どう攻略するべきか?
地面よりも高い足場を作り、そこからフールの根城へと向かっていると、フールの配下に奇襲攻撃をされた。何とか攻撃を防いだのはいいが、自らの命と引き替えに魔法で攻撃していたその配下達は、全員力尽きて死んでしまう。
胸くそ悪い気分になりながらも、ここで歩みを止めるわけにはいかない俺達は、土壁で足場を作りながら更に根城へと近づいてゆく。
もう約百アーテム先にあるフールの根城は、山の急勾配な斜面を利用して作られていた。外から見る限りでは、斜面をくり抜いて作ってあるように見える。一番高いところで百アーテムくらいのところに部屋があるようだ。所々に通路や階段みたいなのが見える。
こんな山奥でどうやって作るのかということが一瞬気になったが、近づくにつれて建物の粗さが目立ってきた。フールが一から作ったのかそれとも既にあったものを手入れしたのかはわからないが、押せば崩れるような脆さを感じる。
ここからだと出入り口は一番下にある門だけだ。丸太で何度か突けば突破できそうに見える。そこから階段を登って中に入るようになっているようだ。
捜索の魔法を使ってフールとその配下の位置を確認する。フールの位置はやっぱり変わっていない。配下の位置もそのままだ。迎撃しやすいところで待機しているのだろう。
「師匠、前方に何人かが弓を構え矢を番えています!」
早速アリーが発見して報告してくるが、俺も知っている。俺達よりも高い位置で待っているな。さっき自滅した連中が俺達の数を減らすための要員なら、弓矢を持っている奴は中に入るのを牽制するための要員か。
再び門のある付近を見ると、死霊系の魔物が徘徊している。しかも門が開いているのか、階段にも腐乱死体なんかがいるじゃないか。フールにとっちゃ、あいつらも部下みたいなものだから放し飼いにしているんだろう。
「ユージ先生、どうするんでっか? 門の前で降りて、死霊系の魔物を蹴散らしながら中に入るんでっか?」
「それは面倒だな」
そんなことをすれば、恐らく常に背後から死霊系の魔物に襲われることを気にしないといけないだろう。できればそんなことはしたくない。
地上から三十五アーテムの階段みたいなところで弓矢を構えている敵に視線を向けたまま、俺は呟いた。
「あの弓矢を持った奴のところから入ろうか」
何も馬鹿正直に入り口から入ってやる必要なんてない。目的の場所へたどり着けるのならば、こちらに都合の良いところから乗り込むべきだろう。
「これから階段を作りながら前に進む。矢に注意するんだぞ!」
「「「「はい!」」」」
みんなの返事を聞いた俺は、階段状の足場を作りながらフールの根城へと向かい始める。
最初は何もされずに進むことができたが、距離五十アーテムを切ると弓による攻撃が始まる。こちらへと向かってきた矢は、俺の前に出てきたアリーとカイルが剣ではたき落としてゆく。数人が散発的に撃ってくるだけなので、今のところはこれで対処できる。
「我が下に集いし魔力よ、氷となり貫く刃となれ、氷槍」
「我が下に集いし魔力よ、神敵討つ槍をこの手に与えよ、光槍」
そして、スカリーとクレアが魔法による反撃を行う。魔法操作によって制御された攻撃魔法は、避けようとした相手を追いかけて確実に討っていった。
「アリー、カイル。危ないと思ったら下がりなさいよ。この子達に守ってもらうから」
ジルは俺の後頭部近辺を飛びながら注意を呼びかける。ちなみにこの子とは、火の精霊と水の精霊のことだ。俺達のすぐ近くに控えている。
しかし、精霊の出番はなかった。アリーとカイルが飛来する矢を落としては、スカリーとクレアが反撃するということを繰り返した結果、根城まで十アーテムくらいのところへとたどり着いたときには、弓を持った敵は全て倒せていた。
最後の足場を作って進むと、俺は敵の倒れている階段に降り立つ。そして上下ともに敵が来ないか身構えた。続いてアリーとカイルが降り立って上下に分かれて構える。最後にスカリーとクレアが降り立った。
「誰も来ませんね。気づいていないのかしら」
「そんなわけないやろ。中で待ち構えとるんやって、きっと」
俺が捜索の魔法を使ってフールとその配下の位置を確認している間、クレアとスカリーが子声で言葉を交わす。
「どうもスカリーの言う通りっぽいな。誰も動いていない」
フールの位置はもちろん、配下の位置もそのままだ。こっちが乗り込んでくること前提で戦うつもりだったのか?
