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次の旅へ

 朝の陽光が降り注ぐ中、俺は木製のベッドの上でごろごろとしている。真新しいシーツは肌触りが良く、とても柔らかい。普段は地面で寝ることも多いだけに、こんなところで眠れたら起きられなくなってしまうのも仕方ないだろう。


 「う~ん」


 それでも、直接日差しに当たり続けているとだんだんと暑くなってくる。夏が刻一刻と近づいているので、空調の効いていないところでは二度寝の時間は限られる。というか、とても蒸す。暦は既に六月となっているため、この辺り一帯は雨期に入っているからだ。


 「駄目だ。もう無理」


 汗をかき始めたこともあって、既に寝苦しくなってしまっている。これ以上はベッドの中を堪能できないと判断した俺は、のそりと外へ出た。


 上布団を上げて外気に触れると少し涼しく感じる。汗のせいでわずかに冷たく感じさえするが、これはいい気分ではない。


 俺は服を脱ぐと、ベッドの脇に置いてある大きな水瓶から桶へと水を移す。水が流れ落ちる音が心地良い。


 桶に掛けてあった手拭いが中途半端に濡れてしまったが、どうせ一度水に浸すので問題ない。俺はその手拭いを桶の中に入れると、水の中で軽くかき混ぜて絞る。


 その手拭いを一度広げてきれいに畳むと、俺は頭から拭き始めた。手拭いには水気が少し多めに含まれているので、体を拭くとわずかに濡れる。でも、汗と違ってこっちは気持ちがいい。


 「はぁ、すっきりするなぁ」


 まるで風呂の中で気が抜けるみたいに間抜けな声を出す俺。食べることと並んで俺の楽しみのひとつだ。


 体のあちこちを拭いて回るが痛みはない。フールを倒してから一ヵ月以上が経過しているが、既に傷らしい傷はないし、後遺症も全くなかった。


 しかし、拭いている自分の体を見ていると、少し前のことを思い出す。


 フールとの一戦の直後、俺は旧イーストフォートにひとり取り残されることになった。殺したフールはもちろん、周囲にいたはずの元住民の幽霊達もきれいさっぱり消えていたので、あのときあの廃墟にいたのは間違いなく俺ひとりだけだった。


 とりあえず、折れた真銀製長剣ミスリルロングソードの剣先を拾うと、これからどうやって帰ろうかと考えなければならなかった。何しろ戦うために必要な武具は持っているが、食料は何もなかったしな。一番近い街であるイーストフォートでさえもたどり着く前にのたれ死んでしまう。フールと戦っていたときとは別の恐怖が、俺の中にこみ上げてきた。


 連絡用の水晶は持ってきていないし、さてどうしようかと悩んでいたら、ふと重要なことを思い出した。そういえば、転移の魔法が使える腕輪を身につけていたんだっけ。一度だけだが、既に設置してある魔方陣のところへと転移できる。


 ということで、悩んでいた割にはあっさりと戻ることができた。それでも、しばらくの間とはいえ相当焦ったな。


 俺が転移して戻ったところはシャロンの屋敷だった。特にこれといった理由はないが、強いて挙げるなら、仲間が呪いの山脈から転移して戻ってくるとなるとここだという勘だ。


 「まぁ、ユージ教諭! 酷いお姿!」


 魔方陣のある地下室から出てシャロンに会うと、最初にそんな言葉を投げかけられた。確かに、全身が砂埃まみれで衣服もぼろぼろ、更に何ヵ所も傷ついていたからな。夜中だというのに、屋敷の中で突然怪しい奴が現れても冷静に対応してくれて助かったよ。


 俺は回復ヒーリングの魔法で傷を治しながら、フールを倒したことをシャロンに告げた。その際に魔法操作マジカルコントロールが決め手のひとつになったとも伝えると、大層喜んでくれる。


 その後、俺はシャロンの執事が用意してくれた湯浴みで体をきれいに拭いて、新しい服に着替える。その間に、スカリー達がさっきの俺と同じように、屋敷の地下室からまとめて出てきた。おかげでシャロンの屋敷は、夜だというのにいつになく騒がしくなる。


