アリーとカイルの補習授業
気がつけば、日差しが柔らかくなっていた。夏の面影はすっかりとなくなり、魔法学園のあちこちに植えられた樹木は葉の色を変化させ、少しずつ散らせてゆく。なかなかもの悲しく風情のある風景だ。
しかし、後で落ち葉を清掃する手伝いをアハーン先生から受けている身としては、素直に楽しめなかった。
そんな思いを抱えながら、教員館へと向かって歩いていると、とある庭園の一角でスカリーが数人の学生と一緒にいた。近寄ってみると、何やら授業のようなことをしている。
「なにをしているんだ?」
「先生やん。今うちは授業をしとるんや」
「どうしてまた?」
「もう十一月やろ? 進級試験が来年の二月にあるさかい、みんなが合格できるように補習をしとるんやで」
思わず数人の学生に視線を向けると、全員が肯定の表情を浮かべていた。みんな初めて受ける上に、年一回の一発勝負だから不安なのだろう。
「進級試験は三ヵ月後だから、今から勉強すれば充分間に合うのか」
「そうやで。今月に各授業の勉強の仕方を一通り教えて、来月にみんなの苦手なところをどうすればいいのか対策を立てて、来年の一月はみんな自分で勉強する予定や」
「へぇ、単に勉強を教えるだけじゃないんだな」
学習塾の大学受験直前講座みたいな感じかな。もっとも、あれはこんな二ヵ月もしないだろうけど。
「それで、補習の授業はうちだけやのうて、クレアとシャロン、それにアリーとカイルにも手伝ってもらうんや」
「クレアとシャロンはまだわかるけど、アリーとカイルも? 戦闘訓練の復習でもするのか?」
「そうや。そっちも困っている仲間はおるしな」
「まるっきりグループメンバーを背負い込んでいるみたいだな」
俺は感心する以上に呆れた。以前、仲間は全員試験に合格させると言っていたが、どうやら本気らしい。面倒見が良いのは結構だが、頑張りすぎのようにも思える。
「話を聞いていると、それじゃ自分の時間がなくならないか?」
「うちは座学の授業を取ってへんから、その分時間があるんや。それに、クレアやシャロンなんかも手伝ってくれるし」
まぁ、自分を犠牲にしてまでやっているわけじゃないから、止めるほどでもないか。
あまり長々と邪魔をしても悪いと思った俺は、そこで話を切り上げて立ち去ることにした。
今では外に出ても肌寒いと思うことがあるくらいなので、体を思い切り使う戦闘訓練の授業はやりやすい。授業が終わる頃には汗ばむが、吹きつける風が体を冷やしてくれた。
今日の授業が終わって解散とした直後、俺はアリーとカイルに呼び止められた。
「ユージ先生、ちょっと話があるんですけど、ええですか?」
「ああ、いいよ」
夏休み以来、週に二回ほど一緒に修行している二人が揃っての相談とは珍しい。俺は後期が始まってからは全く様子を見ていないが、何か壁にぶつかったのだろうか。
「師匠、実は今度スカリーのグループで指導を行うことになったんですが、どうやって指導すればいいのか教えてほしいのです」
「え? 教えられるから引き受けたんじゃないのか?」
「やってれば何とかなるとは思うねんけど、やっぱり聞けるもんは聞いといた方がええでっしゃろ?」
確かに、できるからって上手に教えられるとは限らないからなぁ。俺だって未だにそれで困っているんだし。
「いつ教えることになっているんだ?」
「明日の昼です」
それを聞いて俺はしばらく考える。今日これからは別の授業の補佐をすることになっているし、明日の朝はやらないといけない作業がある。そうなると、今日の夕方くらいしか時間が空いていないのか。要点だけを教えて後は自分で何とかするように、というのでもいいのかもしれないが、それじゃ少しかわいそうだよな。
「明日の昼か。空いているって言えば、空いているな。よし、それなら様子を見に行くとしようか」
「え、一緒に教えてくれはるんでっか?!」
「俺はこれから別の授業の補佐があるから、それが終わってから一旦集まろう。そのときにどう指導すればいいのかを教える。それで、明日の昼から、俺が見ているからお前ら二人で教えたらいいだろう」
「ありがとうございます。不安でしたので助かります、師匠」
「断っておくけど、俺だってこの春から教え始めたばかりだから、上手とは言えないぞ。本当ならアハーン先生に聞くのが一番いいんだろうけどな」
さすがに間がなさ過ぎる。今回は俺で我慢してもらおう。
「そっか、ユージ先生が見ていてくれはるんやったら、安心して教えられるわ」
「そうだな。間違っていたらその場で正してもらおう」
二人の表情から緊張や不安が消えてなくなった。
ということで、夕方に会う約束をしてこの場は一旦別れた。
次の日の昼頃、俺は教員館の玄関でアリーとカイルと落ち合った。
その表情を見ると、対戦をするときとは違った緊張が浮かんでいる。
「緊張しているようだな。昨日教えたことをそのままやれば、うまくできるはずだよ」
「いやぁ、そりゃわかってるんですけどね。やっぱりやってないことを初めてするっちゅうのは緊張しますわ」
「私も同じです。教えるということはそれだけ責任を伴いますから」
どっちも真面目だなぁ。俺なんて最後はどうにかなるって開き直っていたのに。
「そんなに緊張しているなら、さっさとやってしまおう。なに、教え始めたらそんな緊張なんてすぐ忘れるよ」
「それは緊張を感じる余裕もなくなるということですか?」
さすがに鋭いな、アリーは。
ともかく、しゃべっていても始まらないので、スカリー達のいるところへ案内してもらった。場所は前回スカリーを見かけた庭園の一角だ。
「おー、来た来たって、なんで先生まで来たん?」
「スカリー達が普段やっている補習授業っていうのがどういうのか、見せてもらおうと思ってな」
「ほぅ、そうなんか。うちはてっきりこの二人を手助けするためかと思ったんやけどな」
そう言いながらスカリーはアリーとカイルに視線を向けた。アリーは無表情で受け流し、カイルは視線をそらせた。
スカリーはスカリーで鋭いな。
本日の補習を受ける学生は、見れば八人だ。俺の授業よりも少し多いくらいだな。悔しくなんてないぞ。
「スカリーも教えるのか?」
「うちは今回補助やな。戦闘技術に関しては、この二人に敵わんし」
あくまで今回の主役はこの二人というわけか。
「そうか。なら、俺は近くで見学するとしよう」
近くにある木まで歩いて、俺はそれにもたれかかる。さて、昨日の練習の成果はちゃんと出せるかな?
