妖精さんとの合流
十一月に入ってからラレニムに戻ってきた。呪いの山脈の一部を調べてわかったことがあるので、これからまとめないといけない。討伐隊に参加したときに、できるだけフールのいそうなところに向かうためにもだ。
その盗賊討伐隊の参加募集の張り紙は、俺達が帰ってきた頃には冒険者ギルドに張り出されていた。募集の締め切りは今月の十五日と書いてある。ぎりぎりだな。
街へと戻ってきてまず最初にしたことは、冒険者ギルドへと出向くということだ。建物の中に入ると、俺は真っ先にあの中年の職員へと会う。
「お、久しぶりに見たな。どうした?」
「ちょっと外に出ていたんだ。あの盗賊を討伐するっていう募集について、聞きたいことがあるんだけど」
そう言って銅貨一枚を受付カウンター上に滑らせる。
「参加者は順調に集まっているぞ。今回は略奪ありだからみんな張り切っている。何しろ最近連合の北を荒らし回っているからな。結構溜め込んでいると思っているんだろう」
「どのくらい応募しているんだ?」
「現時点で二十組百人と言ったところだよ。この調子だと最終的には三十組近くまでいくんじゃないかな」
その数を聞いて俺は内心驚いた。思った以上に多い。領主が動くから貴族軍も出てくるだろうし、これは結構な規模の討伐隊になるんじゃないのか。
俺は再び銅貨一枚をカウンター上に滑らせる。
「指揮官はどんな奴なんだ?」
「ブライアン・コールフィールドという騎士だ。戦上手で知られている。このおっさんが出てきたということは、ラレニムの領主も本気で盗賊を潰しにかかるってことだよ」
盗賊の策に乗せられて右往左往する可能性は低いということか。実際にその指揮ぶりを見たことはないので何とも言えないが。
「冒険者はどんなふうに扱うかわかるか?」
「良くも悪くも駒として扱う。無駄に使い潰されることはないが、騎士や正規兵よりも扱いは低いぞ」
いざとなったら盾扱いされることもあり得るのか。その辺は平均的な貴族や騎士と同じなんだな。
話を聞いてから、また銅貨一枚をカウンター上に滑らせる。
「討伐隊の募集元は、どのくらい盗賊について調べているんだ?」
「呪いの山脈の南部に、十以上の盗賊の根城があることを突き止めているらしい。ただ、こちらもはっきりと聞いたわけじゃないそうだから、正確なところはわからない」
俺達が麓を調べただけでも二十くらいはあったから、たぶん全部は見つけられていないと思う。ただ、もしかしたら山脈の奥にある根城について知っているかもしれないな。気になる。
少し考えた後、更に銅貨一枚をカウンター上に滑らせる。
「今回の討伐対象の盗賊で、何か変わったことは言ってたか?」
「いや、それは何も。よほどのことがない限りは話さないだろう」
まぁそうだよな。場合によっちゃ使い捨てにするかもしれない連中に、余計なことを教えたいとは思わないだろうし。
「ただし、盗賊について気になる噂がある。少し前に、とある盗賊の頭領の頭がやたらと切れるようになったらしい。そのせいで、返り討ちに遭う貴族の私兵が増えているそうだ。もしそんな奴と出会ったら逃げるんだぞ」
「特徴は?」
「そこまではわからん。あくまでも噂だからな」
「なんだそれ。忠告は嬉しいが、それじゃ対処できないじゃないか」
俺の言葉を聞いた中年の職員は苦笑した。さすがにそれは自覚しているのだろう。
さて、とりあえず聞きたいことは聞けたかな。それじゃ最後にひとつ。
「今回の討伐隊は盗賊を一掃できると思うか?」
「できるだろうね。これで無理なら連合はおしまいだ」
なるほど、順当にいけば討伐隊の方が上なのか。ということは、やっぱり討伐隊に参加してフールを探した方がいいだろう。
「わかった、ありがとう。募集は期限ぎりぎりにするよ。その頃に仲間が来るはずなんでね、一緒に応募するつもりなんだ」
「そうか。募集期日を間違うなよ。まぁ、一日くらいならねじ込んでやれるが」
そう言うと中年の職員はにかっと笑う。どれぐらいの費用がかかるんだろうね。
俺はひとつ頷くと、受付カウンターを離れた。アリーとカイルにも教えないとな。
あれから十日近くが過ぎた。もう十一月も半ばだ。ラレニムの地方だとこの時期でもまだ暖かいので、冬着は必要ない。
