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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
1章 ユージ、教師になる
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潜在的な問題

 七月に入ると、気温が更に上がった。あまり雨の降らない梅雨が終わると、次は夏になるわけだが、日増しに上がる気温にみんなのやる気が削がれていく。空調設備はもちろんのこと、扇風機でさえもないのだからたまらない。


 「ぬるい風が命綱だよな~」

 「あ~涼しい日陰で寝ていたい~」


 教員二人が自分の席でだらけきっていた。俺とモーリスだ。

 これでまだ初夏なんだよな。これ以上暑くなったら溶けてしまうぞ。


 「ユージ先生、そのようなだらしない格好をしていては、学生に示しがつきません。モーリス、お前まで何をしている」

 「いや、だってさぁ、ジャックぅ。この暑さだとしょうがないだろう」


 部屋に入ってきたアハーン先生が俺達の姿を見とがめる。正論ではあるんだが、この暑さには無力な言葉だ。


 二人とも親しげに話をしているのは、どうも冒険者時代からの知り合いだかららしい。パーティメンバーではなかったが、よく話をしていた間柄だと聞いている。


 この暑さだというのに衣服をきっちりと着ているアハーン先生は、ため息をついて自分の席に着いた。


 「そういえば、ユージ先生、最近授業に問題はありませんか?」

 「え、授業ですか? まぁ、何とかやってますよ」


 授業をするのは相変わらず大変だが、先月以来指導はしやすくなっている。シャロンがやって来たときに学生同士の対戦をさせたことで五人は仲良くなったようだし、先日のアリーとの対戦で俺に対しても一層打ち解けてくれるようになったからだ。これはとても助かっている。だから、授業内ではこれといった問題はなかった。


 「それは結構なことですな。では、授業以外はどうですか?」


 あの五人と仲良くなるにつれて、最近では五人の担任みたいなことを求められるようになってきた。正式な担任の先生はいるのだが、腫れ物扱いをする先生もいてなかなか距離感を掴むのが難しいらしい。授業の補助だけじゃなくて、担任の補助もやらないといけないのか。


 「授業以外ですか? あの四人が何かやらかしたんですか?」

 「あれぇ、四人? フェアチャイルド嬢は?」

 「もぐりの学生じゃないか。そのうえ、マルサス先生がらみだしな」

 「あ、なるほど」


 シャロンはマルサス先生に目をかけられていると聞いたことがある。毛嫌いしている奴の授業にかわいがっている学生が潜り込んでいるだけでも腹立たしいだろうに、その上授業以外でも面倒をみていると知れたら、どんな言いがかりをつけられるかわからない。


 「ペイリン君は、どうも同期生とだけグループを作っているようなんだが、それが上級生からは不評でね。よくない噂を聞いている」

 「目を付けていた新入生を掠め取られたから、なんて理由ですか?」

 「なかなか鋭いじゃないか」


 毎年百人くらい入学する中で、二十人くらいがスカリーの元へとやってきたと春先に聞いたことがある。今は更に増えているかも知れないとなると、確かに馬鹿にならない勢力だよな。更にいうと、本人は学校の創立者一族の一員だ。しっかりとした後ろ盾もあるように見えるだろう。


 「けど、ジャック、創立者一族の学生には、教師でさえも簡単に手を出せないよ? 戦闘訓練の授業で、学生を割り振った結果が覆ったことを覚えているだろう?」

 「それ、本人から直接聞いたことがあるぞ」


 俺の言葉を聞いたアハーン先生が渋い顔をした。まぁ、こんな横暴なこと、普通は許されんよなぁ。


 「あと、ホーリーランド君の場合は、周囲の学生の反応が一部極端だな」

 「極端? どういうことですか?」

 「平民出身の学生が妙に持ち上げている」

 「なんでまた?」

 「勇者ライナスと聖女ローラの子孫だからだ」


 俺は何とも言えない表情のまま黙る。


 かつて共に旅をしたライナス、バリー、ローラ、メリッサの四人は、『勇者ライナスと魔王討伐隊』として人間に広く知られている。約二百年前に王国がまだ魔王率いる魔族と戦っていたときに、侵攻してきた魔王軍を撃退し、魔王と四天王を倒した伝説の冒険者達としてだ。


