討伐相手の分析と捜索の手掛かり
シャロンの屋敷で反省会をした後はゆっくり休んだ。なんだかんだで疲れていたので、落とし切れていなかった旅の疲れを少しでも落とす。
翌日の夕方、俺、アリー、カイルの三人はオフィーリア先生の屋敷へと転移した。夕食会の場で今後のフール討伐についての話し合いをするためだ。夕食会とはいっても、実質はいつもの晩ご飯と変わりないわけだが。
俺達三人が屋敷の食堂に入ったときには、オフィーリア先生とエディスン先生が既に待っていた。他の三人はまだ来ていないようだ。
「ようこそ、ユージ」
「やぁ、ハーティアでは残念だったね」
オフィーリア先生が席に座りながら、エディスン先生がその脇でふわふわと浮かびながら声をかけてくれる。それに対して俺達も挨拶を返して席に座る。
「まずは全員無事に戻ってきたことに安心しましたわ」
「ありがとうございます、お婆様」
席に着いた俺達三人に対して、オフィーリア先生は笑顔で全員の帰還を喜んでくれた。
「水晶で説明を一通り聞きましたが、なかなか厄介だったようだね。次の討伐のときも大変なことになるだろう」
「今から考えると頭が痛いですね」
既に次のことを考えているらしいエディスン先生は、事務的に淡々と話しかけてくる。その通りなだけに俺も内心頭を抱えているところだ。
「こんばんは。今日はお招きありがとうございます」
「やっほ~! ユージ、無事で良かったね!」
しばらく雑談をしていると、次にレティシアさんとジルが入ってくる。招待主のオフィーリア先生に挨拶をするレティシアさんに対して、ジルは自分の一番興味のある俺に声をかけてきた。
「死にかけはしなかったけど、フールは取り逃がしたのは残念だったよ」
「次は仕留めちゃえばいいじゃない」
そんな簡単にいくわけはないんだけど、こうやって明るく気軽に励ましてくれると気が楽になる。たまに深刻に考えてしまうときがあるからなぁ。
「話によると、星幽剣はきちんと制御できているみたいですね。修行の成果があってよかったではないですか」
「はい、フォレスティアでさんざん修行しましたからね」
レティシアさんは、フォレスティアの場を提供した効果があったことを喜んでいるようだ。一番の切り札を掴むきっかけとなった場所だけに、俺も頭が上がらない。
「あ、もうみんな揃っているようやね~」
最後にサラ先生が食堂へ入ってきた。相変わらずのんきそうなしゃべり方で、オフィーリア先生に挨拶をしている。
「三人とも無事で何よりやね~。今回はあかんかったけど、次は討伐できるとええね~」
「全くですわ。今度は絶対仕留めてみせまっせ!」
席に座ったサラ先生が笑顔で声をかけてきた。それに対してカイルが元気よく答える。
「さて、これで皆さん揃いましたわね。それでは、夕食会を始めましょうか」
今回の話し合いの参加者全員が揃うと、オフィーリア先生が俺達に向かってそう宣言する。
和やかに始まった夕食会兼フール討伐の話し合いは、最初お互いの近況についての話から始まった。俺達三人については既に話してあったので特にしゃべることはなかったが、オフィーリア先生、サラ先生、レティシアさんは、立場上色々とあるので愚痴も交えて話に花が咲く。その間に俺達は、ジルと一緒に腹を満たす作業に勤しんでいた。
しかし、そんな雑談もあくまで本題の前座に過ぎない。全員の食べる速度がある程度下がったところで、いよいよ俺達の話へと移る。
「それでは、そろそろ本題に入りましょうか。何から話しましょう?」
「最初は俺から話します。簡単なハーティアでの経緯と、昨日シャロンの屋敷で話した内容についてです」
小首をかしげて迷っていたオフィーリア先生に対して、俺が手を上げて提案した。話のきっかけとしてちょうどいいだろう。
