ラレニムでの厄介事
みんなと相談した結果、俺達三人はラレニム連合へと向かうことになった。再びシャロンの屋敷から馬に乗って旅に出る。
大陸の南東部に位置するラレニム連合は、レサシガム共和国と同様にかつてはハーティア王国の一部だった。しかし、王国の国力低下に伴い独立する。
国内の構成は貴族の寄り合い所帯だ。都市ラレニムを治める貴族が盟主となっているが、各貴族に対する命令権はそれほど強くない。また、連合内で派閥争いがあるため、対ハーティア王国以外についてはまとまりを欠いている。
俺にとってのラレニムといえば、なんといっても竜の山脈での真銀採集だ。かつてライナス達の武具を作るために必要な材料として真銀が必要となり、飛翼竜につつかれながら集めたっけ。あれは本当に怖かった。
シャロンの屋敷からだとラレニムは結構遠い。馬の世話を心配せずに旅をするなら街道沿いが一番なので、俺達は一旦エディセカルまで出て、そこから王国公路と主要街道を使ってラレニムを目指した。そのため、約一ヵ月ほどかかった。
探索都市と呼ばれるほど冒険者稼業が盛んなラレニムには、竜の山脈を目指す冒険者が多い。ちょうどウェストフォートと小森林みたいな関係だと思えばいいだろう。各種鉱石も豊富にあることから、飛翼竜をはじめとした魔物の襲撃を受けつつも、みんなが一攫千金を夢見て活動していた。
もちろんラレニムも都市としてその行為を推奨しており、冒険者ギルドの活動も活発だ。中には大森林を探索して珍しい薬草などを持ち帰ろうとする冒険者もいるが、そのような無謀ともいえる行為も好意的に受け止められている。
「おお、何も変わってないなぁ」
そんな冒険者活動が盛んな都市に入った俺の第一声は、懐かしさのこもったものだった。建物はもちろんなんだけど、往来する人々やその雰囲気まで二百年前と変わっていない。どの都市も雰囲気くらいは微妙に違ったりするものなのにな。
「へぇ、昔から変わっとらんのでっか」
「これだけ人の出入りが激しいと、かなり変化するはずなのにな」
不思議なものだ。たぶん主要産業が冒険者稼業のままだからかもしれない。
「それで師匠、これからどうするのですか? やっぱり冒険者ギルドへと向かうのですか?」
「厩舎に馬を預けてからだけどな」
この便利なお馬さんは、徒歩だと二ヵ月はかかる行程を半分にしてくれた。そんな功績の大きいお馬さんには、しっかりと世話をしてくれる厩舎を選んであげたい。
幸い、今回は資金に余裕をがある上に難民騒ぎなどで値段がつり上がっていることもないので、少し高めの厩舎を選んだ。ここでしばらく預かってもらうことにしよう。
お馬さんの問題を片付けたあとは、アリーの言う通り冒険者ギルドへと向かう。まずはこの街の情報を集めないといけない。
建物の中に入るとやっぱり男臭い。それでもやはり各都市で傾向は微妙に違うもので、臭さも同じではない。それでも臭いものは臭いが、俺とカイルはまだ我慢できる方だろう。
「アリー、おまえ、おもろい顔になってんな」
「うるさい。このにおいはどうしても苦手なんだ」
俺の後ろからついてくる二人は何やら面白そうな話をしている。振り向いてアリーの顔を見るとしかめっ面をしていた。なるほど。
あ、アリーの機嫌が明らかに悪くなった。無言で睨んでくる。隣のカイルは笑いを堪え始めた。俺は苦笑しながら再び前を向いた。
冒険者ギルドの建物内の作りは基本的にどこも同じだ。これは意図的にそう作られていると聞いたことがある。まぁ、こんな仕事に就く時点で頭の中身はお察しな連中は多いから、どの都市に行っても迷うことがないようにという配慮らしい。
そのおかげで、俺も迷わずに受付カウンターへと向かうことができた。冒険者の依頼を引き受ける申し込みや成果報告を担当しているところは避けて、できるだけ暇そうにしている職員を探す。今回は長話をするからな。
「はいはい、用件はなんだい?」
俺は中年の職員に話を聞くことにした。新人だとまだ知らないことが多いが、このくらいの年季の入った職員だと大抵のことは答えてくれる。
