200年遅れの決闘 中編
つばぜり合いをしている最中に、フールは奥の手があると言った。このままだと何をされるかわからないと判断した俺は、一旦間合いを取ってから再度突っ込もうとする。このままじっとしているのは絶対にまずい。
ところが、俺が離れようとした瞬間に、フールは左手を剣から放して俺の右手首を掴む。
「しまっ――」
まさかそんなことをされるとは思わなかった俺は、一瞬体を硬直させてしまう。フールはその機を逃さずに笑顔で何かを呟いた。
「ユージ?!」
すると、周囲の風景が急速に歪んでゆく。ジルが何かを言っているようだが全く聞こえなくなった。
歪みが酷くて何も見えなくなってしばらくすると、再び歪みが収まってきた。しかし、周囲の風景はさっきと全く違う。
日が沈みつつあるので朱い日差しも届かなくなりつつある。空の半分以上は既に藍色よりも暗い。
徐々に闇に飲み込まれそうになっている周囲の建物だが、これはかなり傷んだり風化していた。壁はあちこち崩れ、建物は瓦礫と化している。もちろんだだっ広い地面は乾燥しきって水気など全くない。
だが、ここの景色は何度か見たことがあるので覚えている。前世でも今世でもやってきた、ある意味思い出深い場所だ。
「ここは、旧イーストフォート」
更に言うなら元領主の館だ。フールはわざわざこんなところに俺を転送したのか。どうして?
そんな疑念を抱いたとき、突然フールが自分の長剣を手放したかと思うと、両腕を使って俺の右腕を極めて地面へと転がす。
「いで?!」
「随分と間抜けだね、きみは」
投げ飛ばされたときに持っていた真銀製長剣を手放してしまう。慌てて起き上がって拾おうとしたが、既にフールが手にしていた。
「剣を持っているからどれだけできるのか知らなかったけど、油断しすぎだよ。せめて転送直後に左手へ持ち替えるべきだったね」
フールがにやにやとしながら俺に忠告をする。腹立たしいがこいつの言う通りだ。驚きすぎだろう、俺!
仕方がないので真銀製短剣を抜いて持つ。けど、体格だけじゃなく武器の長さもこれだけ違ったら圧倒的に不利だ。失敗したな。
日はもうほとんど没しかけているため、辺りは漆黒の闇になりかけている。今晩はほとんど新月なので月明かりは期待できない。暗視の魔法を先にかけておいて正解だった。
「それも真銀製なんだよね。ということは、まだ星幽剣は使えるわけか。素手でも使える可能性はあるんだろうけど、それができるんだったら、そもそも剣なんて使っていないよね」
出すだけならできるんだけどな。いざとなったらあの光り輝く塊をぶつけてやる。
「火の精霊、水の精霊、風の精霊、土の精霊」
転移したことで呪いの山脈に精霊を置き去りにしてしまったので再度召喚した。これでとりあえず、フールが配下を転移させてきても初撃は防げる。
「あー、きみは僕がまた人形を転移させてくるって思っていないかい? 残念、実はもうできないんだ。元々さっきので全員出し尽くしちゃったっていうのもあるけど、そもそもあの転移の魔法はあの根城専用のものなんでね。ここじゃ使えないんだ」
なんかいきなり説明を始めたぞ。こいつ、今度は何をするつもりだ?
「そりゃ結構なことだな。そのまま俺に切られてくれるってんなら大歓迎だが」
「そんなわけないよね。ちゃんと代わりはあるんだからさ」
そうなんだろうけど、一体何をするつもりだ?
「きみは、僕が死霊魔術師だってことは知っているよね。ではここで問題だ。ここ旧イーストフォートは、夜になると何が出てくるかな?」
「あっ!」
俺は目を見開いて驚く。そうだ! かつての住民が幽霊や白骨死体となって出てくるんだった!