 本人達が存命当時はローラが聖女認定されるだけだったそうだが、その死後にハーティア王国がライナスとバリーをそれぞれ勇者と英雄に認定し、後に分裂したレサシガム共和国はメリッサを大魔道士として認定した。


 そして現在、吟遊詩人や芝居小屋によって『勇者ライナスの冒険』や『聖女ローラの奇跡』など、非常に多くの種類の物語が普及している。


 この中で最も人気があるのはライナスとローラなわけだが、その直系の子孫となると一般人にとってはもうアイドル以上の存在だ。特に平民は歌や芝居から得た知識しかないため、頭の中で変に理想化しているらしく、人気がすごいことになっているらしい。


 ちなみに、ホーリーランドというファミリーネームは、あの二人の死後に子孫の誰かが名乗り始めたらしい。俺が一緒に旅をしていたときは、メリッサしかファミリーネームは持ってなかったもんな。


 「じゃ、貴族出身の学生はどうなんですか?」

 「平民出身の学生が持ち上げているせいで、避けることがあるらしい」

 「完全にとばっちりじゃないですか」


 クレア自身は何もしていないのに、周囲の思惑で良く思われたり悪く思われたりするなんて、どうしようもないな。特に出自が関わっているとなると逃げることもできん。


 「君が学生同士を対戦させたおかげで、実力もあるとわかってから反応が大きくなった面もある」

 「え、そうなんですか……」

 「専門課程の先生にも困ったものだけど、学生の方も大概だよねぇ」

 「学生同士の対戦で評価が変わったといえば、ライオンズ君も同じだな」

 「今度は何なんですか」

 「先生だけでなく、学生グループからの勧誘が増えているみたいですな。ま、魔族ということで拒絶反応を示す者もいるようですが」


 あーもー、どいつもこいつも面倒だな。何をやっても角が立つってか。


 「大変なのはわかりますけど、話を聞いている分には、どう考えても俺がどうにかできる話じゃないですよねぇ」


 ちょっとまずいと思ったので、とりあえず先に釘を打っておいた。このままだと、全部俺に丸投げされそうな雰囲気だ。


 そして、俺の言葉を聞いたモーリスとアハーン先生はしばらく口を閉ざす。やっぱり面倒を押しつける気だったんかい。


 「厄介な問題には、協力して対応するべきだとは思わないかね?」

 「本当に『協力』して当たるんでしたらね」

 「もちろんじゃないか! どうしてそんなに疑っているんだい?」


 そりゃそれだけの実績があるからだろうが。授業以外の厄介ごとに巻き込まれないようにするのも一苦労なんだぞ。


 「ところで、カイルはどうなんですか? あいつの話は全然出てこないですけど」


 とりあえずあの三人の話を一旦区切るためにカイルの名前を持ち出す。会話の間合いもうまく取らないと、勢いで仕事を押しつけられてしまうことがあるからな。


 「カイル? カイル・キースリーのことですか? 特にこれといった話は聞かないですな」

 「うまく立ち回れる器用な子だからね。放っておいても大丈夫だろうさ」


 予想していた回答が返ってきた。まぁそうだろうな。


 ただ、残念なのは、ここが冒険者養成学校じゃないってことだよな。一応そういう課程もあるんだけどね。あの三人並に引く手あまたになってもおかしくない優秀さだと思うんだけどな。魔法学園で魔法が苦手というのが難点なんだろう。


 それはともかく、クレアとアリーはどうしたらいいんだろうな。話を聞いている分には先生が介入するほどの事態になっているとは思えない。でも、放っておくと何か起きるかもしれないっと。