ちなみに、ゆっくりと話をしたいときは女の職員を避けるべきだ。基本的に冒険者は男ばかりなので、みんな女の職員に話しかけようとするからである。男の職員が手隙でも、女の職員のところに列ができるくらいだ。
「今日、こっちに来たばかりなんだ。仕事をする前にこの街のことをについて話を聞いておきたいと思ってね」
そう伝えると同時に、俺は銀貨を一枚カウンターに置いて、それを職員の方に移動させた。俺が手を離すと同時に職員がそれを手の中に収める。
「最近はシケた額で美味しい話を聞き出そうとする輩が多いが、あんたはまともそうだね。それで何を聞きたい?」
職員個人との金銭的なやり取りは本来禁止されているはずなんだけど、実際は度を超さない限りは黙認状態だ。職員の給料は安定しているものの高くはないので、小遣い稼ぎが黙認されているということである。まぁ、金次第で守秘義務対象の情報も売ってしまう組織の規則だからな。
それはともかく、俺は上機嫌な職員から色々と話を聞き出すことにした。
現在のラレニムにおける冒険者の活動というのは、以前と同様に活発だそうだ。竜の山脈や大森林へ足を踏み入れるパーティは年々増えているらしい。しかしもちろん、行方不明になったり死亡したりする冒険者も増えている。
また、冒険者の活動の場は人間の住む街にもあり、魔物の討伐や隊商の護衛なんかも盛んだ。他にも、何かと小競り合いの多いラレニム連合では、冒険者を傭兵として雇う貴族も多いらしい。そのため、物を探すのが苦手でも腕っ節に自信があるのなら、傭兵稼業を冒険者ギルドとしても勧めているという。
こうやって話を聞いていると、都市全般に言えることやラレニム特有の話はあるものの、どれも常識の範囲内に収まることばかりだ。かつては王国公路で他の都市とつながっていただけに、そこまで突飛なことはないようである。
「ラレニムの現状がどうなのかは大体わかった。それじゃ次に、最近起きている厄介なことってのはあるかな?」
「ああ、メシの種ね。そうだな、細かいのは掲示板に貼ってあるからそっちを見てもらおうか。そうだ、美味しい仕事とそんな仕事の見分け方も教えようか?」
もちろん俺は頷く。これはカイルとアリーに聞いておいてほしいことだ。俺は後ろを振り返って二人を見る。アリーの表情に変化はないが、カイルは興味津々といった感じだ。
職員の話によると、竜の山脈や大森林へ向かう仕事というのはほとんど儲からないらしい。そもそも危険度が高い上に遠いので割に合わないそうだ。一番割がいいのは貴族の傭兵になることである。小競り合いが多発しているとはいえ、年中戦っているわけではないし、敵対する貴族に雇われた冒険者同士が鉢合わせても本気で戦うことはまずない。
「貴族に雇われた冒険者が本気で仕事をするときは、騎士と戦うときと略奪するときだけだ」
などと職員が堂々というのは問題ではないのだろうか。
ともかく、暇ではあるが雇われている間は食事と住居は保証されるので、報酬は手元に残りやすいということだ。まぁ、その保証されているものの質はお察しではあるが。
他にも似たような依頼でも損をしない選び方や、トラブルの避け方なんかも教えてもらう。銀貨一枚の効果は思った以上にあった。
ただ、俺の質問そのものにはまだ答えてもらっていない。最近起きている厄介なことについてだ。
「だいぶ有効な話を聞かせてもらったからこっちとしては嬉しいんだが、俺の質問にはまだ答えてもらってないよな」
「いや悪いな。つい話が脱線しちまった」
追加で銅貨三枚を渡すと、職員はばつが悪そうな顔をしつつもしっかりと受け取った。
「厄介なことと言えば、連合の北部が多数の盗賊団に荒らされているという話がある。最初は各領地の貴族が個別に対処しようとしていたんだが、それも無理だからということで、ラレニムの領主が討伐隊を派遣することを決めたらしい」
「そんじゃ、もう討伐隊の参加募集が始まってるんでっか?」
「いや、それはまだないな。でも近いうちにあるだろう。放っておくと北部の貴族が離反しかねないからな」
盗賊の討伐か。微妙だな。
「それは美味しい仕事になるのだろうか?」
「まぁ、立ち回り次第だな。盗賊も必死だろうから抵抗が激しいと思うけど、中には略奪品を結構溜め込んでいるところもあるから、それを少しばかり掠め取れる可能性がある」
