死霊系の魔物の密集地帯
自分の根城の周囲に死霊系の魔物を配置していたフールだったが、一ヵ所だけ不自然なまでに魔物の層が薄い場所を俺達は見つけた。奥にフールがいることを確認すると、俺達はここを突破する決心をする。
今俺達のいる場所からフールの根城までは約二オリクだ。その間に死霊系の魔物の層が一オリク程度あった。俺達のいる地点から約五百アーテム先からその密集地帯が始まっている。
問題はここをどうやって突破するかだが、これは以前やった方法が使える。
「今からこの一帯の死霊系の魔物を制御している奴を捜索の魔法で探す。見つけたらジルに倒してもらうぞ」
「ふふん、任せなさいよ! 前と同じですぐにやっつけてやるんだから!」
討伐隊に参加しているときにも死霊系の魔物と戦ったが、制御している男を倒したら魔物達はばらばらに行動するようになった。密度が高いという点は変わりないものの、統制がとれていないのならばまだ何とかなる。
俺はすぐさま捜索の魔法で、制御している奴がどこにいるのか探す。探索の結果、右手六百アーテムのところにひとりと、左手九百アーテムのところにひとりいた。
「ジル、右手千百アーテムのところにひとりと、左手千四百アーテムのところにひとりだ。その辺りに生きている人間がいる」
「わかった! それじゃ行ってくるね!」
ジルはまるで散歩してくるような気軽さで俺達に挨拶をしてから飛んでゆく。
「みんな、これから使う武器を出せ。俺とクレアで光属性魔力付与をかける。それと祝福もな」
「ユージ先生、うちの武器ってこの杖になるんやけど、これにもかけるんか?」
「もちろん、四方から襲われるから、使うときは必ず来るぞ」
光属性魔力付与は魔力付与の一種で、死霊系の魔物に対して特に効果がある。浄化の魔法も一緒にかかっているようなものだ。
ただし、アリーは例外だ。あの黒い長剣には魔力付与は必要ないと聞いているので何もしない。また、アリー自身にも祝福はかけない。魔族だと効きにくいからである。
「お、クレアさんの鎚矛にもかけるんか。これは死者も一発昇天やな」
「えらいきつい一発やな。どっちかっちゅーと、天罰覿面っていう方とちゃうんか?」
「あんた達、好き放題言ってくれるじゃないの」
クレアの鎚矛が淡く輝くのを見ながらスカリーとカイルが茶化す。クレアの様子を見ると、青筋を立てながら右手の鎚矛を左手でも握りしめていた。
「お前ら余裕だな。いいことだ。それじゃ、突入時の隊形を言うぞ。スカリーを中心に、その前が俺、後ろがカイル、右がクレア、左がアリーだ」
接近戦に一番弱いスカリーを守ることにした隊形だ。
真銀製長剣を持ち、尚かつ光属性の魔法を使える俺が道を切り開く。クレアは接近戦に不安はあるが、光属性の魔法を使って切り抜けられると考えた。アリーは持ち前の技量と切れ味の鋭い黒い長剣で敵の接近を防いでくれるだろう。カイルはこの中で防御は一番上手だから、後方から襲いかかる敵をうまく防いでくれるはずだ。
「ジルが制御している男を倒したら、最初に幽霊がこちらにやって来る。それを俺とクレアで浄化してから突撃するぞ」
「「「「はい!」」」」
隊形とはいっても、たった五人しかいないのですぐに準備はできた。そして前方にいる死霊系の魔物をじっと見つめる。
しばらくすると、腐乱死体や白骨死体の動きに変化が現れる。今まで一定の範囲内でしか動いていなかったのに、いきなり無秩序に移動し始めた。もちろんこちらに向かってくる奴もいる。
そして、幽霊も同様に四方へと散り始めた。もちろん俺達のところへもやって来る。
「「我が下に集いし魔力よ、神の御名において彷徨える哀れな者共を天へと導かん、浄化」」
幽霊をぎりぎりまで引きつけてから、俺とクレアが浄化を始める。クレアは主に俺達の近辺を担当し、俺は更にその外周を担当した。
俺達二人に浄化の魔法をかけられた幽霊は、次々と消滅していく。苦しそうだったり、恨めしそうだったり、嬉しそうだったりとその表情は色々だ。ただ、それに対して感傷に浸っている暇はない。
向かってくる幽霊はとりあえず浄化した。他の死霊系の魔物が大体三百アーテムくらいのところまで近づいてきている。
しかし、俺はそれでもまだじっとしていた。
「師匠、行かないのですか?」
「ジルがもうひとり倒してからだ。そのときにも幽霊がやってくるからな」
