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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
10章 呪いの山脈
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遠征の終了

 翌朝、睡魔と戦いながら朝を迎えた。夜中にジルがフールの部下らしき男を倒して以来、死霊系の魔物の動きはてんでばらばらだ。全く制御できていない状態なのを見て、火壁ファイアウォール嵐刃ストームカッターによる防衛線は途中から設置しなくなった。


 腐乱死体ゾンビ白骨死体スケルトンが防壁近辺まで来るようになったが、移動できる谷底がたまたまこちらまであったからやって来たという感じで、津波のように押し寄せてくる感じはしない。動ける範囲でうろうろしているだけだ。


 幽霊ゴーストはとうの昔に四散してほぼいない。おかげで防壁をすり抜けてくる奴がいなくなって助かった。


 こんな状態だから、俺とジルは交代で不寝番をすることにした。一時間交替で死霊の魔物の様子を見張るということにしたのだ。


 ところが、こいつはやりやがった! 最初に俺が寝て交代した後、再び交代の時間になったので起こそうとしたが、ついに一度も起きやがらなかったのだ!


 おかげで俺は一時間しか寝ていない。もうふらふらだ。


 「師匠、おはようございます。かなりお疲れのようですね」

 「全部こいつのせいだ」


 横で俺の外套にくるまって気持ちよさそうに眠っているジルに視線を向けた。アリーは一瞬苦笑したが、すぐにおかしな点に気づく。


 「おや、そういえば随分とゆっくりされていますね。もっと切羽詰まって――」

 「あれ、なんやこれ?! もうこんなところまで魔物が来とるぞ!」

 「いや待ちぃや、カイル。これ、なんかばらばらに動いとらへんか? こっちに押し寄せてくるってゆう感じとちゃうで」

 「そうね。それに、幽霊ゴーストがいないわ。どこにいったのかしら?」


 アリーに続いて防壁の上に登ってきた、カイル、スカリー、クレアが、戦場だったはずの谷底の様子を見て驚いたり首をひねったりしていた。


 「昨晩は途中から幽霊ゴーストが全く来なくなったと不寝番の兵士から聞いたが、貴様、まとめて浄化でもしたのか?」

 「いや待て、ガルフ。何やら北側の様子がおかしいぞ?」


 ガルフ隊長やおっさん騎士も向こう側の様子を見に来た。そして思っていたような様子じゃないことに困惑している。


 「俺としては、一眠りしてから説明したいんですが、いいですか?」

 「何を言っている。これからすぐに退却しないといけないだろう」


 事情を知らないとそんな反応になるよな。


 仕方がないので、昨晩に死霊系の魔物を操っていたらしい男をジルが倒したこと、それに伴い死霊系の魔物への制御がなくなったらしくこちらに押し寄せてくることはなくなったこと、この二点を簡単に報告する。


 「こんな小さい妖精が、そんな手柄を立てたのか。大したものだな」

 「おとぎ話に出てくる妖精は何でもできるように語られていたが、本当のことだったのか。信じられん」


 俺の報告を聞いたおっさん騎士とガルフ隊長は、共に眠りこけているジルに視線を向けた。そうやって寝ている分には愛らしいんだけどな。だからこそ尚更、危険を冒して敵をやっつけたことが意外なのだろう。


 「ということで、当面の危機は去りました。なので、しばらくはゆっくりとできますよ。防壁の上に見張りを立てていれば異変は察知できるでしょうから、昼くらいまで寝させてください」


