襲撃直前
シャロンの屋敷を出発して四日後、俺、アリー、カイルの三人はハーティアへ着いた。フールを捜索で見つけられるか確認したとき以来だから、実に五ヵ月ぶりの再訪だ。
「へぇ! ここがハーティアでっか!」
いや、ひとりカイルだけが初めてだったな。南門から中に入ると、ハーティアの街はすっかり以前の賑わいを取り戻しているようだ。カイルはその様子を見て圧倒されている。
「以前来たときと違ってかなり盛況ですね。これが本来のハーティアですか」
圧倒されていると言えばアリーも同じみたいだ。前回は流行病のせいで街が沈静化していたから、人の数はある程度いてもどこか明るさはなかったもんな。
ようやく本来の様子を取り戻したハーティアの大通りを俺達三人は北上する。そして、西門に通じる大通りにぶつかると西に向かって歩いた。すぐに冒険者ギルドが見えてくる。
冒険者ギルドでは、まず最初に現在のハーティアの様子を確認した。すると、確かに流行病はすっかり治まっているようだ。これなら病気を恐れずに行動できる。他にも、街を出て避難した人がどのくらい戻ってきているのか、その影響が街に出ているのかも調べておいた。その結果、難民は緩やかに戻ってきているみたいだが、緩やかなおかげで大きな混乱はないらしい。
次に、シャロンから伝えられた通り、俺宛に手紙があるか確認した。すると、一通の手紙を渡された。いきなり新情報があるのか。
それを受け取った俺は、他の二人を連れて待合場所の椅子に座る。
「先生、なんて書いてあるんでっか?」
「せめて読んでから聞いてくれ」
せっかちなカイルに急かされながら封筒を開けて一枚の用紙を取り出すと、書かれている内容を読み取る。文章は数行しかないのですぐに読み終えた。
「ハイドが四日前に例の倉庫から出てきたそうだ。八日間も倉庫に引きこもりっぱなしの末にな」
「その八日間は出入りが一切なし、差し入れも、ですか。食べ物を蓄えているわけではないのなら、どこかに転移しているのでしょうね」
俺が回した手紙を見たアリーが、半ば独り言みたいにつぶやく。事前の情報通りだな。
「これ、護衛の二人についてはなんも書いてないけど、一緒について行ったんやろか?」
「常に身辺警護をしているのなら、当然だろう」
再び戻ってきた手紙を眺めながらカイルとアリーの話を聞き流していたが、そこで少し引っかかることを思い出した。
五ヵ月前にフールが倉庫に入って雲隠れしたとき、護衛らしき二人はどうしていた? 確かその二人はフールが消えた後、倉庫から出て行ったよな。シャロンの情報が確かなら、フールと一緒に消えていても不思議じゃない。それとも、俺達が見た二人と報告のある護衛二人は違うんだろうか。
この件は今晩シャロンに聞いてみることにしよう。
「二人とも、明日から一週間ほどかけて、ハーティアの北西部を中心に歩き回るからな」
「「はい」」
この間にできればフールとその護衛二人を見ておきたいけど、これは可能ならという程度の気持ちでいよう。今の段階で無理をすると、こっちの存在がばれかねない。
とりあえずハーティアに着いてすぐにやらないといけないことはやったので、俺達は宿を取ることにした。
ハーティアに着いてから十日ほどは、毎日街の北西部をを歩き回った。北門から南へと延びている大通りと西門から東へと延びている大通りに挟まれた地域には、四種類の区画がある。北半分を占めている一般人居住地域、南東部を占めている倉庫街、南西部を占めている歓楽街と宿屋街だ。
一般人居住地域は春頃まで流行病が発生していた場所だ。平民、それも貧しい人々が住む地域だ。倉庫街は文字通り荷物を保管する倉庫が建ち並ぶ地域だが、一部はすっかり寂れて使われなくなっている。歓楽街は北の一般人居住地域と南の宿屋街に挟まれており、飲食店やその他のサービス業が所狭しと林立していた。最後の宿屋街は、俺達のような冒険者や旅人のための宿泊施設が集められた地域だ。
