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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
1章 ユージ、教師になる
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演舞会観戦

 夏休みが終わった。楽しい時間はすぐに過ぎるというけど、あれは本当だな。アリーとカイルの修行に付き合うのと、図書館で『メリッサ・ペイリン魔法大全』を読むことを軸に日々を過ごしていたら、光陰矢のごとしという感じだった。


 夏休み明けの学生と同様にやる気の出ない俺は、まだまだ暑い朝日を浴びながら教員館に入った。部屋には既に何人かの教員がいる。しかし、みんな仕事はしないで夏休みにあった出来事なんかはを話していた。


 「おはよう、ユージ。久しぶりだね」

 「おう、本当に久しぶりだな。先月は全く会った記憶がないぞ」


 約一ヵ月ぶりに会ったモーリスと挨拶を交わす。そういえば、アハーン先生とも会わなかったな。


 「単に時間が合わなかっただけさ。最初の数日間は俺だって仕事をしていたよ」

 「それからはどうしてたんだ?」

 「街で出会いを求めていたのさ」


 何を言われたのか最初わからなかったが、つまるところ結婚相手を探していたらしい。そういえば、冒険者家業なんてやっていたから気にもしなかったが、十代後半で結婚するのも珍しくないんだよな、この世界って。既に三十歳を過ぎても独身のモーリスはかなり焦っているのかもしれない。


 「で、首尾はどうだったんだ?」

 「まぁ、一応、女は引っかかるんだけどねぇ。どうにも合わなくて」

 「歯切れが悪いな。思うような相手が見つからなかったってことか?」

 「はっきり言えばね。いや、教師っていう安定した職に就いているから、それに惹かれて寄ってくる女は割といるんだけど、なぜか俺の希望する条件の女はいないんだよね」


 その後軽く問い詰めてその条件を聞き出したところ、二十歳未満、初婚、容姿端麗、家事全般ができる、従順な性格、と主な条件から始まって、後に細かい条件がいくつも並んだ。


 「そりゃ無理だろ。大体、街のどこで探していたんだよ」

 「え、そりゃ酒場とか……」

 「もうその時点で駄目だろう。そっちの方面は全く知らない俺でも即答できるぞ」

 「マジで?」


 本気か、本気で絶句してるのか、お前は。

 行った酒場にもよるけど、そりゃ質を問わなきゃある程度は引っかかるだろう。行き遅れたり、人生に失敗してやり直そうとしていたり、玉の輿狙いだったり。この世界だとお見合いか近所の好きな男と一緒になるのが主流だから、酒場で俺達みたいな奴の話に本気で乗っかってくるのは、何かしら問題があると思っていい。そりゃ中には当たりもいるだろうけど例外だ。


 がっくりとうなだれるモーリスを呆れながら眺めていると、アハーン先生が部屋に入ってきた。なんかちょっと日焼けしているように見える。


 「おお、久しぶりだな、二人とも。おや、元気がないな、モーリス」

 「嫁探しがうまくいかなかったらしいですよ」


 かいつまんで説明をすると、アハーン先生は笑った。


 「それはユージ先生の言うとおり駄目だな。条件が厳しすぎるぞ」

 「やっぱりそうですよね。あ、確かアハーン先生って結婚してましたよね? 先生はどうやって相手を見つけたんですか?」

 「私か? 教え子の母親と結婚したんだが、参考になるのだろうか?」


 それは駄目だ。少なくともモーリスの希望には添えそうにない。

 ちなみに、その女性は商家の旦那に最初は嫁いだらしい。子供が入学してから旦那が病気で亡くなり、商売も傾いてごたごたしていたところをアハーン先生が助けたそうだ。そしてそれが縁で、というわけである。うん、参考にならないな。


 「モーリス、もっと現実的な条件に変えたらどうだ?」

 「ふん、まだ理想を追いかけることはできるさ」


 あ、これ駄目な思考パターンや。

 俺が呆れてみていると、モーリスは急に上から目線で俺に語りかけてくる。


 「ユージ、お前も暢気なことは言っていられないぞ。もうすぐ三十歳なんだろ? 俺と似たようなものじゃないか」


 残念! 俺はさば読んでいるからまだ二十歳なんだよな! なんて言えるわけがないので、曖昧な笑みを浮かべてごまかしておいた。真実はいつも残酷である。




 夏休み明けで宿題の添削に忙殺されるということもなく、のんびりと新学期を始められるなと思っていたら、アハーン先生からモーリスと一緒に演舞会の準備を手伝うように頼まれた。


 この演舞会というのは毎年九月の初めに行われている。学生は三回生になると専門課程を選ばないといけないが、その参考になるようにと開催されている。


 別にそんなことをしなくても、気になる先生の研究室を見学すればいいと最初は思ったものだが、もちろん開かないといけない理由はある。要領の良い学生なんかはともかく、そうじゃない学生の場合はいろんなところに出入りするという行為は敷居が高く思えてできない。また、全ての研究室を回れるとは限らないので、見落としてしまわないようにという配慮もあった。


