手練れの人形
ラレニムの街を騒がせていた失踪事件と死者発生事件を起こした犯人の拠点を俺達は強襲した。そして、表情のない男をアリーとカイルに任せて、俺は転移用の魔方陣を確保するべく地下室へと向かった。
その地下室には土人形が一体おり、襲われた俺はこれと戦うことになる。俺は何とか倒すことができたものの、その戦いのせいで床に描かれた魔方陣は破壊されてしまった。これで転移先に乗り込むことはできなくなってしまう。
しばらく呆然としていた俺だったが、やってしまったものは仕方がない。フール探しは別の方法を考えないといけないな。
なんとなくアリーとカイルに顔を合わせづらいなと思いながら階段を上っていくと、上の方から剣戟の響きが聞こえてくる。
「え、まだ戦っているのか?」
地下室へ行く前に二人の戦いぶりを見ていたが、確かに二対一にもかかわらず互角だった。しかし、戦いが長引けば表情のない男はじり貧だと思っていたので、決着がつくのは時間の問題だと思っていた。だからこそ二人を置いて地下室へと向かったのだ。
それが未だに戦っているということは、一体どういうことなのか。俺は足早に階段を駆け上がった。
地上へと出ると、アリーとカイルが連携して表情のない男と戦っていた。
アリーが正面を引き受けている隙に背後や側面からカイルが攻撃したり、逆にカイルが攪乱して注意を引きつけている隙を突いてアリーが切り込んだりしている。それはお互いの特性を活かした巧みな連携だ。
しかし、それでも二人と表情のない男は互角だった。両手に持った剣で二人の剣を受け止め、いなし、反撃する。ともすれば、二人の稽古をつけているみたいだ。
表情のない男はもちろん、アリーもまだ平気なようだが、カイルは息が上がってきている。このままじゃ体力負けしてしまいそうだ。
「師匠?!」
「ユージ先生!」
俺が真銀製長剣に持ち替えている間に、二人は俺に気づいた。それに対して、表情のない男は無視である。
二対一で五分五分ならば、俺が加わることでこの均衡は崩れる。持ち替えた剣を握りしめて、俺はどのタイミングで加わるのかを見極めようとした。絶え間なく動いているから途中参加が難しいのだ。
しばらく待っていると、アリーの剣を受け止めるために表情のない男が足を止めた。次にカイルが反対方向から剣を打ち込む。男はそれも左手に持った剣で受け止める。そして、そこで三人の動きは止まった。ここだ!
俺は立ち位置の関係から、表情のない男に真正面から切り込んだ。その無表情な視線が俺をじっと見つめる。
最後の一歩を踏み込んで俺は剣を突き出した。しかしそれよりも一瞬早く、表情のない男は後ろへと大きく下がる。そのせいで俺の突きは空を切った。
「師匠、こいつはかなりの使い手です!」
「見りゃわかる! カイルは一旦下がって息を整えろ!」
「了解!」
このまま三対一なら勝てる気もしたが、両腕がふさがった状態でも冷静に第三の攻撃を躱した姿を見て嫌な感じがした。これはすぐに倒せるような相手じゃない。
カイルに変わって俺がアリーと男の相手をし始めたが、どうして二人がかりで互角だったのかよくわかった。
今も相手の反撃の突きを剣で受け流したが、一撃が重い。受け流したはずなのに体が少し持っていかれてしまいそうになる。これは素の状態なのか、それとも身体を強化しているのか。
あるときは、たまたまではあるが、アリーとほぼ同時に攻撃を繰り出した。普通ならどちらかの一撃を受けてもおかしくないのだが、紙一重で躱されてしまう。身のこなしも俺なんかよりずっといい。
別のときでは、アリーに牽制の一撃を仕掛けて遠ざけた後、俺への攻撃を強めてきた。たぶん俺の技量の方が劣っていると判断したんだろうな。そして悔しいことに、その判断は正しい。アリーが再び戦いに参加するまで俺は押されっぱなしだった。
二対一のはずなのに、まるで一対一で戦っているかのようだ。これでは決着などつくはずもないな。
この男は恐らくフールに人形にされてしまったのだろうが、以前は腕のいい戦士か剣士だったんだろうなと思う。少なくとも、剣の技量は俺達三人よりも上だ。正直羨ましい。
「よっしゃ、いくで!」
呼吸を整えたカイルが再び戦列に加わった。表情のない男の背後から斬りかかろうとする。しかし、その攻撃は相手の剣で受け流されてしまう。まるで背中にも目があるみたいだな!
