意外な助っ人
ラレニムの事件を解決したのはいいが、フールに直接つながるような手がかりは見つからなかった。唯一、土人形の材料として呪いの山脈の土が使われていたということがわかっただけだ。
あと、倉庫内で戦った表情のない男の強さについても気になる。やたらと強かったが、これから対峙するフールの部下や手駒にあれだけの熟練者が混じっているとなると、正直なところきつい。
こういったことを報告したり相談したりするために、俺達は連絡用の水晶を使った。
「こんばんは。その様子だと皆無事そうですわね」
「お久しぶりです、オフィーリア先生」
こういうときは一番頼りになる人に連絡をしてしまう。サラ先生も頼りになるんだけど、こっちには更にエディスン先生もいるしな。やっぱり直接教えてもらった恩師は頼りになる。その代わり、全然頭が上がらないけど。
「お婆様、お久しぶりです」
「ええ、本当にね。それで、ラレニムはどうでしたか?」
アリーとの挨拶から本題が始まったので、アリーにラレニムでの顛末を説明してもらう。フールはこの地で死者の材料として住民を攫っていたが、直接的な手がかりは見つからなかったことを伝えた。
「すみません。俺が魔方陣を壊したばっかりに」
「過ぎたことは仕方ありません。それよりも、魔方陣を守っていた土人形の材料に、呪いの山脈の土が使われていたのですわよね?」
「はい、お婆様。ですから、次は呪いの山脈へ向かうつもりです」
俺の謝罪を軽く受け流したオフィーリア先生の問いに、アリーが次の目的地を宣言する。
「けど、今回戦った相手がやたらと強かったから、これから先に少し不安がありますねん。それをどうしようかユージ先生も悩んでて」
「拠点である倉庫で戦った男のことですね」
「誰か腕に覚えのある人を紹介なんてできませんでっしゃろか?」
これから大きく障害になりそうな点をカイルが指摘して、そのままどうにかならないかオフィーリア先生に頼む。
「そうですね。単純に腕が立つというだけなら心当たりはありますが、フールについての秘密を共有できると者となりますと……」
そこなんだよな。たとえば短期間の間だけ手伝ってもらうのであれば、秘密を打ち明ける必要はない。しかし、フールの探索は長期化するだろうから、その間黙ったままというのは難しい。また、フールは自分を殺した相手に憑依するから、その容姿が常に変わる可能性がある。いちいち攻撃していい、悪いなんて指示していたら、いつかは不満が爆発するだろう。
「こちらの事情を理解していて、なおかつ腕が立つとなると、すぐに思いつくのはスカリーとクレアだな」
アリーに言われるまでもなく、あの二人の名前はすぐに出てきた。しかし、一緒に戦えない理由があるからこそ、今ここにいないのだ。
「とりあえず、サラ殿に頼んでみてはどうでしょうか? もしかしたら、他に誰かを紹介してくれるかもしれませんわね」
「そうですね。一度相談してみます」
あの二人出なくても、戦力不足を補ってくれるのならこの際誰でもいい。ダメ元でもいいから、俺達はサラ先生に相談してみることにした。
オフィーリア先生の勧めに従って、俺達は次にサラ先生に連絡をとる。
「久しぶりやな~」
相変わらずな調子でサラ先生は俺達に挨拶をしてきた。こちらも挨拶を返してから、ラレニムであったことを報告する。拠点を潰したのはいいか、フールへ至る手掛かりは見つからなかったことを簡潔にだ。
「あ~、魔方陣潰してしもたんか~。それは残念やな~」
「そうなんですわ。結局、ハーティアの二の舞になってもうたんです」
「けど、魔方陣の上に土人形を置いて戦わせるってゆうんは、なかなか賢いな~。使い捨ての拠点やからできることやろうけど」
俺達の報告を聞いて、サラ先生が一番注目したところはそこだった。色々と守るものがあるペイリン家からしてみたら、一考する価値があるのだろう。
「それで、サラ殿。今回拠点を守っていた男と戦ったのですが、三対一で苦戦しました。今後のことを考えると、私達としてはもう少し戦力を強化したいのですが、誰かいませんか?」
「う~ん、それなぁ。確かに、使い捨ての拠点にそんな手強い相手がいるなら、この先はもっと大変やろうな~」
戦力の強化自体には賛同してくれるらしい。それなら次は誰を紹介してくれるのかということなんだが、どうなんだろう。
サラ先生は腕組みをしたままうんうん唸っている。何を迷っているのかはわからないが、一応検討はしてくれているみたいだ。
「一番適任なんは、スカーレットとクレアちゃんなんやろな~」
やっと出てきた言葉がそれだった。やっぱりサラ先生もそう思うんだ。
「でもそれは駄目なんですよね?」
「うん、そうやねん。家の事情がないなら向かわせるんやけどな~」
単純に腕が立つというだけなら、たぶん学校の先生を推薦してくれていたと思う。例えば、モーリスやアハーン先生あたりだ。けど、やっぱりフールの秘密が立ちはだかってくる。今はどうかわからないけど、基本的に俺関連の話は門外不出だもんな。
