死霊系の魔物たち
不寝番を免除してもらったおかげで、俺達は防壁を作った後はよく眠ることができた。慣れているとはいえ、睡眠を中断するとやはり調子は今ひとつになってしまうからな。
しかし、ゆっくり起きられると思っていた翌朝は、叩き起こされるところから始まった。
「おい、大変だ! 連中が来たぞ!」
「え、もう?!」
仲良くなった従者のひとりが焦った声で俺達を起こして回る。計算上はまだ半日あったはずなのに、もうやって来たと聞いて俺も飛び起きた。
「随分と早いな! どこまで来ているんだ?」
「まだ視界に入ってすぐのところだ。見えにくいが幽霊の姿が見える!」
俺は急いで階段を登ると、防壁の上から渓谷の奥に目を凝らした。すると、確かに多数の幽霊が谷底に沿ってゆっくりと迫ってきている。
「ちくしょう。幽霊なんて、夜にしか出ないもんだと思っていたのによ!」
隣で一緒に眺めている戦士が顔をゆがめてつぶやいている。
戦士の気持ちはわかるが、別に日中にも幽霊は存在している。普段は単に活動を停止しているか動きが鈍いだけだ。だから早朝にこちらへと向かってきても不思議じゃない。
ただ、その数が問題だ。きれいに並んでいるわけではないが、それでも谷底が幽霊で埋まるかと思うくらいの数だ。さしずめ、幽霊の川といったところか。
「うわ、本当にいっぱい来ているじゃないのよ! あれ、でもどうして幽霊だけなの?」
寝起きの悪いジルが後からやって来て、目の前の光景に驚く。しかし同時に、俺達が気づかなかった点に首をかしげた。
「そういえば、腐乱死体や白骨死体はどこにいるんだ?」
初めて谷底で見たときは、幽霊以外にもいたんだが、今は見当たらない。一体どこに行ったんだろう?
つい考え込みそうになったが、幽霊だけしかいないというのなら都合がいい。俺はジルに声をかけて精霊を召喚することにした。
「我が下に集いし魔力を糧に、来たれ火の化身、火の精霊」
「えい、出てきて、風の精霊!」
二人そろって次々と防壁の前に精霊を召喚させる。火の精霊、水の精霊、風の精霊、土の精霊と四種の精霊が次々と現れる。赤、青、透明、黄土と色取り取りの精霊を一度に見ることができるのは、なかなか壮観だ。
「なぁ、ユージ先生。なんで四種類全部召喚したん?」
「幽霊に有効な精霊がどれかわからないからだよ。ジルに聞いても知らないって返されたからな」
当たり前の質問がスカリーから飛んできた。それに対して俺は、とりあえず全部試すしかないからと返す。
「だって本当に知らないんだもん。どれだっていいじゃない」
俺とスカリーの会話を聞いてジルが反論してきた。効果があったらなんでもいいと言われると確かにそうなんだけど、より効果があるものを選んだ方がいいと思うんだけどな。
「これでいいか。よし、ジル。精霊達を前進させて幽霊にぶつけてみようか」
「ふふん、任せなさい! あいつらなんて、ぶつかるだけで消えちゃうんだからね!」
やけに自信満々のジルだが、効果のほどを知らない他の俺達はどこか信じ切れないところがある。ただ、もう今となっては実行するしかないわけだが。
ということで、俺とジルは谷底に精霊を一列に並べて前進させた。幽霊も精霊も何の感情も表さずに淡々と進んでゆく。そして、それを固唾を飲んで見守る俺達。これがうまくいかないと、絶望的な消耗戦が始まってしまう。
どちらも進む速度は遅いので随分ともどかしかったが、それでもやがてぶつかった。すると、次々と幽霊が消滅していく。風船が弾けるように消える奴やひっそりと霧散していく奴もいる。
その様子を見て、防壁の上にいた俺達は歓声を上げた。
「へぇ、精霊と幽霊がぶつかると、あんなふうになるんや!」
「精霊ってあんなに強かったんやなぁ。見た目はふわふわしてもうひとつな感じやのに!」
スカリーとカイルは、防壁から身を乗り出すように眺めている。この光景は確かに珍しいので俺も見入っていた。
「ふふん、どうよ! あたしの言ったとおりでしょう!」
「確かにな。ジルは大したものだ」
「そうでしょう、そうでしょう。もっと褒めてもいいのよ!」
自分の提案した作戦が当たったことでジルは得意の絶頂だ。アリーの褒め言葉に薄い胸を張って応じている。