表情のない男は、仕切り直しとばかりに一旦距離をとって俺達三人を視界に収める。その背後には倉庫の壁があるため、俺達は後ろへと回り込めない。
「しかし、なんでこいつは逃げようとせぇへんのやろ?」
間合いを取ったことによって訪れた静寂の中で、相手を見つめながらカイルのつぶやきを耳にする。
縛り上げた魔法使いやチンピラと違って、この男ならば地下室の魔方陣や土人形のことは知っていてもおかしくない。だから、地下室の魔方陣を守るためにここで俺達を迎え撃っているのだろう。
こんな仮拠点みたいなところを守るためにこれほどの剣の技量を持つ男を配置するとは、フールはよほど人形の人材に困っていないのか。
いや、その可能性は小さいな。ハーティアでフールを直接守っていた人形の技量はそんなに高くなかった。少なくとも、俺ひとりで二人を相手にできたもんな。あのときの護衛がこいつ並に強かったら、絶対俺が返り討ちにあっていた。
そうなると、フールはそもそも人形の能力に大した価値を認めていないのかもしれない。だから、誰でもいいから単純な命令だけを与えて作業をさせているのか。この目の前の男こそ、護衛にぴったりだと思うんだけどな。
「はっ!」
戦いを再開させたのはアリーだった。剣先で突くように小手を狙う。表情のない男は少し左手を引きつつアリーの剣先を弾いた。
「はぁっ!」
続いてカイルが真正面から挑む。表情のない男は右腕一本で対応した。
再び剣戟が倉庫内に鳴り響き始めた。先ほどと同様に刃の応酬が激しい。
俺も続いて男の右側から攻撃を始めた。すると、明らかに表情のない男は劣勢となる。背後を取られないように壁を背にしたせいで、後ろに下がって剣先を躱すことができないからだ。
尚も数合刃を交えていたが、ついに俺の剣先が男の腕を掠める。本来なら背後に退いて躱すべき斬撃を受け流そうとしたからだ。
これを手始めに、俺達の攻撃は徐々に表情のない男へ当たるようになってきた。男の全身が少しずつ赤く染まってゆく。しかし、それでも刃先が全く鈍らないのはすごい。感情をそぎ落として恐怖心がないからこそできる芸当なのだろう。
自分達よりも明らかに格上の相手だったが、三対一と劣勢な上に背後が壁で逃げられないとなると、やはりじり貧だ。かなり善戦していたものの、ついにカイルによって右腕を切り落とされた。
ところが、男はそれでも眉ひとつ動かさない。そして、尚も機械的に俺達と戦おうとする。さすがにその姿を見て俺は異様に思えた。
男の姿を見て少し怯んだ俺とは違い、アリーは敵と見定めた相手に容赦することなく剣を振るった。
「っ!」
ほとんど声とは言えないような声を出して、相手の男の左手首を切り落とす。この時点で勝負はついた。
「もらった!」
続いてカイルが相手の腹に剣を突き立てる。表情のない男は無表情のままびくりとして大きく動きが鈍った。しかし、それでもまだ生きている。
「はっ!」
とどめを刺すべく、今度は俺が男の首に剣を突き刺した。もしこれでまだ動くようならば燃やすしかない。
俺達は緊張しながら男の様子を窺っていると、やがて男は動かなくなった。
「やっと死んでくれたな。死者みたいにしぶとい奴だったな」
「やっぱりこいつ生きてたんでっか。いくら傷つけても怯まんから、一体どうなってんのか不思議でしたわ。痛覚あったんやろか」
カイルの言いたいことはわかる。俺も不思議なくらい傷つけられても動いていたしな。
「それにしても、三対一でようやく倒せるとは予想外でした。まさかここまで強いとは」
簡単に血糊を拭き取って剣を鞘にしまったアリーが、死体となった男を見下ろしている。やはりアリーも二対一で勝てると思っていたのか。
「これからこんな手練れを相手にせんといかんのかなぁ。ごっつ大変そうやな」