 シャロンから俺がフールを倒したということを聞いた五人は、それは大喜びした。その途中で戻ってきた俺が汚れたままの五人にもみくちゃにされたせいで、再度湯浴みをしなければならなかったほどだ。


 翌朝、俺達は一晩ぐっすりと眠った後に、シャロンの持っている連絡用の水晶を使って各協力者へと報告をした。オフィーリア先生、サラ先生、そしてレティシアさんの三人である。


 俺からの報告を聞いた三人は、喜んでくれたり安堵してくれたりと様々な感情を見せた。いずれにしても、全員が目的を達成できたことを祝福してくれた。


 そして、フールを討伐するために集まったこのパーティは解散することになった。


 スカリーは、レサシガムに戻ってサラ先生の仕事の手伝いを始めた。ペイリン魔法学園をいずれは継ぐことになるので、まずは下積みをするということらしい。秋からは授業も担当するそうなので、本格的に忙しくなるということだ。


 クレアは、ノースフォートに帰った。元々無理をして協力してもらっていたので、事が成就したからには一度戻っておく必要があるそうだ。しばらくは教会で奉仕活動に専念することになると聞いている。


 アリーは、一旦デモニアにあるオフィーリア先生の屋敷へと帰った。今まで大陸中を駆け回っていたので、しばらくはオフィーリア先生と一緒に暮らすらしい。


 カイルは、ハーティアへ向かった。新しい街で心機一転し、冒険者として再出発するということだ。ここで冒険者として実績を積んで、できるだけ早くどこかの騎士団に潜り込むことを目論んでいる。


 シャロンは、相変わらず研究三昧の生活を送っている。ただ、それだけでは味気ないということで、毎晩スカリーとクレアの二人とおしゃべりをしているそうだ。三人とも連絡用の水晶を持っているからこそできることだけどな。


 それで肝心の俺はというと、しばらくシャロンの屋敷に滞在してから、ここフォレスティアへと来ている。とある約束を果たすためだ。


 体を拭き終わると、俺は新しい服に着替えて部屋の外に出た。大森林の木々を使って街を作っているが、結構切り開かれているので日差しが地面まで差し込んでくる。


 既に雨期に入っているとさっき言ったけど、ごくたまに晴れる日がある。今日が正にその日なのだが、それまで雨ばかりの日々だったので非常に蒸す。


 俺がしばらく歩いていると、あちこちにふわふわと漂っている精霊のいくつかが寄ってきた。最初はかなり戸惑ったが今ではすっかり慣れた。


 さて、今日はレティシアさんの屋敷に行ってみるとしよう。




 今までフォレスティアの政務をこなしていたレティシアさんだが、最近は事情が少し変わってきている。フールの討伐が終わってジルが戻ってくると、そのジルに対して政務の引き継ぎをしているのだ。


 これは、ジルが俺達に協力する見返りに、フール討伐終了後はレティシアさんが大森林の外へ出るためだ。普段ならさっさと逃げ出すジルだが、今回は悲鳴を上げながらも政務の引き継ぎに応じている。


 噂では、ジルには過去に逃げた前科があったので、レティシアさんはあらかじめ対策を講じていたと聞いている。ただ、俺はそれが本当なのかどうかはわからない。


 ともかく、もうしばらくするとその引き継ぎも終わると聞いている。だから、俺はそれが完了するまでフォレスティアで待っているというわけだ。


 俺はレティシアさんの屋敷へと入ると、執務室へとまっすぐに向かう。何度か入ったことがあるので迷うことなくたどり着けた。


 フォレスティアの家は基本的に大木をくり抜いたもので、部屋と通路を区切る扉というものがない。そのため、室内から二人の声が聞こえてきて、どちらもいることがすぐにわかった。


 「そうそう、だいぶできるようになってきましたね、ジル」

 「ひぃ~、ねぇ、少し休ませて」


 中に入って最初に見た光景は、悲鳴を上げる力もなくしたジルと嬉しそうに指導しているレティシアさんの姿だった。


 「随分と弱っているな、ジル」

 「あ~、ユージぃ、助けて~。レティに虐められてるのぅ」

 「おはよう、ユージ。ジルの妄言は聞き流してくださいね」


 おおう、朝っぱらからレティシアさんは全開だなぁ。一方のジルは一日の始まりでいきなり疲れ切っている。日の出前から頑張っているわけでもないだろうに、どうしてそんなに疲れているんだ。