精霊は既に前進させるのをやめて、とある場所で横一列のまま停止させている。そこに次々と幽霊が雪崩込んでくるのだが、大半が消滅していた。たまに霊力が強い奴がいるらしくてすり抜けてくる場合もあるが、その弱っている奴は僧侶が浄化させている。
「ねぇ、ジル。あの精霊達は幽霊とぶつかり続けても平気なの?」
「ん~、平気なんじゃない? 見ている限りでは何ともなさそうだし」
「魔力は削り取られないの?」
「あ~それはあるかも。でも、まだ大丈夫みたいよ。あれだけ幽霊にぶつかっているのに、すごいわよねぇ」
クレアの質問に返答するジルの態度は何とも他人事である。しかし、この中で一番精霊についてよく知っているジルの言うことだから、俺達は信じるしかない。
でも、さすがに精霊とはいえ消耗するのなら、数時間おきに新たな精霊を召喚しなければならないだろう。それは目の前の精霊の様子を見ながらということになった。
そうして朝の間は幽霊のみを相手にしていればよかったが、正午あたりから、ついに腐乱死体と白骨死体もやって来た。これに対する遠距離攻撃の対応は一任されているので、俺は早速実行する。
最初に谷の横幅いっぱいの範囲攻撃をしないといけないわけだが、何の魔法を使うのかさんざん考えた結果、火壁と嵐刃を交互に出現させるサンドイッチ構造の防衛線を張ることにした。
まず一番奥に、幅十アーテム、高さ二アーテムの火壁を谷底に線を引くように出現させる。これで腐乱死体と白骨死体を焼くわけだ。特に腐乱死体は焼かれることで肉体の損傷が激しく、行動不能になることを期待している。
次に同じ幅と高さの嵐刃を火壁の直後に出現させる。これにより体を切り刻まれた腐乱死体と白骨死体を粉砕する。
これを一組として、同じものを少し離れたところにもう一組作ってやって、連続して腐乱死体と白骨死体を攻撃するのだ。谷底を埋め尽くすような敵の場合、効果的な攻撃を長時間持続することが重要になるので、単純な魔法を組み合わせてあとは魔力勝負という形にしたのである。
込められるだけの魔力を込めて火力と持続時間を設定した火壁、および嵐刃がどのくらい有効なのか緊張しながら見ていた。
実際にやってみてわかったことは、腐乱死体は意外に火壁の火力に耐えるということだった。全身丸焦げになって動きづらそうにしながらも、大半がくぐり抜けてくる。一方、白骨死体も同様に、高温の炎に焼かれつつも大半が次の嵐刃の領域に入ってゆく。
「一応、腐乱死体も燃えるんやな。けど、白骨死体共々案外しぶといやん」
「そうね。あれでも本当はすごいんだけど、半分以上が突破してくるわ」
意外に数が減らないことにスカリーとクレアが落胆する。
しかし、そんな腐乱死体と白骨死体も、二組目の魔法による防衛線に突入すると大体が耐えられないようだ。切り刻まれた傷口を更に焼かれて関節の可動部分が制限され、炎の中で倒れる腐乱死体がいれば、二度目の嵐刃には耐えられずに粉砕されていく白骨死体もいる。
そのため、二組目の火と風の防衛線をくぐり抜けてくるのはそう多くなかった。
「なるほど、火と風の防衛線を二組作ったのはこのためですか。随分と脱落しているようですね」
突破してきた腐乱死体と白骨死体の数が激減していることに、アリーが感心していた。
更にそんなぼろぼろになった腐乱死体と白骨死体を待ち構えるのは、俺が作った四種類の人形だ。急造したものとはいえ、充分に魔力を注いで作ったので簡単には壊れない。また、数を用意するのも大変だったが、こちらは一度用意するとあとはひたすら殴らせるだけなので、面倒なのは最初だけだ。
そんな大体身長二アーテム程度の人形達が、全身を真っ黒にした上に切り刻まれた腐乱死体を吹き飛ばし、脆くなった白骨死体を粉砕してゆく。
「うわ、これって俺らの出番なさそうですやん」
「人形がどれだけ頑張ってくれるかによるけどな。休みなく働いてくれるとはいえ、対処できる数に限度はあるぞ」
カイルが楽観的なことを言っているので、俺がたしなめる。
火、水、風、土の四大系統に属する人形が大活躍してくれているおかげで、今のところほとんど人が対応することはない。しかし、そんな暢気にしていられるのも今のうちだけだ。
人形は全部で四十体作ったが、時間が経つにつれて突破してくる腐乱死体と白骨死体の全てに対処できなくなりつつある。そのうち、ぽつぽつとくぐり抜けてくる奴が現れてきた。
