早朝の対戦
シャロンも含めた五人を対戦させてからというもの、俺は授業内容をがらりと変えた。みんな自分の考え方や戦い方を既に持っているので、それを伸ばすことにしたのだ。そのため、改めてひとりずつ自分のやり方について話を聞く。
俺はその話と対戦結果を基にひとりずつにあった指導をした。既に身についたものを更にしっかりと固めつつ、至らない点をどう補うか、そして自分の土俵にどうやって持ち込むかなどだ。
例えば、スカリーは、多彩な魔法を駆使して相手を圧倒する戦い方を基本戦術としている。それに加えて、意外と小回りがきくので近接戦闘でも魔法を使える点を活かす。これで武器が使えたら俺みたいな魔法戦士になるんだよな。実に前衛泣かせの魔法使いだ。
クレアは、魔法を主体に戦い方を組み立てるよりも、その確かな戦術眼と頭の良さを中心に戦うことを基本方針としている。武器を使った攻撃もこなせるのには驚いた。冒険者の僧侶は一般的に直接戦闘は苦手だが、その感覚で襲いかかると痛い目に遭う。
アリーは典型的な魔法戦士だ。実を言うと俺の理想としたかった戦い方である。魔法使い並に魔法が使える戦士。長時間動き回り、延々と魔法を使ってもへばらないなんて、対戦相手からすると最悪だろう。とても羨ましい。
カイルは徹底して機動力を活かす戦い方を基本にした。これは本人の希望でもある。また、元々器用なので真似事でいいなら大抵何でもできる。魔法はこの軽戦士としての戦い方を補助する形で使うことになる。
シャロンはある意味典型的な魔法使いだ。手数こそスカリーに劣るがその分一発の威力がでかい。実は魔力の制御が甘くて過剰に使っているからなのだが、それを補えるだけの魔力量がある。戦士に例えたらパワーファイターだな。
これら個人の事情を考えた上で、毎回の授業を行っていった。これがまた思った以上に面倒な作業なのだが、教える相手が五人だけなのでどうにかなっている。
そして、この授業での目玉は俺との対戦だ。学生同士の対戦もみんなの楽しみのひとつだが、事故を防ぐためにどうしてもその試合には制限がつく。しかし、俺との対戦だとそれがない。全力で自分の力を試せるということから、みんな好んで俺と戦いたがった。決して恨みをぶつけられているわけではない、と思う。
「さぁ、ユージ教諭。以前教えていただいたことは身につけましたから、早速試しますわよ!」
「うちもや! 今日こそは一発入れたるでぇ!」
「まぁ、スカーレット様もですか。それでは一緒に試しませんこと?」
「お、ええなぁ」
「二対一って、それは酷くないか」
「どうせ殺したって死なないんですから平気ですわ」
「シャロン、お前は俺を腐乱死体と勘違いしていないか」
とまぁこんな感じである。
『わたしのかんがえたさいきょうのせんぽう』を思い切り試せるわけだから楽しいだろう。受けて立つ俺はひたすらしんどいだけだが。
あと、やり始めてからわかったが、このやり方だと学生の成長と共に自分への負担が大きくなる。みんなの成長が速いだけにいつか破綻しそう。
結局、新たに発生した悩みに頭を抱えつつも授業をしていた。
そしてある日、アリーが真面目な顔つきで俺に近づいてきた。
「ユージ殿、お話があります」
「お、何かうまくいかないところでもあるのか?」
「いえ、そうではありません。その、以前の約束を覚えていらっしゃるでしょうか」
以前の約束? 何だろうとしばらく考えてから、一度本気で戦うという約束をしたことを思い出した。
「うん、覚えている。アリーはいつでもいいのかな?」
「はい。私はいつでも……あ、でも今は自分の武具を持ってきていないので、明日以降にしてもらえますか?」
「は? 自分の武具?」
「はい。真剣勝負なのですから、ないとできないではありませんか」
「本物の殺し合いじゃないか、それ」
「いえ、もちろん殺しはしません。寸止めはします」
簡単に言ってくれるな、この子は。
「以前、ライオンズ学園で決闘がよく行われているって聞いたけど、その決闘のときも真剣を使うのか?」
「掛けるものが大きいほど、その傾向があります」
