200年遅れの決闘 前編
俺を殺す機会があるなんて言っていたフールだったが、土壇場になってやっぱり逃げやがった。できれば俺を殺したかったんだろうけど、確実に殺せる自信がなかったんだろうな。見切りの早さは大したものだ。
でも、俺の方が見逃してやる理由なんてない。何しろ、フールが仕掛けた罠をここまで食い破ったんだ。また探すところからなんて面倒なことはしたくない。もうここで仕留めるんだ!
そんな思いを抱いてそのまま追いかけようとしたが、背後から聞こえる剣戟の音に気づいて振り向く。部屋の中では、まだ仲間がフールの配下と戦っていた。しまった、どうする? あいつらを片付けてから行くか?
「ユージ、何してんの! 早くフールを追っかけなさい!」
通路の入り口で止まっていた俺に対して、ジルが鋭い視線を投げつけてくる。あいつ、あんな表情もできるんだ。初めて見た。
「数が多いだけだから大丈夫よ! あんたはフールを倒すことだけ考えていなさい!」
「師匠! こちらは心配いりません! すぐに片付けます!」
「そうゆうこっちゃ! 俺らはええから、さっさと行ってぇな!」
ジルに続いて、アリーとカイルも戦いながら声をかけてきた。スカリーとクレアはさすがに余裕がないのか言葉はない。しかし、一瞬ちらりとこちらに視線を向けてきた。
「わかった! 後は任せた!」
「ふふん、さっさとやっつけちゃいなさいよ!」
最後にこちらへ笑顔を向けると、ジルは再び戦いに戻ってゆく。それと同時に俺も踵を返して通路の奥へと駆けた。
俺達が戦っていた部屋から続いている通路は、それまでのものと比べると多少長めだった。しかし、左右に蛇行はしているものの、初めて平坦な通路だったので逆に戸惑う。
「やっぱり真っ暗か」
この根城に突入してからというもの、俺達が用意した明かり以外の光源に出会ったことがない。だから少し奥に入ると何も見えなくなってしまう。暗視の魔法を自分にかけているから暗闇でも平気だが、本当にここを拠点にする気だったのか疑わしい。
やがて別の部屋にたどり着いた。五アーテム四方の空っぽな部屋だった。やっぱり生活感もないし、何かを研究しているという様子もない。もしかしてこの根城って、俺達みたいな侵入者を迎え撃つためだけに作ったんだろうか。
ともかく、フールの姿はない。しかし行き止まりというわけではなく、左手に通路が延びていた。
ここで俺は、思い出したかのように捜索の魔法を使った。隠し通路や隠し部屋を見落として、フールを追い越している可能性に思い至ったからだ。
すると、割と先にいることがわかった。とりあえず、追いかけることはできているらしい。
安心した俺はそのまま左手の通路へと入った。
それにしても、これまで危惧していた落とし穴などの罠の類いが全くない。時間がなくて設置できなかったということは考えられないから、恐らく最初から罠を仕掛けるつもりはなかったんだろう。侵入者をきっちりと殺したいなら、そういう細工もしっかりとすればいいのにな。
こういったところを見ると、フールって研究以外は雑なんだなと思う。いや、研究もどうだか怪しいな。少なくともベラが相手だったらこうはいかないはずだ。
今はフールを倒すことだけを考えるべきだが、こんな余計なことを考えられるくらい何もない。もしかしたら、俺を油断させるために、わざと何もしていないのかもしれないが。
通路をずっと駆けていくと、崖の壁面に出た。正面は約二十アーテムくらい先に反対側の崖の壁面が見える。どうも亀裂の入った崖の中らしい。
しかし道はまだ途切れておらず、その崖を這うようにして幅一アーテムほどの階段が上に延びている。俺の作った足場と似ている。その階段を、俺は意を決して登り始めた。
周囲は相変わらず暗いままだ。わずかに明るいのは、五十アーテムくらい上の裂け目から届く光のおかげである。それでも魔法の助けがなければ何も見えない。
それともうひとつ、風が強い。こういう裂け目の中を移動するので覚悟はしていた。しかし、俺の体を谷底へ誘うような吹き方はしないでほしい。むちゃくちゃ怖い。
