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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
1章 ユージ、教師になる
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かつての面影

 翌日、新年となった。日本だと年末の大晦日から年始の正月と特別な日が続くが、こちらの世界では随分とあっさりしたものだ。大がかりなお祝い事は特になく、家族揃って数日を過ごすくらいである。


 今年のペイリン家では、スカリーの友達四人に加えて俺を招待して過ごしている。最初はいいのかなと思ったが、こうしたときに知り合いの家で過ごすことは珍しくないらしい。ただ、教師が学生の家にお邪魔していいのかという疑問は残る。いや、両親のペイリン夫妻は雇い主だからいいのか?


 ともかく、残り三日間はこのペイリン本邸で過ごす予定だ。


 昨日、大晦日は昼ご飯を食べた後、結局みんなで夕方まで話をしていた。俺の冒険者の話をした後は、一年間何をしていたのかをみんながそれぞれ語ったのだ。


 スカリーとシャロンは、三回生の専門課程でどのような課題に取り組むのか色々考えていたらしい。クレアは、専門課程で取り組むための準備を少しずつしているそうだ。そして、アリーはずっと修行で、カイルは卒業後の準備と修行だと嬉しそうに話していた。


 この話を聞いた俺は、嫌でも遙か昔の日本の学生時代を思い出した。どう考えても、この五人の方がよく先を考えてしっかりと生きている。なんか俺が先生なんてしているのが間違っている気がしてきた。優秀すぎて泣けてくる。


 そして今日は、朝からみんなの戦闘訓練をすることになっていた。どうして休みの、しかも新年初日にそんなことをするのかというと、授業風景をペイリン夫妻が見たいと希望したからだ。元はアリーとカイルの日課につきあうだけの軽い頼みだったのが、いつの間にか授業参観みたいになって目眩を感じていた。


 食堂で朝ご飯を軽く食べた後、みんなで庭へと移動した。武具は屋敷で用意してくれているらしい。


 「ここがうちの庭やで! どうや、広いやろ!」

 「ここでかつて我が先祖を含めた魔王討伐隊の四人が修行をしたそうだ」


 スカリーが庭を自慢し、学園長が庭の由来を説明してくれた。

 それに対して、俺は「知っている」と喉まで言葉が出かかった。


 かつてライナス達と一緒に武具の確認をした場所だ。忘れるはずがない。


 魔王を倒すためには、今では伝説と呼ばれている光の剣を使いこなせるようになる必要があった。しかし、それを使いこなすためには真銀ミスリル製の武具を手に入れなければならなかったので、原材料である真銀ミスリルを採取するのに随分と苦労したものだ。


 そして、ようやく手に入れた真銀ミスリル製の武具を使って、光の剣をきちんと使いこなせるようにここで色々試したっけ。バリーが喜んで武器を振り回していたよなぁ。試し切りで鉄製の長剣ロングソードが欠けたっけ。


 他にも、ローラとメリッサの装備もどんな具合か確認した。そのために俺は二人に対して魔法を撃ったけど、ちょっと大きめの魔法をメリッサに投げたら慌てて面白かった。


 「師匠、どうしました?」


 俺がしばらく呆然と庭を眺めていたのに最も早く気づいたアリーが、言葉をかけてきた。おっと、感傷に浸っていたようだ。


 「ああ、大丈夫。庭が立派だったから驚いたんだ」

 「嬉しいわぁ。うちら自慢の庭やもんね~」


 俺の言葉にサラさんが笑顔で頷いてくれた。思い出のある場所だからか、この庭を自慢に思っていてくれていることが嬉しく思える。


 「さぁ、カイル。それじゃ軽く体を動かそうか」

 「よっしゃ、朝は寒いからゆっくりな」


 アリーとカイルはさっさと準備運動を始めた。あの二人は既に自分のやり方というのがあるので俺が言うことはない。


 「スカリー、クレア、シャロン。こっちも準備運動を始めるぞ」


 俺が主に面倒を見るのはこの三人だ。今では教えた柔軟体操もきちんと覚えてくれたので口を出すこともほぼない。ただ、二人一組で体を動かすときは俺が入って相手をする。


 秋の色が見え始めた頃から、俺はこれを五人に教えた。アリーとカイルは既に知っていたので足りない分だけ追加した程度だったが、スカリー達はいちから教えている。特に寒い日などは、体を充分に温めてからでないといきなり激しく動くのは危険だからだ。


 「以前、スカーレットが言っていた準備運動とはこれのことか」

 「随分と長いことやるんやね~」


 ペイリン夫妻が俺達の様子を不思議そうに見ている。


 こういう寒い日は、特に入念に体を温めるように俺は全員に指示している。冒険者だった頃も当たり前のようにやっていたが、仕事で一時的に組んでいた相手には軒並み不評だった。どうにも面倒に思えたそうだ。気持ちはわかるけどな。


