根城への至る道
最初は死霊系の魔物の密集地帯を正面突破しようとしていたが、さすがに途中で無茶だということに気づいた。そこで土壁の魔法を利用して、高さ五アーテムの足場を作ってそこへ避難する。
「とりあえず一息はつけました。師匠、これからはこの足場を作ってフールの根城まで行くのですよね。敵からの妨害があるとすれば、どのようなものがあるでしょうか?」
アリーからの質問を受けて俺はしばらく考える。
「基本は、弓矢や攻撃魔法のような遠距離攻撃だろう。俺だったら、足場そのものを崩そうとするから、魔力分解や呪文解除を使うな」
今のところ何もしてこないのは、弓矢も魔法も射程範囲外だからなのかもしれない。フールの根城までまだ一オリクくらい離れているし、死霊系の魔物の密集地帯ぎりぎりから仕掛けるにしても五百アーテムくらいの距離はまだ遠い。
「そんで、今度はどんな隊形で進むんでっか? さっきとはまたちゃうんでっしゃろ?」
「そうだな。今度は正面からの遠距離攻撃に備えることが重要になるからな」
順当なところだと、俺が先頭で次にアリーとカイル、最後にスカリーとクレアだろう。ジルは上を飛び回っているから特に指定はない。
ただし、二つ考えておかないといけないことがある。ひとつは首尾良くこのままフールの根城に入れた場合のこと、もうひとつは妨害されて途中で足場がなくなったときのことだ。
そのまま根城まで到達した場合だが、たぶん中の移動は一列になるだろう。盗賊の討伐隊に参加した経験から、横幅の広い通路があった試しがない。そうなると、気をつけるべきは背後からの襲撃と分断だろうな。
途中で足場がなくなった場合は、最初に思いつくのが死霊系の魔物の密集地帯に落ちることだ。もう少しで密集地帯から出られるというところなら強行突破でもいいだろう。そうでなければ、再度足場を作って進むしかない。
「俺が先頭で次にアリーとカイル、最後にスカリーとクレアだ。とりあえずは、この密集地帯を抜け出すことだけを考えよう」
約一オリク先にあるはずの根城は、山の急勾配な斜面を利用して作られているらしく、ここからではよく見えない。うまく偽装してあるのか、それともしっかりとした建物を建てる技術がなかったのかまではわからないが。
そして、捜索の魔法を使ってフールとその配下の位置を確認する。フールの位置は突入前と変わっていない。配下の位置は変化しているな。根城の中と外に分かれている。俺達が密集地帯から出てきたら迎え撃つつもりだな。無秩序に散開しているのは、何かの作戦なんだろうか。
「ユージ、早く行こうよ! 待っていてもいいことなんてないんだから!」
「わかってるって。それじゃ、みんな行くぞ」
ジルにせっつかれた俺の声に呼応して、他の四人が立ち上がる。順番は先ほど言った通りだ。
表面上の疲れはとりあえず取れたので、俺達六人は足場を伝って進んでゆく。しかし、百アーテムしかないのですぐに行き止まりとなった。
「土壁」
そして俺が全く同じ足場を作って道を継ぎ足す。今更隠す相手もいないので無詠唱だ。むちゃくちゃ楽ちんである。
「それええなぁ。うちも使えるようになりたいわ」
「本当にね。無詠唱で魔法が使えたら、さっきの戦いも随分と楽だったのに」
二つ目の足場の上を歩きながら、スカリーとクレアが言葉を交わしていた。こんな状況で雑談とはいい度胸だとは思うが、これはこれで俺も疑問が湧いたので話に参加する。
「あれ? ライナスもローラもメリッサも、みんな無詠唱は使えていたはずだぞ。そういったことは伝わっていなかったのか?」
「ご先祖様が無詠唱で魔法を使えるということは知っていましたけど、覚え方までは伝わっていないんです」
「そうですねん。途中で失伝したんか、最初からなかったんかはわからへんのですけど」
「へぇ、そうなんだ」
どうして三人とも子孫に伝えなかったんだろうな。俺だったらヒントだけでも残していただろうに。
「そうなると、アリーはどうなんだ? オフィーリア先生から教えてもらっていなかったのか?」
