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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
1章 ユージ、教師になる
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年末年始の予定

 いよいよ本年も最後の月に入った。本格的に寒くなって外套が欠かせない。さすがにこの頃になると重ね着をするようになる。


 いや、金はあるんだけど貧乏性のせいで、今使っている服が使えなくなるまでは新しい服を買う気にはなれないんだよな。断熱効果の高い高価な服があることは知っているんだが、今は我慢だ。


 特に手足の先はすぐ冷えるから気をつけないといけない。俺の場合、足の先は靴下を二枚重ねて穿いている。手の指はどうにもならないので、厚手の手袋ひとつで何とかしのいでいた。


 それでも今月はまだましな方だ。本当に寒くなるのは来年になってからである。暑いのも嫌だけど、寒いのも嫌だなぁ。


 七月のときと同様に、後期最後の月である十二月も授業における学生の出席率は下がっていった。夏には帰省しなかった少し遠目の学生も故郷に帰る。


 そんな中、俺の授業は相変わらず出席率に変化はない。家が遠すぎたり、実家に居場所がなかったり、自宅が近すぎたりするからだ。さすがに俺みたいに実家がなくなったという学生はいないが。


 「よし、今日はこれまで。寒いから俺はさっさと教員館に戻る!」


 本音が漏れた俺の合図とともに授業が終了すると、全員動きを止めた。みんな吐く息はすっかり白い。


 「今日もよう動いたさかい、俺は暑いくらいやなぁ」

 「カイル、すぐに体が冷えるから、気をつけないといけないぞ」

 「わかってるって。この後は補習授業やし、体が冷える間なんてないやろうけどな」


 アリーとカイルの話を聞くに、二人は今日もスカリーのグループメンバーを指導するらしい。最近では指導する学生が半分に減ったと喜んでいる。年内には目処がつくそうだ。


 「クレア、中級算術の補習はどうですの?」

 「それが、なかなか思うようにいかないの。何人かはわかってくれたんだけど」

 「あれで詰まっとったら、この先大変やなぁ」


 一方、スカリー達は座学の補習の相談をしている。最近はこの手の話を聞いてばかりのような気がするな。進級試験が近づくにつれて受講生の真剣さも増してきているらしいけど、冬休みで緊張の糸が途切れないか少し不安だ。


 一見すると五人とも補習授業ばかりして自分の時間がないように思えるが、意外とそんなことはないらしい。それぞれ週に二回、長くても半日程度なので自分の時間はあるそうだ。特にスカリーは座学の単位を全て取得済みなので、時間は余っていると聞いている。


 ちなみに、五人が担当しているのは、スカリーが魔法関連の講義全般、クレアが算術と歴史、シャロンが自然科学と哲学、アリーとカイルが戦闘訓練だ。内容を聞いていると完全に補習塾である。全員知識や技術があるから、冒険者なんて危険なことはしなくてもどこででも生きていけそうだな。


 「その学生は、どの辺りで詰まっているんだ?」

 「え、ユージ先生?」

 「中級算術なんだろう? 助言できるかもしれないと思ったんだけど」


 クレアは戸惑いながらもどの学生がどこで詰まっているのかを話してくれる。俺はそれに対して、ひとつずつ教え方を説明した。残念ながら全てに回答はできなかったものの、これでいくらかは進展があるだろう。


 「へぇ、中級算術ができるんや。うちはてっきりおつむの方はからっきしかなって思ってたのに」

 「お前、いくら何でも馬鹿にしすぎだろう。これでも上級算術や上級自然科学もできるんだぞ」

 「「「「ええ?!」」」」


 残念なことに、アリー以外は俺の言葉に驚いた。俺ってそんなに頭が弱く見えるのかな。


 「ユージ先生って俺よりもましっていう程度やと思うてたのに。なんか裏切られた気分ですわ」

 「失礼ですけど、わたしもカイルと同じで、あまり勉強の方はできないのかなって思っていました」

 「冒険者から教員になられた先生というのは、体を動かす授業ばかりしている印象がありますものね。わたくしも意外に思いますわ」

 「そうか? よく図書館で本を読んでいらっしゃると聞いていたから、頭は悪くないと思っていたぞ」


 アリーの言葉を聞いて、クレアとシャロンが「あ」と小さく声を上げた。完全に先入観だよな、みんな。ただ、頭の出来はあんまりよくないのは確かだけど。


 「なぁ、先生。それ、どこで教えてもらったん?」

 「え? なにを?」

 「上級算術と上級自然科学。下級やったら村で教えてもらえるやろうし、中級算術もぎりぎり何とかなるかもしれん。けど、上級になるとどこかの学校か塾でないと教われへんのと違うのん?」


