転移した前世から
魔王デズモンド・レイズの居城に仲間達と一緒に乗り込んだ俺は、ついに魔王本人と対面し、激戦を繰り広げる。さすがに魔王は強く、魔法戦士ライナスとその三人の仲間が四人がかかりでやっと互角だった。
ライナスの守護霊だった俺は、密かに五人目として一緒に戦っていた。そして、ライナスと一体化することで使えるようになったまばゆく光る剣で、俺達は魔王の攻撃を真っ正面から受け止め、返す剣で切りつける。この魔王への切り札は魔力の消費が激しくてつらいが、そんなことを言っていられる余裕は全くなかった。
『さぁ、終わり、だ!』
魔王はライナスと切り結んでいる黒く輝く剣に更なる力を込めてきた。その輝きは一層強くなる。
それに合わせて、ライナスは更に押されてゆく。まずい、まずいぞ!
(ライナス、今から俺は長剣に移って、そこから直接魔力を放出できないか試してみる!)
(ユージ?! それ、大丈夫なの?)
(どうせこのままじゃ二人ともやられちまうだろ?! まずは勝つ方法を考えるんだ!)
ライナスはもう口で話す余裕がないから魔法の精神感応で話しかけてきている。そんなライナスに向かって俺ははっきりと言い返した。
俺だって正直にいうと怖い。どうなるか想像もつかん。でも、もうやるしかない。
ライナスが魔王に少しずつ押されてゆく中、俺はライナスの持つ長剣へ意識を向けた。人型霊体である俺がどうやって剣と重なれるのかがそもそもわからないが、この魔力を吸い込むような感覚に従って剣の中に入るイメージを思い浮かべる。
魔力を吸い取られる感覚は、ちょうど湯船の栓を抜いて湯を排水する感じに似ていた。勢いでいえばプールの排水の方がふさわしいのかもしれないが、そっちは体験したことがないのでわからない。ともかく、その吸い取られる魔力と一緒に自分も剣に入るところを想像した。
すぽん!
するとどうだろう、なにやら間抜けな音が頭の中に響いた感じがするものの、嘘みたいにあっさりと剣の中に入れた。視線がライナスの目の辺りから手元へと変化する。そして、狭い瓶の中に詰め込まれたような感じがして窮屈だ。あんまり長居したくないな、これは。
(ライナス、入れたぞ!)
(え、ほんとに?!)
これにはライナスも驚いたようだ。自分でも驚いてるんだから当たり前か。ともかく、これで準備は整った。
(それじゃ出力を上げるぞ!)
(うん!)
俺の予想ならこれで更に魔力を注ぎ込めるはずなんだが……お、できた!
先ほどまで感じていた上限は感じなくなった。そして、剣へ更に魔力を注ぎ込むことで光の輝きが増す。
『なん、だと?!』
魔王は俺達が黒い剣を押し返してゆくのを目の当たりにして目を見開いた。しかし、諦めた様子はない。
『まだ、だ!』
再び魔王は力を込める。黒い剣はその輝きを更に増した。
「ぐっ、うっ!」
ライナスの額から血が迸る。あ、しまった。ライナスの体が持たない可能性もあったんだ! このままつばぜり合いを続けていると、ライナスの体が壊れてしまうかもしれない。単に魔力量だけにしか目が行ってなかったけど、剣を持つ術者の体も重要な要素だよな。
もうこれ以上はライナスの体がもたない。だったら、一気に魔力を解放して決着をつけないといけないな。けど、今度は俺がどうなるのかわからない。そもそもそんなことをしたことがないからだ。
(ライナス、お前の体はもうもたない。だから、今から俺が一気に魔力を解放して決着をつけよう)
(でも、そんなことをしたらユージは?)
(わからん。ただ、次はない以上、できることはやらないとな。それじゃやるぞ!)
(わかったよ!)
やけくそ気味の返事を聞いた俺は覚悟を決めた。
俺の中のものを全部外にはき出す感じ。中身を空っぽにする感じだ。それを想像しつつ、全身へ一気に力を入れた。
(はっ!!)
