依頼の事後処理
フールに至る手掛かりを再び失ってしまったものの、拠点強襲は成功した。苦戦しながらも男と土人形を倒した俺達は、冒険者ギルドへと向かう。日没はとうの昔だったので暗闇の中、失踪事件と死者発生事件の実行犯二人を携えて、俺達三人は歩いていた。
冒険者ギルドは二十四時間営業をしているわけではないが、こういった都市部ならば夜遅くまでやっている。依頼によっては帰還が遅くなる冒険者パーティもいるからだ。ただし、職員の数はずっと少ない。
俺達が冒険者ギルドに到着したときは、まだ建物に明かりが点いていた。しかし、出入りする冒険者はあまりいない。既に依頼完了手続きを済ませて歓楽街へと繰り出しているのだろう。
そんな冒険者ギルドの建物の中に俺達は入る。俺が魔法使いの男を、カイルがチンピラを担いで姿を現すと、中に残っていた冒険者や職員が一斉にこちらへと視線を向ける。
「依頼を果たした。この二人は仕事の途中で捕らえたんだ。依頼完了の手続きを頼む」
「あ、はい」
縛られたままの魔法使いの男を床に下ろしてから、俺は受付カウンター越しに書類を職員へ差し出す。若い職員は目を白黒とさせながら書類を読み始めた。
「あ~重たかったなぁ」
「とりあえずこの事件は、これで一件落着ですね」
俺と同じくチンピラを床に下ろしたカイルが全身をほぐしている。その横でアリーが俺に話しかけてきた。
「ラレニムの件はな、問題はここからどうやって……」
フールの捜索につなげるかだ。ラレニムの事件を解決したのは、善意からでも報酬に目がくらんだわけでもない。だから何としても、この依頼を次に活かしたかった。
「うわ、本当にこの事件を解決したのか。本当なら、これで夜も安心して出歩けるってもんだ。それで、その二人は事件とどんな関係があるんだ?」
「誘拐の実行犯だ。こいつらからラレニムにある拠点を聞き出して、俺達が急襲した。そのときには主犯格はいなかったが、中にいた男と土人形を俺達で倒したんだ」
二人の説明のついでに拠点のことも簡潔に話をした。すると、若い職員は眉をひそめる。
「依頼では、犯人の割り出しとその拠点をつきとめるだけだぞ?」
「俺達が捜査していたら、あっちから仕掛けてきたんだよ。それでやむなくこの二人を取り押さえたんだけど、ぐずぐずしていたら犯人側に逃げられると思って、すぐに犯人の拠点に仕掛けたんだ」
若い職員の態度から、おとり捜査のことは黙っていた方がいいと判断した俺は、それ以外の客観的な事実のみを伝えた。
この若い職員の態度はどうなのかというと、至極真っ当である。というのも、どんな依頼も依頼者の都合にできるだけ合わせてこなさないといけないからだ。依頼人は冒険者の出した結果を基に次の仕事や作業をするので、依頼書に書かれた通りに仕事はこなさないといけない。
ただし、やむを得ない事情がある場合は異なる。事態が常にこちらの都合良く動くわけではないので、その当たりに関してはきちんと説明すれば大半が納得してくれる。
「今まではみんなそうやって誘拐されていたんだから、解決できただけ上出来なんだろうな。わかったよ、ちょっとそこで待っていてくれ。警邏部へ連絡してくる」
一応納得してくれたらしい若い職員は、後方にいた職員にも声をかけて事後処理を始める。すぐに警備員が、床に寝転がっている二人を別の場所に移動させていった。
俺達は待合場所の椅子に座って、その様子をぼんやりと眺める。
「師匠、私達はこれからどうするのですか? 報酬をもらって宿に帰るのでしょうか?」
「いや、たぶん警邏部の隊員を拠点まで案内しないといけないな。それで明日は、現場検証になるんだと思う」
今のところあの倉庫の場所を知っているのは俺達三人だけだ。地図を描いて渡してもよかったが、どうせそれでも現地への案内はさせられることになるだろう。そして、明日は朝から警邏部の現場検証につきあわないといけない。早くて昼頃、遅ければ夕方まで協力することになる。今から憂鬱だが、必要なことでもあるので拒否はできない。
「そうだ、今日はもう二人とも帰っていいぞ。倉庫までの案内だったら俺ひとりでもできるしな」
既に宿は押さえてある。何も三人全員が揃う必要などないから、俺ひとりで充分だろう。
「そんじゃ、俺は先に寝させてもらいますわ。今日はよう働いたしなぁ。酒は明日や!」
