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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
10章 呪いの山脈
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正体不明の襲撃者

 夜というのは、基本的に寝る時間だ。夜行性の動物とは違って、人間は昼に起きて夜に寝る生き物なので、一部の人以外はまず起きていることはない。


 それは俺達冒険者や領主軍の兵士達も同じだ。夜も行動する可能性がある仕事に就いているとはいえ、人としての習性が消えるわけではない。そのため、不寝番として起きていると非常に眠たく感じる。


 ラレニムの街を出発して二十日目の夜中に、俺は不寝番としてみんなの眠る天幕の前で座っていた。他の地域の春並みに暖かい冬ではあるが、夜中はさすがに冷え込むのでたき火は欠かせない。


 こうして不寝番をしていると、前世のことを思い出す。あのときは霊体であったので睡眠を必要としなかったことから、よく不寝番を買って出ていたものだ。エディスン先生からもらった霊体でも読める本を片手に、周囲を見張っていたな。たまに捜索サーチの魔法で遠くを確認しつつである。


 生身の人間になってからは、さすがに寝る必要があるので一晩丸々不寝番はできなくなった。しかし、捜索サーチの魔法で広範囲を確認して身の安全は図っている。


 「さて、どうしたものかな」


 たまに爆ぜるたき火の音を聞きながら、これからどうしようか考える。明日以降の話ではなく、今の話だ。


 どういうことかというと、半径三オリクで捜索サーチをかけた結果、多数の不審な連中が俺達のいる場所に近づいてきていることがわかったのだ。


 討伐隊は、街道から外れたところに円陣を作るように天幕を設置している。それに対して、不審な連中は北側を中心に東西へ薄く広がって近づいてきている。まるであれ、鶴翼の陣みたいにこちらの円陣を包み込むようにだ。


 そういえば、前世でもこんなことがあったよな。あれは中央山脈で魔物を討伐したときだったか。あまりに早く敵の動きを察知すると、そんなことができた理由が説明できなくなるからって困っていた。結局、直後の乱戦で誤魔化すことはできたが。


 普通は捜索サーチの魔法で調べられる範囲は、遠くても五百アーテムが限界だ。平均は百アーテムか二百アーテムくらいだったはず。ならば今回も、それに合わせて周囲に知らせるべきか。


 不審な連中との距離が二オリクを切った。数はかなり多い。百以上いるんじゃないか? どういう連中なんだろう。


 とりあえず仲間だけでも起こしておこう。俺達の天幕があるのはほぼ真北の位置だ。敵の襲撃のど真ん中になりそうだから、早めに行動させるべきだな。


 俺は天幕に首を突っ込んで眠っている五人に声をかけた。


 「みんな、起きろ。敵が近づいてきているぞ」


 真っ先に起きたのはアリーとカイルだ。続いてクレア、スカリーの順である。小さな妖精さんはまだ寝ているね。


 「師匠、敵とは何者ですか?」

 「わからん。とりあえず捜索サーチに百近い不審な連中が引っかかったんだ。距離は二オリクを切っている。北側を中心にこの円陣を覆うように、この討伐隊へ近づいている」

 「他の連中にはゆうたんでっか?」

 「まだ言っていない。もう少し待ってから知らせる」


 戦う準備をしながら、アリーとカイルが質問を投げつけてくる。みんな俺の事情を知っているから、しばらく敵襲を黙っていることに対して何も言わない。


 「とりあえず、うちらだけでも起こしとこってゆうことかいな。それが正しいんやろな」

 「ジルも起こさないと」


 杖を抱えてじっとしているスカリーの隣で、用意のできたクレアが優しくジルを起こす。


 「ジル、もうすぐ敵襲があるから起きて」

 「え~、なによもう~。あたしまだ眠いの~」


 まだ半分夢の中らしいジルからは、危機感の欠片もない返事が返ってきた。完全に目が覚めるまでもう少しかかりそうだ。


 捜索サーチの魔法を再度かけてみると、距離はそろそろ一オリクくらいだ。


 用意のできた四人は天幕から出て暗闇を見つめる。しかし、さすがに何も見えないらしく、首をかしげただけだった。


 「ユージ先生、襲ってくる連中との距離はどのくらいなんでっか?」

 「一オリク切ったところだ。慎重に進んでいるらしく、歩みは遅いな」

 「うちで二百五十アーテムやさかい、まだわからんな。こうゆうときはもどかしいなぁ」


 俺を除くと、最も捜索サーチの範囲が広いスカリーでも二百五十アーテムしかない。本来ならこれでも優秀なんだが、来るのがわかっているのに感知できないというのは精神的につらいだろう。


