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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
1章 ユージ、教師になる
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ペイリン家のご招待

 今更だが、ペイリン魔法学園を校外に抱える都市レサシガムについて少し説明したい。


 この都市は、面積が六平方オリク以上とハーティア王国のエディセカルという都市とほぼ同じ大きさを誇る。俺の前世よりもずっと前から魔法だけでなく、学術、科学、魔族、妖精など、無節操なくらい研究が盛んだ。そのため、昔から研究都市と呼ばれている。


 更に現在では、王国から独立したレサシガム共和国の中心としても機能している。政治的にも重要になってきているのだ。


 最も賑やかなのは、街道に続く東門から中心部へ伸びている大通り近辺だ。ここには商業関係の大きな建物が集中して並んでいて、とても賑やかである。


 しかし、それ以外の場所はほとんどが閑静だった。貴族の邸宅、裕福な商人の屋敷以上に、研究のための施設が数多く存在するからだ。さすがに研究都市と呼ばれるだけあって、どれも広い敷地を有している。これらのほとんどが自宅を兼ねているのだ。


 そしてこれらは、前世の俺がやって来たときとほとんど変わっていない。だから、今世で初めてレサシガムを訪れたときも、ほとんど迷うことはなかった。


 もちろん、ペイリン本邸もそうだ。大通りは前世のときと全く変わらないし、屋敷と呼ばれるような大きな家も、家主が変わっていても家そのものに変化はほぼない。つまり、俺は教えられなくてもスカリーの屋敷へたどり着くことができるのだ。


 「あったあった。ここだったよな」


 俺は今、ペイリン本邸の大きな屋敷の前に立っている。二百年前とほとんど変わらない。懐かしいな。


 昼前に到着し、門番に来訪を告げるとしばらく待つように命じられる。命令されるいわれなんてないんだけれど、鎧を身につけていない今の俺は、見た目からして平民そのものだしなぁ。腰にぶら下げている鎚矛メイスが、辛うじて冒険者っぽく見せているはず。立派な一張羅なんて持っていないし、ドレスコードなんて知らないですよ?


 それはともかく、俺がやって来るという話はきちんと伝わっていたらしい。しばらくすると使用人ひとりがこちらへとやって来る。使用人は軽く一礼すると、応接室に案内するのでついてくるように伝えてきた。


 門をくぐり、屋敷を正面に見据え、玄関から大広間に移り、廊下を歩いて応接室にたどり着く。おいてある調度品なんかには多少の違いはあるものの、かつて見た風景と変わらない。


 応接室の中も同様だ。まるで当時の様子を再現したいからそうしているんじゃないか、と言いたくなるくらいに何も変わっていない。俺が以前ライナス達の座っていた長椅子に座ると、使用人は一礼して退室した。




 以前訪れたことがあるとはいえ、それはあくまでも前世の話だ。また、同じペイリン家の屋敷だとしても今と昔では違う。更に言うと、今の俺の服装は平民丸出しの普段着である。だからちょっと居づらい。


 なんとなく居心地の悪さを感じて待っていると、扉が勢いよく開けられた。


 「先生、よう来たな!」


 スカリーが元気よく挨拶を投げかけてくる。家ではおとなしくしているのかなと思っていたが、そんなことはないようだ。


 そのスカリーの背後からは、シャロン、クレア、アリー、カイルが続いて入ってきた。みんな一斉に挨拶してくるので、俺もまとめて返した。


 「しかし、よく両親が俺を招待する許可を出したな。年末年始くらいゆっくりと家族と過ごしたいだろうに」

 「そうなん? なんかあっさりと許可してくれたで」

 「何でまた?」

 「さぁ? あ、もしかしたら、どんな先生なんか品定めするからとちゃうかな」


 どうして今更そんなことをするんだよ。やるなら採用するときにするだろう。


 「優秀な先生やさかい、是非うちの娘婿候補なんて理由で……」

 「そんなことあるはずありませんわ! カイル、その傷んだ頭を砕きほぐして差し上げます!」

 「待たんかい! その砕きほぐすってなんやねん!?」


 余計なことを口走ったカイルがシャロンに追い詰められてゆく。あほなことを言った罰としてしばらく放っておくとしよう。


 「みんなはいつからこの屋敷にいるんだ?」

 「わたしは六日前からです。授業が全て終わった翌日からですよ」

 「私は昨日からです。カイルとの修行を少ししてから、一緒に寄せてもらっていました」

 「ちなみに、シャロンは五日前からや」


 カイルを応接室の隅に追い詰めたシャロンを横目で見ながら、スカリーが代わりに答えてくれた。あの動きが普段からできたら、固定砲台だなんて思わないのにな。


 「それにしても、先生は間がええな。もうすぐ昼時やさかい、うちでご飯が食べられるんやもんな」

 「実は期待しているんだよな」

 「そうなんや。まぁ、楽しみにしとき」


 学校でもそうだったけど、無料で食べられるんだったら大抵のものは我慢できる。ましてやこんなお屋敷で出てくる料理だ。さぞ期待できるだろう。




 応接室で俺達が近況を語り合っていると、ひとりの使用人が昼食の用意ができたことを告げにきた。


 俺達はスカリーを先頭に食堂へと向かった。応接室からはたっぷり数分歩く。実際に自分の二本脚で歩くと屋敷が広いことを実感した。


 食堂の中へ入ると、何人もが一同に会食できる大きく長い食卓が部屋の中央にしつらえてあった。そしてその上には、子豚の丸焼き、鶏の丸焼き、何かの魚の丸焼きから始まって、ハム、ソーセージ、チーズ、各種果物や野菜などが所狭しと置いてある。ああ、この丸焼き率の高い料理群は見覚えがあるぞ。


