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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
1章 ユージ、教師になる
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新たな辞令

 スカリー達のお祝いをしてから三週間が過ぎた。既に三月も半ばであり、卒業試験に合格した三回生は次々と学校を去って行く。その先は様々で、家督を継ぐために実家へ帰る者、仕事先へと赴く者、冒険者となって街の宿に移る者など多種多様だ。


 同時にこの時期は新入生が各地からやって来る。やって来る場所も身分もばらばらではあるが、この学校に入学した以上は定められた学生宿舎へと入居してゆく。


 学生の成績評価と進級手続き、それに卒業手続き入学手続きが一段落すると、今度は新学期の授業準備をしなければならない。しかし、俺はここで重要なことを思い出した。


 「俺、どの授業を担当するんだろう」


 そういえば、まだ聞いていない。そして何の授業を担当しろとも頼まれていない。一体どうなっているんだろう。


 さすがに新学期二週間前で何も知らないというのはまずいので、アハーン先生に聞いてみた。


 「アハーン先生。俺って新学期から何の授業を担当するんですか? 去年と同じでいいんでしょうか」

 「おや、まだ聞いていなかったのですか。一回生と二回生の戦闘訓練ですぞ」

 「そうなんですか」

 「今回は私達と同じように、学生を担当することになるはずです」

 「学生が選んでくれたら、ですよね」

 「なに、心配しなくてもいいですぞ。今年は多くの学生がユージ先生を選ぶでしょう」

 「どうしてそんなことがわかるんです?」


 俺はこの学校の授業選択の仕組みを思い浮かべながら、アハーン先生に言葉を返した。新入生は学校にやって来たばっかりで、まだ右も左もわからないはずだ。それなのに俺ばかり選ばれる理由がわからない。


 いや待て。去年を思い出せ。スカリー、クレア、アリーの三人はどうして俺の授業を最終的に選んだんだ?


 「ああ、確か相談を受けた先生が、お勧めの先生を教えることがあったんでしたっけ?」


 アハーン先生が言葉に詰まった。うんうん、モーリスだけじゃないですよね?


 「……やって来た新入生の少なくない者は、二回生以上の学生とつながりがある。また、この三月中に新入生も友人を作るだろう。そういったつながりを頼りに、教員や授業の話を仕入れることが多いのです」


 今必死になって理由を取って付けたような気がしてならない。恐らく話は本当なんだろうけど、今この場では言い訳にしか聞こえないんだよなぁ。


 ただ、それにしても疑問が残る。仮に学生同士だけの情報で授業と教師を決めるとして、どうして俺を選ぶんだ?


 「その話が本当だとして、学生の間で俺の評価ってそんなに高いんですか?」

 「本当だとも。それはともかく、学生の間で評価が高いのは確かだ。何しろ、スカリー、クレア、アリー、シャロンという癖のある学生が慕い、大きく成長させましたからな」

 「大きく成長させた? 実際のところは本人の才能と努力によるものですよ」


 特にアリーとカイルについてはそうだ。魔法抜きでの戦闘技術については最初から相当なものだった。ここは魔法学園だから純粋な戦闘技術の評価が低いのだから、学生の間でそんなに高評価となるようなことはないはず。大体、この一年はあの五人以外の学生とはほとんど接点がない。せいぜいスカリーのグループくらいだ。


 「その本人達がそう言っているのですよ」

 「あいつら何をやっているんだ……」


 人から評価されるというのは嬉しいが、こうやって積極的に吹聴されると実に面映ゆい。


 ただ、そうやって噂だけで選んでもらっても、実際の授業を受けたらまた評価は変わるだろう。一応アハーン先生の授業を補佐していたが、きちんと教えられる自信はまだない。四月に授業の乗り換えができるが、最終的にどの程度の学生が残るだろうか。


 「まぁ、そういうことです。新学期からも頼みましたぞ」

 「はい」


 あの四人に評価をばらまかれているというのには驚いたが、今更どうにもならない。それよりも、同じ教員であるアハーン先生に一人前の教師として認められたような気分になって嬉しかった。




