別れの準備と出発の準備
ラレニムの街に戻ってきた俺達は、再び単独でフールを探すことになった。一応フールが呪いの山脈にいる可能性があるので、これから調査しに行かないといけない。
ただ、五ヵ月近くも盗賊の討伐をしていたので、しばらくの間だけ街で休息を取ることにした。この後は再び呪いの山脈で長期間過ごすことになるので、心身共に疲れを癒やしておく必要がある。
そしてその間に、オフィーリア先生、サラ先生、レティシアさんに、連絡用の水晶で討伐隊での出来事を報告をした。同時に、次は俺達だけで呪いの山脈に入ることを伝える。そのとき、フールの居場所を突き止める良い案がないかも尋ねてみた。
一番いいのは、霊体であるエディスン先生に来てもらって呪いの山脈の中を調べてもらうことだ。しかし、今はデモニアを簡単に離れられない上に、こちらへ来るまでの時間がかかりすぎるので、この案は却下となってしまう。
他には、死者の腕輪を持つ俺だけが呪いの山脈で調査をするという意見もあった。しかし、これで死霊系の魔物から襲われなくなったとしても、フール徒党に襲われたらひとたまりもない。この案も却下だった。
結局、今の六人のまま呪いの山脈を調査するのがいいということに落ち着く。
そうなると、呪いの山脈に北側から入るのか南側から入るのかという話に移ってくる。山中の困難と死霊系の魔物の密度の高さ、一体どちらをあきらめるべきなのか?
これについて散々議論した結果、東側から進入してはどうかという提案がサラ先生からあった。厳密には、山脈南部の東の端からなので南東側ということになる。
理由は、死霊系の魔物が大量発生したのが山脈南部の西側なので、東側は手薄なのではないかということだ。何しろ大量発生する前は全く死霊系の魔物を見かけなかったので、今も手薄ではないかということである。しかも、討伐隊によって盗賊が討伐されているので、人間に襲撃される可能性がかなり低くなっているという利点があるということだ。
その代わり、山中を歩く期間は長くなる。これをどう捉えるかだ。
とりあえず結論を出すのを急がずに、休みの間ゆっくりと考えることにした。
その休んでいる間に、俺は色々と動いていた。
俺はまず厩舎に行ってきた。ラレニムに着いてからずっと馬を預けていたが、討伐隊に参加してから今まで放りっぱなしだった。料金は三ヵ月分を支払っていたが、帰ってきたのは五ヵ月後である。おそらく処分されていると思ったが、実際に行ってみると残念ながらその通りだった。
こういうことはよくあることで、支払った料金分の面倒は見てくれるが、期日までにやってこないと売り飛ばされる。厩舎側も慈善事業でやっているわけではないので、ただ働きをする理由はない。俺、アリー、カイルの三人が乗ってきた馬はオフィーリア先生に借りている馬だったので、何とも嫌な出来事だった。
こちらに非があるので厩舎の人達を責めるわけにもいかず、俺は黙って踵を返すしかなかった。どんなに親切なところでも、料金が切れて二ヵ月も面倒を見てくれるところなんてないしなぁ。
その日の夜、俺はオフィーリア先生にこのことを報告した。怒りはしなくても説教くらいはされると思っていたが、なんと笑われた。盗賊の討伐が長期化した時点で覚悟はしていたらしい。笑ったのは、俺がしょんぼりしながら言いにくそうに話していたからだそうだ。
厩舎での所用を済ませての帰り道、街中でばったりとガルフ隊長と出くわした。ふと気が向いて市場に寄ったら、ガルフ隊長は家族と一緒に買い物をしていたのだ。
「あ、貴様はユージじゃないか!」
「これはまた、ガルフ隊長」
予期せぬ再会であるため、とっさになんて言っていいのかわからなかった。いや、普通に挨拶しておけばいいんだろうけどさ。
ガルフ隊長の隣にいる女の人が嫁さんなんだろう。話だと美人ということだったが、どちらかというとかわいい系の人だな。奥さんが抱いているのは生まれたばかりの女の子なんだろう。そして、二人の足下には小さい男の子が二人いる。例の息子さんだ。
「どうしてここにいるんだ?」
「用事を済ませて帰る途中に寄っただけです。隊長は今日は非番なんですか?」
「そうなんだ。討伐隊での功績が認められてな。昇進した上に一週間の休暇をいただいたんだ」
「ありゃ、それはおめでとうございます」
