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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
9章 届かぬ刃
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おとり捜査

 フールを捜索するため、俺達はラレニムにおける失踪事件と死者アンデッド発生事件の解決依頼を引き受けた。しかし、有力な手掛かりがない状況では捜査は難航すると考えた俺達は、おとり捜査によって敵をあぶり出すことにする。


 未だに相手の正体も全く掴めていないが、捜査をする者は必ず拉致して殺しているようだ。そこで、俺達はその敵の方策を利用して、有力な手掛かりを掴むつもりである。


 姿を消したり死者アンデッドとして戻ってきたりした警邏隊員と冒険者は、いずれも街の北東部にある倉庫街近辺で失踪しているらしい。つまり、そこで捜査活動をすれば犯人か犯人組織は手を出してくるはずだ。


 具体的にどうするか決めるのにそれほど時間はかからなかった。おとり役は俺がする。そしてアリーとカイルは、隠蔽ハイディングの魔法で姿を消し、防音サウンドプルーフィングの魔法で物音を消して、俺の背後をついて来る。ひとりの方が襲いやすいのでわざとそう見せかけるのだ。


 もし何らかの形で俺を拉致しようとした場合は、可能な限り俺だけで対応する。無理なら二人にも手伝ってもらう予定だ。この辺りは何人で襲撃されるか、更にどの程度の強さかで変わってくる。


 そして最低ひとりでも捕らえて尋問しなければならない。もしここで誰も捕らえることができなければ、次はかなり厳しいだろう。


 「捕らえた相手を尋問するって、そんな簡単に口を割るもんなんでっか?」

 「まさか、下手すりゃ自殺されかねん」


 どんな奴に襲撃されるかわからないが、捕らえた後の扱いもなかなか大変だ。失敗できないだけに確実な成功が望まれる。


 「それじゃ、どうするのですか、師匠?」

 「それについては考えがある。任せておいてくれ」


 前世で捕らえた者から情報を引き出すところを見たことがある。幸いその魔法も使えるので問題ない。二人に話をすると微妙な顔をされた。気持ちはわかる。


 細かい打ち合わせをいくつかした後は、早速街の北東部にある倉庫街近辺をうろつくことにした。


 思い立ったが吉日とばかりに、朝ご飯を終えると宿屋の食堂を出て街の北東部にある倉庫街へと向かう。途中、人気のないところに寄って、アリーとカイルには姿を消してもらった。これで準備はできた。


 そうだ、ひとつ忘れていたことがあった。捜索サーチをかけてフールを探さないといけない。恐らくいないとは思うが、こういった作業は必ずこなさないといけない。


 俺は街全体が範囲に収まるように設定して捜索サーチの魔法を使った。その結果、やはりフールはいないことがわかる。たまたまいないだけか、それとも既に街を立ち去った後かまではわからないけどな。


 「それじゃ行こうか。周囲に怪しい奴や俺を見張っている奴がいないか見ておいてくれ」

 「「はい!」」


 準備ができると、俺達は再び倉庫街へと足を向けた。


 ハーティアにも同じように倉庫街があるが、基本的にはハーティアと同じ造りをしている。かつて王国が人間界を統一していた頃に作り替えたそうなので、建築様式が似ているらしい。


 その様子を見ていると、建物は年季が入っているが傷んでいる様子はほぼ見られない。街の大きさに合わせてハーティアよりも倉庫街の規模は小さいから、一部の地域が寂れているということもなさそうだ。


 この半年間で誘拐や死者アンデッドで世間を騒がせている犯人をあぶり出すため、俺は倉庫街にいる人々に片っ端から堂々と話を聞き回った。


 おとり捜査なので、聞き込みによって情報が集まることには期待していない。もちろん有力な手掛かりが見つかれば嬉しいけど、俺がそんな情報を手に入れられるくらいなら、この半年間で警邏隊員や他の冒険者が手に入れているだろう。


 ただ、聞き込み調査を始めてわかったことは、多くの人々がなかなか話をしてくれないということだった。その理由も聞いたところ、犯人の報復が怖いらしい。というのも、この事件を調査した警邏隊員や冒険者が、次々と失踪して死者アンデッドとして戻ってきたことをみんな知っているからだ。


 (ユージ先生、こりゃまともに捜査せぇへんかったんは正解でんな)

 (そう思う。なかなか手掛かりが見つからないわけだ)


 精神感応テレパシーの魔法を使ってカイルと会話をする。


 聞き込みをしていてもうひとつわかったことがあるが、今のところこの倉庫街の人々からは犠牲者が出てきていない。そのため、余計なことを話さなければ狙われないという意図も透けて見えた。




 聞き込み調査を始めて三日が経過した。昨日から捜査は昼過ぎから夕方に限定している。初日に丸一日聞き込み調査をしたところ、これが予想以上に疲れてしまったので、朝の間は休むことにしたのだ。