 難しい顔をして黙っていたスカリーの急な質問に、俺は一瞬どきりとした。まさか日本で習ってたから知ってました、なんて言えるはずもない。俺はこのときのために用意しておいた言い訳を口にする。


 「金に困っていた魔法使いや在野の学者に教えてもらったんだよ」

 「ああなるほど、それならまだ辻褄は合うなぁ」

 「ユージ先生ってそんなに銭持ってんでっか? それとも冒険者って儲かるもんなんやろか?」

 「金に困ってたって言ったろう? そこは交渉して値切った」


 納得しかけたスカリーの脇からカイルが疑問を投げかけてきた。あんまりしゃべってボロが出るのは嫌だから、早く話を切り上げたいんだが。


 「でも、どうして上級算術や上級自然科学を学びたいと思ったんですの? 冒険者をやっていく上で必要なこととは思えないですわ」

 「あー、将来を見据えてだよ。冒険者を引退してからも生きていかないといけないんだから、学べるときに学んでおいた方がいいだろう」

 「それが今役に立っているんですね」


 そうです、クレアさん。そしてシャロンさん、そういう想定外の質問は控えてもらいたい。


 「まぁええわ。そんなら、今度から座学の補習授業もやってもらうわ」

 「お前、俺の自由な時間を根こそぎ持っていく気か?」


 呆れる俺に対して、スカリーはにやりと笑った。




 「あ、そうや。みんな、冬休みはどう過ごすか決めてんの?」


 とりあえず今の話は終わりということで、スカリーは別の話題を振ってきた。


 「気が早いわね、スカリー」

 「俺は夏休みとおんなじで修行やな。どうせ銭ないし」

 「私もそうだな。レサシガムの街を散策したいとは思っているが」

 「街を散策するのですか。いいですわね、それ」


 まだ少し先の話ではあるが、夏休み同様に冬休みも一ヵ月ある。新年最初の月は丸々休みなのだ。翌月は進級試験なので完全に気は抜けないが、休めること自体は嬉しいだろう。


 ちなみに話はそれるが、教員にとってはこの一月から三月までが一番忙しい。というのも、一月は進級試験や卒業試験の準備をし、二月はその実施と進級試験の発表、そして三月は卒業試験の結果発表をしないといけないからだ。更に、入学生の受け入れ準備も平行してやっている。


 俺は今年の一月に採用試験を受けて教員になった直後から、この洗礼を受けて大変な目にあった。そうだ、教員試験もこの間にするんだったか。


 「先生は冬休みって何しはんのん?」

 「実は仕事がたくさんあるんだ。ほら、進級試験や卒業試験関連で」

 「あ~、そうゆうたら、おとーちゃんもおかーちゃんも毎年忙しそうやなぁ」

 「俺は今回試験を担当することはないだろうけど、他の先生の手伝いをすることになるだろうしね。特に一月後半からは忙しいと思う」


 基本的に去年と同じ作業をさせられるんだと思う。忘れている部分もあるけど、やり始めたら思い出すだろう。


 「そっか。それやったら、年末年始はうちにうへんか?」

 「え、俺が?」

 「そうや。一月前半までは暇なんやろ? うちんとこのおとーちゃんとおかーちゃんものんびりしてるし」

 「そりゃまぁ、時間は空いているけど、俺が行っていいのか?」


 かつて滞在したことのあるペイリン本邸に再び入ることができるのだから、もちろん興味はある。ただ、教師が学生の家、というか屋敷にお邪魔するという事実に抵抗があるのと、雇い主であるスカリーの両親と一緒に過ごすというのがどうにも居心地が悪そうだ。


