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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
9章 届かぬ刃
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事件の調査と捜査の方針について

 ラレニムの街にやってきて、とりあえず街の様子がどんなものか冒険者ギルドで探ってみた。すると、ラレニム連合の北部で盗賊の動きが活発であるということと、街の中で失踪事件や死者アンデッド発生事件が多発していることがわかった。


 俺達の目的を考えると、どう考えても失踪事件と死者アンデッド発生事件に目が向く。そこで、まずはこちらについて調べることにした。


 街に到着した翌朝、俺は色々と話を聞いた職員に一枚の依頼書を手渡していた。


 「へぇ、まさかあんたがこの依頼を引き受けるとは思わなかったよ」

 「俺にも事情があってね。この依頼をついでに引き受けることにしたんだ」

 「ついでに引き受けるにしちゃ、重すぎると思うんだけどなぁ」


 そうは言いつつも、その中年の職員は手慣れた様子で手続きをしてくれる。


 「その様子じゃ、報酬に惹かれてってわけじゃないんだろう?」

 「ああ。気づけば依頼対象の事件がなくなっていました、ってのは冒険者ギルドとしても嫌だろう? だから、事が終わったら報告するための約束みたいなものだよ」


 依頼受け付けの手続きが完了した職員は、俺の話を聞いて苦笑いをした。


 「街の治安維持に貢献してくれるっていうんなら、理由は聞かないさ。死者アンデッドになって戻ってくるんじゃないぞ」

 「わかってる」


 俺は職員に礼を言うと受付カウンターから離れた。さて、これで冒険者ギルドとの契約を結べた。


 今までのフール討伐はずっと自分達だけで調べていた。それに見合う依頼が冒険者ギルドになかったというのもあるが、同時にあまりにも確証が少なすぎて、他の組織に協力を依頼できる状態ではなかったということでもある。


 しかし、今回はフールが関係していそうな事件の解決依頼が冒険者ギルドから出ている。依頼を引き受ければ冒険者ギルドの支援もいくらかは期待できるので、今回この依頼を引き受けたのだ。


 午前中は三人でラレニムの街をぐるっと回ってみることにした。これから調査をするわけだが、俺達は街の造りをろくに知らない。俺には一応前世の記憶があるものの、それだって主要道路くらいのものだ。あんまりみんなと変わらない。


 いざ歩いてみると、やっぱり路地で結構迷った。一時期は右も左もわからなくなりかけたくらいだ。方向感覚を取り戻せたのは太陽様のおかげである。これ、夜だと危ないな。


 比較的丹念に歩いた結果、予定を大幅に超過して昼下がりになっていた。途中、露天商で肉の串焼きを買って飢えを満たしたが、まだ足りないな。


 「ユージ先生、どうしまっか?」

 「そうだな。これから分かれて行動しよう。俺はこれから警邏部へ行って事件について聞いてくる。その後は時間があったら外をまた回るつもりだ」

 「私達はどうすればいいですか?」

 「酒場を回って事件について聞き込みをしてくれ」


 ずっと三人で同じことをしていても効率が悪い。それよりも、俺が正規の調査資料を調べて、二人に噂話を集めてきてもらう方がいいだろう。


 「一杯ひっかけてもええんですよね?」

 「酔いつぶれなきゃな。アリーに合わせて飲むなよ。底なしだから」

 「師匠!」


 話の矛先が自分に向いたとたんに、アリーが顔を赤くして抗議をしてくる。しかし、一緒に飲んだことのある俺としては、仕事中にカイルが潰れると困るので注意せざるを得ない。


 「え、そんなにすごいんでっか?」

 「魔族の酒飲みと一晩中飲み続けられるくらいだ」

 「師匠! 私はそこまで飲んでいません!」


 アリーが抗議をしてくるが、俺の話を聞いたカイルは固まっている。食欲に関してはカイルに一日の長があるのを知っているが、この様子だと酒に関してはアリーの方が上のようだな。