「よっしゃ、今度はうちらの出番やな!」
人形の攻撃をくぐり抜けてきた腐乱死体と白骨死体を攻撃する担当は、スカリーをはじめとした魔法使いだ。数がそんなに多くないのでまだ個別で対処できる。
「カイル、私達も参加しよう」
「そうやな。じっとしててもしゃーないし」
防壁の真下までたどりつかれた場合ならともかく、それまで魔法を使えない者は待機しているしかない。それが耐えきれなかったアリーは、カイルを誘って魔法による攻撃に参加し始めた。
昼過ぎになると、大体各人の担当というを全員が理解するようになる。
俺とジルについては、俺が腐乱死体と白骨死体のような物理的に存在している奴を担当し、ジルが幽霊のような霊的に存在している奴を担当している。だから、精霊については全部ジルに任せた。
クレアをはじめとした僧侶は、精霊が討ち漏らした幽霊を浄化している。今のところは問題ないが、交代要員がいないのが地味につらい。昼の間は戦えるが、夜になったらどうするのかということを考えないといけない。
スカリーのような魔法使いについては、人形が討ち漏らした腐乱死体と白骨死体を倒している。こちらも僧侶と同じ問題を抱えている。アリーとカイルのような魔法を使える戦士がいるのでわずかにましだが、焼け石に水だろう。
そして、純粋な戦士は、今のところやることがない。非常にもったいない気がするが、防壁から打って出るという選択肢はない以上、じっとしているしかない。
「思った通りに事が運んでいるのはいいですけど、予想以上に魔法に依存した戦いですから、やっぱり夜まで持たないですね」
「やはり夜になると、ここを放棄するしかないか」
比較的安定した戦況を眺めながら、俺はガルフ隊長とこれからの話をする。魔法は強力だが、使える人数に限りがある上に魔力量の制約もある。
「今日の場合だと、朝は幽霊だけだったからよかったが、今後は腐乱死体と白骨死体も相手にしないといかん。最初は一晩くらいならと考えていたが、これは無理そうだな」
俺達の話に攻撃小隊の隊長も加わってきた。髭を蓄えた厳ついおっさん騎士だ。
「本隊が本気で防衛するなら、四百人で三交代制くらいが一番現実的だろうな」
「そうだな。渓谷の入り口を百人と少しで守るのはかなり苦しいが、戦士も戦わせるなら何とかなるかもしれん」
話が本隊の防衛に移る。俺とジルがいてこの状態だから、もし俺達抜きでやるとしたら、以前ガルフ隊長が言っていたように、短期間しか保たないだろうな。
「この防壁があるから、腐乱死体と白骨死体は何日か足止めできるかもしれないな。これで幽霊がどうにかできれば、あと数日間は足止めできるんだが」
あの防壁を乗り越えられるほどの高さまで腐乱死体と白骨死体が積み重なるには相応の時間がかかる。しかし、壁をすり抜けてくる幽霊だけはどう考えても対処しないといけない。
「ユージ、貴様はジルと共に幽霊を一晩中撃退させ続けることができるか?」
「翌日の働きは期待しないと約束してくれるのならば。それと、退却するときにふらふらになると思うんですが、本隊まで連れて行ってくれることもです」
おっさん騎士の問いに対して俺は明確に答える。やれるかどうかと問われればやれる。しかし、その後は続かない。
「付け加えるなら、他の魔法使いや僧侶が一晩きっちり休めたとしても、今日のように戦えるのは昼頃までですよ。つまり、どう頑張っても明日の昼頃が限度です」
「しかし、夜中に行軍するのは危険なんだがな」
俺が改めて言うまでもなく、みんなわかっていることだ。おっさん騎士が一晩ここで戦うことにこだわっているのは、夜中に移動する危険を考えてのことである。
「では、こうしよう。今晩一晩は貴様とジルでなんとか頑張ってくれ。そして翌朝、退却する。徹夜で弱っている貴様とジルは、俺の従者で面倒見よう」
ガルフ隊長がそう提案してくる。負担のかかる俺とジルからするとたまったものではないが、そこに目をつむれば悪くない案だ。
「不寝番の数を増やして、その戦士達の武器に魔力付与をかけます。もし俺達が討ち漏らした幽霊がいたら、そちらで対処してください」
「わかった。それくらいは引き受けよう!」
おっさん騎士は快活に答える。これで今後の方針は決まった。後でジルに話をすると嫌な顔をされたが、他に手がないことを知っていたので最終的には承知してくれた。