事後処理と反省会
ハーティアにおけるフール襲撃は失敗した。非常に間抜けな話だが、相手だって対策しているはずなのに、それについてほぼ何も考えていなかったからなぁ。サラ先生の言う通り、フールは用心深かった。
フールを取り逃がしたその夜、俺は支援してもらっている人たちに襲撃が失敗したことを伝えた。最終的な結果を最初に報告してから、始まりから終わりまで実際にあった事実を淡々と述べていく。
みんなじっと聞いて、その後に残念がってくれた。もちろん態度や口調に温度差はあったが、責められるようなことはなかった。
今後の具体的な話は帰ってからということになる。まずはシャロンの屋敷で俺達三人にスカリー、クレア、シャロンを加えて、実行部隊の俺達の考えをまとめる。次にオフィーリア先生の屋敷でサラ先生、レティシアさん、ジルと一緒に打ち合わせだ。みんなまとめて話をしないのは、集まる人数が多すぎると収集がつかなくなってしまうからである。
それと、俺達が例の倉庫で暴れた話は、早速ハーティア中に広がっていた。いつも不思議に思うのだが、一晩明けただけでどうしてこんなに話が広がるんだろう。
俺達はその後の状況がどうなっているかを知るため、翌日一日はハーティアに留まることにしていた。あの場にいたフール側の人間はフール以外死んだし、場所を離れるときも姿が見られないように気を遣った。理論上は問題ないはずと判断して、噂話を集めている。
「それにしても、昨日のあれって裏組織の抗争、怪しい薬の実験、それに怪しい宗教の儀式って、いろんなふうに言われてまんなぁ」
朝の間は冒険者ギルドで情報を集めたが、カイルの感想の通りだ。今は待合場所で座って集めた話の分析をしている。
例の倉庫の惨状が惨状なだけに、憶測は色々と飛び交っている。いろんな噂が広がることでみんなの意識が事実から遠ざかるので、俺達としては歓迎するべきことだ。
「しかし、今一番知りたいのは、密輸組織がどう思っているかですよね」
「そうなんだけどな。こればっかりは、そう簡単に内情を掴めないしなぁ」
シャロンの話によると急に大きくなった組織なので脇の緩い面があるそうだが、今の俺達にその甘さを突くだけの調査能力はない。できることといえば、シャロンの放った密偵からの連絡を待つくらいだ。
「ユージ先生、どないします? 骨休めも兼ねてしばらくハーティアにいますか?」
「いや、翌朝にシャロンの密偵からの連絡がなければ、ここを出発しよう」
ハーティアと密輸組織の状況は後で知っても差し支えはない。だから予定はそのままである。
「師匠、例の倉庫がどうなっているのか、確認しにいきますか?」
「いや、それは絶対にやらない。誰が監視しているかわからないからな」
犯人は犯行現場に戻るとは誰が言ったのか忘れたが、確かにその後あの場所がどうなっているのか気にはなる。でも、フールを取り逃がしたという最も重要な情報を既に知っている以上、あの倉庫に戻る理由はない。
その日は、昼からいくつか酒場を回ったが大したことはわからなかった。倉庫の大量死亡事件の噂話自体はいくらでも聞けたんだけどな。
翌朝、俺達はそれ以上の収穫を得ることなくハーティアを出発する。特に誰かから怪しまれているということもないようで、すんなりと賑やかな街を出られた。そして四日後、シャロンの屋敷に到着する。
「皆さん、お帰りなさい。お疲れでしょう、すぐに湯浴みと食事の用意をさせますわ」
「残念やったな。もう少しやったのに」
「次の事を考えるのは、旅の疲れを落としてからね」
シャロン、スカリー、クレアの三人がすぐに俺達を出迎えてくれた。これでようやく緊張の糸を切ることができる。
湯浴みを済ませ、食堂に入ると肉とスープの良い香りがする。幸い毎日食べるものには困らなかったが、食卓に置かれている料理の質は宿の食堂の比ではない。俺、アリー、カイルの三人は席に着くと順次食べ始めた。
「はは、みんなええ食べっぷりやなぁ」
「いや何しろ、ここの飯の方が宿のやつより断然旨いからなぁ。食べるのやめられへんで」
自分の皿に肉を山と盛ったカイルが食べながら反論する。今のところ口と手を休めるつもりはないらしい。
「ふふふ、食べっぷりで言えば、アリーもいいわよね」
「う、わ、私はカイルみたいにがっついてはいないぞ」
食べている最中にクレアから指摘されたアリーが、少し決まり悪そうに顔を赤くする。食べ方はともかく、食べる量はカイルといい勝負だよな。
