渓谷の先にいたモノ
ラレニムの盗賊討伐隊が呪いの山脈で活動を始めてから二ヵ月が経過した。最初は手痛い攻撃を盗賊から受けたものの、現在の討伐隊は順調に盗賊の討伐を進めている。
最初は呪いの山脈南部の東端から始めて、現在はかなり西に寄ってきている。この調子だと、あと一ヵ月くらいで討伐は終わるだろうとみんな噂していた。
「それにしても、結局ここで冬を越してしまいそうなのよね」
「そうやな。まさかこんな長いことおるとは思わんかったわ」
斥候任務が終わって本隊の一角で休憩している最中に、クレアとスカリーが感慨深そうに長居していることを嘆息していた。ラレニムの街を出発した十一月下旬から数えると実に三ヵ月だ。
「俺は一ヵ月くらいで見つけられるって思ってたんやけどなぁ」
かじりついた干し肉を飲み込んだカイルは、捜査が長期化していることに渋い顔をしていた。俺もここまで見つからないとは思わなかったので、その意見に同意する。
「師匠、今度フールが乗っ取っている人物は、盗賊の頭領ということでいいんですよね? そうなると、もうそろそろその根城が見つかってもいいと思うのですが」
確かにアリーの言うとおりなんだが、残念ながらフールの姿は捉えられないままだ。夜襲を仕掛けたのは去年の十二月に二回だけ。それ以外は各地の盗賊は自分達の根城で抗戦するのみである。
俺なんかは、このままだとじり貧なのだから、根城を捨てて逃げればいいのにと思う。命あっての物種だからだ。でも、なぜか盗賊達は最後まで戦うんだよな。そこまで拠点にこだわるのはどうしてなんだろう。
それと、基本的に盗賊の根城の調査は、呪いの山脈の麓から二日か三日奥に入ったところまでしかやっていない。
理由は簡単で、それ以上奥に根城を作るのは不便だし危険だからだ。盗賊は平地に出て人々から物品を収奪して生活をしているため、あまり山脈の奥に拠点を構えると出入りが難しくなる。それに、呪いの山脈を徘徊している死霊系の魔物は奥に行くほど多いので、下手をすると襲われかねない。
そういった理由で、大体麓から二日くらいのところを目処にいろいろな場所を調べているのだ。ただ、なぜかこの山脈にいる死霊系の魔物は盗賊をほとんど襲わないらしいから、危険というのは実はないのかもしれないが。
フールが乗っ取っているあの大男は山賊に違いないので、今説明したような理由から、本来ならそろそろその足取りが見つかってもいいはずなのだ。しかし、実際は見つけられずにいる。
「ねぇ、ユージ。前にも言ってたけど、呪いの山脈に入ってからずっと死霊系の魔物を見かけないけど、何か原因ってわかった?」
「いや、そっちもさっぱり」
ジルに問われたがそっちの理由も全くわかっていない。
討伐隊が初めて呪いの山脈に足を踏み入れたその日から、俺達は死霊系の魔物と毎晩戦うことになると覚悟していた。ところが蓋を開けてみると、今まで一体も出てこない。
これに今も違和感を持っている者は俺を含めて少数派で、大半は都合がいいから歓迎している。中には、実は死霊系の魔物が多数徘徊しているという話は嘘だったんだと言い出す者も現れてきた。
何でもかんでもフールに結びつけるのはよくないが、あいつは死霊魔術師なだけに何かやっているのではないかとつい勘ぐってしまう。逆にこれが自然現象というのならば、俺達は打つ手なしだ。
ともかく、現状は順調に盗賊の討伐ができているので、討伐隊の上層部も冒険者も上機嫌だ。みんなこの討伐は成功すると信じて疑っていないように見える。
ちなみに、現在の俺達に対する上層部の評価は良いらしい。これはガルフ隊長から聞いた話なんだけど、都合良く盗賊の根城を発見してくれる俺達を、便利な斥候だと思っているらしい。さしずめ宝物を探し当ててくれる犬といったところか。
それに伴い、ガルフ隊長の評判は上々だと聞く。戦闘による功績は最初の拠点攻撃しかないが、斥候による功績でかなりコールフィールド隊長の覚えが良くなったと喜んでいた。この二ヵ月間付き合っていて悪い人じゃないことはわかっているので、結構なことだと思う。
