初めての進級試験
冬休みが終わると、二月からは試験期間が始まる。教師も学生も一年で最も緊張する期間だ。一回生と二回生は進級試験、三回生は卒業試験である。
以前、大学受験を受けるようなものだと説明したが、そのとおり、二回生までは不合格が重なると進級できなくなる。必須授業の試験だと一発で留年だ。これが三回生となると卒業できない。
だからどの学生も受験するときは真剣だ。温情なんて期待できないだけに結果を出すしかない。この点、例え貴族出身であろうと平民出身であろうと教師は容赦せず採点するし、学生は評価される。
「まぁ、みんなが留年するところは想像できないんだけどな」
他の学生に対して補習授業をするほどの五人が留年する事態が思いつかない。自分の授業を受けている様子からしても不安要素は見当たらなかった。
「心配があるとすれば、カイルか」
「先生ぇ! 試験直前にそんなこと言いますかぁ?!」
俺は今、五人と一緒に食堂にいる。試験直前の最後の追い込みをするためだ。
そして、真正面に座っているカイルが俺のつぶやきに大きな反応を示した。
「師匠、カイルはそんなに危ないのですか?」
「アリーも真に受けんでええやろ。冗談に決まってるやん、なぁ?」
「くっそ、スカリー。お前楽しんでんな……ちょびっとだけ不安やさかい、洒落になってへんねん」
「わからないところがあったら遠慮なく言って。教えるわ」
「クレアの真面目さが心に刺さんねん」
「ほほほ、留年してもお友達には変わりありませんことよ」
きっかけを作ったのが自分だとはいえ、結果的に全員がカイルを容赦なくいじる。アリーとクレアが真面目に、スカリーとシャロンが楽しそうに。
「で、カイル以外は余裕そうだけど、本当に大丈夫なのか?」
「うちは実技の試験だけやさかい問題ないわ。毎年試験も見学してたし、対策も完璧やで」
「私も実技の試験は問題ありません。座学関連は絶対ではありませんが、スカリーに対策を教えてもらったので何とかなると思います、師匠」
「わたくしも不安はありませんわ。スカーレット様の指導に誤りはありませんもの」
「そうですね。わたしも大丈夫だと思います。戦闘訓練が少し緊張しますけど」
カイル以外は問題なしと。去年の試験の様子を見ていると、別にカイルも合格できると思うんだけどなぁ。
「お前は一体何がそんなに心配なんだ」
「いやぁ、魔法理論と魔法実技の試験が少し……」
「俺の授業を見ている限りだと、実技の方はいけるだろう?」
「それがですね、四大系統のうちふたつの属性で試験するんですわ」
「そうか、お前土属性しか使えなかったっけ?」
「呪文を唱えて魔法を発動させる『だけ』なら他の属性もできんことはないですけど、試験はそれだけやないし……」
うーん、去年は仕事に慣れるのに精一杯だったから、詳しく試験の中身なんて見ていなかった。そんなに難しいのだろうか。
「一回生が受ける魔法実技の試験やったら、カイルでもどうにかなるやろ。二回生の試験は怪しいけど」
「ほんまなんか、スカリー?」
「あんたが確実に落ちるんやったら、学生の半分以上が不合格になってしまうわ」
スカリーの説明を聞いたカイルの顔に血の気が戻ってくる。そして、それを見たスカリーがにやりと笑って更に言葉を続けた。
「まぁ、魔法理論の方はどうかわからへんけどな?」
「ああああああ」
うわ、えぐいことするな。一旦希望を持たせてから突き落としやがった。
「もう、スカリーは酷いわね。ほら、カイル。試験日までもう少しあるから復習しましょう」
「おおお、クレアは優しいなぁ」
「あんた、クレアのおっぱい見過ぎやで?」
「最低ですわね」
「お前という奴は」
「違うぅぅ、誤解やぁぁ!!」
俺の隣で顔を真っ赤にしてその大きな胸を隠すクレアを尻目に、真正面でうるさく叫ぶカイルを呆れながら眺めた。
実際に試験が始まると、俺は俺で忙しくなる。戦闘訓練の授業の試験を補助することに始まって、カイルが苦手だと言っていた魔法実技の試験補助、後は座学の試験の採点などやることはいくらでもあった。
例えば、戦闘訓練の試験は、一年間で学んだことを実際に使えるか試す。一回生は基本通りにきっちりとできるか、二回生はそれらを応用できるかを確認する。正直なところ、アリーとカイルなら二回生の試験を受けても余裕で合格できるだろう。
ちなみに、あの五人の試験を担当したアハーン先生によると、スカリーやシャロンでも全く問題なかったそうだ。