俺はアリーとカイルの二人を伴って、ラレニムの正門の内側で立っていた。
「師匠、いよいよですね。いつ頃やって来るでしょうか」
「予定では夕方と言っていたから、そろそろなんじゃないのかなぁ」
俺は少しずつ朱く染まりつつある空を見つめながら、アリーの質問に言葉を返した。
今俺達が待っているのは、ジルと案内役のスカリーとクレアだ。ほぼ一ヵ月をかけてこのラレニムに着くはずなのである。
五日前に一度水晶で連絡して到着日を確認し、更に昨日の夜にも再確認しているので、もうそろそろ姿が見えるころだ。
「けど、あの三人やと、入場検査に時間がかかるかもしれんなぁ」
「なぜだ?」
「いやだって、ジルがいるんやで? あんな滅多に見ることなんてない妖精が来たら、どうなると思う?」
カイルとアリーのやり取りを聞いていた俺は、その可能性が大であることに納得して顔をしかめた。
「検査が長引くだけならいいんだろうけど、どっかに連行されるなんてことにはならないよな?」
だんだんと不安になってきた。今まで深く考えていなかったけど、どうなるんだろう。
「師匠、大丈夫なのではないですか? 今までの道中も無事なのですから」
「そう言えばそうだな。エディセカルに入って出ることができたんだから、ここも大丈夫だよな」
やっぱり妖精は珍しいので、行く先々で周囲の注目を浴びていたらしい。特にエディセカルでは、危うく代官を勤める王族に面会させられそうになったそうだ。結局慌てて逃げてきたそうだけど、似たようなことはこちらでも起きかねない。
尚も待っていると、入ってくる人の数が増えてくる。大半が住民だ。たまに商人や冒険者が混じっている。
「あれ? あれちゃいますのん?」
最初に気づいたのはカイルだった。
スカリーは、一般的な旅装と外套を基本としており、旅装の上から丈夫な布を重ねて要所を保護している。また右手には、冒険者の魔法使いがよく手にしている一.五アーテムの杖を手にしているので、一見すると旅人に見えなくもない。
一方、クレアは、旅装の上から要所に的を絞って保護する簡易な革の鎧を身につけている。そして、腰には六十イトゥネックの鎚矛を釣り下げ、肩から外套をかけていた。こちらは典型的な旅の僧侶だ。
ああ、二人の冒険者姿を見るのは久しぶりだな。
「あ、カイル! アリー! ユージ先生もおるやん!」
「久しぶり、みんな!」
向こうもこちらに気づいたようで、手を振りながら笑顔で近づいてきた。もう片方の手で馬の手綱を引っ張っている。
「スカリーもクレアも久しぶりだな。二人とも予定通りに着いて何よりだ」
「いや、ほんまやな! 無事でよかったやん!」
アリーとカイルもやってきた二人を笑顔で迎え入れる。そして、四人で再会を喜びあった。
俺ももちろんスカリーとクレアの二人と会えて嬉しいが、何かが足りないと思えてもうひとつ四人の輪に入りきれない。なんだったっけ?
「そう言えばジルは?」
思い出した。あいつをここに送り届けてくれるためにこの二人は来たんだ。その肝心の妖精がどこにもいない。
「ありゃ? そうゆうたら、どこにもおらんな?」
「いや、ちゃんとおるで。クレアの後ろに」
「「「後ろ?」」」
俺、アリー、カイルの三人は、スカリーの言葉に首をかしげた。視線をクレアに向けてみるが、ジルはどこにもいない。代わりに、ひとりの小さな女の子がクレアにしがみついていた。ジルをそのまま大きくしたような感じの女の子だ。ただ、羽はない。
「クレア、その女の子は誰なのだ? 初めて見るが」
「あ、この子がジルよ」
「「「は?」」」
アリーの質問に、クレアは衝撃的な回答を寄越す。俺、アリー、カイルの三人はその場で固まった。
「う~ん、やっぱり人間の体は慣れないわよね~。動かしづらい」
「お前、ジルなのか?」
「え? うん、そうだよ。ちょっとこの体に慣れてなくて、挨拶どころじゃないのよね。早く宿屋の部屋ってところに案内してよ。そこなら元に戻ってもいいんでしょ?」
俺の質問に答えた女の子の声は、ジルのものによく似ていた。
簡単な説明を受けると、単に物珍しいということで注目されるだけでなく、誘拐されそうになったこともあったらしい。そこで途中からは人間に化けてやり過ごすことにしたそうだ。