 「敵の正体がわからないというのも不安ですね。盗賊なのでしょうか?」

 「だと思うんだけど、こんな百人もまとまって動けるものなのかな」


 俺が気にしているところはそこだ。盗賊だって夜襲をかけることくらいはするが、それがこんなに大人数だとすると普通はできない。それだけの人数を統率する指揮官がいないからだ。


 「みんな、必要な魔法は自分でかけておいてくれ」


 俺の言葉で思い出した四人は、祝福ブレッシング魔力付与エンチャント魔法操作マジカルコントロールと必要な魔法を次々と武具や体にかけてゆく。


 再び敵との距離を測ると、五百アーテムになろうとしている。もうそろそろいいか。どうせ暗闇で正確な距離なんて誰もわからないだろうし。


 「不審な奴が近づいてきているぞ! 距離五百アーテム! みんな起きろ!」


 これ以上待つのは危険と判断した俺は、声を上げて周囲に注意を促す。すると、反応の早い冒険者はすぐさま迎撃準備を整えた。


 「おい、どこにいやがるんだ?! 見えねぇぞ!」

 「北を中心に半円を描いている! 死にたくなけりゃ構えて待て!」


 どこにも敵影が見えないことにいらだちを覚えた冒険者がどなってくるが、今は寝ている連中を起こすことが先だ。


 反応の鈍い連中ものそのそと起きてくる。冒険者の天幕近辺を中心に騒がしくなると、続いて領主軍もつられてざわついてきた。


 周囲に光明ライトの魔法である光の球がぽつぽつと浮かび上がってきた。これは遠くからでも見える。もちろん討伐隊に近寄ってきている連中にもだ。そして奇襲が失敗したことを悟るはず。


 真夜中に次々と冒険者や正規兵が起きてきて騒然とする中、俺は短期間に捜索サーチの魔法を連続してかける。すると、今までと違って進行速度が速くなった。やっぱり、強襲に切り替えたんだ。


 「来るぞ! 距離二百を切った!」

 「感知できた! なんだこの数は?!」


 俺の言葉は周囲にまず聞こえ、魔法使いなどが捜索サーチの魔法で索敵を始めた。すると、探索範囲の広い者は早速襲撃者を補足する。


 「我が下に集いし魔力マナよ、火をもって我が盾となれ、火壁ファイアウォール


 向かってくる相手の直前に、薄く広く範囲指定した火壁ファイアウォールを展開させる。結果、長さ八十アーテムの炎の壁が出現した。


 目の前にそんなものが出てきたことを一瞬知覚できなかった襲撃者は、多数が自ら火壁ファイアウォールへと突っ込むことになってしまう。


 「ひぃ?!」

 「うわ、あ、あつづ!」


 突然のことで何人もの襲撃者達が焼かれるが、厚みは大してないのでそのまま突っ切って反対側から出てくる。服に火が燃え移っている者は、転げ回って必死に消火しようとしていた。


 「おい、なんだあの炎の壁は?!」

 「いやそれよりも、あいつらなんだよ?!」


 炎の壁に驚いている冒険者がいれば、それを突っ切って転げ回っている連中を見て慌てている奴もいる。あの火壁ファイアウォールの役目は、文字通り襲撃者を炙り出すために放ったので目的は達した。


 この時点で半信半疑だった冒険者や領主軍将兵も、襲撃が本物であることに気がついた。慌てて迎撃態勢に移る。


 最早自分たちの位置すらばれていると悟った襲撃者達は、もう遠慮することなく喊声を上げてこちらへと突っ込んでくる。


 俺が出現させた火壁ファイアウォールは、あちこちに水の魔法をかけられて虫食いだらけになった。そして、その鎮火した部分から襲撃者が突っ込んでくる。


 最初は魔法使いによる襲撃者への魔法攻撃から始まった。次々と火、水、風、土の各属性魔法が飛来してゆく。


 しかし、襲撃者も木偶の坊ではない。当たれば下手をすると死ぬ攻撃は必死になって避ける。


 「我が下に集いし魔力マナよ、火となり我が元へ集え、火球ファイアボール

 「我が下に集いし魔力マナよ、氷となり敵を穿うがて、ヘイル

 「我が下に集いし魔力マナよ、刃の嵐となり我が元で舞え、嵐刃ストームカッター

 「我が下に集いし魔力マナよ、大地より出でて貫く牙となれ、土槍アーススピア


 スカリー、クレア、アリー、カイルの四人は、次々と視界に入る襲撃者に対して攻撃魔法を打ち込んでゆく。中にはそれを避けようとする者もいるが、魔法操作マジカルコントロールによる軌道修正により避けられない。


