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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
1章 ユージ、教師になる
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お嬢様の悩み事

 八月に向かって日を重ねるにつれ気温が上昇するわけだが、反比例して俺の体力とやる気は削がれてゆく。もういくつも寝ると夏休みに入るので、それだけが心の支えだ。


 ペイリン魔法学園では、授業がなくなる分だけ仕事が減る。すると、その分だけ休暇が取れるのだ。日本で生きていた頃の知り合いで教師になった奴がいたが、酒の席で話を聞くと、忙しさは授業があってもなくても全然変わらないと言っていた。最初はそれを覚悟していたんだけど、そんなことはないと聞いて喜んだものだ。


 もちろん、夏休みを心の支えとしているのは学生も同じだ。しかし、気の早い学生はもう勝手に自主休校して実家に帰っている者もいた。これは、授業に試験が基本的にないからだ。前期と後期の末にはよくあることらしい。


 そういうことで学期末の出席率はどの授業も低くなるものだが、俺のところは以前と変化がない。相変わらず四人と一人はきっちりと出席していた。


 「他の授業だと帰省で休む学生も目立ってきてるけど、みんなは実家に帰るってことはないのか?」


 七月も後半になると午前中でも暑い。日陰もろくにないところで一旦休憩をしている最中に、俺は暑さを忘れるためにみんなへ話しかけた。


 「私の実家は魔界にありますから、馬を使っても往路だけで二ヵ月近く費やしてしまいます、師匠」

 「あら、わたくしもそのくらいかかりますわね。ですから、卒業するまでは帰省できないですわ」

 「ノースフォートまでは一ヵ月で行けますけど、片道だけで時間を費やしてしまいますね」


 アリー、シャロン、クレアの外国組は遠すぎて帰ることができないらしい。そういえば、移動手段は馬を使うのが精一杯だから、そのくらいはかかるよなぁ。


 「寂しくはないのか?」

 「たまにふとしたことで会いたくはなりますけど、月に一度は手紙を書いていますので平気です」

 「クレアも出しているのか。私もだ。毎月届く手紙が楽しみなんだ」

 「わたくしは、まだ一度しか出していませんわね……」


 手紙談義で花を咲かせるクレアとアリーの横で、何を気まずく思ったのか、シャロンが視線を背けながら言葉を濁す。


 「便りがないのは元気な証拠とも言うしな。一回出したんなら充分じゃないのか」

 「そ、そうですわよね!」


 助け船を出すとシャロンは全力で飛び乗ってきた。そして、何事もなかったかのようにクレアとアリーの話に加わる。


 「カイルはどうなんだ?」

 「割と近いんで帰れるんですけど、居場所がないんで居づらいんですわ」

 「次男以下の扱いは酷いってやつか?」

 「貧乏貴族の三男坊以下なんて、大きくなると邪魔者扱いでっせ」

 「跡継ぎ以外は用無しってことか。自分の子供なのに」

 「まだ姉貴や妹の方が待遇はええですわ」


 話には聞いていたが、貴族も子供の扱いは厳しいな。平民でも同じなんだけど、身分が上でもやっていることは変わらないのか。


 「せやから、俺、一年早く家を出るからここの学費を出してくれって直談判したんです」

 「え、そうなの?!」


 聞けばカイルは十四歳らしい。大体入学してくる学生は成人となる十五歳からなので、一年早いわけだ。ちなみに、スカリーが十五歳になるのを待ったクレアと親を説得するのに時間がかかったシャロンが十六歳である。そして、アリーは四十五歳だと聞いてみんな驚いた。これだから異種族間交流は油断できない。


 「それじゃ、スカリーはどうなんだ?」

 「……うち、毎日実家から通ってんねんけど」


 半目で見られながら返答された。そうだ、お前の実家はここだったよな。




 炎天下で授業をするのは危険だと思いつつ、授業が終わったあと一旦教員館へと戻った。全身汗だらけだったので水浴びをして服装を整える。午後からは事務作業だったので、ひとり机に向かって作業を始めた。


 相変わらずの暑さに集中力を切らせつつもなんとか作業を終わらせた昼下がり、もう今日は頭が回らないので仕事は止めることにした。うん、たまにはこんな日があってもいいよね。


 そうしてさっさと部屋を出て玄関までやって来たところで、ばったりとシャロンに出くわした。


 「あれ、どうしたの?」

 「まぁ、ちょうど良かったですわ、ユージ教諭」

 「え、俺?」


 授業以外で用があるなんて珍しい。一体どうしたんだろうか。


 「ご相談がありますの。図書館までご一緒くださらないですか?」

 「ああ、いいよ」


 どうせ今日はもう仕事を切り上げたしな。

 ということで、俺はシャロンと一緒に図書館に向かった。あまり人のいないところを選びたかったんだろう。この時期の図書館は一層閑散としている。建物の中に入ると、司書さんに二人して会釈した。