数は全員で二十一人だ。一番上に六人で集まっているのがフールなんだろう。残りは五人ずつで三組に分かれている。まるでゲームの初期配置みたいだな。
「どうするんでっか? とりあえず上にいきまっか?」
「待ってても仕方ないしな」
敵地の中だけに不安はあるが、ここでじっとしていてもいいことはない。フールが上にいるならば、そこへ向かうだけだ。
俺は室内戦闘に備えて、真銀製長剣をしまって真銀製短剣を右手に握りしめた。
「では、私が先頭を――」
「いや、俺が出る。その長剣じゃ狭いところはやりにくいだろう」
アリーの言葉を遮って俺は前に出た。アリーなら剣の技量で何とかしてしまうかもしれないが、やはりここは短剣を持つ俺が前に出るべきだろう。
「順番は、俺、アリー、スカリー、クレア、カイルだ。今のところ背後からは襲われないかもしれないが、相手が移動する可能性もあるしな」
「まぁ、念のために最後尾も固めておくべきですもんな」
カイルも納得したところで階段を登り始めると、俺の前に水の精霊が現れる。
「この子を先頭にすれば不意打ちは防げるわよ。大抵の攻撃なら最低一撃は耐えられるからね」
スカリーの頭上を飛ぶジルが俺に配慮してくれたようだ。振り向くと最後尾に火の精霊がいる。これはかなり助かるぞ。
「ありがとう、ジル」
「ふふん、小細工なんて気にせずにどんどん進みなさい!」
さて、いよいよこれから最終決戦だ。今度こそ、逃すことなくフールにとどめを刺すぞ!
入ってすぐに気づいたが、この根城は蟻の巣に似ている。通路は部屋につながっており、別の通路は別の部屋へと通じている。また、平行な通路がない。必ず傾斜している。その傾斜がきついと階段になっているという感じだ。どうにも人間が計画的に作ったようには思えない造りである。これが蟻の巣と思わせたのかもしれない。
「通路が必ず上下してたり、階段ばっかりって、えらいきついな」
ゆっくり歩いていけば大したことはないのだろうが、走るとなると坂道や階段はきつい。一番体力のないスカリーが早速根を上げてきた。
「それにしても、部屋に扉もないのね。これじゃ丸見えじゃない」
「あたしは行き来しやすいからこっちの方がいいかな。先も見えるし」
少し息を切らせながら感想を漏らしたクレアの言葉にジルが続く。
既に二つ部屋を通り過ぎたが、そこには誰もいなかった。捜索の魔法で確認していたからそれはわかっていたことなんだが、相手側からすると罠を仕掛けにくいし奇襲しにくいと思う。
「こっちとしては都合が良いですね。室内での戦闘を想定していなかったのかもしれません」
アリーの言うことは半分正しいのかもしれない。でも、そんなことを気にする必要がそもそもないという可能性もある。
外から見ていると最上階へ行くまでにそんなに時間はかからないと思っていたが、意外と奥行きがあるせいで登ったり降りたりさせられることが多い。まるで迷路みたいだ。幸い、敵の居場所は捜索の魔法でわかるので、後は罠にさえ気をつければいいのが救いである。
「おお、やっと外に出た! って、ほとんど登っとらんやん!」
外の風景を見たカイルが、落胆の声を上げる。
一旦奥まで進み、上下しながら崖の斜面にある通路にまで出てきたが、階下を見ると最初に侵入した階段が見える。結構走ったはずなのに、三階分しか登っていなかったのだ。まだ高さ五十アーテムくらいの地点でしかない。
俺達はここで一旦止まる。小休止だ。もっと短時間で敵にぶつかると思っていたのに、予想以上にフールの根城が広くて未だにその中を走り回るばかりである。
「ねぇ、ユージ。敵の様子はどうなの?」
「まだ変化はないな。これは俺達とぶつかるまでは動かないんじゃないかな」
座り込む俺にジルが問いかけてくる。なので、捜索の魔法で確認してみた。
これだけ根城の中を走らされると、体力と気力を消耗させるために待っているんじゃないのかと思えてしまう。結果的に、俺達は散々振り回されてから戦いに臨むわけだからな。
「これ、絶対上下に移動するための隠し通路があるで。いつも登ったり降りたりすんのに、こんな長い距離を歩くはずないもん」
「そうよね。わたしもそう思う。でも、探している時間がないのよね。それが悔しいわ」
だいぶ呼吸が落ち着いてきたスカリーとクレアが、この根城に対して愚痴を言いあっている。
「しかし、ここに来るまでの道順は一本道ではなかったから、もしかしたら単純に選んだ通路が悪かったのかもしれないな」
