盗賊討伐隊
盗賊の討伐隊への参加申し込みをした一週間後、ラレニムの街の北門外へと向かった。すると、街から少し離れたところに兵隊の集団が待機していた。
「そう言えば、早朝に兵士が領主の館から街の外へ行進していたって、誰かが言っていたわよね」
「へぇ、結構な人数が集まっとるやん。本気で盗賊を一掃するってゆう話は、どうもほんまみたいやなぁ」
討伐隊には参加しないクレアとスカリーが、馬を引きながら暢気に感想を漏らしている。この二人はこれから一緒に同行して、途中で俺達と別れてシャロンの屋敷まで帰るのだ。
これから盗賊を討伐しに行く戦闘集団に、そんな暢気な奴がくっついて行動してもいいのかと思うかもしれないが、実はこれは珍しくないことだったりする。特に治安が悪い地域では、盗賊よけのこれ以上ないお守りになってくれるので、旅人の中には軍隊と一緒に行動する者もいる。ただし、戦闘に巻き込まれても自己責任だ。
ということで、討伐隊と一緒に街道を進むのは、スカリーとクレアだけではない。多数の部外者が討伐隊の周囲にいた。
討伐隊の待機するところに着くと、冒険者である俺達は指示されたところに向かう。そこには、今回討伐隊に参加する冒険者達が集められていた。
「次はお前達か。女ばっかりで大丈夫なの、か?」
参加者確認をしている兵士が俺達六人に一通り視線を巡らせ終わると、ジルの姿を見て凍り付く。大森林以外ではまずお目にかかれない妖精がふわふわ飛んでいるんだから、ある意味当然ともいえる。
「なによ、早く参加者の確認をしなさいよ」
「しゃ、しゃべれるのか」
言葉が通じることに二度目の衝撃を受けたらしい兵士は、とりあえず責務を果たすべく、俺から証明書の書類を受け取ると参加人数の確認をした。
「お前がユージで、右隣がカイル、反対側がアリー、それでジルは……その飛んでいる妖精か。後の二人はなんだ?」
「途中までの同行者です。今回の討伐隊には参加しません」
ひとりずつ確認をした兵士は、問題ないことがわかると、その辺りで待機するように伝えてくる。その視線は最後までジルに釘付けだった。
「さすがにジルは目立つな」
「アリー、当然よ! あたしはこんなにかわいいんだから、つい見たくなっちゃうのに決まっているわ!」
「えー、珍獣だからじゃないのか?」
「誰が珍獣よ! 失礼ね、ユージは!」
俺の言葉にジルは怒るが、実際は俺の意見の方が正しい自信はある。何しろジルがやってきて以来、ずっと注目されっぱなしで、漏れ聞く会話の内容にかわいいという言葉があったためしがない。おとぎ話で見聞きした妖精じゃないかという会話はたくさんあったけど。
「しゅーごー!」
俺達がジルにまつわる話をしていると、奥で誰かが呼びかけてくる声がした。お、いよいよか。
その声を聞きつけた他の冒険者も、のそのそとそちらへと向かってゆく。少し先には、身なりから平民ではない者が台の上に乗ってこちらを見ている。
「冒険者諸君、よくこの盗賊討伐隊に参加してくれた! 私は──」
という挨拶から始まって、しばらく訓示が続く。そんなことはどうでもいいので、他の冒険者共々話を聞き流していた。全校集会での校長と生徒みたいなものだな。
訓示が終わると、いよいよ今回の討伐隊における話へと移る。その話を要約すると次のようなものだった。
今回の盗賊を討伐する遠征は、呪いの山脈の南部に根城を構える盗賊を討ち取ることにある。盗賊の集団は複数あり、可能な限りこれを殲滅する。現在こちらが把握している盗賊の集団は十五あるが、他にも新たに発見した場合はそれも討ち取る。
盗賊の集団は最大のものでも三十人を超えることはない。よって、こちらは常に相手よりも多数をそろえた上で、複数の集団を同時に攻撃する。これにより、効率よく盗賊を排除していく。基本的に部隊は、指揮官の騎士、領主軍の兵士、冒険者達で編成される。
今回の遠征では、盗賊の持ち物の収奪は自由である。ただし、戦闘終了後に本部で収奪したものを全て開示すること。収奪した中に、個人が持つには危険な物、貴族の重要な一品、今後の統治に有用な物は、適正な金額で本部が買い取る。もし、隠し立てしていることが後日判明した場合、厳罰に処される可能性がある。
討伐における日々の生活で必要な物は、毎日日当とともに支給される。支給される物は荷駄隊の担当官に聞くこと。ただし、その際は必ず発行された証明書を持参すること。そこに記述されている人数分だけ支給される。
主な話の内容はこういったものだった。一週間前に領主の館で聞いた話と大体一緒だ。