「師匠ひとりを働かせるのは気が引けますが、不要だというのでしたら、私も宿へ戻ります」
特に抵抗する理由もない二人は俺の提案をあっさりと受け入れた。
アリーとカイルが宿に帰った後も、俺は冒険者ギルドで呼ばれるのを待ち続けた。とりあえず現場は押さえて起きたいだろうから、今晩中に声がかかるはずだ。しかし、なかなか呼ばれない。まぁ、一時間くらいは待つ覚悟をしているので今は平気である。
それにしても、あの拠点となっていた倉庫にはほとんど何もなかったが、フールにつながるような証拠はあるだろうか。普通に考えると、あそこまで物が何もなければめぼしいものはない。
表情のない男は、たぶん調べても何も出てこないだろう。死体から記憶を引っ張り出せるのならともかく、そうでないならただの手練れの剣士でしかない。
魔方陣はどうだろうか。恐らく警邏部は最も重視するだろう。無事な部分を見たら、ベラの転移用の魔方陣と似ている。また、魔族語で描かれているから、一見すると有力な手掛かりに見えるはずだ。魔族の関与も疑いかねない。しかし、俺には意味のない情報だ。
土人形は、今ではただの土塊でしかない。あれから何かわかるものなのだろうか。
ちなみに、今になって魔力分解の魔法を使っておけばよかったことに思い至った。この魔法は、発動している魔法の魔力を分解して、魔法を維持できなくする。つまり、土人形の脚を維持している魔力を分解して、動けなくしてしまうのだ。
「最初からやっとけば、魔方陣の被害も大したことはなかったんだろうなぁ」
ペイリン魔法学園の教員採用試験ではやれていたのに、焦ったのかすっかり忘れていた。
他にもこれからのことなんかを色々と考えていると、次第に眠気に襲われてきた。今日は歩き回った上に大立ち回りもしたからなぁ。
眠気が強くなるにつれて思考も散漫になってゆく。ベッドで寝付けなくなるようなときでも、こういったうたた寝だとすぐに眠ってしまえるのはどうしてなんだろうな。
「おい、起きてくれ。警邏隊員が来たぞ」
どれくらいうたた寝をしていたのかわからないが、若い職員に起こされて顔を上げると、俺の正面に四人の警邏隊員が立っていた。
「ああ、悪い。うたた寝をしていた。俺が今回依頼を引き受けたパーティのリーダー、ユージだ」
「他のメンバーは?」
「先に宿へ帰らせた。犯人の拠点に案内するなら、俺ひとりで充分だろう。現場検証と事情聴取は明日以降なんだろうし」
「そうだな。わかった。それじゃ案内してくれ」
警邏隊員は名乗りもせずに俺へ案内を頼む。態度が横柄じゃないだけましだな。
若い職員に見送られながら、俺は四人の警邏隊員と一緒に冒険者ギルドの建物から出る。街の大通りといえども、夜は歓楽街近辺でないと人通りはほとんどない。俺がこれから案内する場所は倉庫街なので、その最たる場所といえる。
警邏隊員が手提げランプを持っていたので、その明かりを頼りに夜道を進む。光明の魔法よりも頼りない光源だが、歩く分には差し支えない。
歩いている間に時間があったので、俺は四人の警邏隊員と話をした。最初に適当な雑談をしてから、今回のやりすぎについて聞き出そうとする。犯人の割り出しとその拠点をつきとめるという依頼だったのに、拠点を潰してしまったことだ。
「上はいい顔をしないだろうな。自分達の手で解決したかっただろうし」
「俺達は逆に仕事が減って嬉しいね。お前の話だと、三対一で戦った男ってのはかなり強かったんだろ? そんな奴とやりあいたくないしな」
「そうそう、下手に調査したら誘拐されて死者になって戻ってきて、拠点を制圧しようとすると手練れ相手に死闘を演じなきゃならないなんて、割に合わねぇ」
「現場検証のときに嫌みを言われるだろうけど、それだけ我慢してりゃいいんじゃないか?」
なんともやる気のない意見だが、下っ端に反感を持たれていないのはよかった。上層部に関してはもう仕方がないだろう。
犯人が拠点として使っていた倉庫に到着した。中に入ると、俺達が出て行ったときと何も変わっていない。ただ、血の臭いが以前よりも濃くなっているくらいだ。
「こんな所に拠点があったのか」
「うわ、ここって俺の巡回経路じゃないか!」
などとつぶやきながら警邏隊員は倉庫内を見て回る。
「この地下は?」