 それと、毎日ご飯を食べ終わってから街全体を捜索サーチにかけている。ハーティアのときみたいに偶然見つけられることを期待しているのではなく、万が一見逃していたら悔しいからだ。今のところ成果はないものの、やめるつもりはない。


 他にも、捜索サーチ死者アンデッドも探している。普通は街中に死者アンデッドなんていないので、もし反応があったらそこが怪しいことになる。しかし、こちらも今は成果なしだ。


 こうして事件について調査しているのだが、捜査は一向に進展がなかった。おとり捜査のためにしていることなので落胆はしないが、徒労感は嫌でも増してゆく


 (師匠はどの程度で相手が仕掛けてくると思いますか?)

 (う~ん、どうだろうなぁ)


 失踪した警邏隊員や冒険者の調査開始から失踪までの期間を調べておくんだった。警邏部や冒険者ギルドで聞いたらわかるかもしれないが、それは明日にしようかな。


 (怪しい奴もこれといって見かけへんし、まだ気づいとらんのかな?)

 (もしかしたら、もうこの街では活動していないのかもしれない)


 アリーの話を聞いて俺は内心驚いた。そうか、もうここを引き払った可能性があるのか。俺達と入れ替わるようにこの街から去られていたら、打つ手なんてないぞ。


 (そうや。ユージ先生、聞き込みの時間を日没くらいまでに延ばしまへんか?)

 (それでどうなるんだ?)

 (失踪している被害者って、夕方から夜にかけてですやん。せやから俺らもその時間帯にうろついたら、襲われやすいんとちゃいますか?)


 なるほど、確かにその通りだ。早速始めてみよう。


 カイルの勧めに従って、俺は今日から倉庫街を日没くらいまで調査することにした。特に隠れることもなく動いているので、見張っている者がいたとしたら見つけやすいはずだ。


 しかし、これにはひとつ問題がある。倉庫街というのは働く場所なので、日没前には人気がほとんどなくなってしまうのだ。多くの人が家に帰ったり歓楽街に向かったりするためである。この何が問題なのかというと、そんなところを普段見かけない冒険者風の男がうろついていたら、不審者にしか見えないということだ。


 「おい、お前、そこで何をしている?」


 このように、あちこちをきょろきょろとしていると、巡回している警邏隊員に職務質問をされてしまうわけである。冒険者ギルドが発行した依頼書を見せてやり過ごしているが、これじゃ俺が悪いことをしているみたいだよな。


 日没まで操作時間を引き延ばして最初の二日は何もなかった。たまに警邏隊員につかまりつつ、倉庫街の人口密度が急速に薄くなってゆくのを体感するばかりだった。




 ところが、三日目に動きが現れた。最初に気づいたのはアリーだ。


 (師匠、カイル、後を付けてきている者がひとりいます。今は五つ向こうの路地からこちらを窺っています)

 (お、ほんまや。ちょっと見てくるわ)


 魔法で姿だけでなく音も消しているためできる芸当だ。


 まだ様子見なのか、それとも何かを仕掛けてくるのか。いずれにしても俺を観察しているのが犯人側の人間なら、近々行動を起こすだろう。


 (カイル、どうだ?)

 (ユージ先生を見張ってるんは確かですけど、こりゃ雇われたチンピラですわ)


 カイルの報告を聞いて俺は考える。誰かに見張られているのはわかったが、誰が何のために俺を見張っているのかまではわからない。


 (アリー、他にも俺を見張っている奴が──)


 見張り役がひとりとは限らないので、俺はアリーに更なる警戒を指示しようとした。ところが、いきなり強烈な眠気が襲ってくる。


 (師匠、どうされました?!)

 (くそ、睡眠スリープか? 誰かが俺を眠らせようとしていやがる)

 (カイル!)

 (こっちのチンピラは呪文なんて唱えとらんぞ! 他に仲間がおるんちゃうか?!)


 俺もそう思う。睡眠スリープの魔法に全力で抵抗しないといけない。俺は片膝を突き、片手で額を押さえる。


 (アリー、周囲に魔法を使った奴がいないか確認しろ。カイルはそのチンピラに張り付いておけ。ぎりぎりまで手を出すな)


 とりあえず最低限の指示を出すと、俺は魔法の抵抗に集中する。俺って仕掛ける側のことが多いから、こうやって相手から何かをされるとあんまり強くない。


 (師匠のところから前に二つ向こうの路地に、こちらの様子を窺っている者がいます。魔法使い風の男です。あ、今呪文を唱えています。睡眠スリープ!)


 くっそ、重ね掛けをして確実に眠らせるつもりだな。用心深い奴め!


 (アリー、カイル、そいつらを睡眠スリープで眠らせろ! 今ならろくに抵抗もできないだろう)

 (先生、俺、睡眠スリープは使えへんのですわ!)

