表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
10章 呪いの山脈
160/184

妖精さんをどうやって連れてゆくのか?

 ラレニムの街でフールの足跡を確認できた俺達だったが、本人の姿を捉えることはできなかった。それでも呪いの山脈に潜伏している可能性がわずかにあることから、今度はそこへ向かうことになる。


 しかし、今までの戦いで戦力に不安を感じた俺は、何とかならないかオフィーリア先生、サラ先生、レティシアさんに相談した。すると、意外なことにジルが俺達のパーティに参加することになった。戦うことに関してレティシアさんのお墨付きがあるとはいえ、どれだけ戦えるのか不安だ。


 そして次に、そのジルとどうやって合流するのかということが問題になった。こちらの各拠点を移動するならば、転移用の魔方陣があるので移動は一瞬で済む。ところが、ラレニムにはその魔方陣がない。


 もちろん最初に魔方陣を一時的に描いてジルに転移してもらい、その後すぐに魔方陣を消すという方法は考えた。しかし困ったことに、肝心の魔方陣を描く道具を持ってきていないのだ。いやだって、まさか必要になるとは思わなかったから。


 今までの俺達ならばここで一旦シャロンの屋敷まで戻って、そしてジルと合流していただろう。だが今回ばかりは、可能ならラレニムの街で合流したかった。


 その理由だが、冒険者ギルドで中年の職員に聞いたあの盗賊の話だ。


 現在のラレニム連合北部は多数の盗賊団に荒らされており、各領地の貴族が個別で対処できる範囲を超えている。そのため、近々ラレニムの領主がその盗賊へ討伐隊を派遣しそうなのだ。詳細はまだわからないが、もし呪いの山脈も討伐範囲に入っているのなら、これに参加してみたい。


 さすがにジルひとりで来させるのも無茶ではあるし、一体どうしたものかと悩む。


 結局この件は、レティシアさんがオフィーリア先生とサラ先生に相談するということで、この日の話し合いは終わった。




 翌日、俺達は冒険者ギルドへと向かう。ラレニム内の失踪事件と死者アンデッド発生事件を解決したので、その報酬を受け取るためだ。


 今のところ急ぐ理由もなかったので、朝の混雑を避けて建物に入る。まだ冒険者は多数いるようだが歩くのに支障はない。


 受付カウンターに並ぶ職員の顔ぶれを見て、俺はあの中年の職員を探した。お、いつものところに座っている。


 「おはよう」

 「ああ、あんたか。おはよう。例の依頼を解決したそうだな」


 ラレニムの冒険者ギルドに初めて来て以来、最もよく接している中年の職員は笑顔で応えてくれる。


 「その依頼の報酬を受け取りに来たんだ。もう受け取れるんだよな?」

 「もちろんだ。ちょっと待っててくれ」


 そう言うと、中年の職員は席を外して奥へと向かった。しばらくすると、小袋を携えて戻ってくる。


 「ほら、これだ。大金だから驚くなよ」


 中年の職員はそう言いながら、小袋の中から金貨一枚と銀貨十枚を取り出して受付カウンターの上に乗せる。これを見た瞬間、カイルの目の色が変わった。


 「ユージ先生、ごっつい大金ですやん!」

 「まぁな。普通の依頼じゃまずお目にかかれない額だ」


 この報酬額については依頼書に書いてあったので最初から知っていた。しかし、いざ現金を目の前にするとその受け取り方はまた変わってくるものだ。


 金額に間違いがないか数えてから、俺はそれを自分の持っている財布へとしまう。よし、これで終わりだ。


 「その横の戦士と違って、あんたとそこの女戦士はこの報酬を見ても驚かないんだな」

 「これでも冒険者を始めて結構経つからな。いろんな報酬額の依頼を受けてきたんだ」


 などと言ってごまかす。本当は、オフィーリア先生やサラ先生からもらっている路銀の額に慣れてしまったからだ。しかも求めればいくらでも出てくるのだから、感覚が麻痺しないように気をつけないといけないくらいである。