「それでは最後に、今回の討伐隊を率いられる、ブライアン・コールフィールド隊長からの訓示がある! 冒険者諸君、傾注!」
大半の冒険者は、もう必要なことを聞いたので大した興味を持っていない。俺もこれから話される内容に興味はないが、冒険者ギルドで中年の職員から聞いた評価が正しいかどうか確認するためにも、一応耳を傾けてみる。
台の上にコールフィールド隊長が立つと、胸から上が見える。軍人然として厳つい顔のおっさんだ。見た目だけなら有能そうに思える。
「諸君、儂が今回の遠征隊を率いるブライアン・コールフィールドだ。ラレニム連合の北部を荒らす不逞の輩を討伐するという命を受け、諸君ら冒険者も率いることになった」
おお、声も渋い。態度も堂々としているし、後は話の内容か。
「とは言っても、諸君らに細かい話は不要だろう。今回の敵は盗賊、討たれて当然の相手だ。そして相手の持ち物は原則として諸君らの物。これだけを知っていればいい。後は我々の指示に従い、奮戦するだけだ。それが、我らがラレニム連合のためになる」
小難しい話をするのかと思いきや、予想に反して随分とあっさりとした話だ。俺の周囲の冒険者も予想外だったのか、みんなの顔つきが少し変わった。
「訓示は以上だ。諸君らの戦いぶりに期待する」
そう言い終わると、コールフィールド隊長は台から降りて本隊へと帰っていった。
それを合図に、冒険者達も出発の準備のために動き始める。俺達は馬の番をしているスカリーとクレアのところへと戻った。
「えらいあっさり終わったなぁ。もっと長話すると思っていたのに」
「私達にとっては都合がいいがな。中身のない話を延々とされても疲れるだけだ」
実際にコールフィールド隊長の話を聞いていたカイルとアリーの評価は悪くない。自分達に必要なことだけを手短に話してくれたところが良かったようだ。
「ねぇねぇ、ユージ。あの厳つい人はどうなの?」
「少なくとも無能じゃないんだと思う。俺達冒険者に正義や大義名分を語ったところで共感なんてしないし、それがわかっているから、冒険者の興味があることだけをしゃべっていたからな」
冒険者にとっては、混乱は飯の種になることも珍しくないので、目の前の利益をぶら下げた方が動かしやすい。あの隊長はそれがわかっているからこそ、あの訓示をしたんだろう。これは、冒険者ギルドの中年の職員の評価は正しい可能性が高い。
「そうなると、後はあんたらの扱いだけやな。聞いた話やと、部下を良くも悪くも駒として扱うんやろ?」
「それに、騎士や正規兵よりも冒険者の扱いは悪いのよね。どんなふうに扱われるのかしら?」
スカリーとクレアは、今後の俺達がどうなるのかということを少し心配しているようだ。俺としても面白くないことは予想できるが、それがどの程度なのかということだよな。
「ユージ達の扱いってそんなに酷くなりそうなの?」
「いや、別に奴隷みたいな扱いになるわけじゃないぞ。ただ、あっちにいる騎士や正規兵よりも待遇が悪いだけだよ」
「え~、悪者をやっつける同じ仲間なのに?」
俺の回答にジルは不満げだ。残念ながら立場が違うからな。大森林だと身分なんてないだろうから、人間世界の階級や地位というのはわかりにくいと思う。
「出発するぞ-! 全員ついて来い!」
俺達冒険者のおもり役である兵士達が叫んで回る。北の方を見れば、本隊が既に動き始めていた。それに気づいた冒険者から順次本隊の後を追って歩いて行く。
「よし、それじゃ俺達も出発するか」
俺の言葉に全員が元気に返事をしてくれる。そして、他の冒険者と同様に本隊の後を歩き始めた。
今回の討伐隊は騎士二十名とその従者百名、領主軍の正規兵二百名、補給隊百二十名、そして冒険者三十組百六十名の合計六百名からなる。このうち、従者と補給隊の面々は戦えないので、実質的な戦力は三百八十名だ。これでも盗賊の討伐隊としてはかなり規模が大きい。
そんな珍しく大規模な討伐隊は、ラレニムを出発して北上してゆく。ある程度整備された街道を使っているものの、六百人もの集団が進となるとその移動速度は遅い。
ラレニムからまっすぐ北に延びている街道は、約三百オリク進んだところで北西へと曲がる。この距離は、馬を使えば六日間、徒歩なら十二日間で踏破できるが、今回の討伐隊は二十日間かかった。
ただし、これは行軍速度として別段遅いわけではない。騎士と正規兵だけならともかく、補給隊と冒険者の集団も一緒なのだからこんなものだ。
「ねぇ、ユージ。もっと早く進めないの?」
「補給隊は荷物が多いからどうしても遅くなるし、冒険者の集団はこういった大きな集団行動が苦手な奴が多いからな」