 それが終わってからは、授業でやっていることと大体同じことを始める。元旦の朝から仕事をしているみたいで損をした気分だが、諦めるしかないだろう。


 結局、授業まがいの訓練は一時間程度で終わらせた。体力的には昼までできるが、ペイリン夫妻が見学をしているのだから、授業を丸々やるわけにはいかない。


 「なかなか興味深かったよ。いつもこんなふうにしているのかね?」

 「今朝はみんな多少張り切っていたみたいですけど、いつもこんな感じですよ」


 特にスカリーが張り切っていたよな。内心がわかるだけに思わず苦笑した。


 「み~んなばらばらに訓練してたけど、あれでええの?」

 「五人の能力水準がばらばらなので、一緒にするよりも個々に技術を伸ばした方がいいと思ったんです。例えば、アリーとカイルは当初から高い戦闘技術を持っていましたし、クレアも最初からいくらか戦えました。せっかくの少人数ですから、個別に対応することにしたんです」


 スカリーのグループの補習授業を見ていて改めてわかったけど、やっているうちにできる奴とできない奴にどうしても別れるから、どんな授業でも最低ふたつの階層ができるんだよな。だから、できるだけその各階層に合った指導をした方がいい。これが多人数だとなかなかうまくいかないんだけど。


 「良いものを見せてもらったよ。モーリス教諭はいい人材を紹介してくれた」

 「ほんまやね~。それじゃ、汗かいたやろ。部屋に水浴びの用意させてるさかい、流しといで」


 おお、これはありがたい。俺達は喜んでその申し出を受けた。




 昼ご飯を食べた後は、スカリーによるペイリン本邸の案内が始まった。今回初めて屋敷にやって来た俺、アリー、カイルのために、魔王討伐隊ゆかりの部屋などを紹介するためだ。クレアとシャロンも初めて屋敷へ来たときにしてもらったらしい。


 「最初は、うちの部屋からや!」

 「待て、どういうことだ?」


 いきなりおかしなことを言い出したスカリーに、アリーが即座に疑問を呈した。


 「うちの部屋はな、元々メリッサはんが使ってたんやけど、それ以来代々長女が使うことになってんねん」

 「有名なご先祖様の部屋なんやろ? そんなところ使つこうてもええんか?」

 「けどそんなことゆうてたら、うちの屋敷なんて誰も住めんようになってしまうやん」


 そりゃそうだ。いくら広いからといっても限度はある。要はきれいに使えばいいのだ。ただ、子供がどれだけきれいに使えるかは疑問だが。


 スカリーの部屋に入ってみたが、今借りている部屋と造りは変わっていなさそうだ。しかし、本棚がいくつもある。もちろん収められているのは百科事典みたいな本だ。


 「随分とたくさんの本があるな。これ全部読んだのか?」

 「一応目を通したってゆうのも含めてええんならな。この部屋に最初に本棚を持ち込んだんはメリッサはんらしいで」

 「そんなら、本棚にはそのメリッサっちゅう人の本もあるんか?」

 「いや、さすがにそれはない。家に図書室があるんやけど、そこに保管してあんねん」


 これだけ大きな屋敷だと、そんなものもあるのか。まぁ、蔵書を傷めないためにも専用の場所で管理した方がいいのはわかる。


 そういえば、俺って前世でこの屋敷に滞在したことがあるけど、本当に最低限のところしか回っていないことに今更気づいた。というのも、図書室の話以前に、ここが元メリッサの部屋ということさえも今日初めて知ったからだ。基本的にライナスの背後をついて回っていただけだったから、あいつの行っていない場所は知らないんだよなぁ。


 「次は図書室に行こか! ここにはメリッサはんとローラはんが集めた資料がぎょうさんあるんやで」

 「聖女ローラの実家はノースフォートにあるのだろう? ならば聖女殿の収集物はそちらにあるのではないのか?」

 「魔法関連の書物は写本してこっちにも収めてあるんや、アリー」


 原本は持ち出せないが知識としては手元に置いておきたいということか。学校を作るならそれに見合った図書館も必要だから、色々と集めたくなるのもわかるな。


 しばらく屋敷内を歩いて目的の図書室へと入る。すると、皮と紙とインクの混じり合ったかすかな香りに出迎えられた。学校の図書館とはまた違う。


 「はぁ、屋敷にこんな図書室があるなんてなぁ。俺の実家やと考えられへんわ」

 「お屋敷が小さいってことですの?」

 「ん~まぁ、それもあるんやけどな。それ以前に本を集めて保管するなんて考えもせぇへんってゆうことなんや。俺も含めて学のある一族やないしなぁ」


 シャロンのあけすけな質問にカイルは正直に答えた。こういったことには金もかかるだろうし、貧乏だったら集めるところからして難しいだろう。


 「ここの蔵書は、大学にあるものとはまた違うな。寄贈はしなかったのか?」

 「魔法学園創立時に、寄贈できるもんは全部図書館に移したって聞いてるで。そやから、こっちに残ってるんはいろんな理由で移さへんかったやつだけや」


 魔法学園もペイリン家が所有しているとはいえ、やはり公共性で言えば学校の方が高い。そうなると、屋敷内の図書室に保管した方がいい本も当然あるだろう。特に直接ペイリン家に関わるような記録なんかは寄贈できるはずもないしな。