「相手にとって不足はない、と言いたいところだが、そのせいで目的が果たせなくなるのは困るな」
今までのフールの部下といえば、ここまで強いと想定していなかった。もし、今後もこんな熟練の技量を持つ男を多数倒さなければならないのなら、こちらも戦力を強化しないといけない。
「そうだ。師匠、地下室はどうでした? 転移用の魔方陣はありましたか?」
「魔方陣が使えるんやったら、今すぐ行かんといけませんし」
表情のない男の話に区切りがつくと、次の話題は当然地下室の話となる。俺にとっては言いづらい話だ。
「あー、それがな、下で土人形と戦ったんだ。床一杯に描いてある魔方陣の上で」
ここまで俺の話を聞いた二人は、大体どうなったのか察しがついたようだ。どちらも微妙な表情となる。
「ということは、その戦いで魔方陣は使えなくなったのですか?」
「うん。これは推測だけど、この拠点が襲撃されることを想定していたんだろうな」
土人形が戦う状態とは、何者かに襲撃されたときともいえる。ならば、襲撃者の迎撃と魔方陣の破壊を同時にこなすため、土人形を魔方陣上で戦わせればいい。
「けど、襲撃者を撃退した後、どうやって魔方陣を修復するんでっか?」
「修復しないんだよ。襲撃を受けたということは、隠れ家が見つかったということだ。一度発見された拠点なんて放棄するしかないだろう」
そのために、この倉庫内には最初からほぼ何もないんだ。ああだからこそ、あの表情のない男は最後まで戦ったんだな。たぶん、可能な限り襲撃者を殺せという命令を受けていたんだろう。
「ちょっと地下室見に行ってもいいでっか?」
「それならみんなで行こう」
今の俺達がやらないといけないことといえば、警邏部か冒険者ギルドへ通報することしかない。もう少しくらい時間を潰してもいいだろう。
カイルを先頭に俺とアリーが続く。急な勾配だがどちらも危なげなく歩いていた。
「うっわぁ、こりゃまた派手にやりましたなぁ」
地下室の惨状を見たカイルが半笑いで感想を漏らした。
転移用の魔方陣には、俺と土人形の戦った傷跡が深く刻まれていた。床の石があちこち傷ついたり割れたりしており、魔方陣のあちこちが潰れてしまっている。
「天井は高いですが随分と狭い部屋ですね。ここだと長剣は使いにくかったのではありませんか?」
「だから真銀製短剣を使ったよ。部屋が狭いことは予想できたからな」
せっかく大小二振りの剣があるのだから、時と場合に分けて使わないとな。
「ユージ先生、この魔方陣って直せませんの?」
「ある程度は直せるけど、肝心なところは無理なんだ」
転移用の魔方陣の場合だと、全く同一の魔方陣同士でないと転移できない。大半は転移のための術式が描かれるのだが、一部に署名のサインやID番号のようなものを記述する部分がある。これで、どの魔方陣とどの魔方陣がつながるかが決まるのだ。
この地下室の魔方陣も、その固有の術式が描かれた部分は破壊されてわからなくなっている。これはたぶん偶然ではないだろう。
「こうなると、フールの足取りを調べるのは、また最初からやり直しですか」
「ここに残されているものを調べて、手掛かりが見つからなければな」
この倉庫の調査そのものは警邏部にしてもらうとして、俺達はその結果を見せてもらえるようにお願いするとしよう。
「フールの拠点を探し出せたんはええけど、手掛かりはほとんどなしか。なかなか尻尾を掴ませてくれへんなぁ」
カイルが嘆息する。でも、だからこそ何百年と生き延びることができたのだろう。本当に厄介な相手だ。
一通り地下室を見てみたが、壊れた土人形と魔方陣しかない。
仕方がないので、俺達は地上へと戻って倉庫の外へと出た。あとは、とっ捕まえた魔法使いとチンピラを抱えて冒険者ギルドへ戻るだけである。