ということは、魔族にとっては珍しくないということか。人間との文化の違いと言ったらそれまでなんだろうけど、いくら何でも危ないよなぁ。
「さすがに真剣はだめだ。模擬戦闘という形で行う予定にしていたから、学校指定のものを使うぞ」
学生と力比べのために殺し合いをしましたなんて、誰が言い訳として聞いてくれるというんだ。さすがにそれはできない。
アリーは一瞬不満そうな顔をしたが、俺と本気で戦えるということを天秤にかけたのだろう。最終的にはその条件に応じた。
「明日の早朝、日の出後にこの訓練場で模擬戦闘形式で行う。いいな?」
「はい!」
この頃になると、アリーの様子がいつもと違うことに気づいた他の仲間も寄ってくる。しかし、事情を話すまでは不思議そうに俺とアリーを見るばかりだった。
アリーとの対戦に早朝を選んだのは理由がある。ひとつは、学校に雇われている身としては、就業時間内に私的な行為ができないという理由だ。もうひとつは、俺が自分の戦い方を人に見られたくないという理由からである。
今回、アリーが望んでいる真剣勝負とは、全力を出して戦うということを指している。アリーの実力にもよるが、場合によっては加減ができないかもしれない。そうなると、人に知られたくない戦い方をする可能性も出てくる。もう少し具体的に説明すると、例えば、使えないはずの魔法を使うところなんかを見られたくないのだ。
その点、早朝ならほとんど誰も起きていないし、訓練場にやって来る人もまずいない。おまけに外へ音が漏れることもほとんどないので好都合だ。
だというのに、今、まだ薄暗い訓練場内には六人の姿があった。いつもの面子だ。一体どういうわけだ、これは。
「どうしてお前らがいるんだ」
「そりゃぁ、こんなおもろい話に首突っ込まんはずなんですやん!」
「そうやそうや! 土人形を倒したっていう先生の腕前を見せてもらわんとなぁ!」
朝からやたらと元気なカイルとスカリーが笑顔で主張した。俺も二人の立場なら間違いなくそうするけど、できればそっとしておいてほしかったなぁ。
「わたくしは、スカーレット様がいらっしゃるところはどこにでも参りますわ!」
「頑張って起きました」
シャロンは相変わらずだ。そして、クレア、それはもう理由になっていない。随分と眠そうな顔をしているけど、そんなに無理をしなくてもいいのに。
「ユージ殿、私の準備はできています」
実家から持参してきたという革の鎧を身につけたアリーはやる気満々だ。その革の鎧は魔界の獣から作られたのか全体的に黒っぽい。手には一アーテムの長剣が握られている。学校の備品なのでもちろん木製だ。
一方の俺は、自分の使い古した革の鎧に、学校の備品である槌矛だ。もちろん木製である。ちなみに、どちらの武器も木製だが当たると死ぬほど痛い。だから峰打ちなんて信じてはいけない。
「わかった。それじゃ、あっちで対峙しようか。他の四人は危ないから下がってて」
そう言い残すと、俺はアリーに続いて指定した場所まで歩いた。お互いの距離は約二十アーテムだ。近接戦闘に持ち込むには少し距離がある。
もうすぐ七月ということもあって、朝であっても冷え込むということはない。それと、今年はあまり雨が降らないということもあって、地面はしっかりと乾いている。
日差しは次第に高くなってきて、訓練場内も西側から直射日光に晒され始めた。
「よし、いつでもいいぞ!」
「はい!」
うん、いい返事だ。さて、どうしようかな。
「我が下に集いし魔力よ、我に力を与えよ、身体強化」
アリーはいきなり魔法を使ってきた。しかし、それが無属性の身体強化? 発動させると対象者の身体能力を上昇させる魔法だ。ただし、効果が切れると酷い疲労に襲われる上に、魔法の効果が切れた後は体を使う感覚がしばらくおかしくなる。身体強化をするほどこの術後作用は酷くなることから、ここぞというときか短期決戦の場合に使われる魔法だ。
その魔法をいきなり使って、アリーは一足飛びに俺の胸元まで迫ってきた! 元の身体能力を考えると、二十アーテムの距離なんぞないも同然だよな!