その瞬間、俺の意識はぶつんと途切れた。
随分と狭苦しいところにいるような気がする。どうしてこんなところにいるのかわからない。ただ、水の中に浮いているような感じは悪くなかった。
「…………!」
何やら周囲が騒がしい。
寝るという感覚を本当に久しぶりに感じていられるんだから、静かにして欲しい。起きたら二十四時間起きっぱなしになるんだから。
「………………!」
この声は、女、かな? なんかやたらと響く声だな。どうしてこいつはこんなに騒いでるんだろう。
「ユ……! ……ジったら!」
む、次第に言葉がはっきりとわかるようになってきた。誰かを呼んでいる? 早く応えてやればいいのに。
「ユージ! 起きなさいよ!」
俺か! なんだ、どうして俺は呼ばれているんだ?
(あーもー、さっきからうるさいな! お前はなんでそういつも騒がしいんだよ、ジル!)
「うわっ?! 返事があった!」
叫びながら周囲を見回すと、薄暗い部屋に俺はいるようだ。何やらたくさんの箱などが置いてある。
目の前では、ぐるぐると飛び回っているジルがこちらに驚いた顔を見せていた。身長三十イトゥネック(センチメートル)程度の羽根付き妖精だ。相変わらずうるさい。
その奥には、見覚えのある女性を先頭に数人の男女が、ジルと同じように驚きの表情を見せている。あれ、俺は何かしたのか?
(いや待て。どうしてここにお前がいるんだ? 俺は確か……)
「どうしてって、ここはフォレスティアの宝物庫だからよ! それよりあんた、やっと目が覚めたんだね!」
(は? フォレスティア? いや……いやいやいや! 俺は魔王と戦ってて、それで、光の剣の出力を極大にして……あれ、それからどうなったんだ?)
精神感応を使ってしゃべる俺に、妖精語で返してくるジルだったが、全く気にした様子はない。そりゃそうだ、俺がこの異世界にやって来たときに、色々と教えてくれた教師の一人だからな。霊体の俺が精神感応で会話することなんて最初から知っている。
しかし、重要なことはそこじゃない。ライナス達と一緒に魔王と戦っていたことは覚えているが、それから先の記憶がさっぱりない。消滅していないだけましなんだろうが、どうやら意識を失っていたようだ。ただそれにしたって、どうして魔王の居城じゃなくてフォレスティアなんだ?
しばらく考え事をしていたせいで視線を宙にさまよわせていたが、再びジルに目を向けると何やら悲しそうな表情をしていた。
「あのね、ユージ。今からあたしが言うことを落ち着いて聞いてほしいの」
(おお、いいぞ。お前よりも落ち着ける自信ならあるからな)
もう、冗談言わないの! と怒ってジルは再びぐるぐると俺の周りを回る。
とりあえず気分を落ち着かせると、俺は先を促した。
「あのね、あんたが気を失った後、ライナス達は魔王を倒したわ」
(おお、そうか!)
その言葉を聞いた俺は、体中から喜びの感情が溢れ出すのがはっきりとわかった。散々周りの連中に振り回されていたけど、どうにか最終目標である魔王討伐という目的はしっかりと果たせたのだ。嬉しくないはずがない。
「それでね、その後なんだけど、どう頑張ってもあんたは目を覚ますことがなかったんだって。だから、あんたの眠る長剣をここに持ってきて、目覚めるそのときまで預かってほしいって頼まれていたのよ」
(え? どういうことだよ)
喜びもつかの間、続くジルの説明は頭に入ってこなかった。一応、言葉は聞き取れているんだが……
「だから、あんたは魔王を倒してすぐに眠りについて、二百年ぶりに起きたのよ、ユージ」
(は? 二百年?)
意識が途切れたのは自覚しているから、眠りについたと言われればそうなんだろう。でも、それから二百年もずっと寝てたって?