ガルフ隊長は嬉しそうに俺の言葉を受け取った。そういえば、身分が低くて苦労しているって従者が言っていたっけ。それだけに手柄を立てて昇進できたのは嬉しいだろう。
「ねぇ、父さん。この人は誰なの?」
「そうか。まだ紹介していなかったな。この男はユージ、前の討伐隊でお父さんの部下だった冒険者だぞ」
そうして今度はガルフ隊長の家族を紹介してもらった。子供二人は俺が冒険者だと知ると街の外の話を聞きたがる。
「冒険者! ねぇ、魔物退治の話をしてよ!」
「こら、ユージを困らせるんじゃない」
「えー、父さんの部下なんでしょ。だったら命令すればいいじゃない」
「お前は……どこでそんなことを覚えたんだ」
子供は自分に正直だ。欲求を満たすためなら何でもする。そんな自分の息子の姿を見たガルフ隊長は呆れていた。
「今度会ったときに話してやるぞ」
「「本当?!」」
俺がしゃがんで笑いながら答えると、男の子二人は目を輝かせて喜ぶ。たぶん果たされることのない約束になるだろうけど、もし本当に再会したら話してやることにしよう。
「さて、お取り込み中のようですから、これで退散しますよ」
「そうか。すまんな」
最後に軽く会釈すると、俺はその場を立ち去る。そういえば、ガルフ隊長に別れの挨拶を言いそびれたな。まぁ、こういうこともあるだろう。
別の日には、冒険者ギルドへと行った。討伐隊が解体して任務完了の報告はしてある。今回行ったのは、中年の職員に別れの挨拶をするためだ。
「よう、暇そうだな」
「昼間っからふらふらしている奴に言われたくないね」
俺のいきなりな挨拶に、中年は苦笑しながら切り返した。
「で、討伐隊では大活躍していた冒険者様が何の用ですか?」
「もうすぐこの街を出るんでね、挨拶をしておこうかと思ったんだ。結構世話になったしな」
再度呪いの山脈に赴く俺達だが、恐らく調査が終わってもラレニムには戻ってこないと思う。たとえ戻ってきたとしても、冒険者ギルドには用がないだろう。だから、何かと色々教えてくれたこの職員には、挨拶くらいしておこうと思ったのだ。
「そっか、行っちまうのか」
「ああ、ふらふらできるのが冒険者の数少ない利点だからな」
「それは正直羨ましいところがあるな。俺のような定住者は街からろくに出ないから」
安定した職と引き替えの欠点だ。この職員は納得ずくで今の仕事をしているように見えるが、どうなんだろう。
「あんたは若い頃に冒険者をやっていたように見えたんだけど」
「外れだ。俺の親がここの職員だったから、ガキの頃からずっとここで働いているよ。たまにギルドの所用でちょろっと外を出るくらいだね」
意外と行動範囲は狭いらしい。
「俺の観察眼なんて当てにならないな」
「はは、そんなもんそう簡単に当たるかよ。正確に言い当てられる奴がいたら、怖くて近づけないね」
「頭の中を覗かれているみたいだもんなぁ。確かにそりゃ嫌だな」
お互いに笑う。
「それで、今度はどこに行くんだ?」
「北の方だ。それ以外はまだはっきりと決めていない」
嘘だ。行き先は呪いの山脈である。目的もはっきりとしている。
しかし、別にこれで良い。中年の職員だって正確に答えてくれるなんて期待していない。笑いながら「そうか」と一言呟いただけ。冒険者なんてそんなものだと知っているからだ。
「達者でな、くらいしか言うことがないな。まぁあんたの場合は、そんなことを言う必要もなさそうだが」
「俺だって調子の悪いときはあるぞ」
「想像できないね。あんたみたいなのは、なかなかくたばらないだろうよ」
「人の観察眼なんて当てにならないんじゃなかったのか?」
「これは経験則さ。事実の積み重ねを観察眼と一緒にしてもらっちゃ困るね」
俺にはその違いがわからなかったが、中年の職員にとっては違うものらしい。最後に言い争っても仕方ないので、ここは合わせておくとしよう。
「さて、それじゃもう行くよ。じゃぁな、元気で」
「ああ、そっちこそな」
最後に銅貨一枚を親指で跳ね上げて中年の職員に渡してやる。すると、「かっこつけやがって」と苦笑いしながら職員はそれを受け取った。
厩舎に預けていた馬がなくなったので、このままだとこれからの旅は徒歩となる。呪いの山脈近くまで行く隊商があれば乗せていってもらいたいが、今のところ見つかっていない。