「わかりました。お願いしますわ」
オフィーリア先生の許可をもらった俺は、ハーティアでの出来事を時系列順に並べて話始めた。これはここにいる全員が知っている話なので軽く流す。次に、シャロンの屋敷で話し合ったことを説明する。誰も口を挟まずに最後まで聞いてくれた。
俺の話が終わると、いよいよ話し合いが本格的に始まる。
「シャロンの放った密偵が春頃にはフールに気づかれていて、元からいた護衛二人を意のままに動く人形へしたてあげたわけですか。ベラ殿と共同研究をしていたから、人形にする技術もあるというわけですわね」
「そうなると、今後は死霊魔術師としてだけでなく、人形師としても警戒しなければならないというわけですか。これは厄介ですね」
最初に反応したのはオフィーリア先生とエディスン先生だ。さすがにベラ関係の話となるとすぐに反応する。
「うちは研究材料を集めてたってゆう話が気になるな~。調達したやつを転移用の魔方陣を使わんと運んでたんやろ? どこにどうやってってゆうんがな~」
「それですけどね、ずっと考えていたんですが、もしかしたら他の密輸品と同じように運んでいたのかもしれないですね」
俺達はフールにしか興味がなかったが、フールが密輸組織に目を付けたのが研究材料を集めるためだけじゃなく、密かに別の場所へと運ぶためでもあったとしたら、転移用の魔方陣を使わなくても他の地域へと品物を運ぶことができる。俺達は、そういったことを完全に見落としていたのかもしれないということだ。
「あ~、なるほどな~。自分も組織のお客さんになるんか~。それは考えてへんかったな~」
「運ぶということなら、倉庫から出てきた死者が気になりますね。こちらは恐らく魔方陣を利用して倉庫の中に集めたはずですが、問題は死体をどこから手に入れたのか」
サラ先生と俺の会話を呼び水に、エディスン先生が死者の入手元についての疑問を投げかける。あのフールが墓から掘り返して手に入れたとは考えにくい。
「そういえば、あの死者は体がまだ腐っていなかったように思えます」
「せやったな。なんつうか、死にたてみたいな感じやったな」
アリーとカイルがそのときの状況を振り返りながらしゃべる。
「ただ、保存に苦労したとも言っていたから、一度にたくさん確保したわけじゃなさそうだ。そうなると、護衛二人を人形にした頃から、どこかで人を殺して死体を調達したのか?」
俺の予想を聞いた全員が眉をひそめる。
確か、あの死者は老若男女がおり、見た目に統一感が全くなかった。手当たり次第に集めた感じがしたんだよな。
「ならば、転移先の魔方陣がある地域で、人を殺めていた可能性がありますわね」
「ということは、失踪事件が多発している地域にフールはおるんかな~?」
「少なくとも、フールの足取りを追う手がかかりになりそうですわね」
オフィーリア先生とサラ先生の話から、今後フールを探す手がかりがひとつ手に入った。その場所にはいないだろうが、捜査の起点にはなるだろう。
「そういえば、ユージに確認しておきたかったことがあるのですが、星幽剣はフールに有効でしたか?」
「いえ、結局、星幽剣を使いましたが、直接攻撃できなかったので見られただけです」
レティシアさんから肝心なことを聞かれて、俺は少し気落ちしながら答えた。結果報告をしていたときは「討ち漏らした」としか説明していなかったので、気になっていたのだろう。
「それじゃ、見られ損じゃないのよ」
「いやそうなんだけどさ、途中で護衛の二人に邪魔されたから、どうにもならなかったんだよ」
どこからどう聞いても立派ないいわけにしか聞こえないが、事実なのだから仕方ない。いやだって二対一ですよ?