 俺はジルごと外套を抱えながらガルフ隊長に休む許可を求める。


 「あの様子だと、貴様の話は本当なのだろう。わかった。許可しよう」


 俺は一礼すると階段を降りてゆく。登ってくる正規兵や他の冒険者とすれ違うたびに、労いの言葉をかけてもらえる。


 「ユージ先生、その無表情の男っちゅうんは、フールの関係者なんでっか?」

 「たぶんな。確証はないが、今この山脈でこんなことをしでかす奴に、他の心当たりがない」


 後からついてきたカイルが声を潜めて尋ねてきたので、俺も小声で返す。


 とりあえず、他の小隊の正規兵や冒険者とは少し離れたところで腰を下ろす。そして、寝ているジルを太ももに乗せてから外套を羽織った。


 「ということは、あの死霊系の魔物の奥にフールがいる可能性が高いんやなぁ」

 「厄介ね。ばらばらに動くようになったとはいえ、あんなにいるんじゃ通れないわ」


 俺の正面にある岩に腰掛けたスカリーとクレアが、フールへ至る方法で頭を悩ませている。今の俺の脳みそは全然役に立たないが、すっきりとさせた後は考えないといけないな。


 「抜け道や小道を伝って山脈の奥まで行けないものでしょうか」

 「そこに死霊系の魔物が溢れていないという保証がないのがな。そもそも、そんな都合のいい通り道を知っている奴なんていないだろうし」


 いるとしたら盗賊なんだろうけど、全員討ち取られているらしいしな。くそ、必要な手段はきっちりと潰されているじゃないか。


 「とりあえず、一旦本隊に戻って、他の状況がどうなっているかだな。もしかしたら、迂回できるところが見つかるかもしれない」


 俺は大きな欠伸をひとつすると目を閉じた。ああ、もう限界だ。


 「もう休まれるのですね。それでは昼頃に起こします、師匠」


 重いまぶたを閉じて横になる。途切れつつある意識で、何とかジルを潰さないように気を遣う。そして完全に眠る直前になって、体に何か被せられた気がした。たぶん毛布か何かだろう。




 俺が眠っている半日の間、攻撃小隊の正規兵や冒険者が、交代で防壁の北側を見張っていた。その結果、ガルフ隊長達は、死霊系の魔物がこちらに溢れてくることはないという結論に達したそうだ。


 そのため、これ以上ここにいるのは意味がないと判断し、本隊に合流することになる。俺とジル以外は、朝起きたら問題が解決していたのだから、何が何だかよくわからない心境だと思う。


 足止めの部隊として派遣された俺達は、こうして死霊系の魔物の進行を食い止めることに成功した。後ろを気にせず移動できるというのは、やはりいい。


 翌日の昼頃に俺達は本隊と合流する。俺達を時間稼ぎに使おうとしただけあって、渓谷入り口に防衛線を築いているのが一目でわかった。ただ、防壁の高さは俺達が作ったやつの半分くらいしかない。もしかしたら危機感があまりなかったのかもしれないな。


 ともかく、高い確率で全滅すると思われていた俺達が、全員戻ってきたということで本隊は驚きをもって迎えた。事情を説明するためガルフ隊長とおっさん騎士が上層部の待つ天幕へと向かうと、手隙の者が事情を聞いてくる。


 「あ~、すぐに噂が広まるんだろうな」

 「いいじゃない。活躍したことは事実なんだし」


 全てが終わった後の平穏な生活を考えての発言だったんだが、もちろんジルには通じるはずもない。今回の最大の功労者ということでみんなから賞賛されて、すっかり舞い上がっていた。


 俺の思惑はともかく、以後、噂を聞きつけた連中がたまに話しかけてくることが増えた。いつもなら困るだけだったけど、今回はこちらも聞きたい話があったのでこの機会を利用する。


 一番聞きたかったことは、本隊に合流してきた別の小隊が、遠征した先がどうだったかということだ。死霊系の魔物が溢れていたのかどうかや、盗賊達はどうなったのかである。


 いくつもの話を聞いてわかったことは、死霊系の魔物はどの小隊も見かけていないらしい。ただ、全小隊の撤収後はどうなっているかわからない。


 危険を感じた上層部の指令で本陣を中心とした半日以内の地域を偵察したところ、死霊系の魔物の姿を確認したそうだ。特に幽霊ゴーストの数が多いらしい。一瞬俺達のせいかなと思ったが、時期としては微妙だな。


 しかし、以前よりも数が増えたとはいえ、呪いの山脈としては元に戻っただけなんだよな。死霊系の魔物が平地にまで進出していると話は変わってくるが、ここでは確認しようがない。


 それと盗賊達だが、やはり全員死ぬまで戦ったらしい。今のところ、誰ひとり降伏しないというのは本当に異常だ。これの原因もわからない。


 これらの話をまとめると、死霊系の魔物に脅かされつつも、盗賊の討伐はおおむね果たすことができた。つまり、所期の目的は達成できたのだ。色々あったがやることはやっていたんだな。それに気づいたときは少し驚いた。


 こうなると、死霊系の魔物が増えてくる中、いつまでも呪いの山脈で頑張る必要がなくなる。


 そうして討伐隊の上層部が下した判断は、死霊系の魔物がどのくらい増えたのかをある程度確認しつつ、退却するというものだった。妥当なところだろう。




 盗賊討伐隊が呪いの山脈から撤退を始めて一月ひとつきほどが経過した。ハーティア王国との国境近くまで移動していた討伐隊は街道に出ると、最初は南東、途中からは南へと向かう。そして四月半ばにはラレニムへと着いた。


 呪いの山脈で活動している頃から定期的に報告していたこともあって、街に帰還したときは大層歓迎された。ラレニム近辺では盗賊の被害は大してないはずなのにと思っていたら、あの失踪事件や死者アンデッド発生事件の首謀者も一緒に討ち取ったという噂が流れていたらしい。本当の意味での首謀者はまだ健在なんだけどな。