冒険者というのは、基本的に仲間内ではある程度配慮することはあっても、そうでなければマイペースなことが多い。だから、いくら急げと兵士が声を上げたところで、無視する奴が続出するのだ。
だから、実際に盗賊を討伐するときに、部隊を少数の指揮官の騎士、領主軍の兵士、冒険者達で編成するのは正しいと思う。一部隊当たりに冒険者パーティを三組か四組くらい組み込むならば、三十組を一斉に統制するよりはるかに楽だからだ。
俺はそういったことをジルに説明してやる。
「ふ~ん、自分勝手な人が多いのね、冒険者って」
「お前達妖精にだけは言われたくないぞ」
気ままに動くといったら妖精は冒険者を上回るだろう。そもそも集団行動ができないじゃないか。
ということで二十日目の夕方、予定通り街道が北西に曲がるところまでたどり着いた。俺達は冒険者は、補給隊から使い込まれた四人用の天幕を受け取って組み立てる。
そうそう、この天幕を設置する場所だが、実を言うとパーティ毎にどこへ設置するのかが決められていたりする。結論から言うと、冒険者は領主軍の周囲に天幕を設置するように命じられているのだ。
一番中央に騎士と従者、それに補給隊、その周囲に正規兵、更にその周囲に冒険者ということである。わざわざ聞かなくても、明らかに俺達を盾にしようとしているよな。
もちろん俺達を含めて冒険者はみんな面白くない。ただ、指揮官と無力な補給隊を正規兵で守り、その周囲を雑兵である冒険者で固めるというのは、別に間違ったことじゃない。近しい者から優先して守るということは俺達もやっている。だから、不満はあっても抗議する者はいなかった。
「いよいよ今日でお別れね」
「ここまで来るのにやたらと時間がかかったけど、一緒なんが今日までやと思うとちょっと名残惜しいわ」
組み立てた天幕の前で熾した火をみんなで囲み夕飯を食べている。一息ついたところでクレアとスカリーがそう漏らす。
「シャロンの屋敷に戻ったら、また研究の手伝いをするのだろう」
「せやな。今からやと新年になるかどうかくらいやから、家で一息ついてからやけどな」
「わたしはレサシガムで奉仕活動をそろそろしないといけないわね。新年からするとなると春頃までは」
アリー、スカリー、クレアの三人がこの後の予定について話をしている。ちょうど俺達が盗賊を討伐している真っ最中の話だな。
「だんだんと寒なってきたなぁ」
「そうよね~。これって冬だからよね。大森林は年中暖かいから、こ~ゆ~寒いのはつらい~」
一方、カイルとジルは十二月の気候に愚痴を漏らしていた。特にジルは寒さに慣れていないので小さな火の精霊を召喚して、自分の周囲にいくつも侍らせている。どうもそれで暖をとっているらしい。
ちなみに、ラレニム北部の十二月だが、他の地域と比べるとまだまだ暖かい。魔界はもちろんのこと、ノースフォートと比べたら春といってもいいくらいである。だから、アリーとクレアは全く平気だ。俺、カイル、スカリーは肌寒いと感じるくらいである。
「呪いの山脈の中は、更に寒いんだろうな。防寒対策はしてきているからいけるとは思うが」
さすがに大北方山脈ほどではないだろうから、あそこまでの重装備は用意していないけどな。
「あたしはこの精霊達がいるから平気よ」
「風が吹いたら冷えるんとちゃうんか? いくら周りで暖めてるってゆうても、隙間だらけやんか」
「あたしを中心に薄い膜を張っているから寒くないのよ」
なるほど、そういうことか。どうりで服装が大森林のときのままだ。
「師匠、今晩はスカリーとクレアがいますが、明日からの不寝番はどうしましょうか?」
俺とカイルがジルと話をしていると、横合いからアリーが話しかけてくる。そうか、それも考えないといけなかったな。
今回参加している討伐隊だが、騎士や正規兵などの領主軍は、組織の強みを活かして最小限の不寝番で夜を過ごしている。しかし、その周囲に点在している俺達冒険者は、基本的にパーティ単位で行動しているため、不寝番を立てるのもいつも通りだ。三十組百六十人いる強みは全く活かせていない。
ただし、領主軍としては格好の不寝番となっているので、殊更俺達に何も言ってこない。これに気づいている奴も多いが、他のパーティなんて基本的に信じられない冒険者としては、どうしようもなかった。
「四人のときの不寝番は明日考えよう。今日は今まで通りにする。不寝番は日没後からだ」
俺の言葉に全員が頷く。西の地平線を見ると、太陽が沈み始めていた。こうなると暗くなるのは速い。
食べ終わった者から後片付けをして、俺達は終わった者から順番に天幕の中へと入っていった。