「しかし、見られただけということは、まだどのような効果があるかは知られていない可能性が高いですわね」
「フールは星幽剣の存在を知っていますから、たぶん自分に対する効果はわかっていると思います。ただ、どうも俺の持っている剣を勇者の剣と勘違いしたらしく、光の教団が襲撃してきたと勘違いしたみたいなんですよね」
あのときフールがしゃべっていた内容を思い出しながら、オフィーリア先生と話をする。
「え? それやったら、フールはユージ君達三人を光の教団の刺客と思い込んでるん?」
「はい。星幽剣については警戒されてしまいましたが、これからフールは光の教団関係も用心するかもしれないですね」
サラ先生に答えながらそう思う。ただ、フールは殺されるとそいつに憑依することができるから、全くの別人になっている可能性が高い。だから断言はできなかった。
「そういえば、死者が師匠を襲わなかったことも、光の教団だからと言ってましたか?」
「うん、そんなことを言ってた」
実際には全く関係ないのだが、あの教団が死者に対する魔法具を持っていてもおかしくはない。
「今の話を聞くと、死者の腕輪はきちんと動作しているようだね。結構なことだ」
「腕輪の存在は知られていないですけど、その効果は知られているんで、もしかすると何か対策を打たれるかもしれないです」
満足そうに頷いているエディスン先生には悪いけど、俺は今後のことを考えて一言添える。いい気分なところに水を差しちゃったか。
「とりあえず一通り意見は出たかしら。今から一旦まとめましょう」
オフィーリア先生の一声で、全員の意見や感想がまとめられる。
まず、フールは死霊魔術師としての能力だけでなく、人形師としての技能もある程度身につけている。そして、魔方陣の転移先で死者となった人を攫ったり殺したりしている可能性が高い。
次に、俺の剣を勇者の剣と勘違いし、光の教団が襲撃してきたと思い込んでいる。星幽剣の存在は元々知っており、俺が使えることを見られた。死者の腕輪の存在は知られていないが、その効果には気づかれた。
こんなところだろう。
そしてこれを踏まえた上で、今後どうするかを考えないといけない。
「フールがベラ殿の技能を一部受け継いでいるとなると、これからはその人形も相手にしないといけないわけですか」
「トーマス先生、どの程度脅威になるか予想できるでしょうか?」
「ベラ殿ほどでないことは確かでしょう。純粋に人形師としてならランドン殿以下ですね。問題なのは、死霊魔術師との技術と組み合わせられたときです。これはどうなるかわかりません」
エディスン先生とオフィーリア先生の話を聞きながら俺も考えていたが、ベラの遺した本を読んでいると、あいつって自分の研究以外ではいい加減なところがあるから、あんまり心配しなくてもいい気がする。案外使い捨ての手駒を手軽に作る感覚でしか使っていないように思えるんだよな。
「お婆様、星幽剣の対策はどのようにされると思いますか?」
「無理なんじゃない? あれって何でも切れるよ?」
アリーがオフィーリア先生に対して質問した直後、横からジルが口を挟んできた。
「そうなん?」
「そうですね。あれに対抗できるのは、同じ星幽剣だけです。ユージも魔王との対決のとき以外は何でも切れたでしょう?」
サラ先生の疑問にレティシアさんが断言した。そういえば、俺やライナス以前に星幽剣を使いこなしていた人と、この二人は一緒に旅をしていたんだっけ。
「そんなら、星幽剣対策は何も考えんでええっちゅうことなんか?」
「ユージの場合だと、剣を取られないように気をつけることくらいかな」
レティシアさんの頭上をゆらゆらと飛びながら、ジルはカイルに返事をした。
「そうなると、問題はどうやってフールの居場所を見つけるかやね~」
ハーティアでフールを発見できたのは半ば偶然だ。残念なことに、俺達は今のところ俺の捜索の範囲外にいるフールを見つける手段がない。
「とりあえず、転移先の魔方陣がある地域は見つけられそうですわよね。失踪事件が多発しているところでしょう」
他に手がかりがないため、今はオフィーリア先生の言う通り、そこから探し始めないといけない。
「それと居場所やけど、ある程度は絞れるんとちゃうかな~」
「どうしてです?」
「ほらユージ君、思い出してみぃや。フールってあんたを光の教団の手先って思ったんやろ? それやったら、教団の影響力が強いところになんか行かへんやろ~」
「なるほど、そうなるとハーティア王国にいる可能性は低いか」
そうやって考えていくと、居場所を絞れるのか。
「大森林にいる可能性はまずないですね」
「フールはどうも人間にこだわっているようですから、私達の住む魔界も可能性は低いですわね」
「う~ん、そうなると、レサシガム共和国かラレニム連合のどっちかなんか~」
レティシアさん、オフィーリア先生、サラ先生がフールの逃亡先を絞り込んでゆく。
「そんなら、ドワーフのおるロックホールもないやろなぁ」
「残る地域で、なおかつフールの好みそうな場所か」
カイルとアリーも考えている。しかし、これでもまだ広すぎる。もう少し絞れる条件があればいいんだけど。
「フールは死霊魔術師ですから、そういった者達が好む場所となると、呪いの山脈がありますね」
エディスン先生の言葉に全員が反応する。それだ!
「ということは、ラレニム連合に逃亡した可能性があるのか」
「ちょうど呪いの山脈の南側はハーティア王国との境やさかい、色々と都合がよさそうやもんな~」
俺もだんだんとその気になってきた。手掛かりがほとんどない以上、一度この線で探してみてもいいだろう。