 ところが、それ以外に断る理由がないというのもまた事実だ。

 さて、どうしたものかと迷っていると、スカリーが更に畳み掛けてくる。


 「うちに来たら、美味しいご飯が毎日食べられるんやで? しかも、魔王討伐隊由来の部屋なんかも見られるし」

 「うまい飯か。俺やったらそれで釣られそうやなぁ」

 「ああもちろん、他のみんなも招待するで。年末当日から新年の三日くらいどうやろう?」

 「おおっ、うまい飯がただで食えるんやったら、俺は行くで!」


 真っ先にカイルが反応した。生活費がぎりぎりなら当然断る訳なんてないわな。


 「もちろん、わたくしも参りますわ! また夏休みのような時を過ごせるのかと思いますと、わたくしは……!」

 「わたしも行くね。楽しみだなぁ」

 「招待するというのなら、応じさせてもらおう。スカリーの屋敷がどういうものなのか前から気になっていたのだ」


 何やら次々と外堀が埋まってきているような気がする。いや、別に俺が断ってもいいんだろうけど、なんかそんな雰囲気じゃなくなってきた。


 「わかった。それじゃ、年末年始に寄せてもらおうかな」

 「よっしゃ、決まりやな!」


 俺の言葉を聞いて、スカリーが嬉しそうに頷いた。

 年末年始の四日間か。一体どうなるのか期待と不安を抱きながら、俺はそのときが来るのを待った。




 日本の会社だと年末は仕事納め、年始は仕事始めというのがあり、全員が集まるようになっている。ではペイリン魔法学園ではどうかというと、仕事が終わった教員から順次休みに入る。そもそも、どうしてやっている仕事が違うのに、いちいち全員が顔をつきあわせなければならないのか、ということらしい。初めてその言葉を聞いたとき、俺は衝撃を受けた。


 ともかく、今年もあと数日を残すところとなった。早い先生だともう長期休暇に入っている。俺の場合は、最後まで全員が出席することを知っているので、あと一回だけ授業をして終わりにする予定だ。


 「お、ユージはまだいるんだ。いつから休みに入るのさ?」

 「明日もう一回授業をしてその後しばらく雑用を片付けるから、年末の三日前くらいからかなぁ」

 「真面目だねぇ。俺なんて二日後から休むっていうのに」

 「仕事なんて来年に持ち越したくないだろう? ただでさえ三月まで忙しいのに」

 「あそっか、ユージは今年の一月からここで働いていたんだっけ? だから知っているのか」

 「自分で勧めておいてそりゃないだろう」


 どうせなら早めに入って学校に慣れておいた方がいいと言われてその通りにしたが、自分の仕事を手伝わせたかったからそうしたと後に知った。確かに言ったことに間違いはなかったけどな、学校に就職してから春までほとんど専属の雑用係としてこき使われたことは忘れてないぞ。


 「それで、休みに入ってからは何をするのさ。確か夏休みは学生の修行に付き合いながら図書館に通っていたんだよね」

 「レサシガムの街にでも行こうかなと思っているけど」


 スカリーの屋敷に招待していると言ってもよかったが、何となく言いづらかったので言葉をぼかした。うん、嘘は言っていない。


 「街に? 街のどこに?」

 「魔王討伐隊ゆかりの場所にだよ」


 レサシガムの街の中には、あちこちに魔王討伐隊の訪れた場所という触れ込みのところがある。実は大半がでっち上げなんだが、俺は興味あるのでそのうち行ってみたいと思っていたのだ。たまたまその中にペイリン本邸が含まれているというだけである。だからこれも嘘は言っていない。


 「あれ、今まで行ったことなかったの? レサシガムを拠点に冒険者活動をしていたのに」

 「去年までは生活費を稼ぐのに忙しかったからな」


 数年前からこのレサシガムに拠点を移して冒険者活動をしていたのだが、仕事をして疲れてくると余計な行動はしたくなくなるものだ。必然的に観光なんて行為は優先順位が低くなるので、ずっと無視していたのである。


 「夏のときと違って今度の休みはちゃんと外に出るんだな。うんうん、健全でよかったよ」

 「なんだよ、健全って」

 「ずっと校内に閉じこもってたら精神衛生上良くないってことさ。たまの休みくらい職場とは別の場所にいないとね」

 「だったら、お前はどこに行くんだ?」

 「俺かい? 俺もレサシガムの街さ」

 「また酒場か? だったら前と同じことを期待しても無駄だぞ」


 夏と同じことは聞きたくなかったので先手を打とうとしたが、どうも俺の予測はずれたらしい。不敵な笑みを浮かべたモーリスが俺に言い返してくる。


 「酒場に行くのは確かだけどね。さすがに前回と同じ過ちは犯さないよ。今回はしかるべき伝手を使って麗しの君たちと出会うのさ!」

 「うさんくさい臭いしかしないんだけどな。まぁいいや。それで、どんな伝手なんだ? 信頼できるのか?」

 「もちろん信用できるさ! でも、今はどんな伝手なのかは教えられないな。俺が成功したら教えてあげよう」


 よほど期待しているのか、やたらと上機嫌にモーリスは話をする。一応、成功は祈っておくけど、どうなんだろうなぁ。年明けに会えばわかるだろう。


 こうして俺は、年の瀬に年内の仕事をきっちりと終わらせて、今年のお勤めを終えた。あとはいよいよ、ペイリン本邸への招待に応じるだけである。

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