一方、冒険者達からは、略奪できない連中として多少同情されていた。中には女ばっかりだから攻撃小隊に入れないんだと言う奴もいたが、一度アリーが力でねじ伏せてからは誰もそんなことを口にしなくなった。
ともかく、俺達のフール捜索は空振りが続くものの、盗賊の討伐は順調に進んでいた。もしこのまま討伐が終わってしまえば、今度は自分達だけで探さないといけない。それは大変なので、なんとしてもこの討伐隊にいる間にフールの片鱗でも見つけておきたかった。
暦の上では二月下旬なのでまだまだ寒い。三月になったからといってすぐに暖かくなるわけではないから、今はまだ真冬といっていいだろう。
そんな中、俺達はガルフ隊長と再び斥候の任務へとつく。年が明けてからの仕事はひたすら偵察を繰り返していたので、今では足場の悪さ以外慣れたものだ。
現在は、とある渓谷を進んでいた。まるで大きな川が干上がったみたいな所で、丸い岩や石がごろごろしている。今のところはこれが大きな道の代わりになっており、とりあえず途中にある細い渓谷は無視していた。
「本隊のある辺りもだいぶ調べたから、もう終わりだな。来月は西の端を偵察しているだろう」
ジルの帰りを待っている間、ガルフ隊長が俺に話しかけてきた。周囲の警戒は怠れないが、慣れてくると片手間で雑談くらいはできるようになってくる。
「この先に何もなかったら、移動することを進言したらどうです?」
「そうだな。大きな盗賊団はあらかた潰したみたいだし、次に移ってもいいか」
俺としてもこの先を捜索の魔法で調べたら、もう残るは西の端しかない。去年フールを見かけたというのに全然探し出せないのが腹立たしいが、もしかしたら既に別の場所へ向かったのかもしれないな。
「しかし、この分じゃ家に帰れるのは春以降だな。このまま順調に進むなら、四月に討伐が終わって五月に凱旋だ。去年の十一月に出発したから……うわ、半年にもなるのか!」
月日を指折り数えていたガルフ隊長が、その結果に驚いていた。
「実をゆうと、この討伐って二ヵ月くらいで終わるって思ってたんですわ。それがこんな長丁場になるなんて予想外ですわ」
「俺も最初はそんな程度だと思っていたよ。盗賊の夜襲を二回も受けて意地になっている面もあるんだよな」
カイルとの会話でガルフ隊長が上層部の思惑を漏らす。なるほどな、だから徹底的にやっているのか。
「この前、妻から送られてきた手紙に、三人目が生まれたって書いてあったんだ。上二人がどっちも男の子だから、今度は女の子で嬉しいよ」
「へぇ、どちらに似ているんですか?」
「もちろん妻さ! 将来美人になるぞ!」
クレアの問いかけに力説して返すガルフ隊長を見ていた従者達が笑う。手紙が届いて以来ずっとこんな調子らしい。
「そりゃ結構なことですなぁ。あ、ご子息はんには何かお土産でも持って帰らはるんですか?」
「うーん、それがなぁ。戦っているわけじゃないから、戦利品が手に入らなくて困っているんだ。こんな石を持って帰ってもつまらんだろうしな」
スカリーの質問によってガルフ隊長の悩みが明るみに出る。どこかの街へ寄ることができれば買うこともできるだろうが、こんな山奥じゃろくなものがない。戦って勝ち取ったものなら堂々と息子達に渡せるのに、というのが本人の気持ちらしい。
「一番最初に制圧した拠点で、何か見繕っておくべきでしたね」
「そうなんだよ! まさかあれ以後ずっと斥候ばかりやるとは思いもしなかったからな! 一生の不覚だ!」
本人にとっては深刻な悩みなんだろうけど、周囲にとってはほほえましい悩みだ。冷静に指摘したアリーも笑っていた。
「なぁ、みんな。今更なんだが、もし珍しい物を見つけたら譲ってくれないか?」
あまりに真剣な表情に、従者のひとりが笑いをこらえるのに必死となっている。こっちじゃスカリーとカイルだ。まぁ、そうでなくても、笑顔は避けられないんだが。