「魔方陣があった。俺が土人形と戦って壊してしまったが」
俺の言葉を聞いたひとりが、ランプを片手に地下へと降りてゆく。
そうやって一通り見て回ると、警邏隊員のひとりが俺に向かって話しかけてきた。
「今日はもういい。明日の昼頃、ここにパーティ全員で来てくれ。事情聴取をするから」
「昼からか。わかった」
すぐに引っ張り出されると思っていたが、どうもそうではないらしい。ゆっくりとできる分には構わないので俺は二つ返事で了承した。
翌日、言われた通り拠点となっていた倉庫に三人で向かう。昼間だと人々が仕事で往来しているが、警邏隊員が警備についている例の倉庫の前で立ち止まる人は多い。
野次馬を避けて倉庫に行く途中に漏れ聞いた話だと、この倉庫が失踪事件と死者発生事件に関係しているところだとしゃべっている。一体どうやってみんなはそんな話を仕入れてくるんだろうか。
警備している警邏隊員に現場検証の協力に来たことを告げると、中へと通してくれた。そして、この場の責任者のところまで案内される。初老のでっぷりとした男だった。
「君たちが、この拠点を制圧した冒険者か。わしはこの事件を担当しておるチェスターだ」
「初めまして。俺はユージ、こっちがアリー、反対がカイルです」
「ほう、まだ若く見えるな」
チェスターさんは随分と穏やかに接してくれる。
「それで、俺達はどうすればいいですか?」
「実行犯を捕まえたところから説明してくれるかね。そのあと、この倉庫を制圧したときのことを話してもらいたい」
そうか、始まりはそこからだったな。てっきり倉庫を急襲したところだけだと思っていた。納得した俺達は、俺が中心になって話をする。
まず実行犯を捕まえたときのことを説明した。これは、俺達が事件について調査をしていると実行犯に襲われたということにした。倉庫を急襲したときについては、実際にその場所にいるので、実演を交えながら突入時から表情のない男を倒すまでを説明した。
チェスターさんの他に何人かの警邏隊員の質問にも答えながらなので、結構時間がかかった。特に、魔方陣の上で土人形と戦ったことについては詳細な説明を求められた。もちろん俺は細かく話す。
「ふむ、大体わかったよ。捜査中に襲われて返り討ちにできたのは幸運だったな。主犯を取り逃がしたのは残念だが、これでこの街も落ち着くだろう。あとは、この魔方陣が何をするものなのかがわかればいいんだが」
土人形との戦いに対して、魔方陣については知らないという態度をとった。だから、警邏部はこの魔方陣が何をするものなのかを把握していない。下手に魔方陣のことを話そうものなら、俺達も嫌疑をかけられないからな。心苦しいがやむを得ない。
それと、地下室で実演を交えた事情聴取をしていたときに、土人形を調べていた警邏隊員から気になることを聞いた。
精霊召喚の場合と違って、四大系統を使って土人形を作成する場合は、材料を調達しなければならない。それで、この土人形の体を構成していた土なのだが、どうも呪いの山脈のものらしいのだ。この辺りでは見かけない、湿り気のない土が使われているらしい。
確かエディスン先生だったかが、呪いの山脈にフールが潜伏している可能性があると指摘していた。この土人形の材質から、どうもその信憑性が増しそうだ。
そうして現場検証と事情聴取は終わった。さすがに和やかにというわけにはいかなかったが、俺達みたいな冒険者と体制側の警邏部の人間が話をしていたことを考えると、悪くない雰囲気だった。
「ご苦労だ。これでもういいよ」
「そうですか。それにしても、嫌みを言われると聞いていましたが、そんなことはなかったですね」
昨晩警邏隊員の話を聞いていたので、てっきり嫌みを言われると思っていた。それがつい出てしまう。まずいかなと思ったが、意外にもチェスターさんは苦笑いしただけだ。
「ははは、誰から聞いたのかは不問にしておくが、そういうことは口に出さん方がいいぞ。実際に言う奴がいるだけにな」
「はい、すみません」
確かに余計な一言だった。俺は素直に謝っておく。そして、すぐにその場を辞した。
こうして、ラレニムにおける失踪事件と死者発生事件はひとまず解決した。
今後の行動は、再び方針を練り直してから決めるしかないな。なかなかフールへはたどり着けないが、今度は居場所をつきとめて討ち取りたい。