アリー、そこは触れないでほしかった。
実を言うと、というか、ある意味当然なことであるが、通路は分岐していたり部屋には複数の通路がつながっていたりしている。俺達はその中から上につながっているような通路を選び続けたはずなのだが、結果はご覧の通りである。
「なぁ、ユージ先生。どうせ敵の攻撃がないんやし、今のうちに土壁で足場を作って、一番上にまで行きまへんか?」
「あーやっぱりそう考えるよなぁ」
俺もどうしようか迷っていたところだ。
わざわざ下の方の階を選んで入ったのは、フール本人や固まってじっとしている配下が一世に迎撃してくるのを恐れたからだ。とりあえず根城の中に入って、この狭い通路と部屋で各個に倒そうというのが当初の予定だった。
ところが、根城の中が迷路のように複雑で、尚かつこれだけ動き回っても敵に動く気配がないのならば、カイルの言う通り足場を作って一気に上まで行ってもいいように思えてきた。
「だったら、直接フールのところへ乗り込んじゃえばいいじゃない」
「う~ん、それはいくら何でも危険すぎると思うんだよなぁ」
ジルの提案に俺は微妙な返事をする。俺だってそうしたいんだけどな。たぶんフールだってそれは考えているだろうし。
「フール達相手に長期戦になった場合、背後から別の敵に攻撃されるかもしれないから、直接乗り込むのはやめておいた方がいいと思うわ。それよりも、一組ずつ倒していった方が安全ね」
「けどそれやと、形勢不利とフールが判断したら、すぐに逃げられてしまわへんか?」
「でも、挟み撃ちに遭って数で押し切られる可能性があるわよ?」
クレアとスカリーの言い分はどちらもわかる。それだけに、どちらを選べば良いのか迷うな。
「クレアのゆう通り一組ずつ戦っていくと、俺らって途中でばててしまわへんか? 相手って二十人おるんやで?」
「しかもその二十人が、ラレニムの倉庫街で戦ったような手練れの可能性が高い。一組ずつ倒していくのは正しいと思うが、私達の体力がどれだけ保つか」
「一戦ごとに充分休めるんやったらええんやけどな」
周囲から一斉に襲いかかってくる死霊系の魔物を相手にした俺達だったが、あいつらは動きが大体同じだからどうにか対処することができた。しかし、今度の相手はアリーの言う手強い敵の可能性が高い。
しかも相手は一組五人か六人だ。かつて討伐隊が夜襲を受けたときにフールの配下と戦ったことがある。そのとき、俺、アリー、カイルと敵が一対一で戦っている間に、四人目の敵がスカリーとクレアの二人と戦っていることを思い出した。あのときはたまたま切り抜けることができたが、今回もうまくいくとは限らない。
更に予定通り一組を倒せても、すぐさま別の一組に襲いかかられたとして、果たして切り抜けることができるだろうか。
フールをいきなり攻撃するのも、一組ずつ倒していくのも、どちらにも問題がある。足場を作っていきなり上の階に登るのには賛成だが、敵をどう攻略していこうか。
「ねぇねぇ、その手強い相手って、ユージとアリーとカイルは一対一で相手ができるの? スカリーとクレアは?」
「俺とアリーとカイルは一対一で戦える。でも、アリーとカイルは不利になるな。スカリーとクレアは二対一でも無理だ」
突然ジルから話を振られて、俺はその意図がわからないまま答える。
「それじゃ、全員に精霊をひとりずつ付けたら、勝てるんじゃないの?」
「その発想はなかった」
そうか、そうだよな。精霊を召喚できるんだから、俺達だけで戦う必要なんてないよな。なんで馬鹿正直に戦おうとしていたんだろう。
「ジルの精霊と一緒に戦えるのであれば、私も以前のような手練れが相手でも勝てるでしょう」
「せやな。俺もいけるやろ。少なくとも負ける気はせぇへんわ」
アリーとカイルは自信ありげに返答してくる。
「精霊に相手を足止めさせて、そのうちに魔法で片付けるってゆうんなら、うちらでもやっていけそうなんかな?」
「そうね。アリーやカイルが来てくれるまでの足止めならできそう」
スカリーとクレアも精霊付きならなんとかなるのか。
「そっか。なら、いきなりフールのところへ乗り込んでもいけそうだな」
「そうよ! さっさと終わらしちゃいましょう!」
体力面でじり貧になる前に、相手の急所を一突きするべきか。できるんだったら、そっちの方が絶対にいいな。
よし、これで決心はついた。ちょうど休憩もできたことだし、フールのところへ直接乗り込んでやるとしようか!