盗賊の討伐
誓いも新たにフールを倒す意気を上げる俺達ではあったが、参加している盗賊の討伐隊は士気を下げていた。先の夜襲でいいようにやられてしまったことが原因だ。
もちろん復讐に燃える一部の士気はやたらと高いが、そんな連中だけで戦うわけじゃないのであまり意味はない。だから俺達は例外といえるだろう。
夜襲を受けた翌日は同じ場所で待機したままだった。たぶん、今後のことについて上層部で話し合っているんだと思う。ただ、俺達冒険者はそんな話し合いに参加できるわけではないので、丸一日ごろごろとするだけだ。何もしなくても日当がもらえると喜んでいる奴もいるが、早く動きたい俺としては実にもどかしい。
ただ、襲ってきたのは盗賊の集団だろうということは、みんなの噂になっていた。あんな夜襲をかけられるほど統率が取れていることに誰もが驚いていたが、死体の服装や戦闘中の会話などから類推すると、他に考えられなかったからな。
それも踏まえた上で上層部は今後の対策を練っているんだろうが、この日はひたすら待つしかなかった。
そんな冒険者達も、夜になると表情は真剣なものになってゆく。前夜の夜襲で手酷い目に遭ったのが自分達なので、今晩は返り討ちにしてやるぞと意気込んでいたのだ。
ある意味張り切って不寝番をしていた冒険者達だったが、その日は何もなかった。さすがに連続して襲撃するだけの能力はなかったのか。それとも、五十人も死者を出して怖じ気づいたのか。それは、今後の盗賊の行動を見ればわかるだろう。
出発の号令を受けた俺達は、他の冒険者と一緒に領主軍将兵の後について行く。その姿は不寝番をしていた夜中と比べてのんびりとしたものだ。
「あ~、やっと出発かぁ。えらいのんびりしとったなぁ」
「盗賊はもう迎撃準備を整えているだろうな。私達も気を引き締めて進まないと」
歩き始めたカイルとアリーは早速雑談を始めている。話の内容は呪いの山脈に潜む盗賊についてだ。
「悪魔の砂漠や旧イーストフォートへは行ったことあるけど、呪いの山脈は初めてなのよね。聞けば、大北方山脈とはまた違うらしいけど」
「山登りなんやからしんどいんやろうけど、それでもあっちよりかはずっと楽なんやろ? 雪に埋もれる心配がないんやったら、そんなに心配せんでもええんとちゃうのん?」
「それでも寒いことには違いないでしょう。だから防寒着を用意しているんだし。油断していると凍傷にかかるわよ」
「あ~凍傷かぁ。あれはかなんなぁ」
アリーとカイルのすぐ後ろで、クレアとスカリーも別の話をしている。冒険者としての経験は浅い二人は、山の環境について心配しているようだ。
「ねぇ、ユージ。呪いの山脈には死霊系の魔物がたくさんいるんでしょ? 何か対策はしているの?」
「対策か。俺達だと、クレアと俺が光属性の浄化を使えるけど、他はどうなんだろうな」
俺の頭上をふわふわと飛ぶジルが、思い出したように問いかけてきた。
死霊系の魔物も一応普通の攻撃で倒すことはできるが、即死以外の攻撃には怯まないので地味に厄介なところがある。だから、冒険者パーティに僧侶がいる場合は浄化の魔法で成仏させてやるのが基本だ。
そのため、傷を治す強力な回復魔法の使い手ということもあって、僧侶はどのパーティでも引っ張りだこだ。しかし、前の夜襲でその僧侶は魔法使い共々集中的に殺されている。今思えば、遠距離攻撃ができる魔法使いだけでなく、僧侶を失ったパーティが脱落することも考慮していたんだろうな、あいつ。
雑談をしながら行軍しているとはいえ、周囲の警戒は怠っていない。俺の場合だと、捜索の魔法を定期的にかけて怪しい奴が近づいてこないか確認している。
その甲斐あってか、夜襲があってから今のところは何も妨害らしい妨害はされていない。街道から離れて尚も北上して九日目の朝に、呪いの山脈へとたどり着いた。