アリーの質問に職員が答えた。
正規の報酬ではなく、そこで儲けを出せということなのか。良く言えば一攫千金と言えなくもないけど、やっていることは火事場泥棒か追い剥ぎみたいだよなぁ。
「そんなことをしたら雇い主、貴族に処罰されないか?」
「それがな、貴族様しだいなんだ。というのも、奪われた物を取り戻すために討伐隊を派遣するなら略奪は禁止だが、単に盗賊を潰したいだけなら略奪は黙認されることがあるんだよ」
なるほど、そういうことか。一口に討伐隊といっても、性質の違いで規則も大きく変わるわけだ。
「他には何かあるか?」
「う~ん、そうだなぁ。あ、もうひとつだけ。美味しいかどうかはわからんが厄介な事件だ。半年くらい前から失踪事件が多くなったな。それと、死者が街中で人を襲う事件もたまに起きている」
その話を聞いて、俺達三人は目をむいて驚いた。今は十月だから半年前は四月である。時期は一致するよな。
「師匠、これは──」
何か言いかけたアリーを視線で制する。まずは何も知らない職員が話せることを全て聞き出してからだ。
「ん? どうした?」
「いや、安心できるはずの街中が物騒だってわかって驚いたんだよ。夜に酒場へ行けなくなるのは困るしな」
俺がそう言うと職員は苦笑いを返してきた。いかにも冒険者らしいと思っているのかもしれない。
「確かに物騒なのは違いない。浮浪者や乞食がある日突然姿を消すことなんて珍しくないんだが、半年前から起きている失踪事件は身元のしっかりした住民が多いからな。しかも、老若男女関係なく消えている。失踪する動機もないのに」
話だけを聞くと、治安担当者は頭を抱えていそうだな。
「更にだ、その失踪した一部は死者として戻ってきて人を襲うんだよ」
最悪の帰還じゃないか。アリーとカイルも表情がこわばった。
「領主は何をしているんだ?」
「もちろん事件を解決しようと色々動いているんだが、今度はその捜査をしている連中が次々と失踪してしまってお手上げなんだ」
話を聞いていると、この街はかなり危ない状態に思えるぞ。
「事件解決の依頼はこっちに来ているのか?」
「もちろん。夏頃から依頼書を掲示板に貼り付けている。報酬額もかなりいいんだが、最近は引き受け手が全くいない」
ここまで話を聞いていると、大体先は読めるようになってくる。
「依頼を引き受けて調査を始めた冒険者は、みんな殺されたか失踪した?」
「死者として帰ってきたよ」
うわぁ。それは誰も引き受けたがらないわけだ。俺もできれば関わりたくない。
「領主も我々も街で安心して生活するために事件を解決したいんだが、今のところは成果なしというのが実情だね」
「ここまで死者が出るなら、光の教団は出てこないのか?」
「何度か協力はしくれたよ。でも、結果は同じだったんだ。聖職者の死者なんて、出来の悪い冗談みたいだよな」
現在、光の教団はこの事件に対して協議中ということで、ほとんど何もしていないらしい。たまに死者が現れたときに浄化するくらいだ。
職員は何とも言えない表情でため息をついた。
一旦受付カウンターから外れて、俺達三人は待合場所のテーブルを囲んで座る。
「ユージ先生、こりゃこの街で当たりとちゃいますか?」
「私もそう思います。随分と派手に活動しているようですが」
席に着くなりカイルとアリーは俺に話しかけてくる。俺も二人と同じ意見だ。
「もしこれがフール絡みだったら、随分と派手にやり過ぎなような気がするんだけど、何か意図があるんだろうか?」
基本的に日陰で生きるフールの立場だと、派手なことをして目立つようなことをするのはまずいはず。なのにどうして人を引きつけるようなことをするんだろうか。
「案外、全く別の死霊魔術師が活動している可能性もあるんですよね」
それはそれで面倒なんだけどな。
「けど、光の教団も手足を引っ込めるくらいやから、これは誰も引き受けたがらんのもわかるなぁ」
「そんな事件に俺達は首を突っ込まないといけないわけだ」
実に面倒な話だ。しかしやらないという選択肢はない。
事態の面倒さに内心頭を抱えつつも、俺達は今後どうするべきか更に話し合った。