例え制御が失われても、密集地帯には幽霊がいくらか残ることはわかっている。しかし、その多くが物理的な制約を無視して四方へ散るのなら、少しでも密度が減るのを待ちたい。だからまだじっとしているのだ。
「けど、腐乱死体や白骨死体はどんどんこっちに向かってきてまっせ」
「あれが近距離まで来たら突撃する。それまでは我慢だ」
正直なところ、すぐに突っ込んだ方がいいのかもしれない。が、俺は自分の性格に合った方法を選択した。とりあえずはこれが最善の方法だと思い込むことで不安を押し込める。
捜索の魔法で二人目の制御している男がどうなのかを確認してみた。すると、反応がない。
「ジルが二人目も倒したみたいだ。しばらくしたら幽霊が来るぞ!」
この様子だと、今迫ってきている腐乱死体や白骨死体とほぼ同時に来そうだな。一回浄化してから突撃することになりそうだ。
腐乱死体や白骨死体が五十アーテムくらいまで迫ってきた。そのとき、幽霊の集団がそいつらを追い越してやって来る。さっきの幽霊より足が速い。幽霊にも足の差があるんだと内心驚いた。
「「我が下に集いし魔力よ、神の御名において彷徨える哀れな者共を天へと導かん、浄化」」
再び幽霊をぎりぎりまで引きつけてから、俺とクレアが浄化する。今度はさっきよりも少し数が多い。
浄化の範囲に幽霊以外も入るようになってきた。ただ、浄化対象には設定していないので何も変化はない。
「我が下に集いし魔力よ、突き抜けし魔法を操れ、魔法操作」
スカリーが突撃に備え始めた。直径十イトゥネックの白い真円が両手首に現れる。
幽霊の浄化が終わった。今後は他の魔物と同じように、浄化ではなく武器を使って倒していくことになる。
この時点で死霊系の魔物は十アーテムほどにまで近づいてきていた。もうこれ以上は引きつけられない。
「よし、いくぞ!」
俺のかけ声と共に、今か今かと待っていた四人は一斉に走り始めた。ここからは休みなしだ。
魔物でなくても、敵が密集しているところを正面突破するというのは難しい。一度に多人数を吹き飛ばすことができれば話は変わってくるが、それだってほとんど無制限にできないと数の暴力に負けてしまうことがある。
今の俺達にとって、死霊系の魔物一体ずつは大きな脅威ではない。全員がほぼ一撃で倒せる。また、統制を失っている死霊系の魔物は動きがばらばらなので、俺達はそこにつけいることもできた。
しかしそれでも、奥に進むに従って足は鈍ってゆく。疲れからではなく、相手の多さに足止めされることが多くなってきたからだ。
最初は移動しながら武器を振るっていれば切り抜けられると思っていたが、予想以上に厳しい。スカリーが適度に支援してくれているからまだわずかに余裕があるものの、そうでなければ立ち往生していた可能性が高いぞ。
「我が下に集いし魔力よ、神の御名において彷徨える哀れな者共を天へと導かん、浄化」
そのとき、クレアが浄化の魔法を使っていることを知った。そちらに振り向けば、白骨死体だけがただの骨に戻って地面に転がるのが見えた。
浄化の魔法は死霊系の魔物全体に有効だが、微妙に効きやすさというのがある。最も有効なのが幽霊で、次に白骨死体、最も効きにくいのが腐乱死体だ。これは肉体がどれだけあるかに比例している。
どうもクレアは、周囲にほとんど幽霊がいないので、次は白骨死体を浄化の対象にしているようだ。
「クレア、あんた魔力の使いすぎとちゃうんか?!」
「温存している余裕なんてないでしょ! まずはここを切り抜けないと!」
白骨死体がある程度脱落すると、残っているのは腐乱死体だ。クレアはそれを鎚矛で殴り倒してゆく。死霊系の魔物を相手にしているからだろうか、クレアの働きは接近戦にもかかわらず戦士のような前衛組と遜色ない。戦い方は丸っきりパワーファイターだ。
「うわ、魔法使いながら鎚矛で殴り倒しとるんか。実は俺よりも強いんとちゃうんか?」
クレアの鬼気迫る戦い方を見ているカイルが少し引いている。
鎚矛を振り回しながら呪文を唱えているものだから、その声に力がこもるのは仕方ない。しかし、まるで憎しみを込めて唱えているようなので少し怖かったりするのだ。
しかし、戦い方は参考になった。白骨死体を浄化しつつ、腐乱死体を剣で切り伏せていけばいいのか。俺も早速真似をする。
うっ、これは忙しい。周囲を見る余裕がほとんどない。でも、確かに周囲の敵を倒しやすくはなった。
いや待て、だから俺は魔法を無詠唱で使えるんだって! どうしていちいち忘れるんだよ、俺の馬鹿!