「私はそもそも、剣の修行に重きを置いていましたので」
なるほど、だからオフィーリア先生は教えなかったのか。
話をしている撃ちに二つ目の足場の端まできたので、三つ目の足場を作る。
今のところ妨害はない。こちらへの遠距離攻撃もだ。根城の外に出ているフールの配下にも動きはない。こうなると、密集地帯を抜ける前後に仕掛けてくる可能性が高いな。
「ねぇ、先に行って様子を見てこようか?」
「いや、たぶん上から見ただけじゃわからないだろうから行かなくていい。それよりも、先行して相手の罠にかかったら助けるのが大変だから、俺達と一緒にいるべきだろう」
ジルの存在は非常に便利だが、失うと一気にこちらが不利となる。どうにもならない状況なら仕方ないが、今はそんな状態じゃないので慎重に行動してもらった方がいい。
五つ目の足場を作った。その先は密集地帯の境界線だったところだ。今は死霊系の魔物の制御ができていないのでもっと向こうにも徘徊しているが、根城の方へと近づくにつれてその密度は薄くなっている。
「けど、あのフールの配下って奴は、死霊系の魔物に襲われへんねんな。ユージ先生みたいになんか腕輪でもしとるんやろか?」
カイルの言葉に、俺も先にいる二十人ほどのフールの配下を見る。先ほどから散開してそのままだ。全員に来ているが死霊系の魔物には無視されているので、何らかの対策を施されているのだろう。
「死霊系の魔物だけならともかく、同時にあの手下達に襲われたら大変よね」
「最初にやられるんはうちとクレアやろうな」
もういつ敵が攻撃を仕掛けてきてもおかしくないところまでやってきて、最後尾の二人が最悪の事態を想像している。もし、俺達のこの行動を予想してあの人形と化した配下を配置しているのならば、次の相手の仕掛けはかなり嫌らしいかえげつないかのどちらかだろう。
六つ目の足場を作って進む。しかし、相変わらず敵に動きはない。
「師匠、まだ動きがありませんね。相手は一体何を企んでいるのでしょう」
「それがわかったら、こんなに緊張しなくても済むんだけどな」
周囲に気を配りながら俺はアリーに答える。
それにしてもおかしい。もう敵の攻撃があってもいい頃なのに、何も仕掛けてこない。何かを待っているのはわかるけど、何を待っているのかがわからないのは不安になる。
七つ目の足場を作って進む。相変わらず変化なしだ。散開しているフールの配下の中を突っ切る形になった。どうしてまだ動かない?
かなり近づいたことで相手の姿がはっきりと見えるようになったが、俺などは相変わらず動かないその姿に不気味さを感じるようになってきた。
「あれ? フールの配下って、手に持ってるんみんな杖やん。剣とちゃうのん?」
しかし、スカリーはその姿に違和感があったようだ。俺も改めて見直すと、確かに外に出てきている配下はみんな右手に杖を持っている。確かに、姿が盗賊なのにこれは変だ。
そして、変化は八つ目の足場を作って進み始めたときに起きた。今まで全く動かなかったフールの配下二十人が、一斉に魔法攻撃してきたのだ。
「え?! しまった、そうか!」
俺は慌てて半円状の風壁を展開した。多数の攻撃魔法が飛来し、俺の展開した風壁へと次々に当たる。
「うわっ?!」
「後ろからも?!」
ところが、俺が守れたのは前半分だけで、背後から打ち込まれた攻撃魔法には丸っきり無防備だった。一瞬、スカリーとクレアの対処に期待したが、残念ながら対応できなかったようだ。
「みんな、伏せぇや!」
カイルの声にアリー、クレア、スカリーが伏せた。その頭上を火槍や風刃といった攻撃魔法が通過する。
「ちょっ?! えい!」
とっさに精霊を召喚したジルが、俺達の後方に盾役として立たせる。その水の精霊は水壁を展開して攻撃を防いでくれた。
「みんな、大丈夫か?」
とりあえず敵の攻撃を防ぐ壁を展開しているのでしばらくは保つ。この間に体勢を立て直すべく、俺は仲間に声をかけた。
「私は平気です、師匠」
「いったぁ。なんか背中に当たったでぇ」
「カイル、それ、雹が少し当たったみたいね。今、治すわ」