一方、座学は魔法理論を見てみると、こちらは紙とペンを使ったお馴染みの試験である。ただし、選択肢などない硬派な試験だ。おまけに小論文も書かないといけない。初めてこの内容を聞いたときは内心震え上がったものだ。受験する方も大変だが、採点する方も大変である。効果的なのはわかるんだけどな。
それで、スカリー以外の四人が受験したわけだが、クレアとシャロンの答案用紙を見せてもらうと満点だった。さすが才媛、俺とは出来が違う。もっとも、俺には魔力で編纂された書籍という最強のカンニングペーパーがあるから、あらかじめ範囲さえわかっていれば満点も夢じゃないけどな! ……情けないなんて言わないでいただきたい。
アリーの答案用紙を見せてもらうと、さすがに根が真面目できちんと勉強しているだけに余裕の合格だった。スカリーの試験対策も受けてたから死角などない。
問題はカイルだ。試験前あれだけ不安がっていたので、俺としても答案用紙を見るまではちょっとどきどきしていた。そして祈りながら答案用紙を見ると、何とか合格水準には達していた。脱力すると共に、親近感が湧いたのは内緒だ。
そうだ、ついでに魔法実技の結果についても話しておこう。四大系統である、火、水、風、土のうち、ふたつの属性を選んで試験をする。内容は、一回生は発動させて一定時間維持したり的に当てたりできるかを実演する。二回生はそれをもう少し高度にしたものだ。
スカリー、クレア、アリー、シャロンについては全く危なげなく合格している。四属性以上を使える天才ばかりなのである意味当然といえよう。
問題はやっぱりカイルだ。四大系統の中では土属性しか使えないため、あともうひとつ発動できるようにならないといけない。スカリーの指導を受けていたとはいえ随分と苦労してたと聞く。
しかしこの問題は、実のところカイル以外の学生にも共通した悩みだ。というのも、三属性使えれば優秀、四属性なら天才、五属性以上だと歴史に名を残すと言われるくらいだから、そもそも当たり前のように四大属性を二つ以上使えるスカリー達が珍しい。ひとつでも得意分野のあるカイルはまだましな方なのだ。食堂でスカリーがカイルで駄目なら半分以上の学生は不合格になると言ったのは、そういった理由からである。
話を戻す。それでカイルだが、本人によると相当緊張していたらしい。まずは土属性で難なく試験課題を達成したが、問題は次だ。気になるのはどの属性を選んだのかなのだが、カイルは水属性を選んだという。
「どうして水属性を選んだんだ?」
「スカリーがゆうとったんですけど、魔法って相性の善し悪しがありますやん。火と水、風と土は相性が悪いってやつです」
「知ってる。でもそれなら火属性でもいいはずだよな?」
「はい。俺もそうゆうたんです。そしたら、四大系統の中で二属性を使える魔法使いは、大抵が火と風、あるいは水と土を身につけることが多いらしいんですわ」
後にその話を聞いたとき、俺はなるほどと思った。確かに、クレアは水と土、アリーは火と風を習得している。シャロンは火、水、風と三つだが、これは例外なんだろう。
ということで、スカリーはカイルが水属性を使えるように特訓したそうだ。スカリー曰く、「実戦で使えんでも、試験に合格できる程度ならどうにかなるはず」という方針だったらしい。
そして試験日当日、カイルは何とか合格した。合格水準よりもいくらか余裕がある結果だったので、俺なんかはこんなものなのかと思った。しかし、受験したカイルにしてみれば相当ぎりぎりっぽかったようだ。
こうして二週間ほどかけて試験が行われた。
実技についてはその場で合否が伝えられるため既に全員が結果を知っている。座学については二月の後半に順次発表されることになっているが、俺は既に合否を知っているので安心していた。五人全員進級である。
一回生と二回生の進級試験は二月前半に行われるが、後半は三回生の卒業試験がある。これは専門課程によって卒業発表と卒業試験に別れるのだが、五人に関わってくるのは二年後だ。
ともかく、俺はまだ忙しいものの、スカリー達は一年目最大の難所を越えた。来年も同じ目にあうわけだが、ともかく今は気を抜いていいだろう。
俺は最後の結果発表があった当日の夕方、お祝いを兼ねてみんなと夕ご飯を食べることにした。俺の都合さえつけばみんな合わせてくれるので、あらかじめ約束していたのだ。もし誰かが留年していた場合は、その人物の激励会になる予定だった。
「おめでとう。五人揃って進級できるとはめでたい」
「ありがとうございます、ユージ先生」
「ふふん。まぁ、うちは楽勝やったけどな」
「当然ですわね。スカーレット様もわたくしも、あの程度の試験などものの数ではありませんわ!」
「私も全ての試験を合格することができました、一安心です」