自分で自分に突っ込みを入れながら、俺は魔法を無詠唱で使い始める。するとかなり戦いが楽になった! 前に進む速度も速くなる。
「アリー、カイル! そっちはどうだ?!」
わずかに余裕ができたところで、二人の様子をチラ見する。
「私は大丈夫です! この程度なら全て切り伏せられます!」
返事の内容の通り、アリーはあの黒い長剣を使って、迫り来る多数の敵を簡単に切り伏せていた。縦に横にと真っ二つだ。剣の切れ味もあるんだろうけど、剣の技量と肉体的な強さも高いからだろう。俺が真似しようとすると不格好な力攻めになると思う。この様子なら、アリーの心配はしなくてもいいか。
「こっちも何とかですわ! もっと速う進んでもらえたら、楽になりますけど!」
一方、カイルは後退しながら戦うという器用なことをやってのけている。元々守りに入ると大抵の攻撃は躱してしまうので、今の状態でも魔物の攻撃は全然当たらない。ただ、スカリーの背中を守る必要があるから、若干戦いにくそうではある。
今のところはやっていけているが、果たしてこの状態で密集地帯を切り抜けられるのかと問われれば、あまり自信がない。
「うわ、みんな大変そうね! 手伝ってあげる!」
「ジルか! クレアの面倒を見てくれ!」
「わかったわ。任せなさい! それ!」
そのとき、ようやく戻ってきたジルが加勢してくれた。出し惜しみなしで戦っているクレアの負担が一番きついので、真っ先にその支援を頼む。
すると、早速二体のの精霊がクレアの前に現れる。火と土の精霊だ。近づいてきた腐乱死体は焼かれ、白骨死体は粉砕された。
全員揃ったことで、近づいてくる死霊系の魔物を倒す速度が上がった。つまり、前に進む速度が速くなったということだ。
「ジル、あとどのくらいでこの密集地帯を抜けられそうだ?!」
「えっと、今半分くらい来たところよ」
ジルからの返事はなかなか非情なものだった。必死に戦っていたから距離感なんてとうの昔になくなっていたが、どうも思ったよりも進めていない。
まずいなと内心焦りつつも目の前の敵を倒してゆく。そのとき、ふと閃いたことがあった。何も馬鹿正直に周囲の魔物の相手をしなくてもいいんじゃないだろうか?
討伐隊にいた頃に、死霊系の魔物を食い止めるため防壁を作ったことがある。あれの足場だけを作って道を作れば、戦わずして進めるのではないだろうかと思ったのだ。
「土壁」
俺は高さと幅が五アーテム、長さ百アーテムの足場を作った。そして次に、その上に登れる階段も出現させる。
「みんな、これに上れ!」
最初はスカリー、次にクレア、そしてアリー、カイル、俺の順に登ってゆく。もちろん続いて死霊系の魔物も上がってこようとするが、最初に上がったスカリーが魔法で妨害してくれた。
全員登り切ったところで、俺は階段となっている土壁を解除した。これで死霊系の魔物は上がってくることができない。
「はぁはぁ、最初からこうしていればよかったんだよな」
「途中で気づいただけでも、ましとちゃいまっか?」
「うちもそう思う。あのままやったら突破できてへんかったと思うわ」
「そうよね。明らかに見通しが甘かったわよね」
「死者の数が多すぎますね。私も甘く見ていました」
俺の作った足場を死霊系の魔物が囲う中、俺達はその上で小休止をして息を整えていた。足場の先はフールの根城に向かって延びている。
「よく途中で気づいたわね、ユージ。後はこれを根城まで作ればいいんでしょ」
「すんなりと作らせてくれたらな」
普通なら罠を仕掛けた方からすると、罠そのものを無効にするようなことをされると妨害してくるはず。どんな手段を使ってくるのかはわからないけど、このままあっさりと根城の中まで入れるとは思いにくい。
ただ、今のところは何もしてこない。この間に少しでも前に進むとしよう。