カイル達には保存食を中心とした食料やその他の小道具の調達を任せているので、俺はジルと一緒に移動手段を探している。
「なかなか見つからないわねぇ」
「みんな珍しがってお前のことは見るんだけどな。俺の話の方はさっぱりだ」
冒険者ギルドでは最近ようやく珍しくなくなってきたが、他ではまだまだ珍獣扱いだ。小さい子供からの人気も高い。
「ふん、こっちの話を聞かないくせに、あたしを買い取る話ばっかり持ちかけてくるのよね。あたしは愛玩動物じゃないってゆーのに!」
隊商の商人との同行交渉が不調に終わった後に、ジルについての買い取り交渉を持ちかけてくる商人が少なからずいる。見た目はかわいらしいので、見世物にしたら文句なしに人気が出るだろうし、貴族相手に高値で売ることもできるはずだ。そういった打算を全面に押し出されて、取引対象であるジルはお冠なのである。
「そもそも、ジルをひとつのところに縛っておけるとも思えないんだけどな」
「そーよ、あたしは自由な女なのよ!」
俺は顔を背けて苦笑いするだけだ。レティシアさんがジルの言葉を聞いたら、怒るかため息をつくかのどちらかだよな。
「金貨で縛れるくらいなら、レティシアさんはあんなに苦労していないもんな」
「ちょっと、どういう意味よ?」
あ、まずい。つぶやきを聞かれた。
言い訳に苦労しながら、俺は厩舎に足を向ける。先日馬を売り飛ばされたところとは別の厩舎だ。
「あれ、ユージ。馬に用でもあるの?」
「商人との同行の話がうまくいかないから、荷馬車で移動しようかって考えているんだ。なぁ、ジル。お前、野生に戻りたそうな馬ってわかるか?」
「へ?」
荷馬車なら馬付きで冒険者ギルドで借りたり、ここのような厩舎で買うこともできる。しかし、俺達の行き先は呪いの山脈の奥地だ。途中で荷馬車を乗り捨てないといけない。だから、乗り捨ててもいい荷台と野生に返しても良さそうな馬を見繕いに来たのだ。
そういったこっちの事情を説明するとジルは納得した。
「わかったわ。見てあげる!」
今まで俺のそばを飛んでいたジルは、何頭もいる馬の顔に一頭ずつ近づいてゆく。それを厩舎の世話係や売買担当者が珍しそうに見ていた。
「自分で頼んでおいて言うのも何だけど、それでわかるのか?」
「うん、何となくね」
何となくか。全くわからない俺からするとましなのかもしれないけど、何となく不安になるよな。ただ、妖精はみんな感覚だけで生きているみたいなものだし、これ以上は求められないか。
ジルが近づいていった馬の反応は様々だ。ジルの方を見て話していそうな馬もいれば、全く無視する馬もいる。中には脅かすつもりなのか、噛みつこうとする馬もいた。いろんな奴がいるな。
そうして何頭もの馬を見た結果、ジルはとある老いた馬の頭に乗っかった。
「ねぇ、ユージ。この子にしようよ」
「随分とくたびれているようにみえるけど、大丈夫なのか?」
「もうおじいちゃんだけど、いいわよ」
何が嬉しいのか、ジルは上機嫌にぺちぺちと馬の額を叩く。俺は荷馬車を引けるのかという意味で聞いたんだけど、果たしてジルには通じているのだろうか。
「いや、この馬は荷馬車を引けるのかということを聞いているんだが、本当に引けるのか?」
「うん、人が六人に荷物をたくさんでしょ? 以前、隊商で荷馬車を引いていたみたいだから大丈夫よ」
「すごいな、そこまで聞き出せたのか」
何をしゃべっているのかさっぱりわからなかったぞ。隊商で使われていたというのなら問題ないだろう。
「しかし、どうしてこの馬は野生に戻りたがっているんだ?」
「生まれてから今まで人に飼われていたんだけど、ずっと野生馬に憧れていたんですって。だから、死ぬ前に自由になってみたいそうよ」
なるほどな。確か蹄とか人間が調整しないといけないところがあるはずなんだけど、老い先短いからもうどうでもいいんだろうな。
「わかった。それじゃこいつにしよう」
俺達と馬の利益が一致したところで、ジルを乗せている老馬を買うことにした。俺は売買担当者に料金を支払って老馬の所有権を手に入れる。
「これでしばらくは一緒に旅ができるわね。よろしく!」
売買が成立してから再度戻ってくると、ジルが老馬に挨拶をする。すると、老馬は一声鳴いて返してきた。
それを見ながら、俺は自由になった老馬がどんなことを感じるのか想像していた。