 俺達は本を読むために用意された机と椅子のある場所を通り抜け、その奥に広がっている書架の空間へと迷わず進む。別にやましい相談というわけでもないが、人に聞かれたくないことでもある。そこで、採光の窓から光が差し込んでいる書架の一角で足を止めた。


 最近でこそシャロンと打ち解けてきているが、元々は大貴族のご令嬢と平民出身の教員だから接点は少ない。普段も会っているわけではないから、俺への相談となると内容も限られてくる。


 「単刀直入に言いますわね。平民と付き合うにはどうしたらいいのかしら?」

 「端的すぎて言いたいことがわからん」


 思わず反射的に突っ込み返してしまった。シャロンも自分がどんな言葉を発したのか理解したのだろう、少し顔を赤らめて目を背ける。


 「こ、言葉が足りませんでしたわね」

 「順を追って、ひとつずつ話してくれ」


 小さく深呼吸したシャロンは、再び俺に視線を向けて口を開いた。


 「ユージ教諭にスカーレット様を紹介していただいてから、あの方とは親しくさせていただいています。先月は、早速スカーレット様を慕う者達ともお引き合わせくださいまして、以後おつきあいしておりますわ」


 既にスカリーのグループメンバーと知り合いなのか。これは別に不思議なことじゃないな。そうなると、相談というのはあれか。


 「ただ、そのスカーレット様を慕う者達には様々な出身の者がおります。具体的には、貴族出身者と平民出身者の同期生ですわ。わたくしも貴族ですから貴族出身者とはまだ何とかお話できるのですが、平民出身者ともなりますとどうしてよいものかよくわかりませんの」


 やっぱり。スカリーのグループメンバーとの付き合い方か。そりゃ困るだろうな。シャロンだけじゃなくて相手も。


 「スカーレット様と親しくされておられるユージ教諭は、平民出身の教諭だと聞いております。そこで、平民出身者の者達とどう接すればよいのか教えていただきたいのです」

 「うん、まぁ、言いたいことはわかったし、どうすればいいのかもわかる」

 「まぁ、それでは教えてくださいませ!」


 前のめりに聞いてくるシャロンを落ち着かせてから、俺は言葉を続けた。


 「その前にまず、スカリーのグループについて説明する。簡単に話すと、上下関係が嫌いだから既存のグループに入らずに、スカリーのところへ集まっている可能性が高い。そうなると、学生の出身が貴族か平民かに関係なく、上下関係を意識するものは避けようとするだろう」


 俺の話を聞いているシャロンの表情は真剣だ。少なくとも、自分がどうにかできるのならば何とかしたいという意思は読み取れる。


 「ひとつ確認しておきたいんだが、グループメンバーの貴族出身者は家格が低い貴族ばかりじゃなかった?」

 「そういえば、男爵家や子爵家、あと、領地も大して保有していなかったと思いますわ」

 「やっぱり。つまり、別のグループに入ったとしても、たぶん卒業するまで家格が上の学生に使われると思ったんだろう。平民なら尚更、貴族に使い倒されておしまいと考えているはずだ」

 「だから自由を求めてスカーレット様の下にやって来たのですか」

 「その通り。スカリーは基本的に自由放任だろうしね」

 「確かにそうですわ。個人で何かをなさるようには見えますけど、厳しい戒律を作って集団を統率するようには思えませんわ」


 そもそも今の集団にしたって、スカリーが進んで作り上げたというよりも、自然発生的に形成されたものだと聞いている。他とは違って、お友達の延長線上なんだよな。だから規律なんてあってないようなものだし、そういう緩さを求めてみんな寄ってきているんだろう。


 「そうなると、公爵家出身のシャロンはどう目に映るだろう?」

 「ああ、なるほど」

 「スカリーの紹介でグループメンバーに会ったのならば、出自を気にする人じゃないと思われているかもしれないけど、やっぱり公爵家という肩書きは重いよな」

 「そうですわね。わたくしも、王族の方々に分け隔てなく付き合ってほしいと言われましても、やはり王家のご子息やご息女の方々とお目にかかるときは身構えてしまいます」


 元々賢い子だから、俺の説明したことをすぐに理解してくれるのは助かる。


 「貴族出身の学生と何とか話はできていたって言ってたけど、たぶんそれは上位者とどう付き合うべきかということを知っていたからだと思う。逆に平民出身の学生はそれを知らないから近寄れなかったんじゃないかな」