 「クレアとアリーの件ですけど、いっそのことスカリーのグループに入ってもらったらどうですか?」


 授業ではシャロンも含めて仲の良い五人だが、不思議なことに授業以外ではあまり接点がないそうだ。昔からの馴染みであるスカリーとクレアの仲は別格としても、スカリーとシャロンもあまり会っていないらしい。つまり、あの五人は基本的に普段はばらばらに行動している。


 だから、クレアとアリーがスカリーのグループに入ってしまえば、あの二人の意思ではどうにもならないところで何かが起きても、スカリーがある程度対処してくれるのではないだろうか。ただし、これはクレアとアリーの問題をスカリーのグループに持ち込むということになる。


 「潜在的な問題をひとかたまりにしようってことかい? どうなんだろうね。どれかひとつでも爆発したら、連鎖反応を起こさないかい?」

 「ただし、ペイリン君のグループの庇護が得られるから、その威光で押さえられる問題は沈静化するというわけですな。痛し痒しと言ったところでしょう」


 スカリーに頼めば、喜んで引き受けてくれると思う。クレアとアリーにしても、スカリーのグループなら嫌とは言わないだろう。表面上は良い案だと思うんだけどね。


 「スカリーのグループメンバーがどんな反応を示すのかっていうのが、不安材料かな」

 「ユージ先生、グループメンバーにはどんな学生がいるのか知っていますか?」

 「以前聞いた話だと、平民と貴族が半分ずつくらいでした。基本的に上下関係が嫌で、同期生だけのスカリーのところに来ているそうです」

 「厄介だね。どんな反応も起きそうで逆に想像できないじゃないか」


 何事もなく全員が受け入れてくれるかもしれないし、大きな反応が返ってくるかもしれない。その反応にしたって、歓迎なのか拒否なのかわからない。平民と貴族で反応に違いが出てくるだろうし、束縛を嫌っているのにスカリーの権威は認めている。


 こう考えると、いっそのことスカリーがひとりでふらふらしていてくれたらまだ楽だったな。


 「結局のところ、現状を見守るという話に落ち着くわけか」

 「相談事の大半はそんなものさ。劇的な解決策があったら最初からやってるしね」


 うなりながら結論を出したアハーン先生を慰めるように、モーリスが言葉を付け加えた。


 「念のために確認しておきますが、ユージ先生の授業内では問題はないのですな?」

 「ええ。教えるのは大変ですけど、今話していたような類いの問題はないですよ」


 あったら真っ先に俺が悩んでいるしな。

 ああでも、授業以外の問題で悩み事を抱えてしまうと、授業にも影響が出てくるのか。ということは、完全に他人事というわけにもいかない。なかなか面倒だなぁ。


 「そうですか。もしかしたら、悩み事が原因で授業中の態度に変化があるかもしれません。それに注意してください」

 「はい。わかりました」


 そうだな。問題を抱えていると例え当人が意識していなくても、態度に表れることがあるもんな。


 「それにしても暑いよねぇ。いっそ裸になろうかなぁ」


 話が一段落したところで、モーリスの頭が溶け始めた。気持ちはわかるが、お前の裸なんて見ても嬉しくない。


 「同類と思われたくないから、やるならよそでやれ、モーリス」

 「え、仕事やらなくていいのかい?!」

 「お前の机を日当たりのいい庭先に運ぶのなら手伝うぞ」

 「あ、俺も手伝いますよ」


 この暑い中で体を動かすのは嫌だが、モーリスを遠ざける作業なら手伝うこともやぶさかではない。


 「酷い! こんな真夏に日差しにずっと晒されていたら、干からびてしまうじゃないか!」

 「お前はその方がちょうどいい」

 「静かになるなら大歓迎。本当に干からびないように、暖かい水くらいなら用意するぞ」

 「情け容赦ないね、ユージ」


 何を言うか。体温に近い物を口に入れる方が胃腸の負担は軽いんだぞ。この世界じゃ知られていないだけで。


 こんなふうに、暑い中、男三人が更に暑苦しい話を続けることで、結局みんな疲れ切ってしまった。ああもう、黙って木陰で休んでいればよかったよ。

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