対話の始まり
周囲を山に囲まれていると暗くなるのが早くなる。室内なら尚のことだ。
今まではスカリーが灯してくれた光明を使って建物内を走り回っていたが、これからはどうなるかわからない。なので、暗視の魔法を使って視界を確保する。
その上で、俺は土壁の魔法を使って崖の斜面に階段を作ってゆく。幅が一アーテムの階段には手すりなんて作っていないので、斜面の反対側は何もない。踏み外したら真っ逆さまだ。
「こ、これは怖いわね」
「ユージ先生、階段に手すりとか付けへんの?」
クレアもそうだが、スカリーも腰が引けている。杖を使って階段を踏みしめながら、斜面にしっかりと空いた手を這わせている。
「怖いのは俺も同じなんだけどな。上に登るだけならこれで充分だろう」
時折吹く強い風に煽られると俺も足がすくんでしまうが、きっちりと作り込む時間が惜しい。俺としては早く上に登ることを優先したかった。
「落ちたときのことを考えるとぞっとするけど、落ちひんかったらええんやしな」
「これだけ幅があれば、充分進めます」
一方、カイルとアリーは俺達よりもずっと平気なようだ。さすがに前衛組だけあって、平衡感覚はばっちりらしい。
こうして、スカリーとクレアの意見を却下しつつ、足場となる階段を作りながら上へと目指す。途中、露出した通路や階段があると休憩場所として活用する。
「けど、全然反応がないわよねぇ。あたし達のことって気づいているのよね?」
俺はジルに頷き返した。
フールの設置した障害や罠にこちらから突っ込んでいってばかりで、相手から能動的に何かを仕掛けられたということは今のところない。しかし、これだけ派手に動いている俺達のことをまだ把握していないということはあり得ないだろう。どんな手段かはわからないが、俺達の行動はわかっているはずだ。
現在、俺達はフールがいる最上階の約二十アーテム下の通路にいる。次はここから一気にフールのいるところへと行くつもりだ。
「どうやって俺達を迎え撃つつもりなんだろうな」
それがわかれば対策を打って気兼ねなく中へと突入できるのだが、残念ながらそれはわからない。ジルに先行してもらって探ってもらうという選択肢は、危険すぎるので却下だ。
「結局わからんままなんですし、とりあえず突っ込むしかないんとちゃいまっか?」
「それでは今まで慎重に行動してきた意味がないだろう。どうせなら、精霊を先行させてから突入するべきだと思う」
カイルとアリーからすぐに意見が返ってくる。
「それなら、俺が召喚した精霊を先行させよう。ジルのは他のみんなを守ってくれ」
「わかった。それなら今の間に四人分揃えておくね」
ジルは火と水の他に風と土の精霊も召喚して、四人に一体ずつ寄り添わせた。それを見た俺は水と土の精霊を呼び出す。俺達が入る前に、まずはこの二体を先に突入させるつもりだ。
「よし、いよいよフールとご対面だ。今度こそ奴を逃がさずに、ここで討つぞ!」
「「「「はい!」」」」
捜索の魔法で敵の居場所を再確認したが、やはり動きはない。もうここまで来たら後は前に進むだけだ。
残り二十アーテムの高さを登りきり、俺達はフールのいる部屋の隣までやって来た。この部屋は側面がくり抜かれてバルコニー状の突出部が設置されている。さすがに砦としての機能も要求されるせいか、作りは荒くても石造りとなっていた。
そんな部屋の東側の外壁に、俺達は張り付くように待機している。地面から百アーテム上だとまだ西の空に浮かんでいる太陽の光が強いからだ。待機中の俺達の影を察知されるなんて間抜けなことは避けたいしな。
突入の準備はこれでできた。後は精霊を突っ込ませるだけだ。
先頭にいる俺は後ろを振り返った。アリー、カイル、クレア、スカリー、そして俺の上にジル。全員が黙って頷いた。
俺は自分の召喚した水の精霊と土の精霊を突入させた。この二つの精霊には、中にいる敵全てを無差別に攻撃するよう命令している。中にいる敵を倒すのが目的ではなく、俺達が突入するまで相手を攪乱するためだ。
音もなく宙を移動した二つの精霊は、当たり前のようにバルコニー状の突出部から室内へと侵入し、そして攻撃を開始した。
「よし、行くぞ!」
仲間に声をかけるというよりも、自分を鼓舞するために短く声を発した。そして次の瞬間、最後の足場をを踏みしめて突出部へと降り立つ。
俺は真銀製短剣を右手で握りしめながら、すぐさま室内に目を向けた。暗視の魔法のおかげで暗い部分もしっかりと見える。
部屋は横幅約二十アーテム、高さ約二アーテム半、奥行きが約三十アーテムと思ったよりもずっと広い。部屋への出入り口は奥にひとつ、突出部に近い西側にひとつある。
身長二アーテム近い大男、今のフールは奥の通路の前に立ってこちらを見ている。随分と余裕の表情だ。他の五人の配下は、俺の放った精霊による無差別攻撃を躱しつつ、反撃のために精霊へと近づいてきているところだった。
くそ、長剣だと大ぶりしたらぎりぎり天井に引っかかりそうだな。短剣のままいくか。
俺がフールに向かって走り出すと、ひとりの無表情な男がその行く手を阻む。俺の放った精霊は自分の仲間に任せて、俺からフールを守ろうというわけか。
「はっ!」
走りながらの勢いも乗せて、俺は真銀製短剣を男の長剣にぶつける。ただの鉄製ならそのまま切れるか折れるのだが、相手は難なく受け止めた。