 「来たかね」


 食卓の上座には、見覚えのある男女が二人揃って座っている。懐かしい料理に見とれて、声をかけられるまで気づかなかった。

 声の主であるドルフ・ペイリンさんは、その重厚な声に見合った厳つい風貌をしている。この顔に睨まれたら怖いだろうなぁ。


 「お~、やっと来たんか。さぁ、はよ座りぃな」


 その横で妻であるサラ・ペイリンさんが俺達を手招きしている。この夫妻が並んでいると親子にしか見えない。しかしスカリーの両親であり、旦那が学園長、嫁が専門課程の担当教員だ。本人は研究者と名乗っているらしいが。


 他のみんなが次々の椅子に座る中、俺はまず挨拶をするべくペイリン夫妻に近づく。


 「ユージと言います。今回は、招待していただいてありがとうございます」

 「私はドルフ・ペイリンだ。知っていると思うが、ペイリン魔法学園の学園長をしている。君のことは娘から話は聞いている。色々と厄介になっているようだね。礼を言う」

 「うちはサラ・ペイリンってゆうねん。おとーちゃんの嫁で、スカーレットの母親なんやで。あの子がおいたしたら、うちの代わりに躾けたってな」


 学校で見る限りでは固い印象のあった学園長だが、さすがに自宅だと幾分軟らかくなっているな。一方、サラさんの方はどこでも変わらないようだ。


 挨拶が終わった後、椅子を勧められて座ったのだが、その位置は学園長の隣だ。いきなり近すぎないか?


 「さて、ユージ君との挨拶も終わった。皆も空腹だろう。早速料理をいただこうじゃないか」

 「「賛成~!」」


 俺の疑問をよそに、学園長が宣言するとスカリーとサラさんが一斉に手を伸ばした。それに続いて他のみんなも手を伸ばす。文字通り手づかみでだ。


 前世でずっと眺めていた光景の中に、俺もようやく溶け込めた気がした。あのときは霊体だったので一度も食べることができなかったが、今はみんなと同じように食べ物に手を伸ばせる。ただ、できることなら、ライナス達と一緒に食べたかったな。


 それにしても、こんな上流階級の屋敷に平民丸出しの服でやって来たのに、この夫婦は全然気にしないんだ。一言どころか表情も変化しない。さっきから当たり障りのない、学園の話をするばかりである。


 「あの、さっきから不思議だったんですが、俺の服装について何も言わないんですね」

 「貴族を迎える夜会を開くときなどはさすがに困るが、知り合いだけのときなら気にせんよ」

 「それになぁ、うちの家はゲイブリエルはんとメリッサはん以来、服のことは気にすんなってゆう家訓があんねん」


 どんな家訓だ。っていうか、ゲイブリエルなんて名前、今世で初めて聞いた。メリッサの爺さんの名前もペイリン家ではやっぱり別格なのか。


 やっぱりあれか。冒険者家業に抵抗なく入れるためなのか。学校だと学生にナイフとフォークを使わせているのに、食べるのも手づかみだし。今のペイリン一族が冒険者になる必要なんてないから、もしかしたら伝統だけが残っているのかもしれない。


 「うち、ナイフとフォーク使うより、こっちの方が気楽でええなぁ」

 「わしが子供の頃はそうでもなかったが、最近は礼儀作法として当たり前になりつつあるからな。使い方くらいは一通り覚えておかねばなるまい」

 「あれ、めんどくさいよね~。一体誰が考えたんやろ。おかーちゃんも嫌やわぁ」


 学園長は一応受け入れているようだが、サラさんとスカリーは手づかみ派のようだ。面倒だもんな、あれ。


 「そういえば、ユージ君は我が学園にやって来る前、冒険者をしていたと聞いている。どのようなことをしていたんだろう?」

 「あ、それ俺も気になりますわ!」


 思い出したように俺の経歴を聞いてきた学園長に、カイルが乗りかかる。他のみんなも興味があるようで、こちらに視線を向けてきた。


 「主にひとりで依頼を引き受けていましたよ。普通は二人以上でパーティを組んで仕事をするものですけど、最初に酷い目に遭ってから、できるだけ単独で仕事をするようにしていたんです」

 「酷い目とはどのようなものかね?」

 「組んだ相手に次々と騙されそうになったり、法外な上前をはねられそうになったり、売り飛ばされそうになったりしたんですよ。パーティに入るなら、ある程度見知った相手にするべきですね」