「ほら、女二人だけの旅をしてるだけでも、面倒なことになることがあるやろ? それに加えてちっちゃい妖精なんて連れてたら、アホな奴も湧いてくるやん」
「さすがにジルも面倒になったらしくて、この女の子の姿になってくれたのよ」
「ライナス達と回ったときは、あんなことはなかったんだけどな~」
スカリー、クレア、ジルの三人は、あちらの事情を色々と説明してくれた。どうやらかなり面倒なことになっていたようだな。
「そうか、それは大変だったな。ならさっさと宿に行こうか」
「うん!」
ジルが一番嬉しそうに俺の言葉に頷いた。早く元の姿に戻りたいのだろう。
俺達は人に化けたジルを囲むようにして、部屋を借りている宿屋へと向かった。
「ん~、やっぱりこの体が一番よね~!」
先に泊まっていた俺とカイルの部屋に他の四人が入ると、ジルは真っ先に元の姿に戻った。よほど慣れなかったのか、妖精の姿のジルは部屋の中をぶんぶんと飛び回る。文字通り羽を伸ばしていた。
「ここなら色々と話ができるわね。道中の話なんかもたくさんあるんだけど」
「まずは仕事の話からやな」
尚も飛び回っているジルをよそに、クレアとスカリーが俺達三人に向き直る。積もる話は後回しか。
「最初はこれね。はい、転移の魔法が使える腕輪よ」
「使えるのは一度きりってゆうんは知ってるやんな。使い方は魔方陣とおんなじやで」
クレアが背負い袋から取り出して俺達に配っている横で、スカリーが使い方を説明してくれる。
「転移できるんはええけど、どこに転移するんや?」
「うちらが普段使ってる魔方陣や。どの魔方陣かは使うときに決めたらええわ」
「呪文を唱え終わって発動するまでの間は、魔方陣と同じなのか?」
「そうやで。せやから、敵の攻撃を躱すのに使うってゆうんはさすがに無理や」
カイルとアリーは気になることをスカリーに質問してゆく。その質疑応答を聞いていると、本当に魔方陣を腕輪にしたものらしいな。
「クレア、これで二人の役目は終わったけど、帰るときはどうするんだ?」
「そうですね。しばらく滞在してから戻ることになります。ラレニムは初めてなので、街の中を見て回ろうかな」
なるほど、観光か。何もすることがないのなら、それもいいだろう。時間があったら案内してもいいな。
「それで、ジルはこれからあの女の子の姿で普段は行動するのか?」
「へ、あたし?」
動き回ってだいぶ落ち着いてきたのか、俺達の会話に耳を傾けていたジルに問いかけた。
無用な厄介事を避けるためにジルは人間の女の子に化けていたというが、これから討伐隊に加わって戦うのにあの姿はまずい。とても戦えるようには見えないからだ。別の姿にも化けられるのならばいいが、その辺はどうなっているんだろう。
「もうここに着いたんだから、このままでいいでしょ?」
「え? でもそれじゃ、こっちでも面倒なことが起きるだろう?」
「ユージが何とかしてくれるじゃない。それに、戦うならこの姿でないと困るもん」
うーん、注目を浴びるだけならまだしも、誘拐の魔の手を常に気にしないといけないというのは面倒だなぁ。でも、あのちっこい姿でないと戦えないというなら、無理強いはできそうにないし。
「ユージ先生、別にそのまんまでもええんとちゃいますか? たぶん、俺と先生がおったら、そんなに変な気を起こす奴は寄ってこうへんと思いますけど」
「そんなものなのか?」
「道中でやたらとちょっかい出されたんって、絶対スカリーとクレアの二人が女やからですわ。せやから、俺らがおったら、そう変なことはないでっせ」
その話が本当なのかどうか俺にはわからない。が、あんまりにもカイルが自信満々に話す上に、スカリーとクレアも頷いているところをみると、どうも事実らしい。
「師匠、当面は本来の姿のままで過ごしてもらって、何かあったら人に化けてもらえばいいのではないですか?」
「まぁ、みんながそう言うんなら」
「わーい! もう変身しなくてもいいんだ! やっぱり本当の姿が一番よね!」
一抹の不安を覚えるが、妖精の姿のままで過ごせるのなら、俺としてもそうさせてやりたい。多少の厄介事は諦めるしかないだろう。
嬉しくて俺達の頭上をぐるぐると回るジルを見ながら、何事もありませんようにと祈るしかなかった。