拠点強襲
ラレニムの失踪事件と死者発生事件が、ハイド、もといフールによって起こされていることがわかった。俺達がラレニムの住民ならば、この時点で警邏部へと連絡するべきだろう。
しかし、今の俺達は冒険者ギルドから引き受けた依頼を解決する立場だ。厳密には犯人の手掛かりを掴んでその情報を警邏部へと渡すだけなのだが、下っ端に何かあったとフールが気づいたら絶対にその拠点を放棄する。そうなると、今すぐに強襲した方がいい。
そうなると問題なのは、雇われていた魔法使いとチンピラだ。睡眠の魔法で眠らせたままの二人を、このままにしておいていいものか。
「せめて縄があったら、縛り上げて転がしておくんだが」
また間抜けなことをしでかしてしまったんだが、捕らえた連中を縛る縄にまで頭が回っていなかった。
「そんなら、俺が縛っときますわ」
「え、縄持ってんの?」
「そりゃ下っ端とはいえ犯人を捕まえるんですさかい、持ってくるに決まってますやん」
意外そうな顔をしている俺に対して、カイルが当たり前のように返してきた。おお、優秀な元学生だ!
俺はカイルに縄を分けてもらって、二人して手際よく男達を縛り上げる。よほど睡眠が良く効いているのか、全然起きることがない。
「これでよし。なら、このままフールの拠点を潰してしまおう」
「そうですね。敵に気づかれてしまうと、また逃がしてしまいます。師匠、念のためフールがいるか捜索をかけてはどうですか?」
今日はアリーも冴えている。というか、俺が抜けすぎているのか。忘れていることが多いなぁ。
アリーの勧めに応じて捜索をかけてみたが、反応はなかった。しかし、落胆はない。魔法使いの記憶を読んで、俺達がハーティアでフールを急襲して以後はこちらに一度も足を運んでいないことを知っているからだ。それまでは毎月下旬にラレニムにも来ていたようなんだけどな。
「う~ん、いないな。フールはもうここに来ないのかもしれん」
「そんじゃ、行く意味ってあるんでっか?」
「何か手掛かりになるものがあるかもしれんだろう。それに、ここの拠点にも転移用の魔方陣があるはずだ」
魔法使いにフールと会った記憶があるということは、フールは何らかの手段でハーティアからラレニムまでやってきたということだ。今のところ俺達が思いつくのは転移用の魔方陣しかない。
「師匠、もし魔方陣が使える状態でしたら、そのまま乗り込むのですか?」
「……ああ、そのつもりだ」
アリーの問いかけに対して俺は一瞬遅れて答える。しかし、実のところ内心迷っていた。果たして魔方陣のある先に、どんなことが待ち受けているのか全くわからないからだ。俺は無敵の超人というわけではないので、選択肢をひとつ間違えただけで死ぬことだってある。
しかしだ。ここでフールの足跡が途絶えると、手掛かりが本格的になくなってしまう。呪いの山脈に潜伏している可能性があると予想はしているが、では一体その山脈のどこなのかは全くわからない。だから、もし転移用の魔方陣が存在してなおかつ使えるのならば、利用するしかないのだ。
「それなら私もお供します、師匠」
「俺も一緒にいきまっせ!」
内心で真剣にどうしようか悩んでいた俺だが、その脇でアリーとカイルはいとも簡単に笑いながら宣言してくる。
「お前ら、行きつけの酒場に行くんじゃないんだぞ」
「そんなんわかってますやん。どのみちフールを追いかけるには行くしかないんでっしゃろ?」
「そうです。迷う必要などありません」
この二人と比べるのが間違っているのかもしれないが、もしかしたら、俺って思っている以上に臆病なのかもしれない。悪いことだとは思わないけど、こういう向こう見ずなところは羨ましいな。
「わかったよ。転移用の魔方陣が使えるのなら、そのまま向こうまで乗り込もう」
「「はい!」」
迷いを吹っ切った俺がそう伝えると、アリーとカイルは元気よく頷いた。
魔法使いの男の記憶によると、拠点としているのは倉庫街の北の端にある倉庫だ。この辺りには小さな倉庫が多く並んでいる。一般的に仕事は日没前に終わるので夜は誰もいない。誘拐を実行した場合、魔法使いとチンピラは一旦別の倉庫に被害者とともに隠れて、日が落ちてから拠点へと向かっていたようだ。