呪いの山脈の麓に到着した討伐隊は、その日は簡易な陣地を作ることに費やした。俺達冒険者もその陣地作りに参加している。強制参加というやつだが。
今は山脈南部の東の端にいるが、今後はしばらくここを中心に盗賊の根城を襲撃していく。そしてある程度その根城を潰してから、陣地を西へと移動させていく予定らしい。
簡易な陣地ということで、堀を掘るようなことはせず、単に陣地の周囲に簡単な柵を打ち立てるだけだ。どうせしばらくしたら片付けないといけないのだから、そこまでしっかりと作る必要はないだろう。その分防御力はないだろうが、俺達冒険者は柵の外なのでどうでもいい話だ。
そんな作業も夕方には終わる。そして、明日からの盗賊討伐のために、どの小隊へ割り振られるのかということを教えられた。
盗賊を討伐する小隊は、指揮官の騎士がいて、その配下に正規兵と冒険者パーティという構成になっている。騎士の従者は側近として伝令などを担当するそうだ。
しかし冒険者としては、そういった編成よりも、指揮官がどれだけ『話せる人物』なのかということの方が重要だ。戦いの指揮ぶりももちろんだが、あまりにも融通が利かないとなると、普段の行動からかなりの制約を受けてしまうからな。そうなると、お互いに相互不信に陥り、まともな集団行動すらもとれない。
俺達のパーティはガルフという騎士へ配属されることになった。年の頃は三十歳くらいで正規兵からの評判も悪くない。少なくとも指揮に関しては酷くないのだろう。後は俺達の扱いがまともであることを祈るばかりだ。
俺達の参加した小隊は、冒険者が二組十二人だ。騎士と正規兵を合わせても三十人もいない。他が四十人近くの小隊ばかりなので、少し見劣りがする。
「なぁ、うちの隊だけ数が少なくないか?」
「ガルフ隊長は身分が低いからな。コールフィールド様のところでも地味に割を食うのさ。あの方は身分のせいでいつもこうなんだ」
今度一緒に働く正規兵のひとりに尋ねたら、そんな言葉が返ってきた。一応どの小隊も目標に対して適正な人数らしいが、手柄の上げやすさやその大きさでどこを担当するか揉めることが多いということだ。
「つまり、俺達の行く先は外れか。楽ができるといいんだけどな」
「同じ外れでも、成果なしという意味と恐ろしく苦労するという意味があるぞ。そして貧乏くじを引くときは、大抵どちらも併せて押しつけられるんだ」
俺と話をしている正規兵は、力なく笑いながら教えてくれた。うん、知ってた。言ってみただけだよ。
ついていない隊長のところに配属された正規兵とは仲良くやれそうだ。それに対して、この小隊の冒険者パーティのうち、もうひとつのところとはどうなのかというと、これがあまりよろしくない。
男ばかりの六人組なのだが、年季の入った冒険者パーティらしく、明らかに俺達よりも平均年齢が高い。ジルを除けば俺を入れてもうちのところは平均二十歳くらいだ。おまけに俺とカイル以外は女で、小さい妖精さえも頭数に入れている。普通なら、「こいつら本当に戦えるのか?」と首をかしげられても仕方ない。
そして今まさに、相手は俺達のことをそう思っているのだ。
「外れのところに回されたと思っていたが、まさか女ばっかりのパーティと一緒とはな」
「同じパーティっつっても、お貴族様の舞踏会じゃねぇんだぞ。ほんとに戦えるのか?」
「若いってだけでも不安なのに、病弱な奴やちっこい妖精もいるなんて何考えてんだ?」
「これは連携や支援は期待できそうにないですね」
代表して挨拶に出向いたら、こんな言葉を一斉に投げつけられた。これはだめだ。頭から見下されている。第一印象は見た目が大事だとよく言われるけど、見た目だけで判断されるのも困ったものだな!