 「ふむ、こういう蔵書は、私よりもお婆様の方が興味を持たれるだろうな」

 「俺もあかんな。どの本が枕として使いやすいか、くらいしか思い浮かばん」

 「ここはここで面白そうだな」


 アリーとカイルはあまり興味を持てなかったようだが、俺としてはいくつか魔力で編纂された書籍に書き写したい本がある。可能なら少し籠もりたい。


 「へぇ、先生は興味あるんや」

 「そういえば、よく図書館に通われているんでしたよね」


 近くにいたスカリーとクレアが俺の独り言に反応した。意外というよりも感心してくれている様子だ。


 「スカーレット様、専門課程の研究をするときに、ここの図書室を使わせていただけませんか?」

 「ええで。本なんて使ってなんぼやさかいな。クレアも必要やったら、いつでも使いや」

 「ありがとうございます、スカーレット様!」

 「ありがとう、スカリー」


 図書館と違う本があるんだから、ここの図書室も使いたくなるのも頷ける。見せても差し支えがないから俺達にも公開したんだろうけど、こういうところは太っ腹なんだな、スカリーって。


 次に見せてもらったところは、ライナス、バリー、ローラが宿泊した部屋だ。とはいっても、俺達が今使っている部屋と変わりはない。そして現在、シャロンがライナスの使っていた部屋を、アリーがバリーの使っていた部屋を、そしてクレアがローラの使っていた部屋を利用している。


 その次に案内してもらったところは応接室と食堂だ。ここでペイリン家の面々とライナス達が会して、魔王打倒の策を練ったり、親睦を深めたりしていたと説明を受ける。初日から頻繁に使っているのでありがたみはないが、確かにそんなことはしていたな。


 「最後は庭やな。朝に散々使ってたけど、ここで色々とご先祖様らは修行していたそうやで」


 朝にもう感傷に浸ったから思い出にふけることはない。スカリーの説明を聞きながら、当時どこで何をしていたのかを思い出しながら、庭を歩いて回る。


 「ここで毎日修行したら、俺も勇者みたいに強うなれそうやなぁ」

 「そうなると、魔族の私は逆に弱くなってしまいそうだ」


 カイルもアリーも庭のあちこちを見て回りつつ感想をぽつぽつと漏らす。


 「でも、当時はどうやって修行していたのかしらね」

 「そうですわね。あまり高威力の魔法を撃ち出すわけにもまいりませんし」

 「ここではあくまでも武具や魔法の確認しかしてへんらしいで。本格的な修行はここからずっと北にある最北の森でやってたそうや」


 クレアとシャロンの疑問に、スカリーが正解をそのまま口にした。どうも記録は残っているらしい。


 こうして俺達は、スカリーに導かれながら屋敷のあちこちを見て回った。俺としては時代を超えてペイリン邸の全貌を見た気分だった。




 嫌な時間や怠惰な時間はなかなか過ぎてくれないが、楽しい時間はすぐ過ぎる。

 年末年始の四日間はあっという間に過ぎた。年が明けて四日目の朝、俺は来客の中で最初にペイリン本邸を辞すことになった。


 「お世話になりました。とても楽しかったです」

 「それはよかった。こちらとしても、スカーレットの言っていること正しいことがわかって嬉しいよ」

 「え、なんですか、それ?」


 俺はスカリーに視線を向ける。スカリーはそれに合わせて俺から視線をそらせた。


 「まぁええやん、そんなこと~。それよりも、最後にひとつだけ質問があるんやけど」

 「なんですか?」


 この四日間で質問されたことはほぼ全部答えていたので、別れ際にするというサラさんの質問の内容がまるで思いつかない。一体なんだろうか。


 「あのな~、その『ユージ』って名前、親が付けたん?」


 たぶん、態度には表れていなかったと思うが、俺は内心どきりとした。実を言うと、この名前を今世で使い始めたのは冒険者登録をしたときからだ。どうしても前世の記憶の印象が強すぎて、両親の付けてくれた名前に馴染めなかったからである。


 それで、サラさんはそれについて尋ねてきた。しかも、ピンポイントな質問でだ。なぜそんな質問をするのか、どうしてそんなことを聞きたがるのかがわからない。


 前世での俺の存在は完全に秘匿されていたはずだから、今の時代に守護霊の存在を知る者はいないはず。いや、フォレスティアのジルやレティシアさんに、魔界にいるオフィーリア先生がいるからそんなことはないのか。


 「ええ、そうですけど、どうかされました?」


 しまったな。誰も知らないだろうからって堂々と本名を名乗ってたけど、まさかこんな形で名前のことを聞かれるとは思わなかった。メリッサが記録でも残していたのか?


 「あはは、そうなんや。今更やけど、珍しい名前やなって思ってん」


 サラさんは、にぱっと笑って引き下がる。本当に単なる興味から質問しただけなら、勘ぐった俺が間抜けだよな。何にせよ、俺には質問の意図がわからないままだ。


 あんまりこの話題を引っ張ってもボロが出かねないので、俺は再度お礼を述べると早々にペイリン本邸から立ち去った。

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