拠点となっている小さな倉庫の内部は、実のところ殺風景と言えるほど何もない。もっと表の仕事をしていますというような偽装をしていると予想していたが、事務作業をするための机と椅子くらいしかないぞ。仮拠点っぽいな。しかし、その倉庫には地下室があるらしく、誘拐された被害者はそこへ運ばれたり、死者はそこから出てくるようだ。転移用の魔方陣があるならここしかない。
倉庫の中には、常駐している無表情な男がいるだけだ。魔法使いの記憶だとそれ以外はフールの姿しか見当たらない。研究施設が別にあるのなら、ここは単に被害者を集める場所でしかないだろうから、本当に最低限の設備と人員しか置いていないのだろう。つまり、いつでも切り捨てられるわけだ。
拠点となっている小さな倉庫までやって来る。捜索で中を探ってみたが、人がひとりいるだけだ。ついでに死者もいるか確認してみたが、一体もいない。完全にいつも通りのようである。ただ、気になるのは、中が真っ暗だということなんだよな。人がいるなら明かりを点けてもいいはずなのに。
一方、俺達の方はというと、アリーとカイルが正面から突入すると同時に俺が光明の魔法で視界を確保する。そして、隠蔽の魔法で姿を消した俺が、地下室へと向かうことになっている。高い確率で魔方陣があるので、それを先に確保しておこうというわけだ。
倉庫への入り口は、道路に面した荷物を搬出入するための大きな両扉がひとつと、人が出入りするための扉がひとつある。俺達は後者の扉の前にいた。
「準備はいいか?」
「いつでもいけまっせ!」
「私もです」
すっかり日も暮れて暗い中、俺達は小声で確認し合う。倉庫の前で剣を抜いて屯しているその姿は、どう見ても不審者だ。
それはともかく、用意ができたのならばさっさと突入しよう。
カイルが扉の取っ手を手にすると、そのまま開けられるかどうか確かめた。アリーの方へ顔を向けて頷く。どうも鍵はかかっていないらしい。
俺も光明の魔法をいつでも発動できるように構える。
しばらく呼吸を整えいたカイルが、意を決して扉を勢いよく開けて中に入った。続いてアリーも入る。
俺は扉が開くと同時に倉庫の上部へ光明の光球を出現させる。俺達も暗闇に目が慣れてしまっているので、光度はそんなに明るくしていない。
表情のない男は、倉庫の中央にぼんやりと立っていた。両手には刃が輝く剣を手にしている。あれは、かなり強い魔力付与の魔法がかけられているんじゃないのか?
「おおぉらあぁぁ!!」
「はぁぁ!」
相手の男に突っ込んでいくカイルとアリーを尻目に地下室へと向かう俺だったが、何となく嫌な感じがした。なので、カイルの剣に魔力付与をかけた上に、カイル自身には祝福の魔法をかけておく。
三人の剣がほぼ同時にぶつかって倉庫内に鳴り響く。表情のない男が両手の剣で二人の攻撃を防いだことに驚いたが、それ以上にカイルがはじき飛ばされて蹈鞴を踏み、アリーの剣を真っ向から受け止めて力負けしていないことに目を見張る。
「くそっ、アリーの剣を真っ正面から受け止めたんかいな。こいつほんまに人間か?」
人間よりも優れた身体能力を持つ魔族と正面からやり合った場合、素の状態の人間はまず力負けする。ところが、剣に魔力付与はしてあるものの、体つきは平均的な成人男性と変わりないように見える。魔法で身体強化をしていない限り、アリーの剣を受け止めるなんていう芸当はまずできない。
ただ、相手の表情は、最初から感情を表す機能がないというくらい全く変化していない。だからたぶん、あれはフールが人を改造して作った人形なんだと思う。
アリーと剣を交差させたままの男に対して、カイルは再び突っ込んでゆく。最初に足下、次に顔というように剣を打ち込むが、ことごとく跳ね返される。さすがに反撃する余裕はないようだが、かといってカイルが有効打を打ち込めそうな気配もない。
それにカイルも気づいたのだろう。自分の立ち位置を少しずつずらして、男を挟んで反対側の位置までやってくる。
表情のない男は、カイルが打ち込んだ剣を引き戻す一瞬の隙を突いて、間合いを取るべく二人から離れようとする。しかし、思い通りに動かせて簡単に勝てる相手ではないことを悟った二人は、相手の男が体勢を立て直す前に切り込んでゆく。
そこまで見て、俺は地下室へと再び足を向けた。あの二人の戦いぶりを見ている場合じゃない。地下室にあるものを確保しないと。