「オフィーリアはんのところでもあかんとなると、あとはレティシアはんとジルちゃんに頼むしかないな~」
「けど、フォレスティアの人らが、誰か寄越してくれるとは思えへんのですけどねぇ」
苦しいながらもサラ先生が意見を出してくれたものの、カイルはその提案に懐疑的だ。実のところ俺もカイルと同じだったりする。基本的に大森林以外のことは不干渉だからな。
「それでも、頼むだけ頼んだらどうやろ。うちにもダメ元で頼んできたんやろ?」
確かにその通りだ。頼むだけならタダなんだし、聞いてみるとするか。
「わかりました。どのみち今回のことは報告しますから、そのときにお願いしてみます」
「うん、それがええわ~」
結局、スカリーとクレアを応援に寄越してもらうのは無理だった。
残るはレティシアさん達だけだ。けど、フォレスティアから応援に来てくれるというところがちょっと想像できない。基本的には拒否なんだと思うけど、もし応援を寄越してくれるとなったら、どんなエルフや妖精なんだろう。
さて、次はレティシアさんのところへ水晶をつなげる。人を寄越してもらうということに関しては何だからたらい回しにされているような気がするが、相手の事情もある程度しっているのでどうにもならない。誰かいい人いないかなぁ。
そんなことを思いながらレティシアさんとジルの二人と顔を合わせた。
「お久しぶりです。無事で何よりですね」
「やっほ~! そっちはどうだった?」
穏やかな声と元気な声に出迎えられる。
「お久しぶりです。こっちは、一応ラレニムにフールがいた形跡は見つけました。でも、その後の足取りが掴めていないままなんですよ」
挨拶もそこそこに俺はこちらの経緯を話す。もう三回目なのでいい加減飽きてきたというのもある。
「そっかぁ、フールはいなかったのね。残念!」
話を全て聞いたジルの感想はこんなものだった。ある意味予想通りだ。しかし、レティシアさんは少し考え込んでいるのか返事がない。
「レティシア殿、どうされました?」
「いえ、これからフールという人物と相対することになると、今のままでは戦力面で不安があるのではと思ったのです。捨て石に使った部下でそれほどの技量があるならば、これから更に手強い敵が出てくるかもしれません」
さすがレティシアさん、やっぱり気づいたか。でも、問題はどうやって戦力不足を補うかなんだよな。
「そこでレティシアはんにお願いしたいんですけど、誰か使える人紹介してもらえまへんか?」
「腕が立てば誰でもいいのですか?」
「いえ、フールの秘密を共有できる人が望ましいです」
カイルに代わって俺が答える。
大森林に住む妖精やエルフの場合だと、あんまり気にしなくてもいいかもしれない。ただ、この条件を満たせる人物がいるのなら、その人を優先したいと思う。贅沢は言えないが、できるだけ条件に合致するように努力するのは大切だ。
「オフィーリアやサラには頼んだのですか?」
「はい、頼みましたが、秘密を共有できるという点で引っかかって、まだ誰も紹介してもらっていません」
「しかしそうなると、私も同じですね」
そうなるよな。やっぱりレティシアさんもも駄目か。
「なら、今のまま行くしかないか」
「はいは~い! あたしが行くよ!」
やや深刻な声で俺が結論を出した直後に、ジルが脳天気な声をかぶせてくる。
「あれ、みんなどうしたの?」
ジルは不思議そうに俺達やレティシアさんを見回すが、全員黙ったままだ。俺達はジルが戦いにどれだけ役に立つのかに疑問があるからだが、レティシアさんはどうなんだろう。
「ジル、あなた、政務はどうするのですか?」
「え? 帰ってからすればいいんじゃない?」
「あなたが抜けている間は、誰がその穴を埋めるのですか?」
「えーと、レティシア?」
レティシアさんに半目で睨まれながら問い詰められているジルは、疑問系ばかりを使って答えていた。しかも微妙に目をそらしながら吹けもしない口笛を吹こうとしながらだ。そんな態度で納得してもらえるとは思えないんだが。
「あなたを外に出すくらいでしたら、タリスに行ってもらいます」
「え~! でもタリスってフォレスティアを守らないといけないじゃないのよ! あたしが抜けるよりまずいじゃない!」
確かジルは妖精の中でも高位の存在だったはず。本来ならレティシアさんの言う通り、タリスを俺達に寄越す方が妥当だ。それなのに、自分は大して役に立ちませんなんて宣言してまで大森林の外に出たいのか。
「あなたねぇ、本当ならあなたが抜ける方がまずいのですよ! なのにいつもふらふらしてろくにお勤めもしないでいて!」
「最近ちゃんとやってるじゃん!」
「それが当たり前なんです! 威張ることではありません!」