階段は、緩やかな傾斜で上に向いて続いている。どうも崖の上まで上がりきるようだ。
もう少しで登り切るというところで俺は立ち止まった。今度は建物内ではなく外らしい。
ここで再び捜索の魔法を使う。すると、フールはこの先にいた。さっきと位置が変わっていない。つまり、ここで決着をつけようというわけか。
俺は武器を真銀製長剣に持ち替えた。広い場所ならこちらの方が有利だ。
そうして準備を整えた後に、俺はゆっくりと階段を登っていく。
階段を登りきると、そこは広い台地になっていた。正確な時刻はわからないが、赤くなりつつある太陽が山脈の先にかかっている。ちょうど西日を真正面から浴びることになったせいで、とても眩しい。
それでも何とか、約三十アーテム先に長剣を握ったフールがいることがわかった。
「ああ、やっと来てくれた。待っていたよ」
「散々逃げ回っていたくせに、よく言うな」
待っていたって言うんなら、じっとしていればいいのに。
「こっちにも色々準備っていうものがあるからね。さすがに手ぶらというわけにはいかないから」
ということは、まだ何か仕掛けがあるのか。ここでさっきみたいに十人の手下を一斉に転移させられるとまずいな。
「ということで、まずひとつ」
フールはぱちんと指を鳴らす。すると、後ろで何かが崩れる音がした。
慌てて振り返ると、今登ってきた階段がきれいさっぱりなくなっている!
「きみの仲間は邪魔なんでね。これで二人だけで戦える」
「お前、俺に勝てると思っているのかよ」
「もちろん思っているさ! きみは魔力の量は無尽蔵で魔法も四系統七属性を使えるけど、言ってみればそれだけだからね! きみ自身は勇者ご一行様の四人みたいに優秀じゃないことくらいは自覚しているんだろう?」
にやにや笑いながら問いかけてくる様は実に腹立たしいが、実際その通りだ。ベラと一緒に俺やライナス達の成長を見てきたフールは、実によく知っている。
俺が黙っていることをいいことにフールは更にしゃべる。
「前世はもちろんだけど、今世でもそうだよね。剣の技量ではアリーという魔族の女とカイルという戦士には勝てず、魔法の知識ではスカリーという魔法使いとクレアという僧侶に劣る」
「みんなに劣る分を、魔力量や全ての魔法を使えるという点で補うことはいいことだろ」
「でも、どうしたって自分が凡人でしかないことを痛感させれられないかい?」
嫌な点を突いてくる。ここで会うまではろくに話をしたことはないはずなんだけど、観察しているとわかるものなんだろうか。
「そんな凡人に追い詰められているお前は、大したことない奴なんだな」
「いやいや、僕は君を追い詰めた側だよ。まだわかっていないようだね」
そう言うと、フールはぱちんと指を鳴らす。そうして、四人の男がフールの周囲に現れた。しかし、先ほどまでと違って、剣を扱う戦士の姿ではなく、魔法使いの出で立ちだ。全員が杖を持っている。
「火の精霊、水の精霊、風の精霊、土の精霊」
俺が呟いた順に、精霊が俺の周囲から出現する。
「「さぁ、始めようか!」」
奇しくも俺達は同時に叫ぶ。
仲間はおらず、ひとりでフールと対決だ。幸い相手もやる気で逃げる気配はない。今度こそここで仕留めてやる!
右手の真銀製長剣を握りしめて、俺はフールに突撃しようとした。しかし、精霊を相手に戦うと思っていたフール側の魔法使い達は、一斉に俺へと魔法を撃ってくる。
「おおっ?!」
てっきりフールと一対一で対決できると思っていた俺は、正面以外から撃ち込まれた魔法を転がりながら避けた。
「はは、敵は目の前だけにいるとは限らないよ! 闇散弾」
ちっ、やっぱりこいつも無詠唱で魔法を使えるのか! 呪文の詠唱中を狙おうと思っていたんだけどな!
「光盾!」
世間話のついでみたいに撃ち込まれた魔法攻撃に対して、俺はとっさに盾を展開して身を守った。その間に立ち上がってこちらから反撃しようとすると、再び周囲から魔法を撃たれる。
「うわっ! 俺の精霊は何やってんだ?!」
「残念だね! 闇槍」
周囲の様子を見ようとしたら、今度はフールが真正面から魔法を撃ってきた。駄目だ、これじゃ五人を相手にしているのと変わらんぞ!