俺は真銀製短剣を片手に地下室への階段を降りる。階段の幅は約二アーテムあるが、勾配が急なので勢いよく降りにくい。建物の大きさから考えると、緩やかな勾配だと地下室が外にはみ出てしまいそうだ。なので、これは仕方ないのだろう。
地下にも明かりはないようなので、光明の魔法を使って照らす。勾配のきつい階段は途中に踊り場があり、その度に百八十度階段が折れ曲がっていた。まるで非常階段みたいだな。
小さい倉庫の地下室だからすぐに着くだろうとと思ったが、意外に深かった。建物の造りからしてフールが使う前からこの地下室はあったんだろうけど、一体何に使っていたんだろうな。
そんなことをちらりと考えながらも足を進めると、ようやく地下室へとたどり着いた。そこは十アーテム掛ける十五アーテムくらいの部屋で、天井がドーム状になっていて高い。
しかし、何に使っていた部屋なんだろうなということを考えている暇はない。というのも、光明の光球が照らし出しているのは部屋の様子だけではないからだ。
「うわ、土人形?!」
部屋の中央には、身長が二アーテムくらいの土人形が立っていた。形状は足が極端に短くて腕が長い。
まさかの事態だ。捜索で探ったのは人間と死者だけだったので、土人形は完全に予想外である。
俺が部屋に足を踏み入れると、土人形がこちらに向かって歩き始める。隠蔽の魔法で姿を消しているはずなのに、どうやって俺を探知しているんだろう。
隠蔽をかけたままだと戦いづらいので、俺は解除して土人形と対峙する。
土人形は俺の事情など関係なしに襲いかかってきた。向こうからしたら不法侵入者なんだから当然とも言えるけど。
だからといって、俺も黙って殴られてやるわけにはいかない。振り下ろされた右拳を避けるために、俺は転がるように土人形の脇をすり抜けた。そして改めて対峙する。
地下室は広くないので思う存分に剣を振り回せるわけではない。幸い、それを見越して真銀製短剣を抜いているのでまだ戦えるが、これは魔法で倒した方が無難だろうな。
「風刃!」
誰が見ているわけでもないので、俺は魔法を無詠唱で使う。地下室が狭すぎて、呪文を唱えるだけの間合いと時間が得られないという理由もある。
俺の放った風刃は土人形の右足に命中した。その瞬間に乾いた音とともに土人形の右足が弾けたかのように見えたが、砕けてはいない。まだ動く。
土人形はそのまま俺に対して右拳を打ち込んできた。生き物と違って攻撃されても怯まないっていうのは面倒だよな!
完全に避けるのは難しいと判断した俺は、手にした真銀製短剣で土人形の右拳を受け流そうとした。もちろん、体格や腕力の差などから弾かれるように吹き飛んでしまう。
「痛ってぇ!」
思わず尻餅をついてしまった俺は慌てて起き上がる。そして土人形を見ると、右腕の一部が削られていた。ちょうど真銀製短剣が当たった部分だ。なるほど、この剣の切れ味なら土人形を削れるのか。
これなら、狭い室内なので強力な魔法を使いづらくて困っていたけど、どうにかなるかもしれない。
俺は再び風刃で土人形の右足を狙う。まずは動けなくしないとな。再び土人形の右足から乾いた破裂音がしたが、まだ動きに変化はない。
次に土人形は左拳で殴ってきた。あ、ちゃんと考えているぞ、こいつ。
俺はその左拳を剣で弾くようにして軌道をそらし、自分自身は土人形の右側へと移動した。やはり真銀製短剣とぶつかった左拳の一部が削れていた。
大体の戦い方がわかってきた。きれいな一撃さえもらわなければ、なんとかなるぞ。
俺は土人形の右足に魔法での攻撃を集中し、両腕による攻撃を剣で防ぎながら少しずつ削り取る。
どれくらい同じ作業を繰り返したのか覚えていないが、ついに攻撃を集中していた土人形の右足が砕けた。そしてその場に倒れ込む。尚も両腕を振り回して俺と戦おうとするが、動けなくなってしまってはもう俺の相手にはならなかった。
両腕を砕いて頭部も破壊すると土人形はその動きを止める。やっと終わった。
そうして周囲を見回してみる。地下室は俺と土人形の戦った傷跡が深く刻まれていた。特に床が酷い。土人形が考えなしに動き回ったり殴ったりしたものだから、床の石があちこち傷ついたり割れたりしている。
「あれ? あ!」
ここに至って俺は自分が何をやってしまったのか理解した。床に描かれた魔方陣らしきものの残骸がそこかしこに見える。自分で使えなくしていたら世話ないよな。
俺は力尽きたように壁にもたれかかり、しばらくその光景を呆然と眺めた。