「別にいいですけどね。あればですけど」
「すまん、助かる!」
あ、ついに我慢できずにひとりが吹き出した。連鎖反応で二人、三人と続いていく。敵地にいることはわかっているんだが、一度我慢の限度を超えるともう止まらない。
「おまえらなぁ。俺は真剣なんだぞ!」
だからですよ、ガルフ隊長。
従者達と視線を合わせる。これで仕事がひとつ増えたな。
仕事中に不謹慎な会話ではあるが、近頃は仲良く行動できるようになったので、お互い作業がやりやすい。他の小隊じゃ諍いもあると聞くだけに、働く環境は理想的といえるだろう。
実のところ、今進んでいる渓谷の先に何かあると、俺は思っていなかった。捜索の魔法をかけてもフールは見つからないし、盗賊の姿も探知できなかったからだ。しかし、戻ってきたジルの報告で状況が一変する。
「ねぇ、ユージ! 大変よ! 魔物がいっぱいいるの!」
飛び込むようにして戻ってきたジルからの第一報は、わかったようなわからないような曖昧なものだった。
「ジル、落ち着け。魔物って、どんな魔物なんだ?」
「死霊系の魔物よ! 腐乱死体に、白骨死体に、幽霊よ! あいつらがたくさんいるの!」
俺はガルフ隊長と顔を合わせた。その表情に笑顔はない。
「何がいるのかはわかった。まずはこの目で確認したい。案内してくれ」
ガルフ隊長がそう伝えると、ジルは小隊を先導した。
目的の場所までは、多少時間がかかる。渓谷は最初、緩やかなカーブを描いていたが、途中で急激に折れ曲がっていた。ジルが言うには、この先に山のようにいるらしい。
俺は先に捜索の魔法で死霊系の魔物を探知してみる。するとどうだ、本当に大量にいるぞ!渓谷に沿っているせいか、浮かび上がった血管のようになっている。
「うっ、これは!」
隠れながら岩の向こうを除いたガルフ隊長が呻いた。捜索の結果の通りなら、その反応は当然だろう。
次に俺も覗いてみる。すると、いた! ジルがたくさんいると言った通りだ! 渓谷の底を埋め尽くさんばかりだぞ!
俺の後にカイル、アリー、スカリー、クレアが順に岩の向こうの光景を見て回ったが、その後はみんな愕然とした表情となっている。
「呪いの山脈に入ってから死霊系の魔物と全然合わなかったが、ここに集まっていたのか。なんてことだ」
ガルフ隊長の顔は青い。
ちなみに、捜索の魔法で人間がいるか確認してみたが、半径三オリク以内には誰もいなかった。つまり、この先はあいつらしかいないってわけだ。
「しかし、どうしてあそこに集まっているんだ? 何かあるのか?」
尚もガルフ隊長は独りごちるが誰も返事をしない。
これが自然現象でないのなら、こんなことをする奴の心当たりはひとつある。でも、どうしてこんなことをするのかまではわからない。
「ガルフ隊長、どうします? これは、一度戻って報告した方がいいですよ」
「それはわかっている。しかし、もしあいつらがこちらに移動してきたら、本隊が大変なことになるぞ」
止める術がないのなら逃げるしかないが、ひとつ心配なのは、そのまま南下して周辺の村や街道を襲わないかどうかだ。
「普段広範囲に分布している魔物が一ヵ所に集まると、あんなふうになるんか。恐ろしいな!」
「さすがにあの数を切り伏せるわけにはいかないな」
スカリーとアリーの表情も厳しい。いくら魔法操作で確実に当てられるとしても数が違うし、剣で切り捨てるなんて論外だ。
「げっ! ちょっと、こっち側に向かってくるわよ!」
尚も岩陰から向こうの様子をうかがっていたジルが声を上げる。うそ、今かよ?!
再度岩の向こうを覗いてみたが、確かに多数の死霊系の魔物が一斉にこちらへと移動を始めていた。まずいってレベルじゃないぞ!
「ガルフ隊長、逃げましょう! 危険です!」
「わかった! 引き上げるぞ!」
かなり緊張した面持ちのガルフ隊長が全員に指示を下す。
疑問はいくつも思い浮かぶが、今はとりあえず逃げないといけない。俺達は慌てて元来た渓谷を引き返した。