「光散弾!」
ようやく反撃することができたが、俺がフールの足下に魔法を撃つことは予想していたらしい。楽々と躱されてしまう。
「おっと、危ないじゃないか! 僕がこれで死んだらどうするんだい?」
にやにやと笑いながらフールが俺を挑発してくる。頭に血が上ってしまうが、実のところ言っていることに間違いはない。
というのも、あくまでもフールを倒すときは星幽剣でなければならないからだ。でないと俺が乗っ取られてしまう。だから俺は足止めのために脚を狙ったのだ。
ただし、その間に周囲の様子を見ることができた。敵の魔法使い四人はこちらの精霊と戦っているように見えるが、どうも防戦一方で精霊を倒すつもりはないらしい。どちらかというと、精霊をあしらっているように見える。つまり、精霊を引きつけながら俺の足を引っ張るのが目的か。あの精霊、倒すの大変だもんな。
「あれ、よそ見していていいのかい? 闇槍」
「いいんだよ!」
フールの撃ってきた闇槍を展開している光盾で受け止めながら、俺は精霊にフールの足下を攻撃させる。
「なに?! 闇盾!」
俺以外から攻撃されると思っていなかったのか、初めてフールの余裕が消えた。展開した闇盾で二方向からの魔法攻撃を防ぐと、地面を転がって残る魔法攻撃を避ける。
「はは、敵は目の前だけにいるとは限らんぞ!」
さっき言われた言葉を返してやりながら、俺はフールに迫る。様子を見ている余裕はない。同じ手が何度も通用する相手じゃないからだ。
星幽剣を発現させた状態の真銀製長剣で俺は切りつける。すると、フールは手にしていた長剣でそれを受け止めた。
「くっそ! やっぱりなんか細工してんのか!」
「いや、危なかったねぇ! 火球」
さっき騙されたやつだ!
せっかく近づいたんだから離れたくないが、本当に攻撃されると危ない。どうする?
「水壁!」
俺はとっさに自分の周囲に薄い水の壁を作り出した。さっき何度か撃ってきた魔法を見ると、フールの魔法の威力は常識的な範囲だ。ならば、これで火球の威力の大半を相殺することができるはず。
俺が水壁を展開すると同時に、背後で何かが蒸発するような音が聞こえてきた。実に嫌な感じだが、今は振り向くことも避けることもできないので、じっと我慢するしかない。
「ちっ! やるじゃないか。逃げると思ったんだけどねぇ」
顔をゆがめながらも笑おうとするフールに対して、俺は剣を更に押し込もうとする。体勢は俺の方が有利なんだが、何しろ体格が一回り以上も違うから力じゃ勝てない。
その間に、俺は精霊に対して、敵の魔法使いがこちらへ余計な手出しをしてこないようにと指示を出した。あの四人の魔法使いを倒そうにも攻撃が躱されるのならば、せめてこちらの邪魔をできないようにしたかったのだ。
「これは、思っていたのと違う展開だね。嬉しくないなぁ」
「そうか? 俺にとっちゃ、悪くないぞ?」
次の展開を思いつけたならばすぐさま実行に移すのだが、攻めあぐねているため、つばぜり合いの状態を維持している。口では悪くない展開だと言ったけど、実際は良くもない。
「あ、こんなところにいた!」
これからどうしようかと考えていたとき、背後から聞き慣れた声が耳に入った。
「あんた何やってんの?」
「敵の魔法使い四人を倒してくれ!」
「わかったわ! すぐにやっつけるからね!」
俺の意図がわかったジルは、すぐさま精霊を召喚して実行に移してくれる。
「まったく、空を飛ぶなんて反則だと思わないかい?」
「お前だって、殺した相手に乗り移るなんて、おかしいだろ」
今のフールの態度から、こちらが有利になってきていることが実感できた。後はジルが魔法使い四人を倒してくれれば、フールを殺せる!
「う~ん、用意はしていたんだけど、まさか奥の手まで使うことになるとはねぇ」
「え?」
俺が勝利を確信しつつあったとき、フールはわざと俺に聞こえるようにそう呟いた。