 「まぁいいや。集めた話は明日の朝、宿の食堂で聞くことにする。だから今日は好きなだけ回ってきたらいい」


 俺の話が終わると、アリーがカイルを引っ張って離れていく。そんなに急がなくてもいいのに、これ以上余計な話をされたくないんだろう。


 二人の姿を見送ってから、俺も警邏部の館に向かって足を向けた。




 翌朝、俺は目が覚めると、身支度を調えてから宿の食堂へと向かった。起きるのが少し遅かったおかげか、利用客は多数いるもののテーブルはいくつか空いている。


 まだアリーとカイルの姿が見えないので、俺はカウンター寄りのテーブルをひとつ占拠することにした。本来なら四人で利用するものだが、後で二人が来るからいいだろう。


 近くに寄ってきた給仕に野菜スープ、パン、豚肉数切れを頼む。あとは待ちだ。


 昨日、ひとりになってからのことを思い返してみる。


 アリーとカイルの二人と別れた後、俺は警邏部の館にお邪魔した。ここはラレニムの街を守る警察のようなところだ。実のところ領主の私兵の一部なわけだが、細かい話はいいだろう。


 この警邏部には、警邏隊が担当した事件の資料が置いてある。完璧でないことも多いが、街中を考えなしに歩き回るよりかはずっといい。今は停滞しているとはいえ、失踪事件と死者アンデッド発生事件の解決に力を入れているのは違いないので、街で一番情報が集まっているところでもある。


 そんなところへと俺がひとりで出向いたわけだが、普通なら門前払いだ。冒険者なんて体制側の人間からしたらごろつきと大して変わりないんだから、普通なら相手にされない。


 しかし、失踪事件と死者アンデッド発生事件に関しては別だ。これは冒険者ギルドと連携して事に当たっているので、正式な書類を持っていれば資料くらいは見せてくれる。


 俺は依頼を引き受けたときの書類を警邏部の館の門番に見せると、堂々と中へ入る。こんな機会はまたとないので実に気持ちがいい。


 取調室みたいに殺風景な応接室で案内係の警邏隊員と会うと、そのまま事件に関係する資料が保管されている部屋へと案内された。


 「みんな死者アンデッドになって帰ってくるもんだから、最近は冒険者なんてこなかったけど、物好きだな」


 俺も事情がなければ避けていた依頼だけに、警邏隊員の言葉に苦笑した。


 「こっちも犠牲者が出てはらわたが煮えくり返っているところだからな、何か手掛かりでも掴んでくれたら知らせてくれよ」


 そう言い残すと、警邏隊員は資料室から出て行った。それからは日が暮れるまでずっと資料を読む。


 警邏隊が把握している範囲では、最初に事件が起きたのは四月十七日ということだ。とある職人が酒場で一杯ひっかけに出かけたまま行方不明になったらしい。仕事でも私生活でも特に問題はなく、失踪する理由がなかったとある。次が同月二十日、今度は若い主婦が失踪したとある。夕方に買い物へ出かけてそれっきりということだ。こちらも失踪する理由はないということだった。


 死者アンデッドになって戻ってきた最初の事件は、五月に入ってから発生している。五月一日に失踪した男の子が、一週間後に死者アンデッドとして戻ってきたそうだ。そのとき両親が襲われて死亡している。子供が生きて戻ってきたと勘違いしたせいらしい。


 その後、同様の失踪事件と死者アンデッド発生事件が八月まで四十件も起きている。そのうち死者アンデッドとして戻ってきたのは十人だ。残りの数と倉庫から出てきた死者アンデッドの数が大体一致している。


 しかし九月以降は五件しか起きていない。事件の発生件数が減ること自体はいいことだが、原因がわからないのでいつ復活するかわからない。


 尚、警邏隊からの犠牲者は、いずれも事件を捜査している者から出ている。街を巡回している隊員からは今のところはひとりも出ていないことから、明らかに狙って襲っていることがわかるな。冒険者に関しては、捜査目的で雇われているため、関わった者全てが死者アンデッドとなっている。