 ざっくりと概要を話しただけだが、聞いていたみんなは絶句した。たぶん、冒険者家業が厳しいという話は知っているんだろうけど、みんなの思っていた厳しさとは違うんだろうな。


 「仕事の厳しさを想像していたんだが、それ以前に仲間が信用できないということかね」

 「赤の他人をパーティに迎え入れる場合は、純粋に戦力として必要としている場合じゃなければ、騙す相手だと思っている連中もいるってことです。当時の俺は幼い風貌でしたし、カモに思えたから次々と被害にあったんでしょうね」


 何しろ八歳の冒険者だからな。あれで十五歳未満の冒険者登録を禁止している理由もよくわかった。やっぱり何かしらの理由があって規則ってあるんだよな。良いか悪いかは別にして。


 その後、学園長とカイルの希望で具体的な話をいくつか披露する。本当にえぐい話はさすがにできないから、俺の体験談でましなやつだけだ。特にこれから冒険者になる予定のカイルにはいくつかの教訓と一緒に言い含めておいた。


 「はぁ。俺もカモられへんように気ぃつけんといかんなぁ」

 「お前なら、どこででもやっていけそうに思えるな」

 「アリー、そりゃ買いかぶりすぎやで。良くも悪くも経験を積んだ連中に、器用さだけで立ち回れるほど、世の中甘ないで」


 カイルはよくわかっている。だからこそ大丈夫そうに見えるんだけどな。


 「ユージ先生も、カイルみたいに長男じゃなかったから、冒険者になったんですか?」

 「村での生活にさっさと見切りつけてそうやなぁ」


 クレアの質問にスカリーが自分の想像を乗せる。実際その通りで色々準備をしていたわけだが、現実は俺の予想を上回っていたよなぁ。


 「俺の場合は、村が疫病にかかって全滅したから冒険者になったんだ。周辺の村もそうだったらしいから、俺の小さい頃を知っている人っていないと思う」


 よく生き残れたものだと思う。病気にかかったら魔法で治すつもりだったけど、結局かからなかったもんな。


 「それはまた、壮絶な人生を歩まれましたわね」

 「悲惨な人生なんて、そこら辺にいくらでも転がっているけどな」


 俺の場合は、疫病というある意味派手な出来事があったから注目してもらえた。けど、そうでなくても不幸な子供はいくらでもいる。大抵は大人になるまでに死んでしまうんだよな。


 「ごめんなぁ。そんな重い話やと思わへんかったから、つい聞いてしもてん」

 「そうだな。すまない」

 「いいですよ。二人とも。別に誰が悪いというわけでもないですし」


 ペイリン夫妻から謝られてしまったが、どうせ一度は聞かないとわからないことなんだし、特に何とも思わない。それよりも、これからの話だよな。


 それからは、冒険者だったときに引き受けた依頼の中で、面白かったもの、つらかったもの、酷い目に遭ったものなどを面白おかしく語った。さすがにばらすとまずいものは控えたが、モーリスと組んでやった仕事がよく出た。それだけ厄介ごとを持ち込まれたというわけでもあるが。


 昼ご飯はいつの間にか終わり、食後の団欒へと突入する。その頃になると、俺も大体話せることはしゃべってしまっていた。


 「さすが師匠です。色々なことに巻き込まれていますが、見事に切り抜けていますね」

 「話を聞いている限り、モーリス先生って結構酷いですよね」

 「けど、あの先生って要領良さそうやし、そんくらいやってのけそうやなぁ」

 「カイルのゆう通りやな。これはうちらも気ぃつけなあかんな」

 「けれど、ひとりで受けたときの依頼の内容も、結構酷くありませんこと?」

 「シャロンちゃん、それは、そうゆう依頼だけ話してくれたからやと思うで~」


 俺の話を聞いた感想をみんながそれぞれ口にする。まぁ、興味を引くような話ばかりをしたからな。サラさんの言うとおりだ。


 「ふむ、なかなか興味深い話だった。わしは冒険者になったことはないが、ユージ君の話を聞いていたら、わかった気になってしまいそうだな」

 「ほんまやねぇ。あ、ところで、魔法学園には誰の紹介で入ったん?」


 学園長と一緒に俺の話に感心していたサラさんが、本当に突然思い出したように話題を変えてくる。


 「今年に入ってすぐ、モーリスが突然尋ねてきて、教員採用試験に受けないかって誘われたんですよ」

 「今までの話を聞いていると、何やら裏がありそうだ」

 「ほんまやねぇ、おとーちゃん。それで、勧めた理由は聞いてんの?」

 「まだひとりも人を紹介していないから、肩身が狭くなってきたって言ってましたね」


 それを聞いた全員が一斉に笑う。俺も初めて聞いたときは笑ったが、よかった、ちゃんと受けた。


 こうして、俺は今世で初めて団欒というものを楽しみながら、午後を過ごした。

 うん、なんというか、人はすっかり入れ替わっているけど、かつて見ていた温かい風景というのはまだ残っているようで嬉しい。

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