(何言ってんだ。お前も後ろの人も前見たときとおんなじじゃないか)
「そりゃぁ、あたしは妖精だし、レティはエルフだもん。二百年程度じゃ見た目は変わんないよ」
(じゃ、ライナス達はどうなったんだよ)
「それは、もう……死んじゃったよ」
そりゃそうだよな。人間が二百年も生きられるわけがない。
しかし、ジルの言うことが正しいのなら、俺はもうライナス達に会えないのか。途中で死んだっていうならともかく、まさか寝過ぎで会えなくなってしまうとはなぁ。
俺がしばらく呆然としていると、見覚えのある女性が近づいてきた。後ろに控えている男女とは明らかに雰囲気が違う。金髪碧眼なのはフォレスティアで見かけたエルフと同じだが、気品や立ち居振る舞いが別次元だ。
「ユージ、お久しぶりです」
(え、えーっと、確か……)
「レティシアです。フォレスティアでエルフの長をしております」
恥ずかしながら、今になって思い出した。そうだ、見覚えがあると思っていたら以前ここで会っていたんだよな。
「ライナスからあなたの眠る長剣をずっと預かってまいりましたが、先ほどから剣自体が光り輝いているという報告がありましたので、ジル共々ここにやってきました」
古めかしい王国語を使って、レティシアさんは俺に語りかけてくる。別に精霊語でも通じるんだけどな。気を遣ってくれているんだろう。
(俺が起きるのに合わせて、長剣が輝いたのか)
「だから気づけたんだよね」
ジルがない胸を張って俺の独り言に言葉を返してきた。どうせまたサボってたんだろう。だんだんと思い出してきたぞ。
(とりあえず、二百年が過ぎたことは置いておこう。それよりも、今はここから出たい)
俺は相変わらず長剣の中にいる。正直なところ窮屈なことこの上ない。
ああそうか、ということは、俺が起きたときにこの長剣が光っていたのか。なかなか魔法の剣っぽいな。
「あんた、そこから出られるの?」
(そりゃ入れたんだから出られるだろう)
でなきゃ困る。守護霊の次は知恵ある剣なんて嫌だぞ。
ということで早速外へ出ようとしたんだが、これがなかなか思うようにいかない。おお? もしかして、今度は知恵ある剣コースなのか?
(むむ……)
「あれ? やっぱあんた出られないの? ってゆうか、入んなきゃよかったのに」
(うるせぇ。あんときゃ入るしかなかったんだよ)
何度が試しているうちに、どうにか出られそうな気がしてくる。どうも入る以上に出るときはこつがいるらしい。
すぽん!
もぞもぞとしていると、あの間抜けな音が頭の中に響いた感じがした。
そして、剣の中にいたときと違って、久しぶりの開放感を味わう。
(いやぁ、やっぱり自由っていい、なぁ?)
あれ、剣の中にいたときと違って、視界が少しずつぼやけてきた。なんだろう、貧血か? いや、霊体にそれはないだろう。
「ユージ、どうしたの?」
(視界が、だんだん、ぼやけて、きてる、んだ)
「ユージ?!」
(いや、なんか、これ、おか、しい)
一体どうなってんだ、これ?!
「存在が希薄化していますよ! ユージ、早く剣の中に戻りなさい!」
剣から抜け出した直後と違って、今は体がほとんど動いてくれない。剣の中に戻ろうにも、うまく考えすらまとまらなくなっていた。
「……!」
もう視界はほぼ真っ白で、周りの声もほとんど聞こえない。俺、今度はどうなるんだろう。
だいぶ後になってから、このときのことを色々と考えてみた結果、『限りなく精霊に近い霊体』という俺の存在が原因じゃないかと思い至るようになった。
精霊魔法というのがあって、これを使って精霊を召喚することがあるが、このとき精霊は自分の命である霊魂を核にして魔力をまとってこの世に出てくる。そして、まとった魔力が全てなくなると精霊界に還る。
この召喚された精霊と同じように、俺もなってしまったのではと推測しているのだ。恐らく魔王との戦いで魔力を使い果たしただろうから、この世界にとどまれなくなったんだと思う。今までこの世界に残れたのは、依り代として剣の中にいたからだろう。
この推測がどこまで正しいのかは今もってわからない。ただ、木村勇治としての生は、これで終わったのは確かだった。