 他にも教師側の事情もあって、この演舞会で張り切って優秀な学生を獲得したいという思惑もある。特に弱小研究室の場合だと、なかなか成果を公開する場もないので、こういった機会を利用するそうだ。


 倉庫や各研究室を回って、出演する先生の機材を訓練場へと運ぶ。中には貴重な物や重要な研究成果もあるから神経を使う。これが結構な重労働でかなり疲れた。


 「年に一回なのが救いだよな」

 「後片付けをすることから目を背けるなよ。陰の主役は俺達下っ端だよ?」


 全然嬉しくない主役だ。是非誰かに代わってもらいたい。


 演舞会で実演するのは専門課程を担当する先生ばかりなので、それ以外の授業は基本的に前期と同様に行われる。例外は、演舞会とかち合う時間の授業は中止になるくらいだ。


 その演舞会は二日間かけて行われる。どちらも午前中ばかりだ。会の進行も実演ものんびりと行われるので時間がかかるらしい。


 たまたま授業がなかった俺は、二日ともがっつりと手伝うことになっている。まぁ、どんな先生が専門課程を担当していて、何をしているのかを見るのも悪くないだろう。


 専門課程は大きく分けて二種類ある。研究系と戦闘系だ。研究系の専門課程は、未知の魔法を探したり魔法理論を構築したりする『魔法探求』と既に存在する魔法の具体的な利用方法を考案する『魔法技術』に更に別れる。一方、戦闘系の専門課程には、貴族の所有する軍隊や騎士団で戦う訓練をする『軍事教練』と単身あるいは少人数で戦う訓練をする『護身教練』がある。


 初日は研究系の先生が出演した。見た感想は、学会の研究発表会そのままだ。


 魔法探求の担当をしている先生は、自分が現在どういったことを研究していて、過去から現在までどのような成果を挙げたのか、また、これからどのような成果を上げる予定なのかを主張していた。


 専門課程の中で最も成果が地味だが、これは理論を追求する専門分野だから仕方がない。実演といっても見せられるのは論文ばかりだからな。正直一番不利なんじゃないかと思う。


 「ところがだな、これが意外と人気がある専門課程なのさ」

 「え、どうして?」

 「そもそも魔法学園に入学してくる学生には、貴族の子弟が多いだろう。全員が冒険者向きじゃないし、体を使った仕事を嫌がる学生も多いからだよ」

 「でも、向き不向きってのがあるんじゃないのか?」

 「自分を冷静に分析できる学生なんてごく一部さ。大半は夢を追いかけてしまう」


 モーリスの言葉を聞いて、自分が十代だった頃のことを思い出してみる。うん、確かに馬鹿だったよな。


 「一応進路指導はするんだよな?」

 「駄目な学生ほどこっちの話なんて聞かないけどね」


 妙に納得してしまった。でも、学校を卒業した後のことを考えると、現実的な選択をした方がいいんだけどなぁ。


 次は魔法技術の先生の発表が始まる。自分の研究内容とこれまでの成果を主張するところは魔法探求の先生と同じだが、こちらは具体的な成果物があった。例えば、とある魔法の面白い使い方を実演してみたり、魔法を使って作った新素材を公開したりなどだ。


 これを見て、俺は新素材の方は色々惜しいと感じていた。いや、別に新素材について深い考察があったり使い方を思いついたりしたわけじゃない。商品として量産できないのが残念だなと思っただけだ。


 そもそも作った先生がどう思っているかわからないが、仮に世に広めたいと考えたときにある程度の量を揃えるのは必須だからである。これが純粋な科学技術の話なら生産するための機械を作れば何とかなるが、魔法を唱える機械なんてものが作れない以上、どうしても魔法を利用する生産工程がネックとなる。日本のあった世界では産業革命により作り手が職人から機械へと移行したが、魔法使いから機械という革命はこの世界では当分起きそうにない。


 「なぁモーリス、この魔法技術っていう専門課程は人気があるのか?」

 「平民出身の学生にはね。特に商家からやって来ている子は、この専門課程をよく選ぶみたいだよ」

 「つまり、同じ頭脳労働者系の専門課程でも、貴族出身は魔法探求、平民出身は魔法技術を選ぶのか」

 「大体はね。ただ、平民出身の学生は、卒業後にどうするのかっていうことをよく考えている子が多いから、自分の適性に合っているかどうかを確認してから選ぶよ」


 そうだよなぁ。卒業してから働き口がないと生きていけないもんな。

 舞台脇で壇上の先生が一生懸命実演しているのを見ながら、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。