「お前、それがわかっててここを選んだのか!」
「もちろん! 僕が自分の得意分野で戦えるように場所を選ぶのは当然だろう?」
しかし、よりによってここか! こいつ、どこまでも酷いことをするな!
「ここの住民を操るってのかよ!」
「そうだよ。何しろこの限られた廃墟に数万人もいるんだからね。密度は呪いの山脈のときとまるで違うよ。ほら、もう来た」
元領主の館の境界である壁を乗り越えて白骨死体が、同じ壁をすり抜けて幽霊がこちらに向かってやって来る。
死者の腕輪があるので直接襲われることはないと思う。しかし、幽霊や白骨死体のせいで行動を制限されて、フールに後れを取ってしまう可能性が高い。
「くっそ!」
周囲を埋め尽くすような数が少しずつこちらへとやって来ている。この数だといくら精霊を召喚しても間に合わない。
幸い、元住民がこちらへとやって来る速度は速くない。だからまだしばらく間があった。この間にフールを仕留めないと俺がやられてしまう。
「はっ!」
俺は短剣でフールに対して打ち込む。しかし、同じように長剣を繰り出されると、当然刃の長さが足りない。俺の攻撃は簡単に防がれてしまう。おまけに、体格の差から来る腕の長さも負けているので、尚更だ。
ならばと今度は深く切り込んでいく。更に一歩前へと足を出して刃先を突き出す。しかし、これも簡単に躱されてしまった。それどころか、突き出した俺の右手首を切り落とすべく、逆に切りつけられかけた。
思わず大きく避けて間合いを取る。
「ははは! やっぱり体格と剣の長さでこれだけの差があると、勝負にならないね。おまけにここまで一方的だと魔法での攻撃を混ぜて反撃の糸口を作ることも難しい」
あともうひとつ、俺とフールの剣の技量にも差がある。恐らくフールの場合は乗っ取っている男のものなんだろうけど、いろんな意味で俺はフールに劣っていた。
剣技ではどうやっても勝てそうにない。ならば、今度は魔法で突破口を開こう。
俺は更に間合いを広げて、魔法の攻撃に切り替える。
「火球、雹、風刃!」
無詠唱ならば、呪文を唱える感覚で連続して異なる魔法を撃ち出すことができる。俺はほぼ同時に三つの魔法でフールを攻撃した。
「へぇ、やるねぇ! 闇盾」
しかし、斜め後方に下がったフールに火球と風刃は避けられ、雹は闇盾で防がれた。
しまった、いつの間にか魔法操作が切れていた。俺はフールが守りに徹している間に再び魔法操作をかけ直す。
幽霊や白骨死体が近づいてきた。いよいよまずい。
「みんな! 止まれ! そいつはお前らを殺した張本人なんだぞ!」
実のところ、元住民がどれだけ言うことを聞いてくれるかなんて全くわからなかった。このままでは危ないと思って叫んだだけである。数秒でも止まってくれたら御の字だと思っていた。
「ははは! そういえば、きみは死霊系の魔物をいくらか操れるんだったっけ? 何か魔法具でも使っているんだろうけど、所詮は一時的なもの――」
ところがだ、周りから押し寄せてきていた元住民達である幽霊や白骨死体は、俺の一声でぴたりと止まった。
これには俺はもちろん、フールも驚いた。何しろ、全ての幽霊や白骨死体が全く動かないままだからな。
「なんだ? お前達、前に進め!」
この元住民を動かすために何か細工をしているらしいフールは、再度命令をすることによって動かそうとした。しかし、元住民は全く反応しない。死者の腕輪の効果はそれほど強くないとエディスン先生から聞いていたので、これには俺も驚いた。
「なぜ動かない?! ユージ、きみは一体何をしたんだい?!」
ここに来て初めてフールが動揺した。自分の最も得意な分野で競り負けたんだから無理もない。ただ、俺にも理由ははっきりとわからない。
いや、待て。確かこの腕輪は、ここの元領主の骨で作ってもらったんだよな。まさかそれが原因か? 周りにいるのが元住民だから、フールの命令よりも俺、というよりも元領主の命令を優先しているのか?