 俺たちの魔法は次々と当たってゆくが、他の魔法使いの放つ魔法はそう簡単に命中しない。遠ければ尚更だ。派手に魔法が飛んでいるのに比べて、その成果は今ひとつである。


 「よっしゃ、出るぞぉ!」


 そして、距離を詰められたところで戦士達が前に出る。ここからは近接戦闘主体だ。


 さすがに普段から戦うことを生業としているだけあって、冒険者達の動きは慣れたものだ。襲撃者よりも明らかに強い。しかし、討伐隊の北側にいる冒険者は四十人だ。百人ほどいる襲撃者との数の違いから不利となる。


 襲撃者は数の多さを活かして、冒険者パーティの正面から前衛を担当する者と側面から後衛を襲う者に分かれていた。


 「くそっ、こいつ!」

 「がっ!? いっづ!!」


 戦士相手にはかなわない襲撃者も、さすがに魔法使いや僧侶相手だと戦えるらしい。近接戦闘を仕掛けられた魔法使いを中心に次々と討ち取られてゆく。


 「くそっ、こういうとき守る側はつらいよな!」

 「まったくですわ! はよ応援がこうへんかな!」


 既に剣を抜いて戦っている俺とカイルが愚痴る。スカリーを中心に、俺、アリー、カイル、クレアがその四方を守る陣形だ。近接戦闘ではクレアのところが一番手薄になってしまうが、そこは手近にいる奴が手助けするしかない。


 俺は正面から襲いかかってきた奴と剣で切り結ぶ。とりあえずは第一撃を受け止めてそこから反撃を、と思っていたら、切り結んだときに相手の剣が折れた。いや、正確には俺の剣が切ったのか。さすが真銀製長剣ミスリルロングソード、安物なんて目じゃないな!


 自分の折れた剣を呆然と見ていた相手を切り伏せると、俺はカイルが戦っている相手を横から切りつける。こんな乱戦で自分の獲物なんて言っていられない。とにかく目の前の危機を取り除かないとな。


 「きりがないわね! いい加減しんどいわ!」


 元々直接戦闘は専門ではないクレアは、剣で攻め立てられるとつらそうだ。さすがに魔力を付与しているとはいえ、鎚矛メイス一本ではきついよな。


 「領主軍は動いとらんのか?! すぐにこっちへ来れるやろ!」

 「いや、動いているみたいだ。ただ、誰と戦うべきか迷っているみたいだが」


 乱戦になっているせいで周囲の状況はよくわからなくなっているが、アリーが言うには正規兵も一応動いているらしい。愚痴ったスカリーもすぐにそれに気づいたようだが、どうにも動きが鈍い。


 最初に思ったのは兵の出し渋りだが、あまりにも冒険者の数が減りすぎると盗賊の討伐に支障が出る。だからアリーの言うとおり、誰と戦えばいいのか困っているのだろう。


 しかしそれならばなぜ迷っているのかということなのだが、襲撃者の姿を見てすぐにわかった。冒険者と服装が似ているんだ。しかも、この夜襲のために服を用意したというよりも、普段からこんな感じなんだろう。冒険者崩れが混じっていたら、区別なんて全くつかないだろうしな。


 冒険者と服装の似た奴に夜襲をされて、さんざん引っかき回されているわけだが、これ、もし盗賊なら次はどう動くんだろう。


 「そんなのは敵の指揮官に聞かないとわからないか」


 いくらか残っている火壁ファイアウォールの残骸は、俺たちの戦っている場所から約百アーテムほど北側にある。そこまでの間にはほぼ誰もいない。捜索サーチの魔法で確認しても同じだ。いや、火壁ファイアウォールの残骸の奥に何人か残っている。たぶん襲撃者側の指揮官なんだろう。


 「みんな、火壁ファイアウォールの奥に指揮官らしき奴がいる。仕留めに行くぞ!」

 「はい、お供します!」

 「そんなんおるんでっか! ええですやん、行きましょ!」

 「え? 今からですか?!」

 「うちの安眠妨げた奴がそこにおるんか! 一発張り倒さんと気が済まへんで!」


 俺のかけ声に対して、みんなそれぞれ反応を返してくる。動揺している者もいるようだが、反対はしていないので無視しよう。


 ここから火壁ファイアウォールの奥にいる相手のところへ向かうとなると、どうしても見つかってしまうだろう。さすがにまっすぐ自分に向かってくる奴を見落とすとは思えない。


 しかし、今回はそれでもいい。倒せるなら一番だが、それが無理でも安全な場所でのんびりと見物させてやるのは癪に障る。


 クレアが相手をしていた襲撃者をアリーが切り伏せると、とりあえず俺たちに襲いかかってくる奴はいなくなった。これを機に、俺達は一斉に火壁ファイアウォールの残骸まで走り出す。


 さて、まずはどんな奴が見物としゃれ込んでいるのか見てやろうじゃないか!

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