 だから、金貨一枚と銀貨十枚を見ても俺は反応を示さなかったのだ。


 ちなみに、アリーが驚かないのはお金にそれほど興味がないからである。そんな生き方ができるのも良いところ出のお嬢様だからではあるが。


 「さて、これでこの事件については終わりなわけだが、あんた達はしばらく休暇でもとるのか?」

 「休暇はこの次の話次第だな。ほら、以前、盗賊の討伐隊について話をしてくれたろう? あれって今どうなっているんだ?」


 前は近いうちに討伐隊への参加募集があると聞いていたが、その依頼は既にあるのか知りたかった。


 「いや、まだだな。けど、上の方じゃ領主から話があったそうだから、募集の開始は数日中ってところかな」


 俺が差し出した銅貨一枚を受け取った中年の職員が、世間話をするように教えてくれる。俺は更にもう一枚銅貨を差し出す。


 「で、討伐隊を派遣するっていうことは、盗賊の根城に目星はついているんだよな」

 「ああ。呪いの山脈の南部だ」


 呪いの山脈は、王国公路に接する北端から始まって、最初は南へと続き、その後東へと向かって曲がっている。縦が短く横が長いL字型をしているわけだ。そして南部とは、その東西に走る山脈の特に南側へと突き出た部分を指す。


 実のところ、呪いの山脈全域に死霊系の魔物と盗賊が分布しているが、盗賊の最も集中しているところがこの南部と呼ばれているところだ。ここを中心に、ラレニム連合の北部は盗賊に荒らされているらしい。


 「とはいっても、昔っから盗賊の根城だからな。今回の討伐が成功しても、十年もすればまた新しい盗賊が根城にしているだろうさ」


 確かにこの呪いの山脈を根城にする盗賊の話は二百年前もあった。一度は襲われたこともある。死霊系の魔物が多いことから、普段誰も近寄らないのが根城になりやすい理由なのだろう。


 「こういう討伐隊の募集期間はどのくらいなんだ?」

 「そんなのは依頼人次第だよ。ただ、領主直々の依頼だからな。規模は大きくなるだろうから、一ヵ月くらいじゃないかなぁ」


 俺からしたら、そんなのんきに構えていると盗賊に逃げられるんじゃないのかと思うが、討伐隊の規模が大きくなるほどにこの募集期間は長くなる。今回の場合は一ヵ月らしい。


 ラレニムからシャロンの屋敷までは馬を使って約一ヵ月である。ということは、この盗賊討伐に参加したければ、俺達が一旦シャロンの屋敷に戻るのは不可能ということになるな。しかし、逆にこちらへとジルを送り届けるのはぎりぎり間に合う。


 こうなると、どうにかして向こうから来てもらうように話をつけないといけないな。


 「ありがとう。しばらくは休暇になりそうだ」

 「へぇ、この話に興味があるようだな。やっぱり参加するのかい?」

 「たぶんね。まだ本決まりじゃないから、実際はどうなるかわからないけど」


 俺は中年の職員に礼を言うと受付カウンターから離れる。


 さて、これからどうやってレティシアさん達に話をしようか。なかなか大変そうだなぁ。




 依頼の報酬をもらった夜、宿屋の食堂で腹を満たした俺達は自室に戻り、まだ今回のことを連絡していなかったスカリー、クレア、シャロンの水晶へとつなげる。


 「まぁ、ユージ教諭ではございませんか。お元気そうで何よりですわ。アリーもカイルも」

 「みんなー、元気かー! うちは元気やでー!」

 「ちょっとスカリーったら、飲み過ぎよ。あ、みんな、こんばんは!」


 最初に移った向こうの風景を見て、三人とも顔が赤いなと思っていたら、スカリーがいきなり上機嫌に挨拶をしてきて驚いた。


 「なんだ、そっちは酒盛りでもしていたのか?」

 「酒盛りぃ? ちゃうで、珍しいお酒の飲み比べをしとったんや!」


 アリーの問いにスカリーが答えたが、三人の様子を見ている限り違いがわからない。一体どれだけの種類の酒を飲み比べたんだ。


 「スカリーがそんなに酔っ払うまで飲むなんて初めて見たな。他の二人はまだ平気そうだけど」

 「ユージ先生、それちゃいまっせ。あん中ではスカリーが一番表情に出やすいだけで、三人とも酒飲みってアリーから聞いたことがありますわ」

 「え、そうなの?」

 「ちなみに、クレア、シャロン、スカリーの順に強いらしいでっせ」


 この世界じゃ十五歳で成人だから、魔法学園でも酒は飲めたが、三人は夏休みにスカリーの家で飲み明かしたことがあったらしい。そのときに各自の酒の強さが初めてわかったそうだ。