 二日目は軍事教練と護身教練の先生方の出番だ。前日と違ってこちらはずっと派手である。というのも、どちらも人目を引く演武があるからだ。


 最初は軍事教練の先生だが、この専門課程では、貴族の所有する軍隊や騎士団で戦う訓練をする。そのため、貴族の跡取り息子や卒業後に騎士団へ入団することが決まっている学生がよく選ぶ。先生も、学生に対する主張はこの辺りを強調している。


 そして最後は、在籍している学生による模擬試合だ。聞けば、ある程度筋書きは決まっているそうだが、それでもその戦いはなかなか真に迫っている。


 次は護身教練の先生だ。この専門課程は、護身と銘打っているとおり、本来は身を守ることを主眼とした専門課程だったそうだ。主に単独で行動をする魔法使い、少人数で行動する冒険者、変わったところでは旅人や行商となった卒業生もいるらしい。というように、単身か少人数で戦うための術を身につけるところだったのだが、今では冒険者になる者が大半だ。


 また、単純に学生数だけを見たら最も大きな専門課程でもある。人気があるというよりも、他の専門課程を選べなかった学生が流れてくるからだ。


 「この専門課程って寄せ集めだって聞いたことがあるんだが、そうなのか?」

 「確かにそういう面はあるね。けど、望んでこの専門課程を選んだ学生は、結構優秀なんだよ」


 なるほどね。寄せ集めというよりも玉石混交ってわけか。


 壇上に上がった先生が、この専門課程の意義と卒業後の多彩な仕事先について説明している。中には物は言い様だなという部分もあったが、嘘はなさそうなのでよしとしよう。


 そして在籍している学生による模擬試合が始まる。軍事教練のときのような派手さはないものの、襲われたときの対処の仕方から冒険者としての戦い方まで、実に多彩な演武を見ることができた。




 演舞会が全て終わると、午後からは後片付けが始まる。研究系の先生の機材などは一日目の午後から片付けていたのでもうない。また、戦闘系の先生は道具をほとんど使わないので、手伝うことはほとんどなかった。


 ということで、これから片付けるのは訓練場内部の機材などだ。俺はモーリスと一緒になって分解された道具などを倉庫に運んでゆく。


 「ユージ、演舞会はどうだった」

 「意外と面白かった」


 何も知らない今年は、初めて見るものばかりだったからだ。たぶん来年は飽きているんじゃないだろうか。


 「どの先生の出し物が良かった?」

 「出し物というより、一番驚いたのがサラ・ペイリン先生だな。スカリーの母親なんだろう?」

 「年の離れた姉でも通用するよな、サラさん。あれで魔法探求の担当をしているんだから驚きさ」


 背丈はあまり大きくなくて童顔だからそう見えるんだろう。でもやっぱりどこか大人びているんだよな。煙草を咥えたら似合いそうだ。


 「次に、魔法技術だとマルサス先生のが一番印象に残ったな。俺は嫌われているし、俺も嫌いだけど、たぶんあの専門課程の中では一番優秀なんじゃないかな」

 「お、よく見ているね。貴族出身者しか相手にしないから学生の数は常に少ないけど、一番優秀なんだ」


 それだけに貴族出身の学生からは評判がいい。逆に平民出身の学生からは最悪だが。


 「他には……あ、そうそう、アハーン先生も専門課程を担当していたんだ。護身教練だったよな。あれには驚いた」

 「俺はお前が知らなかったことに驚いたよ」


 そう、仕事の上だけとはいえ、もう半年以上も付き合いのあるアハーン先生が専門課程を担当していたとはね。戦闘訓練も兼任している数少ない先生だそうだ。


 「それと、軍事教練の担当者って、この学校の警備も兼ねているのか。そんなの兼任して大丈夫なのか?」

 「騎士団から退役した騎士や魔法使いが一部担当しているだけだから、学校の警備には支障ないらしい。まぁ、あったらそんなことはしないだろうさ」


 そりゃそうだな。あと印象に残ったのは……


 「こら、二人とも、話をするのは片付けが終わってからにするんだ」

 「「うおっ?!」」


 背後から突然声をかけられた俺達は驚いて振り向く。すると、そこにはアハーン先生が立っていた。


 「何やら私の話をしていたようだが」

 「い、いえ、大したことじゃないですよ!」

 「そうさ! さ、速く片付けようじゃないか、ユージ」


 別にやましいことは話していないのだが、驚いた勢いで挙動が不審になってしまう。それを見るアハーン先生の目は不審に満ちていた。


 「まぁいいだろう。話は後で聞く。さぁ、さっさと片付けた」

 「「はぁ~い」」


 俺達は先生に叱られた学生のように急いでその場を離れる。


 そして、ふと、あの五人は一体どの専門課程を選ぶのかが気になった。ただ、今はそんなことを考えても仕方ない。たぶん、あいつらも見ているはずだから、どうしても気になるなら今度聞いてみるとしよう。

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