 (私もです!)


 まさかの返事に俺は驚く。無属性だから誰でも使えると思っていたが、そうじゃないのか。


 (カイル、そのチンピラが逃げようとしたら取り押さえろ! アリー、今から俺がそいつに睡眠スリープをかける。そっちも怪しい動きをしたら取り押さえるんだ)

 ((はい!))


 チンピラと魔法使いだったら、明らかに魔法使いの方が重要なことを知っているだろう。だから、俺としてはこの魔法使いの男から情報を引き出したい。


 うずくまるような格好で魔法に抵抗している俺だったが、何とか顔を上げて二つ向こうの路地に視線を向ける。すると、それほど遠くないそこには、すっかり暗くなって周囲の闇と同化しつつある男の姿がわずかに見えた。あいつか!


 「睡眠スリープ


 一度は抵抗に成功したものの、重ね掛けてこられた睡眠スリープに再度抵抗しつつ、俺も相手に大量の魔力を注いで睡眠スリープを掛けてやった。そして、今回は余裕がないので無詠唱でいきなり魔法を発動させる。


 魔法は、範囲設定や対象人数、効果の程度、設定持続時間などによって消費魔力が増減する。それは逆に言うと、魔力さえ注ぎ込んでやったらいくらでも強化できるということでもある。そして、大量の魔力を持つ俺の場合、加減なしでそれをやると平凡な魔法でもかなり凶悪なことになる。


 「あ、う……?」


 俺の大量の魔力を注ぎ込んでやった睡眠スリープの魔法は、一瞬で相手の魔法使いの意識を刈り取ったようだ。まさか仕掛けられると思っていなかったこともあるだろうけど、いきなり強力な魔法を掛けられたらどうにもならない。


 魔法使いの男はその場に倒れ込んだ。


 このときになってようやく相手の魔法の効果に対して完全に抵抗しきることができた。まだ少し頭がぼんやりとするが、もう眠気はやってこない。


 (師匠、この魔法使いの男はどうしましょう?)

 (今からそっち側に行く。少し待ってくれ。カイル、今からそのチンピラも眠らせるから、こっち側まで運んできてくれ)

 (わかったで)


 俺は体ごと振り向くと、五つ向こうの路地にいるチンピラに向かって睡眠スリープの魔法をかけた。こちらもあっさりと魔法にかかって倒れる。


 (よし、それじゃ、アリーのところへ集合だ)


 まだぼんやりとする頭を軽く振りながら、俺は倒れている魔法使いの男のところへと足を向けた。




 路地裏に立っている俺、アリー、カイルの足下には、今しがた捕まえた魔法使いの男とチンピラが横たわっている。これからこの二人から雇い主と拠点について聞き出さないといけない。


 「それで師匠、これからどうやって尋問をするのですか?」

 「精神読解マインドリーディングを使って、直接話を聞き出すんだ」


 かつてライナス達がまだ冒険者として半人前だったときに、盗賊を壊滅させたことがある。そのときに捕まえた盗賊から情報を引き出すために、眠らせてから精神読解マインドリーディングの魔法を使って盗賊のアジトを突き止めたことがあったのだ。最初に提案したライナスは、将来有望な暗殺者と言われて泣きそうになっていたのを思い出す。


 「痛い目に遭わせて吐かせるんとちゃうんですか」

 「それで吐くとは限らないし、吐いても本当のことかわからんだろう。しかも、万が一自殺でもされたらもっと困るしな」


 チンピラの方はともかく、魔法使いの方はどんな行動を起こすのかわからない。単に金で雇われただけならそこまでしないだろうけど、現時点では何もわからなかった。


 ということで、俺は早速魔法使いの男に精神読解マインドリーディングをかけた。眠っている間は抵抗されることもないので、すんなりと記憶を探れる。


 最初にわかったことは犯人側の拠点だった。この魔法使いは俺を襲う前に一度拠点に寄ったようで、そこで指示を受けてからやってきたらしい。拠点の場所はここからそんなに遠くない。


 更に遡ると色々なことがわかってくる。この男は、半年ほど前からハーティアの密輸組織の幹部であるハイドに雇われていた。フールに憑依されている男だ。そして、指示された住民を拉致していたらしい。指示はフールが直接することもあれば、常駐している無表情の男がすることもある。


 誘拐するときは隣で寝転がっているチンピラが誘拐対象のところまで案内し、そして魔法を使うなどして事に当たっていたようだ。誘拐した被害者は拠点で人形みたいな男に引き渡し、報酬を受け取るということを繰り返していた。


 これでほしい情報はとりあえず揃った。フールが関係していることもわかって何よりである。転移用の魔方陣の存在はまだわからないが、あると見なすべきだな。


 さて、次はどうしようか。

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