「おー痛っ。伏せるときに顎ぶつけてもうたわぁ」
一応軽傷で済んだか。不意打ちを食らってこの程度なら御の字だろう。
「しっかし、見事にやられたな。気にはなっていたけど、まさか全員魔法で攻撃してくるとは」
「ここの盗賊ってみんな魔法が使えるの?」
「そんなわけないだろう。フールが何か細工でもしているんだ」
俺はジルの質問の内容を即座に否定した。あの杖に何か仕掛けがあるんだと思う。
「あの杖に魔力を込めて、誰でも魔法が使えるようにしてるんとちゃうかな。もしそうやったら、魔力は短時間で切れるやろうし、しばらくの我慢なんやけど」
落ち着いてきたスカリーが、顎をさすりながら分析をする。
「ねぇ、ユージ。どうする? ちょっと待つ?」
「そうだな。本当に短時間で攻撃が止まるか見てみようか」
さすがに無限に魔力を持っているとは思えないので、いつかは魔力切れをおこすに違いない。今のところフールが別の場所に移動する気配もなさそうだし、しばらく待ってみようか。
なんて思っていたら、すぐに魔法での攻撃がなくなった。魔法を使っていた盗賊達を見ると、半分くらいが倒れている。
「え? 倒れている?」
俺は驚いて捜索の魔法を使った。すると、立っている奴しか反応がしない。つまり、倒れた奴は死んだってことなのか?
「嘘だろ。自分の命を魔力に変換しているのか?」
考えられる理由はそれしかない。あいつ、こんなこともやるのかよ!
「なんやて?! そんなことしたら術者は魔力が切れた時点で死んでしまうやんか!」
「それじゃ、倒れた人たちって……!」
スカリーは憤り、クレアは絶句した。自分でやるならまだしも、人にやらせることじゃない。
「ユージ先生、立ってる連中もかなり顔色が悪いですけど、あいつらも魔力を使い切ったら死ぬんでっか?」
「たぶんな」
あの十人だけが別の方法を使っていることはないだろう。単に生命力が倒れた連中よりも強かっただけだ。それでも、死の直前のように見えるが。
「師匠、これからどうします?」
「一旦壁を解除して、あいつらの攻撃を誘おう。そして力尽きるまで攻撃させて、全員倒れたら前に進む」
俺の案を聞いた全員が無言だ。しかし、肯定の意味だけじゃない。相手の自滅の仕方に対する憤りも含まれている。
「ジル、一旦壁を解除するぞ。そして相手が攻撃を再開したら、また壁を展開する」
「うん」
ジルの声には元気がない。気は進まないのだろうが、他に方法がないので従っているだけなのがよくわかる。
俺とジルは一斉に風壁と水壁を解除した。すると、残った十人が魔法による攻撃を再開する。それを見越していた俺とジルは、再び風壁と水壁を展開して相手の攻撃を防いだ。
すると、すぐに攻撃が止んだ。捜索の魔法で調べてみると、盗賊達の反応は全くなかった。
「はぁ、くそ! 後味が悪いなぁ」
立ち向かってくる奴は剣で切り伏せたり魔法で討ち取ったりするので、結局殺すことに変わりはない。ただし、操っている相手の命を好き勝手に使うというのは嫌悪感がある。フールにしてみると、結果が同じなら過程も同じなんだろうな。
「みんな、いくぞ。あいつの根城に近づくと、同じように攻撃してくる可能性が高いから注意しろよ」
全員が静かにうなずく。
「なんでユージ先生が、フールを倒そうとしているんかが改めてわかりましたわ。こんなことを平気でやる魔法使いなんて、放っておくわけにはいかへんもんなぁ」
「そうよね。旧イーストフォートを滅ぼした人だって聞いていましたが、ようやく実感してきました」
「最初はユージ先生の私怨みたいなんから始まったって聞いてましたけど、こいつはとりあえず殺しとくべきでんなぁ」
「野放しにしていると、また自分の研究のためにたくさんの人を殺しかねないですからね。私も倒すべきだと思います、師匠」
ここに至って、他のみんなにもフールがどういう奴なのかが理解できたようである。死霊魔術師だということを割引いてもここで倒しておくべきだ。
俺は全員の意思を確認すると、再び前を向いて歩き始めた。フールの根城はもう目前だ。あいつだけは絶対に倒してやる!