 ともかく、討伐隊の騎士と従者を先頭に、正規兵、冒険者が街へと入っていく。ちなみに、正規兵まではきっちりと並んで行進しているように見えたが、冒険者は並んで歩いているだけにしか見えなかったらしい。そりゃそんな訓練なんて受けてないもんな。


 盗賊討伐隊は一旦領主の館まで進む。そこで解体式を簡単に行うと冒険者である俺達は解散だ。二百人以上いる冒険者が領主の館の正門から一斉に吐き出される。


 「いやぁ、やっと終わりましたなぁ」

 「討伐隊の仕事はな。私達の目的は結局果たせていない。そういう意味では進展はなかったぞ」


 背伸びをしながら歩くカイルの横で、アリーが首を回しながら話している。随分とのんびりした様子だ。


 「いや、あれはあれで収穫があったやん。死霊系の魔物が発生したところに立ち会えたんと、それを操っている奴のことがわかったんやし」

 「そうね。討伐隊に参加していなかったら、フールが呪いの山脈にいるという確証も得られなかったものね」


 アリーとは逆に、スカリーとクレアは討伐隊へ参加したことに肯定的だ。二人の言っていることはもっともで、平野で夜襲を受けたときにフールの存在を確認できたのは大きい。また、呪いの山脈の異変とそれをフールが起こしている可能性があること、更に対処療法とはいえ、それに対抗する方法も見つけられた。


 「でもさ、これからどうするの? あんなに死霊系の魔物がうようよいたら、奥へと進めないじゃない」


 羽をぱたぱたと忙しく動かせて、道を歩く俺達の上を飛んでいるジルが素直な疑問を投げかけてきた。しかし、みんな首をかしげたり眉をひそめたりして黙るだけだ。


 そうなんだよな。居場所はある程度絞ることができたけど、そこへ至る道が見いだせないんだよな。


 討伐隊が退却するときに呪いの山脈の山麓を少しだけ調べていたけど、少なくとも山脈南部の西側にはたくさんの死霊系の魔物が発生していた。


 「特に方法がないんなら、呪いの山脈に徘徊している死霊系の魔物の分布状況を調べてみるか」

 「師匠、それはかなり時間がかかるのではありませんか?」

 「うん、かかる。ある程度的を絞ればいくらかは省略できるだろうけど」


 俺は途中で言葉を切った。まぁ、年単位で調べないといけないよなぁ。


 「けどそんなことしてたら、フールはまたどこかに行ってしまうかもしれませんやん」

 「だから俺もあんまりやりたくないんだよ」


 ああいった逃走犯というのは長く同じ場所にはいない。もしかしたら、もうあの山脈にフールはいないかもしれないと思うこともある。ただ、そうであったとしても、手がかりを手に入れるためにも一度は呪いの山脈の奥へと入る必要があった。


 「こうなったら博打みたいな案でもいいから、何かないか?」

 「まっすぐ飛んで奥に進むとか?」

 「そんなことができるのは飛べるお前だけだろう。俺達もできるようなことだよ」


 真っ先にジルが提案してくれたがすぐに却下だ。


 「ユージ先生、それやったら北側から山に入ったらどうなんでっか?」

 「北側?」

 「はい。悪魔の砂漠を越えんと駄目ですけど、裏側から入ったら案外すんなり行けるかもしれへんですやん」


 カイルの意見は馬鹿みたいに単純な発想だが、進入経路としてはいいのかもしれない。ただ、呪いの山脈に入る前に、悪魔の砂漠で消耗してしまいそうだが。


 「それで呪いの山脈に入れても、今度はフールの居場所を探さんといかんのが面倒やな」

 「死霊系の魔物がたくさんいるところの奥に、フールはいるんじゃない? だったら、まず死霊系の魔物が密集しているところを探したらどうかしら?」

 「なるほどな。クレア、冴えとるやん」


 これだ、というような決定的な案は出てこないが、部分部分で役立ちそうな提案は出てきた。


 「そうなると問題は、どこから呪いの山脈に入るかか」

 「南側からが北側からか、どちらが入って探しやすいかですか。難しいですね」


 俺のつぶやきを受けてアリーが首をかしげた。


 南側からだと山脈に入るのは楽だが、死霊系の魔物の密度が高いところばかりの可能性が高い。逆に北側からだと山脈に入るのは大変だが、密度は低いかもしれない。


 「そんなに思い詰めてもいいことないわよ。しばらく休んだら?」


 俺達の様子を見ていたジルが、とりあえず休むことを提案してくる。確かに、討伐隊の遠征から戻ってきたばかりなんだから、まずは休息を取った方がいいだろう。


 冒険者ギルドで遠征から戻ってきたことを報告してから宿を取ろう。その後、数日間休んでいる間に、何とか良い知恵を絞り出しておきたい。

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