 「そう思いますわ。となると、結局のところ、わたくしは誰ともきちんとお話しできていないということですわね。それなのに、お話しできているつもりで振る舞っていたなんて、かなり恥ずかしいですわ!」


 確かにそうなんだろうけど、ここは図書館なんだから静かにしてほしい。


 「ということで、スカリーのグループの性質とシャロンの現状がわかったと思う。平民と付き合うかどうかは二の次で、グループメンバー全体とどう付き合えばいいのかということを考えればいい」

 「そういうことになりますわね。それで、わたくしはどうすれば良いのですか?」

 「今話し合ったことを全部スカリーに話して相談すればいい」

 「え、スカーレット様にですか?!」


 だから大きな声を出さないの。そのうち司書さんがやってくるよ?


 「最初から俺に相談することじゃなかったんだ。そもそもスカリーのグループに俺が口出しなんてできないし、間を取り持つのはスカリーがするべきだろう」

 「う、そうですわね。でも」

 「スカリーにみっともないところを見せたくないってか? そんなことを気にするような奴じゃないだろう。それよりも、グループに溶け込む努力をしているっていうことを喜ぶぞ」

 「本当ですの?」

 「ああ。自分の知り合い同士が仲良くなるのは嬉しいだろう? 単純な話だよ」


 俺から視線を外してシャロンが考え事を始めた。何を考えているのかはわからないが、出てくる結論は予想できる。


 「わかりました。スカーレット様に相談してみますわ」

 「うん、それがいい」

 「ユージ教諭、本日は相談に応じてくださってありがとうございます」


 俺に向かって深く一礼すると、シャロンはすっきりとした表情でこの場を後にした。

 さて、うまくいくといいんだけどな。




 次の戦闘訓練の授業も、やっぱり炎天下で苦しんだ。最近では水属性の魔法が大活躍している。カイルなどはクレアに頭から水をかけてもらって喜んでいた。


 そんな授業も昼頃になってやっと終わる。学生だけでなく俺も嬉しい。


 「先生、ちょっと待ってぇな」

 「え、なに?」


 俺はスカリーに呼び止められて足を止めた。シャロンも一緒だ。


 「先生、以前シャロンが先生に相談したことなんやけど」

 「ああ、あれか」


 なぜかスカリーがにやにやとしている。こいつ、またろくでもないことを考えているな。


 「いやぁ、先生、聞いたで。えらいうちらのグループについて語ってくれたみたいやな。正直驚いたわ。一瞬、四六時中監視されてるんかと思ったくらいや」

 「そんなことする時間がほしいな」


 そうしたらもっと別の有意義なことに使うから。


 「ははっ! ま、それはええねん。そんで、うちに相談するようシャロンにゆうたらしいやん」

 「俺が直接首を突っ込むわけにもいかなかったしな」

 「ようわかってるやん、先生。さすがやね! そんでな、お礼におもろい話を聞かせてあげようと思うねん」

 「面白い話?」

 「そうや! 早速みんなと仲良うできるよう色々やってるんやけど、そんときのシャロンの言動がおもろうて、これがしゃべられずにはおられ……」

 「ちょっと、スカーレット様! お礼を言うだけはありませんでしたの?!」


 横合いからシャロンがスカリーに掴みかかってきた。シャロンは首筋まで真っ赤だ。


 「そやから今『お礼を言う』ところなんやないか」

 「お礼の内容がわたくしの、わたくしの、その……だなんて! 聞いておりませんわよ?!」

 「そりゃ、話してへんかったさかいな」

 「あ、あんまりですわ! あれは秘密にしておいてくださいませ!」

 「秘密って、もうグループのみんなは知ってるやん」

 「だからってわざわざ広めなくてもいいんじゃありませんこと?!」


 なんか目の前で痴話げんかが始まった。全身をぷるぷる震わせてスカリーに掴みかかっているシャロンがかわいい。もうこの時点で充分面白いんだが、スカリーの話はこれを上回るんだろうか。


 ふと振り返ると、先行して訓練場から出ようとしていたクレア、アリー、カイルの三人が戻ってくる。それを見たシャロンの顔が凍りついた。


 「お、聴衆が増えたやん。ええこっちゃ」

 「さ、最悪ですわ-!」


 この上なく上機嫌なスカリーに涙目なシャロンが尚もすがりつくが、たぶん止められないだろうな。


 俺は他のみんなと一緒に、スカリーが話し始めるのを待った。

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