俺達が呆然とする中、レティシアさんとジルの言い争いが始まる。ジルの方はともかく、レティシアさんの方は相当不満が溜まっていたみたいだ。わかっていたけど。
すっかり素の状態となったレティシアさんと、水晶の表示する画面から見えなくなったジルがお互い言いたいことを言い合っている。ジルはたぶんレティシアさんの頭上をぐるぐる回っているんだろう。
「なぁ、ユージ先生。止めた方がええんとちゃいますの?」
「え? 俺が?」
「私とカイルでは、ちょっと割って入りづらいといいましょうか。師匠ならまだ話を聞いてもらえそうな気がするので」
精霊語とエルフ語の口喧嘩を背景に、アリーとカイルが俺に進言してくる。確かに二人の言う通りなんだけど、俺もあの二人の間に割って入るのは嫌だなぁ。
「あ~、二人とも、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なに?!」
「なんですか?!」
聞きやすかろうと思って俺も精霊語で話しかけたんだけど、返ってきたのはものすごい形相の顔と雑な返事だった。う、くじけそう。
「根本的な問題なんだけど、ジルってどのくらい戦えるんだ?」
俺の質問を受けて、レティシアさんとジルは顔を見合わせる。あ、ジルはさっき返事をしたときに、水晶の画面に映る範囲に戻ってきた。
「ふふん、あたしは優秀な精霊使いなのよ! もちろん戦いだって敵を簡単にやっつけちゃうんだから!」
「確かにお前から訓練を受けたことはあるけど、実際に戦ったところを見たことがないし、そのちっこい体からだと想像しにくいんだよなぁ」
「あ~、ユージ! あたしを信用しなさいよう!」
自分を疑っている俺をジルは怒るが、この場合自己申告はあまり当てにならない。俺は視線をレティシアさんに向けた。
「で、実際のところはどうなんです?」
「それが、ジルの言う通り、充分戦えてしまうんです。精霊を駆使した戦い方でしたら、ジルは随一ですよ」
喧嘩している最中だからか、レティシアさんは渋い表情でジルの言い分を嫌々認めた。
「なぁなぁ、ユージ先生。何しゃべってまんの?」
「できれば私達にも教えてください」
すっかり忘れてた。俺はカイルとアリーに今の話を伝える。すると、二人は困惑の表情をジルへと向ける。
「見かけによらず、手練れっちゅうわけですかい。う~ん、そうは見えんなぁ」
「レティシア殿のお墨付きがあるのならば事実なのでしょう」
「何よ二人とも! もっとあたしを信じなさいよ! 絶対役に立つんだから!」
ジルは動揺するアリーとカイルを説得しようとする。その横で、俺はレティシアさんに話しかけた。
「ジルとタリスだったら、どちらの方が強いんですか?」
「二人を比べたら、恐らくジルの方でしょうね。タリスも弱くはないのですが」
「なら、ジルを仲間に加えたいと思います」
俺の言葉を聞いて全員が驚く。
「タリスでは駄目なのですか?」
「こちらとしてはフールという秘密を共有できるのなら、あとは純粋にどれだけ強いかということだけが基準になるからです」
政務云々の話はそっち側で決めてもらうとして、俺としての要望は伝えておいた方がいいだろう。
俺の話を聞いたレティシアさんは黙る。その表情はいささか拗ねているようにも見えた。
「じゃぁさ、このフールの件が終わったら、あたしと代わりでレティシアが外に出たらいいんじゃない?」
ジルの意外な提案に全員が目を剥く。お前、そんなこと言っていいのか?
「ジル?」
「ほら、今回は戦うときに心強い仲間がいてほしいってことだから、レティより強いあたしがユージ達と一緒に旅をすることになるでしょ? でもフールとの戦いが終わったら、もうそんな必要はないんだし、レティがユージ達と一緒に旅をすればいいじゃない」
あれ、何気に巻き込まれてないか、これ?
「あなたひとりで政務ができるのですか?」
「そんなの周りに手伝ってもらえばどうにかなるって」
うさんくせぇ! 捉え方によっちゃ、周囲に丸投げするってことだろう! とてもじゃないが信用できないぞ!
「いいでしょう。その言葉、信じようではありませんか」
「え、信じるの?!」
思わず口に出してしまったが、後悔はない。騙されてませんか、レティシアさん。というより、そんなに旅がしたいのか。
「なぁ、ユージ先生、大丈夫なんでっか、あれ?」
「俺だって信用できないけど、レティシアさんが信じるっていっちゃったから」
それに、ジルを借りたいって言ったのは俺だしなぁ。あんまり強くも言えない。
「やったぁ! ユージ、これからよろしくね!」
あーあ、あんなにはしゃいじゃって。レティシアさんは何とも言えない表情のまま、ジルと俺を見比べている。
ということで、なんと意外なことにジルが俺達の仲間に加わることになった。レティシアさんのお墨付きがあるとはいえ、どれだけ戦えるのかは俺達からすると未知数だ。少なくとも、あの倉庫で戦った男ともっと楽に戦えるだけの実力はあってほしいと願うばかりである。