 その後は夕方まで気分よく仕事を続けた。途中割り込みの作業が入ったが、こちらも難なく片付けた。やはり調子が良いときは何をしてもうまくいく。


 「よし、今日はこれでおしまいっと!」


 今日やるべき仕事は全てできた。急ぎの仕事はないので、もう終わってもいいだろう。


 俺はまとめた資料を棚に戻し、作った書類を同僚の先生に手渡す。そして、いくつかの注意事項を伝えてから教員室の外へ出た。


 「あれ、ユージ」

 「モーリスか。まだ仕事なのか?」


 教員室の前でばったりと出くわしたモーリスが紙の束を抱えているのを見て、言葉を投げかける。すると、モーリスはため息をついて返事をした。


 「そうさ。今から書類の整理だぜ? 明日でもいいと思わないか?」

 「整理した資料を何に使うのかによるだろう」

 「そういうユージはもう終わりかい?」

 「ああ。今日の仕事は終わったからな」

 「俺もこんな作業をさっさと終わらせて、早く自由になりたいよ!」


 この廊下を舞台に見立てているのか、モーリスは役者のように大げさに嘆いてみせる。ただ、こいつに演技力なんてないんで大根役者にしか見えないが。


 「そうだ。自由と言えば、あの彼女とはちゃんと別れたのか?」

 「あれは彼女じゃない! 何度言ったらわかるんだ!」


 俺の言葉に過剰反応したモーリスが悲鳴をあげた。


 年末にしかるべき伝手を使って麗しの君と出会うと言っていた件だ。


 どうもその伝手で出会った女は、モーリスの求めていた条件を全く満たしていなかったらしいのだが、向こうはモーリスのことをえらく気に入ったらしい。それ以来つきまとわれてしまったので、俺に助けを求めたのだ。


 最初はレサシガム内を逃げ回っていたのだが、どういうわけか翌日になると必ずモーリスの前に現れたらしい。そして、周囲を全く気にせず結婚を迫ったのだ。耐えきれず大晦日に魔法学園へ戻ってきたものの、その女はためらうことなく中に入ろうとして門番に止められたという。そのときはモーリスも呼び出されて相当揉めたと聞く。門番さんが不憫で仕方なかった。


 結局、中へは入れなかった女だったが、それ以来、朝から夕方までずっと正門の前に立ち始める。モーリスとしてはたまったものではなかった。そして、年始にスカリーの屋敷から教員宿舎に戻って来ると、青い顔をしたモーリスに相談として持ちかけられたのである。


 その後、一週間ほど大変な修羅場に俺も巻き込まれてしまったわけだが、完全に収束したのは今月だと聞いた。俺はその一週間にしか関わっていないのでその後の詳しい話は知らない。というか知りたくない。


 「しっかし、いくら何でもあんな彼女、じゃなかった、女を引き合わせるなんて、お前仲介屋に最初から騙されてたんじゃないのか?」

 「後で締め上げたら、大金を掴まされたらしい。俺が金をけちったとかそんな問題じゃないほどだよ」

 「なんだよ、どこかで一目惚れでもされたのか?」

 「……」

 「え、ほんとにそうなの? まさか、お前のこと探していたとか?」


 モーリスは苦しそうに黙ったままだ。うわぁ、こりゃ、相手の仕掛けた罠にのこのこ自分から嵌まりに行ったっぽい。


 「おお、ユージ先生、ここにいましたか。ん? モーリスもどうした?」


 女の執念に二人して震え上がっているところに、アハーン先生がやって来た。この話題から離れるべきだと判断した俺は、アハーン先生に返事をする。


 「ちょっとした怪談話をしていたんですよ。それより、俺に何か用ですか?」

 「ええ。実はですな、ペイリン先生がユージ先生を呼んでいらっしゃるのです。今からペイリン先生のところへ行っていただきたい」

 「ペイリン先生? あー、サラ先生ですか」


 学園長の妻にしてスカリーの母親さんだ。そういえば年始以来会話をしていないな。学校での接点はないので不思議ではないのだが。


 「一体何の用なんですか?」

 「行って話を聞けばわかりますぞ。私にとっては残念ですが」

 「は? 残念?」

 「ともかく、今すぐ行ってください。確かに伝えましたぞ」


 アハーン先生は最後の言葉を俺に押しつけると、教員室へと入っていった。

 後は俺とモーリスが残るばかりである。


 「ユージ、何かやらかしたのかい?」

 「いや、心当たりは全くないんだけど……」


 年末年始に初めて会ったっきりで、特に問題となるようなことをしたわけでもない。それなのに呼び出すとは一体どういうことなんだろうか。


 俺は訳がわからないままではあったが、とりあえずサラ先生に会うことにした。




 本当だったらもう教員宿舎に戻ってこれからどうしようかと考えていたところだったが、アハーン先生と出会ってしまったために用事が追加されてしまった。全てはモーリスに足止めされてしまったためだ。あいつめ。


 それにしても、どうしてアハーン先生は何も教えてくれなかったんだろう。あの様子だと知っているみたいだったんだけど、モーリスに聞かれるとまずいのかな。


 歩いている間の暇つぶしとしてずっと考えていると、いつの間にかサラ先生の部屋に着く。微妙に気乗りしないまま、重厚な扉をノックした。


 「ユージです。お呼びにより参りました」

 「は~い、入って~」


 こもった声が室内から聞こえてきた。どうにも精神が緩むような声だ。気楽に入室できるのはいいことだが、何を言われるのかわからない不安は残る。


 中に入ると、部屋の作りは以前入ったマルサス先生のところと同じだった。しかし、扉の正面に執務用の机と椅子がある以外は細部がかなり異なる。女らしいというわけじゃなくて、何となく明るいというか、柔らかい雰囲気がするんだよな。