「今日は俺とアリーで戦闘訓練の補習授業をすることになったんやけど、まず、みんなが何をどの程度できるんか見せてほしいんや」
「今から私とカイルでひとりずつ確認していく。これによって教えることが変わってくるから、しっかり見せてほしい」
まずは現状把握だな。特にこういった補習授業の場合だと、できないことを集中的に練習しないといけないから、実はこの作業が一番重要だったりする。
アリーとカイルは二手に分かれて、学生四人をひとりずつ見てゆく。今回は前期の復習ということで、アハーン先生が授業でやっていたことを教えておいた。
俺の授業ではほとんど省略してばかりだったので、最初二人は戸惑っていたのを思い出す。それでも昨日の夕方、教えるとどちらも一発でやってのけたのは、しっかり基礎ができていたからだ。
学生八人の習得状況を確認したところ、前期の内容を全てこなせたのは一人もいなかった。最も出来が良くて八割、酷いと三割を下回っている。結構ばらついているな。
「アリー、これ結構ばらついてんな。三組くらいに分けよか」
「下位組が三人、中位組が三人、上位組が二人だな。担当は、下位組がカイル、中位組が私、上位組がスカリーとしよう」
落ちこぼれの中にもできる奴とできない奴というのはいる。だから、ある程度層を分けて指導した方がいい。そして、できない組に教え上手な奴を当てることで、早く上達させるというやり方だ。
学生八人に三組に別れてもらうことと各指導担当者をカイルが発表する。スカリーが教えることに多少驚いた学生達だったが、スカリーもこのくらいなら教えられるので教師役としては問題ない。
ということで、ここからは各組ごとに指導が始まった。
学生同士の教え合いだから、もしかしたらだれるかもしれないと思っていたが、進級試験に合格したいというのは本当らしく、みんな真剣に習っていた。
「最初はひとつずつの工程を確認するつもりでやってみよか。いっぺんにはできひんからな、ゆっくり、ひとつずつや」
「各工程の動作が一通りできるようになったら、今度は少しずつ各工程の動作を連続してやってみよう。途中で詰まっても、最後までやりきるのが大切だ」
「みんなは基本はできてるんやさかい、一通りの動作を確認した後は、素早くできるように練習したらええ。そこまでできるんやから、もう少しや」
教えるときはゆっくり丁寧に、そしてできるだけやる気を削がないように指導する。できないことは本人もわかっているんだから、ここで否定するのは良くない。失敗したら、その原因を教えて、次はどうしたらいいのかというのを一緒に考えて答えを導くのが理想的だ。なかなかうまくいかないことも多いが。
俺が見ている限り、アリーとカイルは初めて教えるにしてはなかなかうまくやっている。スカリーはもともとこういったことは得意らしく、楽しそうに指導していた。
結局、この日の成果は、上位組が前期の内容をほぼ習得したのに対して、中位組の一人もほぼ習得、残り二人が八割くらいだった。下位組は四割から五割程度だ。俺としては、上出来な成果だと思う。
夕方、補習授業が終わった後、俺達は食堂で今日の成果と今後について話をすることにした。
「お疲れ様。なかなか胴に入った教えっぷりだったじゃないか、カイル」
「だぁー、疲れたぁ! ユージ先生いっつもあんなことしてんのかいな。すごいなぁ」
取ってきた料理を皿に山盛り乗せたカイルが、椅子に座ると盛大にため息をついた。
「カイルの言うとおりです。自分が修行するときとは全く違う疲労ですね、これは」
「うちはある程度慣れてるからどうもないけど、二人は初めてやさかい、しんどいやろな」
先輩風を吹かせたいのか、スカリーはおすまし顔で二人に上から目線で語る。
「ユージ先生ぇ、今日の授業どうでしたかいな?」
「上出来だと思うぞ。初日でいきなり三人も前期の内容を習得できるとは思わなかった」
「引き続き、残りの五人を指導すればいいんですね、師匠」
「前期の内容ができた三人は、今度後期の遅れを取り戻す授業をしないといけないけどな」
今は十一月、後期も後半に入っている。遅れを取り戻すためには、まだやらないといけないことがある。
「そうや、今日の八人とは別にまだ四人おるんやけど」
「今週中にもう一回同じ授業をその四人にして、来週八人に合流させられたら理想なんだけど、できそうか?」
「いや、とってる授業の都合で無理やねん、先生」
言ってはみたものの、あまり期待はしていなかった。一緒にやれるんなら今日もやっていたろうしな。
「まぁでも、同じ事をすればいいだけだし、問題はないだろう」
「今日と同じでええんやったら、俺ももうできるで」
「私もです、師匠」
「ということは、俺ももう必要ないな。今度からは三人だけでやれるだろう」
俺の言葉に、三人は大きく頷いた。
この様子ならあの学生達は進級試験に合格するんじゃないだろうか。俺はこれからどう指導していくのかを話し合う三人を眺めながら、そんなことを考えた。