 最後に、今のところ有力な手掛かりはない。攫われた犠牲者に共通点はないし、死者アンデッドとして戻ってきた理由もはっきりしない。


 「ユージ先生、おはようさんです」

 「おはようございます、師匠」


 昨日のことを頭の中で整理していたら、カイルとアリーがやってきた。どちらも二日酔いの気配はない。


 「へぇ、先生は野菜スープ、パン、豚肉かぁ。よし、俺も! おねーちゃん、野菜スープとパン、それに豚肉一塊持ってきて! あ、エールもな!」


 お前は朝からどれだけ食べる気なんだ。注文を聞いただけで胸焼けしてきた。


 「いつも思ってたんだけど、よく朝からそれだけ食べられるな」

 「どうせアリーと二人で分けますさかいに、そんな量にはならへんですよ」

 「そうですね、朝ですから昼ほどには食べません」


 基準が違うと話がかみ合わない。良くあることだ。説得するつもりもないので、食べることに関してはこれ以上しゃべらない。


 「それで、昨日聞き込みの調査はどうだった?」


 アリーが朝ご飯を注文してから俺は本題に入った。二人は一瞬顔を見合わせた後、カイルが口を開く。


 「殺された冒険者の仲間やった奴に何人か会いましたけど、あんまり有力な手掛かりはなかったでんなぁ」

 「話そのものからは得られることは少なかったです。しかし話を総合すると、冒険者が失踪したらしいところには共通点があるようです」


 アリーの意外な言葉に俺は表情を少し真剣なものに変える。


 「街の北東部を捜査したときに失踪しているようですね」

 「街の北東部っていったら、倉庫街か」


 また倉庫街か。何やらハーティアのときと重なって見えるな。


 「それと、この失踪事件や死者アンデッド発生事件は、死霊魔術師ネクロマンサーがなんかの人体実験でもやってるんとちゃうかってゆう噂話が広がってまんなぁ」


 根拠なんて全くないが、フールを追いかけている俺達としてはそれが当たりなんじゃないかと思ってしまう。


 「それで、師匠の方はどうでした? 警邏部で何かわかりましたか?」


 今度は俺に話を向けられた。アリーとカイルの注文した料理が並べられる中、わかったことを全て話す。


 ただ、関連するであろう事件の記録しかわからなかったので、それを淡々と話すだけとなる。事件に関する知識は厚くなったが、言ってしまえばそれだけだ。


 説明を終わると、冷めつつあるスープを俺は飲む。それから豚肉を口に放り込んだ。


 「ユージ先生、つまり、有力な手掛かりは今のところないっちゅうことですか?」

 「そうなるな。そもそも、攫った奴を誰も見ていないし、見た奴はみんな死んでいるだろうし。更に言うと、どんなふうに攫われたのかすらわからないもんな」


 今まで半年間警邏隊と冒険者ギルドが追いかけていて手掛かりが掴めないんだ。恐らく正攻法では埒が明かないと思う。


 「師匠、それならば、街の北東部を捜査してはどうでしょうか?」

 「俺もそれしかないと思いますわ。調査した冒険者がこの辺りでみんな消えてるっちゅうことは、ここに何かあるってことやろうし」


 俺もそれしかないと思う。ただ、その一帯を捜査するとしてもそのやり方が問題だ。


 「二人が言っている捜査っていうのは、倉庫街を調べていくという意味か? それともおとり捜査をするって意味か?」


 アリーとカイルは顔を見合わせてしばらく黙る。


 言葉通りの調査ならば、仕掛けてくる相手を警戒しつつ地道に調べていくことになる。しかし、おとり捜査となると、逆に相手が仕掛けてくるように仕向けないといけない。


 「師匠、おとり捜査の方がいいのではありませんか?」

 「理由は?」

 「街の北東部を調べるとなると、どれだけ隠密に調査しようとしたところで限界があります。特に地の利は相手にあるでしょう。それならばいっそのこと、相手に見つかることを前提とした作戦の方がいいと思います」


 なるほどな、常に警戒している相手の目をかいくぐるのは難しいから、むしろ伸ばしてきた手をとっ捕まえようというわけか。


 「あ、俺もアリーに賛成ですわ。どうせ下っ端しか捕まえられへんやろうけど、せめてそれで拠点くらいはわかるやろうし」


 口の中のものを飲み込んだカイルがアリーに賛同する。


 犯人は、誘拐した者を死者アンデッドにするかしないかに関わらず、必ず犠牲者を攫わないといけない。たとえ下っ端であっても一度は姿を見せないといけないし、その攫った者をどこかへ連れ込まないといけないのだ。つまり、相手と接触する機会が必ずあるということだ。


 「こっちが捜査をしていると必ず手を出してくるっていうんなら、それを利用するべきか。危険だけどな」

 「この依頼を引き受けた時点でどうせ危険なんやから、今更ですやん」

 「カイルの言う通りです。ならばむしろ、その危険を利用した方がいいと思います」


 ハーティアでの襲撃を失敗した後だけに、どうしても相手にしてやられそうな気がして不安が拭えない。しかし、犯人の情報がほぼないだけに、こちらの都合で動くしかないのも事実だ。


 俺以上にカイルとアリーの二人はやる気になっている。今度こそ仕留めてみせるという意気込みが強い。そもそも俺個人の事情から始まったのにな。


 その後もしばらく話をしたが、あまりにも情報が少なすぎて、結局はおとり捜査しか使えないという結論に達した。今度は失敗しないように行動したい。

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