そうだろうな。君ら四人は最初から心配していない。心配していたのはこっちのだ。
「はぁ~終わったで~」
「お前、本当に力尽きているな」
半笑いでカイルに声をかけるが、椅子にもたれかかってぐったりとしたまま反応がない。
結局のところ、カイルも進級できたわけだが、結果だけ見ると他の四人と同様に試験全てに合格している。ただ、一部苦手な試験では薄氷を踏むように受験していたそうだ。
「カイル、この調子やと来年も苦労しそうやな」
「ほんまやわ。どないしよぉ」
「今から鍛えればよいではないか。幸い、ここには優秀な導き手が揃っているしな」
「お前、ほんっまにひたすら前向きやなぁ」
ちょこっと復活したカイルが首をもたげてアリーに渋い顔を向ける。しかしアリーは笑顔で受け流すだけだった。
「でも、一年もあれば、来年の進級試験も合格できるわよ」
「そのためにも、これからの一年間、みんなよろしゅうたのんますわ」
「ほほほ、任せなさい。試験に落ちるなんてあり得ないよう徹底的に鍛えて差し上げますわよ!」
「そうやな。泣いたり笑ったりできひんくらいしごいたるわ」
「ああ、死なない程度ということだな、スカリー。私も承知した」
「お前ら、一体俺をどうするつもりなんや?!」
お、カイルの調子も戻ってきたな。俺の周囲も騒がしくなってきた。
「ところで、スカリーのグループの連中はどうなったんだ? 何人かは合格しているみたいだが」
さすがに全員を覚えているわけではないので、スカリーに結果を尋ねる。
「全員進級はできたで! ただ、不合格になった試験があるんや。そやから、新学期からは二回生の授業と合わせて、これをどうするか考えんといかんねん」
「放っておくと、そいつら中心に来年の進級試験で落ちる奴が出てくるのか」
「できれば来年も全員合格してほしいわよね」
「効果はかなりありましたから、春からも引き続き補習授業をする方がよいですわ」
「みんなの負担にはならないのか?」
人に手をさしのべるのはいいけど、自分が倒れてしまっては助けられるものも助けられない。その辺りのことはわきまえているとは思うが、思わず聞かずにはいられなかった。
「週に二回半日するだけやし、うちはどうもないな。春からもするんやったら、落ちた試験の復習だけやなくて、授業についていけるような内容にもした方がええな」
「そうね。実際にどうなるかはわからないけれど、わたしもたぶん大丈夫だと思う」
「わたくしも問題ありませんわ。授業の内容にも充分ついていけますし、二回生になっても補習授業は続けられますわよ」
「私も去年と同様に補習授業はできます。他者に教えるというのはよい経験ですので、春からも続けたい」
「俺もできんでぇ。今回の試験がぎりぎりやったんは、勉強不足やなくて能力不足やからな。単純に勉強の時間を増やしてもどうにかなる問題とちゃうし」
自分の状態と照らし合わせてできると判断しているなら、これ以上は俺から言うことはないだろう。
「そうかぁ。それじゃみんなは春からやっていけるんだな」
さっぱりした様子で椅子に座ったまま背伸びをした俺に、全員が顔を向ける。
「とりあえず、俺の授業はもう終わったし、一旦俺の手からは離れるんだよな」
「あ、そうなっちゃうんですね」
「師匠は新学期からどの授業を担当されるのですか?」
「まだわからないんだよ。三月にならないと」
去年俺が担当していたのは一回生の戦闘訓練の授業だけだったが、今年は何を担当するのかまだ教えてもらっていない。このまま一回生の授業を続けるならこの五人と会う機会は減るだろうし、二回生の授業を担当するならまた面倒を見ることになるかもしれない。
「なんか、先生はうちらの担任みたいな感じがするから、授業を受けてるかどうかってあんまり関係ないように思えるんやけどなぁ」
スカリーの言葉を聞いて俺の顔が引きつる。嫌なことを言うなよ。本当にそうなったらどうするんだ。
「あ、確かにそうね。今の担任の方は、距離を置いてわたしと接しようとされるから、どうにも相談しにくくて困ってたの」
「まぁ、クレアもそうですの? わたくしもですのよ。確かにわたくしの実家は公爵家ですけど、こちらの相談に応じるときくらいは親身になってもらいたいですわ」
「む、私の担当は誰だったか?」
「アリー、お前それあかんやん」
頼りにしてもらえるのは嬉しいけど、俺もできれば付かず離れずでいたいんですけどね?
みんなの話は次第に洒落にならないものになってゆく。このまま黙っているとまずいと判断した俺は、せめて直接嘆願しないように誘導しようと努力した。