ちなみに、病弱な奴というのはアリーのことだ。魔族の肌は極端な色白なのだが、どうもそれを知らないらしい。あるいは、アリーが魔族であるということを知らないだけか。いずれにしても、優秀な剣の使い手というようには見られていない。
「なによ、あたし達はちゃんと戦えるわよ! 見てもいないのに酷いじゃない!」
こういう手合いは、自分の目で確かめないと絶対に信用しない。それがわかっているから、俺はすぐに挨拶を切り上げて引き返そうとしたが、ついてきたジルが猛然と噛みつく。
「ジル、気持ちはわかるがやめとけ。どうせ話しても通じないから」
「でも、あんなに好き放題言われっぱなしで悔しくないの?!」
「だから気持ちはわかるんだってば」
喜怒哀楽がはっきりとしているジルからすると、俺の対応に不満があるのはわかる。でも、ここで喧嘩をしても後々いいことなんて何もないんだ。ジルにそれを言ってもわかってもらえなさそうだったので、とりあえずその場は引きずるようにしてジルを連れて行く。
仲間のところまで戻ってきても当然ジルは怒りっぱなしで、いつまでたっても俺を非難していた。
「ジル、腹に据えかねるのはわかるが、それは師匠の対応が正しい。ここで諍いを起こしてもいいことなどないからだ」
「じゃあ、こっちは言われっぱなしじゃないのよ!」
「だったら戦場で戦えることを示してやればいい。実際に戦えるところを見せれば、こちらを誹謗中傷することもできなくなるだろう」
珍しくアリーがジルをなだめている。こういうときは大抵黙っているんだけどな。
「それでもこっちの悪口を言ってたらどうするのよ?」
「そのときは直接思い知らせてやればいい。簡単な話だろう?」
いや、話は簡単かもしれないがやり方に問題がありすぎる。これじゃジルをなだめているんじゃなくて、一緒に怒っているみたいじゃないか。
「何にせよ、これで誰とつきあいやすいかはわかったんやから、ええやろ」
「正規兵とは話ができそうやけど、もうひとつのパーティとは無理っぽいな。これは下手すると、うちら単独で対処せなあかんこともあるんとちゃうかな」
カイルとスカリーの話を聞いて泣けてくる。全然組織の利点を活かせてないよな、それ。
「わたし達冒険者が先鋒を務めるでしょうから、連携できないのはつらいですよね」
「相手次第になるだろうな。様子見なんて暢気なことはできないかもしれない」
さすがにクレアも不安そうだ。俺も思いきり不安である。もうちょっと人選をどうにかしてほしかったなぁ。
本隊から分かれた七つの小隊は、それぞれ割り当てられた盗賊の根城に向かって出発した。俺達の小隊は一番東側にある、小さな盗賊の集団を担当することになっている。
ガルフ隊長によれば十人程度の新しい徒党らしい。ただし、それ以外は不明だそうだ。
「そこに根城があるってゆうくらいしか、わかってへんってことやん」
「内偵でもせぇへん限り、詳しいことなんてわからんって、スカリー」
渋い表情のスカリーをカイルが苦笑しながらなだめる。
「けど、もっと問題なのは半年前の話だってことなのよね」
「拠点があるという以外の話は、信用するのは逆に危ないな」
そうなのだ。敵の様子を探るその姿勢は立派なものだが、いかんせん討伐隊が手に入れている情報が古すぎる。俺が以前に呪いの山脈を調べたときの情報でも二ヵ月前のものなので怪しいが、半年前のやつなんて真に受けて行動したらだめだ。
そのあたりはさすがにガルフ隊長も心得ているらしく、攻撃前に様子を探るつもりではいるらしい。ああよかった。無謀な突撃はしなくてもすむ。
俺達の小隊は、山の麓を二日かけて歩き続けた。最初は東に延びていた麓はやがて北側へとその向きを変える。歩きにくさは変わらないが、西側に山脈の山が位置するようになったので、日没が早くなってしまった。