「どうも誤算が続くね。でもまぁいいや。それなら続きをしようか!」
フールはそう言うと、一気に間合いを詰めてくる。幽霊や白骨死体の進行を食い止めるために、精霊は離れた位置へと移動させていた。よって、呼び寄せても間に合わない。
真銀製長剣が突き出される。俺はそれを真銀製短剣で受け流しながら避けた。
「くっ、いきなりだな!」
「魔法攻撃の盾のあてがなくなったからね。圧倒できる剣技で勝負をつけるのさ!」
大きな体格から繰り出される攻撃は重い。しかも長剣の攻撃を短剣で受け止めているものだから、急速に追い詰められていく。
「しゃぁねぇ!」
俺は星幽剣を発現させて、フールの連撃を受け止めた。すると、真銀製の刃に半ばまでめり込む。
思った通りだ。特殊な魔法の処理がしてあったフールとその配下の剣は無理だったが、フールに奪われた真銀製長剣には特殊な処理はされていない。もちろん真銀製なので他の金属よりもはるかに耐久力が高いが、それでも星幽剣を真正面から受け止めて無事ではいられなかった。できれば傷つけたくなかったんだけどな。
「ちっ、気づいたか」
フールはさっさと長剣を手放すと後方へと下がる。
「逃がすか!」
俺は左手で真銀製長剣を手に取ると、すぐさまその後を追いかける。ここで一気にたたみかけるぞ!
「闇散弾」
「光盾!」
せっかく追いつけると思ったのに、魔法の散弾をばらまかれて足を止めてしまう。ああもう、もどかしい!
「みんな! そいつを捕まえてくれ!」
さっき俺の言葉に応えて足を止めてくれたなら、もしかしたら指示通りに動いてくれるかもしれないと期待して、俺は元住民達に声をかける。しかし、残念ながら反応はなかった。どうもそこまで都合はよくないらしい。
と思っていたら、何体かの白骨死体が前に出てきた。おお、わずかに動く奴がいるのか!
「へぇ、こっちの命令を止めることはできるけど、思い通りに指示が出せるわけじゃないのか。わずかに動いている奴もいるけど、これなら何とかなるかな」
フールはしゃべりながらとある地点まで下がると、そこに落ちていた長剣を拾う。自分が持ってきた剣だ。あいつ、どこに落としたか覚えていたのか。
もはや丸腰ではないフールを見て俺も足を止める。そして、真銀製短剣を鞘にしまって、真銀製長剣一本に絞る。更には星幽剣を発現させた。
「さて、状況は振り出しに戻ったように見えるが、お前の切り札は軒並み出尽くしたよな」
「どうだろうね。まだ何かあるかもしれないよ?」
笑顔でうそぶいてはいるものの、フールの表情に余裕はない。まだ何かあるのかもしれないが、こちらが追い詰めていることに変わりはないようだ。
俺は乱れていた呼吸を整えるためと次の作戦を考えるために、しばらく動かなかった。
今までのあいつの行動を考えると、有利な状況じゃなければ逃げている。そうなると、今の状況は有利ではないのだから、本来ならば逃げていてもおかしくない。なのにまだ戦う姿勢を崩していないのは、もう逃げる手段がないからか。
ただ同時に、あいつにとっては仲間のいない俺を殺す好機でもある。少なくとも剣の技量では俺よりも上なのだから、近接戦闘に持ち込めば勝てると打算しているだろう。
一方の俺だが、フールを完全に倒すには星幽剣であいつを殺さないといけない。しかし、剣の技量では負けているから真正面からでは勝てない。更に、元住民である幽霊や白骨死体は俺の指示にはほぼ従ってくれない。
そうなると、どうにか星幽剣でとどめを刺すために一工夫が必要なわけだ。一体どうすればいいのだろうか?