 「ふふふ、そちらは毎晩お酒を飲んでいるのではありませんの?」

 「ちょっと前まで仕事をしていたから、そんなべろんべろんに酔うまでなんて飲めなかったよ」


 手元にあったガラス製のグラスを片手に、シャロンが俺に問いかけてきた。仕事のせいで飲めないと返したが、何もないときでも普通はそこまで飲まないけどな。


 「そっちの仕事というのは、フールの捜索ですか?」

 「うん。フール関連の依頼が冒険者ギルドから出ていたから、それを引き受けて解決したんだ」

 「お、ちゅうことは、なんか手掛かりでもあったんかいな?」


 クレアとスカリーからの質問を受けて、俺はラレニムに来てからの経緯を簡単に話した。結局フールは見つからなかったけど、呪いの山脈にいるかもしれないということをだ。


 「特にこれといった手掛かりが得られなかったのは残念ですわね」

 「けど、強敵が出てきたっていうのは厄介よね」


 俺の話を聞いてシャロンとクレアが感想を漏らす。現在とても困っているところだ。


 「そんで、手掛かりの方はどうにもならへんやろうけど、強敵の方はどうするつもりなん? これからも強い敵は出てくる可能性が高いんやろ?」

 「そうなんや。それでフォレスティアのジルが助っ人として、こっちに来てくれることになったんや」

 「え?! ジルってあのちっこい妖精かいな?!」


 カイルの返事を聞いたスカリーが目を剥いた。そりゃそうだよな。一見すると戦えるように見えないもんな。


 「スカリー、ジルは見かけによらず戦えるらしいぞ。レティシア殿が断言していたからな」

 「え~、レティシアはんの方が戦えるように思えるんやけどなぁ」

 「わたくしもそう思いますわ」

 「わたしも。一体どうやって戦うのかしら?」


 アリーの説明に向こうの三人は尚も半信半疑のようだ。俺だって未だに信じられない部分があるのから、この反応は仕方ない。


 「しかし、ジルとどうやって合流するのかという問題があるんだ」

 「どうゆうことですのん? そんなん転移したら一発ですやん」

 「確かユージ教諭は転移用の魔方陣を描けるのでしたわよね?」


 合流問題を持ち出すと、スカリーとシャロンが不思議そうに問い返してきた。


 「いやそれが、魔方陣を描くための道具を持ってきていないんだ。まさか魔方陣が必要になるとは思わなかったから」


 あともうひとつの理由として、魔方陣を描くための特殊なインクが必要なのだが、それを持ち運ぶのが面倒だったからだ。今まで設置した場所であるペイリン本邸、レティシアさんの別荘、シャロンの屋敷では、インクのみ現地調達していた。


 「何でも用意周到なユージ先生にしては珍しいですね」

 「それでいて抜けていることも多いんだけどな。ただ、拠点の倉庫を攻めたときに戦った男の強さが予想以上だったから、この先が不安になったんだ」


 ハーティアのときの護衛くらいだったらどうにかなったんだけどな。クレアの言葉がつらい。


 「そうなると、一旦こちらに戻ってきて合流ということになりますわね」

 「実はそれを避けたいんだよなぁ。可能ならラレニムで合流したいんだよ」


 ここからは、ラレニム連合の北部を荒らしている盗賊と、それを討伐するための討伐隊に関する話をした。


 「俺達だけで呪いの山脈を捜索するのは大変だし、この討伐隊が暴れた後に行ったらどうなっているかわからない。だから、俺達もこの討伐隊に参加したいんだ」

 「それっていつ出発するんですか?」

 「募集は数日後に始まって、大体一ヵ月後に出発すると聞いている」

 「微妙なところですね」


 俺の説明を聞いたクレアが眉をひそめる。


 そうなんだよな、これがもっと短い期間だったら合流は諦めていただろうし、討伐が二ヵ月以上先だったら一旦戻っていた。


 スカリーはグラスの酒に口を付けてから、俺に質問してくる。


 「それで、結局どうなったん?」

 「レティシアさんとオフィーリア先生とサラ先生が三人で相談することになっている。今頃相談しているんじゃないかなぁ」


 話し合いの結果を待っているこちらとしては、どんな結論になるのかが気になる。ただ、さすがにジルをひとりだけでこちらに寄越すということはないと思う。


 しばらくその後もこの話で盛り上がったが、どうなるのかということは誰も予想できなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