「くっそ! あのときと同じか!」
相手はただ者ではなく、非常に優れた戦士か剣士のようだ。ラレニムの倉庫や討伐隊の夜襲のときと同じである。
そうなると、明らかに力負けするのは当然か。俺は剣一本で戦う戦士じゃないもんな。
徐々に押されてゆく中、背後で剣戟の響きが鳴り始める。よし、これなら俺の精霊を引き上げてもいいだろう。
精神感応の魔法によって俺の命令を受け取った水と土の精霊は、こちらへと近づいてくる。水の精霊は俺の背後から無表情の男に見えるように、土の精霊は男の斜め後方からだ。
俺は一歩ずつゆっくりと下がっていく。予定通りではあるが、単に力負けしているだけともいう。そして、土の精霊が無表情な男に魔法で攻撃をする。
「ごはっ」
床から出てきた土槍によって、俺が相手をしている男は串刺しにされる。更に、俺は首を刎ねてとどめを刺した。
「そういえば、以前も会ったことがあるよね、きみ」
無表情の男を倒した直後に、部屋の奥から声をかけられた。少ししゃがれた声色のくせに口調はやたらと軽い。
視線を向けると、先ほどからじっとしたままの大男が厳つい顔を笑顔にしている。
「きみ、ユージっていうんだろ? 珍しい名前だよね。それに精霊も使えるなんて人間にしては珍しい。しかもそれだけ立派な精霊を召喚できるなんて、やっぱり普通じゃないよ。基本的に精霊は、大森林のエルフや妖精にしか懐かないからね。それに、無詠唱で魔法を使える人間なんてそうはいない」
やっぱりどこかからしっかりと監視していたんだな。嬉しそうにもったいぶっているのが腹立たしい。
「いや最初はね、光の教団に追われているのかと思ったんだよ。だってほら、きみが持っているその長剣、勇者の剣に見えたから。しかも光の剣なんて使うんだもんね。だからハーティア王国からはしばらく離れた方がいいかなって思って、ここに腰を据えようとしたんだよ」
ああ、やっぱり最初はそういうふうに勘違いしていたのか。最後までずっとそのままだったらよかったのに。
「でもね、二ヵ月もしないうちにラレニムの拠点を潰されて、おかしいって思ったんだ。だってさ、いくら何でも僕の拠点をかぎつけるのが速すぎるだろう? ハーティアの転移用の魔方陣はしっかりと潰したはずだから、手がかりはなかったはずなんだ」
まぁ、実際のところ、ラレニムを選んだのは消去法の末だったんだけどな。ぴったりと当たったのは嬉しかったよ。
「それで、決定的だったのが盗賊の討伐隊を初めて夜襲したときだよ。見ての通り、今の僕の姿はハーティアにいたときと全然違う。なのに、きみは迷わず僕を殺そうとしたよね? 光の教団の差し金としてはあり得ない。ということは、きみは個人的に僕を殺そうとしている。どうして?」
こいつは俺に向かって質問しているんじゃない。自分でその先をしゃべりたくてたまらないんだ。自分の推測が正しいと確信しているから。
「そして最初に戻るんだけど、ユージっていう名前で、精霊が召喚できて、無詠唱で魔法を使える。更に、光の剣を使えるとなると、僕はひとりしか知らない。きみ、勇者の剣から出て転生できていたんだね、ユージ」
まぁ、これだけ色々と見られていたら、わかるか。
「おめでとうって、言った方がいいのかな?」
「いらねぇよ」
言葉がとげとげしくなる。輪郭がぼやけて見えたり、こいつから圧迫感があったりするのはもちろんだが、相手をどこか馬鹿にしたかのような態度が苛立つ。
「一応僕の推測は当たったみたいなんだけど、それでもひとつだけわからないことがある。二百年前のときはもちろん、この一年でも僕の姿は変わったのに、どうしてきみは僕を見つけ出せるんだい?」
それはわからないのか。俺が言わないと誰もわからなかったことなんだし、当然か。
「鼻が利くんだよ。どんなに姿が変わってもな」
「へぇ、本当に鼻かどうかはともかく、追跡する方法があるのかい。それは厄介だねぇ」
妙に機嫌の良いその顔を見ていても腹が立つだけというのもあったけど、いつの間にか静かになっていた背後に一度視線を向けてみる。すると、全員がフールの配下を倒してこちらを見ていた。
これで六対一、実際に倒す役目は俺でないといけないが、もう俺達の負けはない。はずなんだけど、フールの笑顔は相変わらずだ。
「お前、余裕だな」
「応援がもう来るしね」
そのとき、突出部に近い西側の通路から、大量の足音が聞こえてくる。そうか、いくら何でもこっちにくるよな!
俺のところへ近づこうとしていた仲間は、慌ててその通路へと向き直る。
「僕はもう少しユージと話をしていたいから、そっちの人達はあいつらの相手をしていてくれ」
確か残り十五人だったよな。ジルが妖精を更に召喚してくれたら対処できるかもしれないが、一度に来られるとまずい。
俺は思わずもう一度振り返ると、みんなは西側の通路へと向かっていた。部屋の出入り口で戦うつもりか。数で押されないようにするためだな。
「さて、それじゃ話の続きをしようか」
いろんな意味でむかつくフールは、相変わらず最初から同じ場所に立ったまま、俺に対して話しかけてくる。その余裕の根拠がわからないのは不安だが、話を引き延ばして仲間がこちらにやって来る時間を稼ごうと思う。
さて、フールは俺と一体何を話したいんだろうか。