 改めて室内を見回すと、ジルとレティシアさん以外にも四人のエルフが机を並べて座っている。ジルは体が小さいので事務作業ができない。そのため、ジルの下した判断の通りに作業をしてくれるエルフがそばにいるのだ。


 「ジル、話を聞いて判断を下すだけで、後はそこにいる四人が作業をしてくれるんだろう? そんなに難しいようには思えないんだが」

 「何言っているのよ! その判断を下すのが難しいんじゃないの!」


 すっかりしおれきっていたジルが俺の言葉で復活する。確かにジルの言うこともわかるんだけど、事務作業を代わりにやってくれる人を用意してもらえるのは、やっぱり恵まれていると思うぞ。


 「その難しいことを、今までレティシアさんに任せっきりだったんだろ? だったらたまには代わってあげたらどうなんだ」

 「うう~、それはわかっているんだけどねぇ」

 「ふふふ、ユージは良いことを言いますね。その通りです。たまには代わってもらわないと」


 あ、俺の正論で再びジルが萎れた。逆にレティシアさんは嬉しそうだ。


 「それで、あとどのくらいかかりそうですか?」

 「そうですね。この様子ですと、今月いっぱいはかかるでしょうか。ジルもやればできますから、そのくらいで引き継ぎは終わりますよ」


 上機嫌なレティシアさんは俺の質問にすぐ答えてくれた。そうなると、俺もしばらくはのんびりできるわけか。


 「それじゃ、アリーには七月に出発する予定だと伝えておきます」


 レティシアさんが大森林を出るにあたって、ひとりではさすがに右も左もわからないだろうということから、俺が付き添うことになっている。自分で申し出たのではなくて、ジルからの提案だったから寝耳に水だった。それでも他に適任者はいないので、結局引き受けることになったわけだ。


 そして、この旅にアリーも同行することになっている。フール討伐で俺と一緒に旅をしたのは思いの外楽しかったらしく、家で特にすることもないので今度も同行したいと言ってきたのだ。俺としても気心の知れている仲間がいてくれるのは助かる。


 「わかりました。お願いします。楽しみですね」


 レティシアさんはにっこりと笑った。


 俺、アリー、そしてレティシアさんの三人で近々旅に出るわけだが、実のところ最初の目的は決まっていたりする。


 その目的とは、連絡用の水晶を回収することだ。どういうことか説明すると、呪いの山脈でフールの根城にたどり着くまでに土の精霊を使って荷物を運んでいたが、それをそのまま置いてこちらへと戻ってきてしまったのである。そしてその荷物の中に、俺やスカリーの持っていた連絡用の水晶が置いたままなのだ。


 誰かに拾われたからといってどうというわけでもない。しかし、どうせ旅をするなら目的があった方がいいということで、アリーもレティシアさんも俺の案に賛成してくれた。


 あの辺りには結構な数の死霊系の魔物が徘徊しているはずだが、どうにかして回収する打算をつけないといけない。


 それが終わると次に、死者の腕輪ネクロブレスレットを旧イーストフォートへ持っていくことになっている。この腕輪は元領主の骨でできているので、俺達の目的を果たした以上、住民の眠る場所に返すことにしたのだ。


 その後のことは特に考えていない。そのまま人間界を回ってもいいし、魔界へと行ってもいい。気の向くまま各地を訪れたらいいだろう。


 「それじゃ、邪魔したら悪いんで失礼しますね」

 「はい。また昼食のときにでも」

 「ユージぃ、見捨てないで~」


 悲しそうにジルが声を掛けてくるが、ここは心を鬼にして振り切らなければなるまい。


 そうして執務室を出たところで、起きてから何も食べていないことに気づいた。


 「どうりでお腹が減っていると思った。今日はどこで何を食べようかな」


 最近ずっとフォレスティアに滞在しているおかげで、大体どこに何があるのかわかってきた。野菜スープをくれる場所に果物を分けてくれる場所など、空腹を満たしてくれるところを思い出す。


 俺は何を食べるか決めると、歩く速さを少し速くしてレティシアさんの屋敷を後にした。

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