また、一日目の夕方から二日目の昼頃まで小雨が降り続けた。強い風のせいで横殴りにぶつかる雨水がうっとうしい。夜中に不寝番をするのも大変だった。
あと半日も歩けば盗賊の根城へと着くというところで、小隊全員でこれからの行動の最終確認が行われた。
明日は斥候を先行させて情報を集めつつ、盗賊の根城の上方へと移動して潜伏する。次に斥候をぎりぎりまで根城へと近づけて様子を探らせ、その情報を元に作戦を立てて翌日に攻撃するというものだ。
領主軍の戦い方としてはごくまっとうな戦い方だと思う。ただし、あくまでも正規軍としての戦い方だ。それなので、犠牲を少なくかつ確実に盗賊を仕留めるために、数日間相手の様子をうかがい、夜襲を仕掛けてはどうかと提案した。
「貴様の言っていることは確かに正しいのだろう。しかし、与えられた食料の量からして長くは滞在できない。それに、夜襲をするためには全員の練度と連携が重要になるが、我が軍の将兵と冒険者では連携が期待できない。よって、貴様の案は採用できんのだ」
という言葉がガルフ隊長から返ってきた。ああなるほど、いろんな事情があるんだ。それなら、最初の案でいくしかないな。
翌日、当初の案通りに斥候を先行させて行く先を探らせ、その情報を元に慎重に小隊の面々は進んでゆく。盗賊の根城より約五百アーテム北側に、下からでは見つかりにくい場所があったので、小隊はそこで潜伏することになった。
ここまでの斥候役は、俺達ともう一方の冒険者パーティからひとりずつ選ばれている。相手は身軽そうな軽戦士、こちらはジルだ。体の小ささから見つかりにくく、空を飛ぶので地形に左右されずに移動できるジルは、足場の悪い場所ではとても役に立つ。
「ふふん、やっぱりあたしって、できる女なのよね!」
とりあえず気分よく仕事をしていてくれていたので、俺達はこの後も縦横無尽に活躍してもらった。
ちなみに、俺もこっそり道中で捜索の魔法を使っていた。フールがいるか確認するためだ。残念ながら全然引っかからなかったが。
盗賊の根城より約五百アーテム北側に潜伏した翌日は、休息と敵情視察のためにその場でじっとしていた。そして、敵情視察は表向きジルが担当し、裏で俺が捜索の魔法を使って調べ上げる。
その結果、根城の規模はどの程度か、出入り口がどこにあるのか、更に盗賊は十五人だということなどがわかった。
「よし、ならば、明日の日の出とともに貴様ら冒険者パーティ二組が行動を開始し、盗賊どもを強襲しろ。我らはその後を追って根城へと雪崩れ込む」
という作戦をガルフ隊長が立てた。冒険者につゆ払いをさせようという意図があるものの、人数の面では俺達冒険者だけでもほぼ互角だ。それに、盗賊の根城の規模も小さいため、多人数が一度に入ることはできないという事情もある。それを考えたら、こんなものかとも思える作戦であった。
そして、作戦決行の時がやってきた。
早朝、二組の冒険者パーティは二手に分かれて出発する。向こうのパーティは相変わらず俺達のことを全く信用しておらず、邪魔者扱いされてしまったのだ。そのせいで、俺達は少し遠回りすることになってしまう。もちろんそれはそのまま戦闘開始の時刻がずれることを意味する。俺達が盗賊の根城に突入したのは、戦端が開かれてしばらく後だった。
俺達が突入したとき、もう一方のパーティは数で押されて苦戦していた。後で聞いた話によると、どうも盗賊は一仕事するために全員起きていてらしい。そのため、切り込んでしばらくすると一気に不利になったそうだ。
結局のところ、正規兵も突入したことで盗賊は全滅した。もう一組のパーティは半壊してしまったが、全体的な損害としては許容範囲内だろう。ガルフ隊長もこの結果には満足していた。
しかし、討伐隊本体に戻るとそんな祝勝気分は一気に吹き飛んだ。