「あの二人に比べますと、ユージ教諭は慎ましいですわね」
「量はな。さすがに上品な食べ方なんてのは無理だぞ」
量に関していえば、カイルとアリーがおかしいのだ。あいつら学生時代からよく食べていたが、一体あの体のどこに入るんだろう。俺の場合は胃がそこまで受け付けてくれない。
すぐに胃もたれが起きないように、俺は野菜で肉を巻いて食べる。そしてスープで口を湿らせるのだ。こうしてできるだけたくさん食べられるように工夫する。
食べている間は、俺達が出発してからシャロン達のやっていたことを聞いていた。基本的に魔法の研究なのだが、料理やお菓子についての話題も意外と多かった。ハーティアから近いのとフェアチャイルド領が穀倉地帯という関係上、食べ物関係は何かと発達しているらしい。
更にそこへアリーが魔界の料理やお菓子についての話題を持ち込んだから話は一層盛り上がる。剣術に興味がいきがちなアリーではあったが、やはりというか食べることにも相応の興味があるようだった。
そしてある意味当然というか、俺とカイルはあまりその輪には入れなかった。料理の方はともかく、お菓子となるとさっぱりだからだ。なんだかんだと言っても、こういうところに平民と上流階級の差が出てくる。
それでも楽しいひとときには違いなかった。ハーティアではどことなく三人とも緊張していたが、ここではそんなこともない。精神的にも完全にくつろげる。
ご飯が終わると、食後の団欒となる。本当ならここでフール襲撃の反省会をしようかと考えていた。しかし、予想外に料理とお菓子の話が盛り上がっていたので、それは明日に回すことにした。話にはそれほど参加できないものの、居心地は良かったのでこの時くらいはフールのことを忘れることにしたのだ。
翌日、朝ご飯が終わってからフール襲撃の反省会を始めた。
「さて、これからハーティアでの襲撃失敗について話をしようと思う。アリーとカイルは襲撃に参加していたからいいとして、シャロン、スカリー、クレアも何があったかは把握しているということでいいな?」
連絡用の水晶で既に話を聞いていた三人は黙って頷く。
「よし、それじゃ始めようか。何から話そうか」
「時系列順ならば、最初にわたくしからですわね」
まずシャロンから声が上がる。ハーティア関連の事前準備の多くはシャロンがやってくれたから、別にそれでもいいだろう。
俺はシャロンに応じて言葉を続けるように促す。
「まずは、皆さんに謝罪しなければなりません。ユージ教諭の話によると、フールは春の段階でわたくしの送り込んだ密偵に気づいていたそうですわね」
謝罪の言葉に続いてシャロンは軽く頭を下げる。しかし、誰も責めることはなかった。そもそも、シャロンが自分の護衛を割いて密偵代わりにしてくれなかったら、ハーティアの状態は何もわからなかったからな。
「まぁ、それはしゃーないやろ。シャロンの護衛以上に、俺らがうまいこと密輸組織の内情を探れるとも思えへんしな」
「私もそう思う。それよりも、フールが無防備だという前提で動いた私達に問題がある」
「サラ先生にそれらしき忠告を受けていただけになぁ」
カイル、アリー、俺の三人は言葉を返してからうなる。早く事を終わらせたかったという気持ちは確かにあった。それを焦りと言われれば返す言葉もない。しかし、あのときフールの対策をあぶり出し、それへの対応をどうするのかという策をうまくひねり出せたのかと考えると、これも疑問符がつく。
「春頃には気づかれていたのよね? どうやって気づいたのかしら?」
「突っ込んだ話を聞こうとすると、密輸組織の人間に接触することになるやろうし、そこから漏れたんとちゃうかな?」
「情報屋も金次第で転ぶしな」
クレアの疑問にスカリーが答えたが、別の可能性について俺が補足する。
フールがそういった身の危険に対して普段から何らかの手を打っているのだとしたら、最初にすることは自分のことを調べている連中がいるかということだろう。俺達が密輸組織の情報を得られやすいのならば、フールなら一層容易に手に入るはずだ。
「それと、フールが密輸組織に所属していたのは、研究材料を集めるためだそうですわね。結局、それが何かは全くわかりませんでしたけれども、一体どこから手に入れてどこへ運んだのでしょう?」
シャロンの言う通り、確かに気になることだ。未だに何かの研究をしているということだが、密輸組織に頼るということは非合法なものを手に入れているということになる。