 「アハーン先生からこちらへ向かうように言われたので来ました」

 「うん、ちゃんと来てくれて嬉しいわぁ」


 間延びしたしゃべり方と童顔のせいで先生らしく見えないが、こうやって高級そうな椅子に座って重厚な机を挟んで見ると更に違和感がある。


 「今年の初めに屋敷へスカリーが招待したとき以来やね~」

 「はい。あのときはお世話になりました」

 「うん、いいよ。また来てな。スカリーも喜ぶさかいし~」


 サラさんが怒っているところや機嫌が悪いところなんてほとんど見たことがないけど、今日は特に機嫌が良いように見える。


 「それでお話なんやけど、最初に新学期からの戦闘訓練の授業担当から外れてもらうことになってん」

 「え、一回生と二回生の授業をするって聞いてましたけど、両方ですか?」

 「うん、ごめんな~」


 いきなりのことで俺は驚いた。だって、今日アハーン先生に確認をとったばかりなのに、いきなり解任だぞ。そういえば、別れ際に残念だって言ってたけど、あれはこのことだったのか。


 「でも、どうして外れないといけないんですか?」

 「それはな~、課外戦闘訓練の授業を担当してもらうからやねん」

 「え、あの学校の外でやる授業ですか?」


 今まで俺が担当していた戦闘訓練の授業だと、他の授業と同じように学内でやる。しかし、今サラ先生が言った課外戦闘訓練の授業は学外で実施される授業だ。


 この授業の面倒なところは、授業時間が一ヵ月から二ヵ月と不定期であること、教員の責任が大きすぎること、そして学外なので不測の事態が起きやすいことだ。そのため、教師としてはやりたくない授業として嫌われており、今は細々と行われている。


 どうしてこんな授業があるのかというと、創立者のメリッサが学園外での経験を充分に積ませるためによくやっていたからだ。メリッサの孫弟子くらいまでは盛んに行われていたようである。しかし危険だということで、メリッサの死後は近場を軽く回る程度しか行われていない。それでも事故が起きると大変だということで、廃止するべきという声も大きいそうだ。


 そんな授業を、この学校に採用されてから二年目の教員にさせるのは危なくないか?


 「更にな、四月から、スカーレット・ペイリン、クレア・ホーリーランド、アレクサンドラ・ベック・ライオンズ、シャロン・フェアチャイルド、カイル・キースリーの担任になってもらうことになったんやで」

 「え、あの五人のですか?!」

 「そうや。この一年で色々と相談に乗って、この五人を授業外でも指導してるって聞いてるで。今の担任には手に余るさかい、まとめてユージ先生に頼むねん」


 カイル以外は扱いの難しい学生ばかりを集めて担任にし、危険な課外戦闘訓練の担当をさせる。いくら何でもおかしい。


 「課外戦闘訓練をしている間は、担任として五人の指導ができないんじゃないですか?」

 「ユージ先生が課外戦闘訓練をするから受けへんか、五人に聞いてみて。たぶんみんな喜んで受けるんとちゃうかな?」


 俺もそう思う。特にアリーとカイルは一番に手を上げるだろう。


 それにしても、カイル以外の四人は何かあったら大問題になる学生ばかりだ。その四人をわざわざ引き連れて学外で戦闘訓練をしろというのは、一体どういう理由なんだろうか。これがカイルだけなら納得するし、むしろ積極的に引き受けるところなんだけどな。本当なら断りたい。


 「わかりました。五人の担任になる件と課外戦闘訓練の授業の件、引き受けます」


 魔法学園で創立者一族の威光に逆らえる奴なんていない。それに、例えここで断ったとしても、後から色々と理由をつけられてやらされそうな気がする。だったら、相手の機嫌が良いうちに引き受けた方がいいだろう。


 「それと、課外戦闘訓練をする場所なんやけど、小森林にするしな」


 まるで散歩先を決めるかのような気軽さで、サラ先生は課外戦闘訓練の実施場所を指定してきた。


 「サラ先生、小森林って、何考えてるんですか?!」

 「何も森の奥まで行けってゆうてるわけとちゃうよ。ちょこっと入ってくれたらええだけやねん。それに、ユージ先生やったら大丈夫なんと違うん?」


 尚も反論しようとした俺は、いつの間にか無邪気な笑顔から意味ありげな笑みに変わっていたサラ先生の顔を見つめる。もうその顔には子供っぽさはない。一体、この先生は俺の何をどこまで知っているんだろうか。


 結局、業務命令という形で俺は最後に押し切られることになった。ただしそれは、俺が説得しきれなかったというよりも、余計なことを言って前世の記憶持ちであることがばれるのを、無意識のうちに避けたというのが正しかった。

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