その通りやで、クレア」


 相変わらず頭の回転が早いね、二人とも。アリーと他二人も今の説明で納得したようだ。


 「実はだな、新学期から戦闘訓練の授業はしないんだ」

 「「「「「え?!」」」」」


 全員が一斉に手と口を止める。スカリーも驚いているということは、サラ先生は何も話していないのか。それにしても、少し驚きすぎのように思えるが。


 「そんな! それでは、別の方が担当する戦闘訓練を選ばなければならないのですか」

 「かぁ! それは殺生やなぁ。予定が狂ったで。どないしょうか」


 アリーとカイルは事態を深刻に受け止めている。普段から修行しているんだからそこまで落ち込まなくてもいいはずなんだけどな。


 「それじゃ、新学期からはどの授業を担当されるのですか?」

 「担当の授業なしってわけやないんやろ?」


 クレアとスカリーの疑問はもっともだ。教員として採用されているんだから、担当授業なしということはない。


 「課外戦闘訓練の授業を担当することになった」

 「え、先生あれ担当するん?! だからなんか!」

 「どういうことですの、スカーレット様?」


 魔法学園のことはよく知っているスカリーが最初に反応した。そして、他の四人に説明をする。すると、その話を聞いたみんなは次第に目を見開いて興奮してきた。


 「うわ、俺、それに参加したいんやけど、先生!」

 「私もできれば参加したいです。師匠から実戦の指導を是非受けてみたい」


 一番強い反応を示したのはカイルとアリーだった。冒険者志望のカイルは将来がかかっているので特に大きな興味を示す。


 「それで、その課外戦闘訓練を選択したいという学生を、今日ここで募ろうかと……」

 「はいはい! 先生、俺やるで!」

 「私も希望します、師匠」

 「うちもやるで。今の自分がどこまで通じるか知りたいさかいな」

 「スカーレット様が参加なさるのに、わたくしが参加しないなどありえませんわ!」

 「わたしも参加します、ユージ先生」


 即答か。それにしても勢いがいいな、みんな。そんなにやりたかったのか。


 「わかった。それじゃ全員参加ということで手続きしておく。ところで、この課外戦闘訓練は五月から六月くらいに実施する予定なんだが、他の授業は大丈夫なのか?」

 「うちは問題ないで。実技だけやし、それにしたって帰ってから後期までに詰め込んだらどうにでもなるわ」

 「わたしも何とかなると思います。可能なら課外戦闘訓練の合間に勉強できたら嬉しいですね」

 「そうですわね。わからないところがあれば、スカーレット様にご指導していただければと考えておりますわ」

 「座学関連が心許ないですが、スカリーに教えてもらえるなら、後期までにどうにかなるでしょう」


 最悪、前期の単位は諦めさせないといけないかなと思っていたが、この四人はどうにかなると判断しているらしい。スカリー頼みというのが少々心細いが、去年の補習授業の様子を見ていると、どうにかなるように思えた。


 「あー他の授業かぁ。全部の授業を二ヵ月出ぇへんっちゅうのは、さすがにきついなぁ」


 しかし、ひとり眉を寄せて悩んでいる学生がいる。カイルだ。


 「お、なんや? カイルはそんなことで悩んどるんか。心配せんでええって。うちらが勉強する土人形ゴーレムみたいにしたるさかいに」

 「ほほほ、足腰が立たなくなるまで鍛えて差し上げますわ!」


 スカリーとシャロンはカイルを何に改造する気なのか。


 ともかく、予定通りに五人をまとめて誘導することができた。カイルの引きつった顔を見ると少々不安な面もあるが、それは追々どうにかするしかないだろう。




 新学期が始まった。学生は四月の初日に授業を選択して翌日から受講していくわけだが、今年の五人は特に忙しく動いていた。何しろ、去年と同様に授業を選択した上に課外戦闘訓練を受けるからだ。


 五月から二ヵ月間も休む間の穴埋めするのである。通常の授業を受ける以外にも、空いた時間を使って少しでも勉強をしなければならないのだ。スカリー以外の四人は程度の差こそあれ、座学の勉強に追われていた。


 一方、俺はと言うと、課外戦闘訓練の準備に追われていた。小森林の最新情報を集めるために冒険者ギルドへ赴いたり、ウェストフォートへ移動するための馬車を手配したり、食料や医療品などを用意したり、そして学校の各種手続きをしていた。ひとりのときは身ひとつで動けたので、実に面倒だ。


 ただし、出発まで五人を放ってくわけにはいかない。最低限やっておかないといけないことがあるからだ。


 まずは何といっても冒険者登録だ。今回の課外戦闘訓練はペイリン魔法学園の授業であるが、冒険者ギルドを利用することになる。学校とギルドの上層部が話をつけてくれば、登録しなくても利用できるかもしれない。しかし、そんな面倒をしなくても登録してしまえば冒険者ギルドの施設が使えるのだから、素直にしておけばいい。


 ある日、五人を引率してレサシガムの冒険者ギルドへ行って登録してきたが、カイルがひときわ喜んでいた。去年年齢制限で正式登録できなかったもんな。


 次に衣類と武具の新調や調整だ。これは全員自己負担とした。理由は、明らかに冒険者を志望する者のための授業なので、卒業後のことを考えてこうしたのだ。学校が負担した物は授業終了後に返却しないといけないので、あくまで自分の財布と相談させないといけない。


 ところが、この決まりにカイルが困った。何しろ生活費もぎりぎりなのに、衣類や武具を揃える余裕なんてない。これは最終的に俺が金を貸すという形で解決した。衣類は丈夫な方がいいし、武具は安すぎると逆に危ないので、一緒に衣服店や武具屋へ行って相談しながら購入した。金は今後小遣い稼ぎをして返すことになっているので、今回の購入品は卒業後にも使ってもらう。


 ちなみに、俺が金を貸したのは、給料がほぼ手つかずで残っていたので苦にはならなかったのと、学生同士で変な負い目を持たせるわけにはいかないと考えたからである。金銭問題でパーティが崩壊した例を何度か見てきたことがあるので、それを防ぎたかったのだ。


 他の四人は実家が金持ちなので、必要な物は自分で揃えることになっていた。しかし、装備を調えるにあたって、できるだけ平民らしく見えるようなみすぼらしい物にするようにという注文をつけた。歳不相応の装備を身につけて悪目立ちをしないためである。まぁ、見た目からしてどこかのお嬢様ということがわかってしまうのはどうにもならないが、これ見よがしに豪華な装備を身につけていると、追い剥ぎや誘拐の対象になりやすい。二十四時間見張るわけにはいかないので、できる対策はするべきだろう。


 最後は、冒険者としてどう振る舞うべきなのかということについて、折に触れて五人に説いた。短い期間ではあるが、危険な業界に身を投じる形で授業を受けてもらうことになる。だからこそ、生き残ることに必要な知識を可能な限り授けた。


 俺としては不安要素がいくらでもあったので、毎日食堂で晩ご飯を食べているから、可能な限り集まるように伝えていた。その甲斐あって、用事がなければみんな集まってくれたのでいろんな事を話した。


 あと、休日の昼からは手合わせをした。小手先の技が中心になってしまうが、どれも実用的なものばかりだ。今になって後悔しているが、こんなことなら三月からやっとけばよかったなぁ。


 そんな愚痴を漏らしつつも、丸一ヵ月間できることは全てやった。この学校にやって来て以来、こんなに忙しかったのは初めてだ。試験期間よりも忙しいなんて思わなかった。もう来年からは課外戦闘訓練なんてやりたくない。


 そうして五月、遂に出発の時がやってきた。

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