両手を使って振り下ろされた木製の長剣が、切っ先の見えない速度で俺の頭めがけて打ち込まれそうになる。俺は驚いて右側に体をよじりつつ、両手で槌矛を使ってその斬撃を受け流した。
しかし休む暇はない。振り下ろされた剣は振り切られた瞬間、今度は左手一本で横凪に払われる。次は脚狙いだ。俺は槌矛で剣を防ぎつつ、アリーから離れた。
だが、まだ攻撃は終わらない。初撃のときに踏み出した左脚を軸に俺へと向き直ると、再び間合いを一気に詰めてきた。今度は突きだ。バックステップからまだ体勢を整え切れていなかった俺は、きれいに避けるのを諦めて右側に大きく転げるようにして回避した。
うわぁ、わかってたことだけど、本当に本気なんだな。
「さすがですね、ユージ殿。身体能力を強化して迫ってみましたが、全て躱されてしまいました」
「最後はかっこ悪く地面を転げたけどな」
「いいえ。魔族と人間の能力差に魔法の有無を合わせて考えると、素晴らしいです」
そう言ってアリーは満面の笑みを浮かべた。いやぁ、美人なだけにとても華があるのはいいんだけど、その笑顔、どう見てもあかん笑顔だよね?
まるで肉食獣と対面したときのような感覚を覚えつつ、俺も身体強化を使う。さっきは経験の差で奇襲を防げたけど、純粋な武術の才能はアリーの方が上だ。同じように魔法で身体能力を上げておかないと力負けしてしまう。
再びアリーが仕掛けてきた。今度は俺も正面から迎撃する。木の武器同士がぶつかる音が響いた。金属同士とは違った高い音が短く鳴る。
それからしばらくは、剣と槌矛を使った攻防となった。アリーが切り込んでは俺が受け流し、俺が打ち込んではアリーが避ける。こう書くと互角の戦いのように見えるが、実際の手数はアリーの方がずっと多い。俺は隙を見て反撃するというのが正しいだろう。
くっそ! やっぱり武術じゃどうにもならんか。けど、このままだと仕切り直すのも一苦労だ。本気でやっているだけあって隙がほぼ見つからない。
「ユージ殿。魔法は、使わないのですか」
「使ってる、暇がねぇ!」
剣戟の最中なので言葉が途切れる。
思わず本音を漏らしてしまったが、実際そうなのだから仕方ない。
ただ、何とかする方法なら、実はある。それどころか、最初から使っていれば楽勝に勝てる方法がだ。
それは、無詠唱で魔法を発動させるだけでいい。呪文を唱えずにいきなり発動できるのだから、常に半ば奇襲みたいに使えるし、こういう近接戦闘でも問題なく利用できる。前世でライナス達と一緒に散々練習したから、しくじることもない。
でも、俺は理由があって今世ではほとんど使っていない。
ひとつは、『メリッサ・ペイリン魔法大全』の存在を知ったからだ。魔法体系が洗練されているだけでなく、呪文も一部変更されているのを知って、それを覚え直すためにわざと詠唱しているのだ。
もうひとつは、余計なトラブルを避けるためだ。今も昔も無詠唱で魔法を使える魔法使いは少ない。そして、そんな優秀な人材はもちろん取り合いになる。これが冒険者パーティだけならまだ何とかなるが、領主やギルドのような組織が絡んでくると危ない。仲間にならないなら殺してしまえ、というようになるのだ。実際、それで優秀な知り合いがひとり殺されている。迷惑な話だ。
ということで、いくら全力を出すと約束をしても、ばれると面倒になるようなものは大っぴらには使えない。特に俺のような組織の後ろ盾がないような個人はだ。せめてアリーだけなら使ってもよかったんだけど、四人も見学しているしな。下手をするとこの五人にも迷惑を掛けるかもしれない。
だから結局のところ、経験の差でアリーの才能を上回るしかないわけだ。
アリーの今の弱点は、剣戟の最中に魔法を同時に使えない点だ。他の学生と対戦しているときは場合によっては使えるみたいだが、同格以上の相手だとまだ無理だということがはっきりとしている。この点を突く。