そして、例の倉庫へはそれが何ひとつ運ばれていないということも不思議な話だ。研究施設が別の場所にあるのなら、あの転移用の魔方陣の先に通じている可能性が高い。それならあの倉庫を通して運ぶはずなのだが、シャロンの密偵が関している間は一度もそんなことはなかったらしい。どうやって手に入れているのかというところはある程度隠せても、物を移動させることは難しいと思うのだが。それとも、この考え方自体が間違っているのかもしれない。
「それはさっぱりやなぁ。そもそもどんな研究をしているんかわからへんから、材料の特定すらできひんし」
「そうよね。結局フールの存在しかわからなかったのよね」
スカリーとクレアが嘆息しているが、この辺りは長年隠れて研究しているフールの方がずっと上手ということだろう。
「いやそれにしても、仕掛ける直前に、フールの奴が立ち止まったんは驚きましたわ。今から考えると、あれ、俺らが倉庫の前にいることがわかってたんですよね? どうやったんやろ?」
「あれは私も不思議でした。私達がそこにいるかもしれないと思わなければ、捜索の魔法を使うこともなかったはずですのに」
シャロンの密偵の存在がばれていたとして、次に心配するのがいつ襲われるのかということだ。そこで最初に考えることは、いつどこで襲われるのかということのはずである。
「俺達も襲撃する側としてどこが最適なのかということを考えたけど、結局、フールも同じ結論に達したんだろうな」
どんな過程をたどったのかはわからないが、自分を襲うとしたら人気のない例の倉庫だと思い至ったんだろう。そうなると、あとはあの寂れた倉庫街に入ったときから捜索を頻繁にかけるだけでいい。条件は人間とでも設定すれば、人気のないところだから不審人物の存在は一発でわかる。
ああ、なるほどな。そういう意味でも寂れた倉庫街っていうのは有効なんだ。よく考えていやがる。
「あともうひとつ。ユージ先生が合図する前にいきなり俺らの姿が見えるようになりましたけど、あれってどうしてなんでっか?」
「あれな。フールが呪文解除を使ったんだと思う」
抵抗に成功されてしまうと呪文解除の魔法の効果は全くなくなってしまう。しかし、あのときの俺達は完全に死者へ意識が向いていたから、まるっきり無防備だった。その隙を突かれてしまったわけだ。
「あれもフールの計算のうちだったわけですか。そうなると完全にしてやられましたね」
あのときのことを思い出しているのだろう、アリーは目をつむって眉をひそめる。
「今更ゆうても遅いんやけど、あの死者が出るまでに仕掛けてたら、フールを仕留められたんとちゃうかなぁ」
「その場合だと、背後から死者に襲われることになるだろうから、短時間で始末しないといけない。最初からこちらに気づいていたのだから、結果はそうかわらないように思えるな」
アリーとカイルはもしもの話を始めた。それは俺も帰路の途中で考えたなぁ。答えは出なかったけど。
「結果は残念でしたけれども、死者の腕輪が有効だとわかったことは収穫ですわね」
「あれのおかげで一時はフールに迫れたんだから、身につけておいて大正解だったよ」
俺の腕から取れない呪いの腕輪だ。直前まで本当に効果があるのか不安だったが、想定通りの威力はあった。ただ、強力ではないので、あくまでお守り程度だと思わないといけない。
「そうなると、死霊魔術師としてのフールの行動にある程度の制限がかけられるってゆうわけなん?」
「対策をされていなかったらね」
あんまり期待しすぎるのはよくないな。フールにも腕輪の効果は知られてしまったし。
「それにしても、魔方陣をかき消されてしまったのは惜しいですよね。そのまま使えたら追いかけられたのに」
「クレア、転移先の魔方陣もほぼ同時にかき消されているでしょうから、あまり期待できないと思いますわよ」
シャロンの言う通りなんだよな。
よく考えてみると、魔方陣を使うためには魔力を注入しないといけない。そして、そんなことをやっている間に、向こう側の魔方陣を潰されたら使えなくなってしまう。だから、魔方陣を使って逃げられた時点で、もう駄目なんだよな。全てが終わってから俺はそのことに気がついた。
この後も、死者との戦いや、もしこうしていたらというような話で盛り上がる。全ては後の祭りだが、今後再びフールと対決するときのためにも、出せる知恵は出しておくべきだろう。