俺は一旦大きく間合いを取るべくアリーから離れようとする。しかしもちろん、アリーは追ってくる。ここで魔法のひとつでも使って自分に有利な状況を作ればいいのだが、今は剣を振るうことに集中しているようだ。
すぐに追いつかれるのだから意味がないと思うかもしれないが、これを繰り返すことでわずかな瞬間がいくつか手に入る。そしてその間に呪文を唱えるのだ。集中力さえ持続できるならば、呪文は一気に唱える必要はない。
「我が下に集いし魔力よ、彼に集いし魔力を解きほぐせ、魔力分解」
都合三回離脱を試みることで、魔法をひとつ完成させる。それは、発動した魔法の魔力を分解して魔法を維持できなくする無属性の魔力分解だった。これにより、アリーが自分にかけた身体強化の効果を減じさせる。
「なっ?!」
かけた魔法の魔力が分解される分だけ効果が減ることにより、アリーの動きは大きく鈍った。
魔力分解は相手に抵抗されると効果が薄くなるが、完全に無効とするのは実は難しい。同じ無属性の魔法でも、抵抗に成功したら無効となる呪文解除とはここが違う。魔法の効果をわずかでも減らしたいときは、こっちの方が有効なのだ。
これで形勢は逆転した。不利となったアリーが今度は一旦離脱しようとするが、逆に俺が食らいついてゆく。そうして、再びできたわずかな間を利用して魔法を発動させた。
「我が下に集いし魔力よ、彼の者を絡め取れ、拘束」
今度はタイミングを考えて、無属性の魔法を発動させると同時に槌矛を打ち込んだ。魔法に抵抗することを妨害したのだ。
「あっ!」
短い悲鳴をあげたアリーは、そのまま俺の拘束で身動きがとれなくなってしまう。これで勝負あった。
俺はしばらくその場に立ち尽くして、大きく息を繰り返す。冒険者だったとき以来の真剣な戦いだった。
「先生、むちゃくちゃすごいやん! 魔法戦士ってゆうのは伊達やなかったんやな! これは土人形を倒したってゆうのも頷けるで!」
「ほんまや! あのアリー相手に完勝するなんて、さすがユージ先生やなぁ! かぁ、たまらんなぁ!」
「ユージ先生すごいです! アリーの奇襲から、少しずつ有利な状況を作り上げていくやり方は参考になりました!」
「正直なところ、アリーと真正面から剣術勝負をしたときはユージ教諭の負けかと思いましたわ。さすがですわね」
勝負が終わって寄ってきた四人が口々に褒めてくれる。これはとても嬉しいが、とりあえずやらないといけないことがある。
「アリー、これでいいのか?」
「ええ、完敗です」
俺のかけた魔法を解いてやると、アリーは体の調子を確かめてから一礼してきた。
「以前うかがったときは、魔法の方が得意だとおっしゃっていたので、あるいは剣術ならばと思いましたが、浅はかでしたね」
「経験の差だよ。才能ならアリーの方がずっと上だ。これからもずっと修行したら、武術に関しては俺じゃどうにもならんだろうな」
今の時点で近接戦闘は既に俺が押されている。弱点や問題点を解決できれば、もう俺じゃ接近戦では勝てないだろう。
「そうですか。それでは、これからもご指導ご鞭撻をお願いします、師匠」
「師匠?」
「はい。これからもどのような修行にも耐えていく所存です、師匠」
おおぅ、なんというか、真正面からそんな真面目に言われると、落ち着かないな。
「あ、ええなそれ! ユージ先生、俺も師匠って呼ぶわ!」
「お前、街の道場でも先生としか呼んでいなかっただろう! 何で今更便乗してんだ!」
カイルが会話に乱入してきたことで、みんなが一斉に騒ぎ出す。
ここでちょうど身体強化の効果が切れた。あ、むちゃくちゃ体がだるい。今日、仕事を休めないかなぁ。
気づけば、訓練場内の大半が朝日に照らされていた。