この北西部分を中心に三人で色々と動き回った。
ちなみに、フールの所属する密輸組織の本拠地は倉庫街の南側にある。冒険者ギルドから遠くなくて驚いたが、更に驚いたのは堂々と営業していることだ。
「表向きは真っ当な商売人っちゅうわけかいな。ようやるなぁ」
カイルなどは呆れていたが、俺もそう思う。
聞いた話では、落ち目の商会を密輸組織が買い取ってから持ち直したらしい。何をやったのか何となくわかったので嫌になる。そして裏の営業窓口は歓楽街にある酒場らしい。ある意味お決まりともいえるだろう。
そうそう、俺とアリーが五ヵ月前に見た護衛らしき二人と現在の護衛二人についてシャロンに確認した。すると、四月までは俺達の見た二人がフールの護衛をしていたそうだ。ところが、五月に入ってからどうやら入れ替わったらしい。以前の二人は、それ以来誰も姿を見ていないということである。
街の地理を覚えるために動き回る一方で、俺達は誰かひとりは一日二時間ほど密輸組織の本拠地を見張っていた。理由は、フールとその護衛二人を見るためだ。
密輸の護衛をしているのだから表立って動くことはないだろう。しかし、それでも表向きの仕事を本拠地でやっている以上、必ず出入りするはず。それならば、本拠地を見張っていればその姿を確認できるはずと考えたのだ。
この予想は当たった。人相書きとそっくりの男は、倉庫内で雇っている人足相手に指示を出しているのを俺達三人ともが確認する。たまに外まで出てくれるのではっきりと顔も見えた
「あいつだ、間違いない」
今回憑依しているハイドという男が視界に入ると、その輪郭が二重にぼやけて見える。そして、あの圧迫感が感じられた。
護衛の二人は周囲にいないけど、恐らく俺達からは見えない位置で待機しているんだろう。いないということは考えにくい。
こうして、八月も半ばになる頃、こちらの準備はほぼ終わった。いよいよ襲撃だ。
俺達がフールを襲撃する場所は、倉庫街の寂れた地域にある例の倉庫だ。もちろん、これには理由がある。
まず、俺達の目標はフールであって密輸組織ではない。そのため、密輸組織の本拠地に乗り込むのは論外だ。下手をすると表の商会を襲った盗賊扱いされる可能性もあるしな。それと、裏の営業窓口のある歓楽街も除外だ。そもそもフールはこちらへほとんど行かないことがわかっているというのもある。
次に、俺達は三人しかいないので多人数を相手にするのは避けたい。そうなると、人通りの多いところはもちろんのこと、密輸現場も避けるべきだ。フールと護衛以外の人間も巻き込むことになる。それはこちらが不利になってしまう。
そうなると結局のところ、密輸組織とは関係がなく、周囲に巻き込む人もいない、例の倉庫近辺しか仕掛けるところがない。倉庫内に何があるのかはわからないが、高い確率で転移用の魔方陣があるので、可能なら別の場所で襲撃したかった。でも、人口の多いハーティアで人気のないところとなると、ここしかないんだよなぁ。
以上のような理由で、俺達はフールが管理している寂れた倉庫を見張ることにした。八月半ばのことである。
フールがこの倉庫にやってくるときは、ほぼ毎月下旬の昼過ぎという報告を受けている。その理由まではわからないが、冒険者ギルドで受け取る手紙にも同じことが再度書かれていたので、今回も間違いないだろう。
実のところ、捜索を使えばフールが今どこにいるかは一発でわかる。でも、単純に監視をするだけではないので、宿でのんびりとしながらいざというときに即行動では間に合わない可能性がある。そこで、昼前から夕方だけに限定して見張ることにしたのだ。
しかし困ったことに、例の倉庫を見張るのに適した場所というのがない。使われていない倉庫が建ち並ぶので隠れる場所には困らないが、いざフールが現れたときに襲撃するとなると、どうしても出遅れてしまいそうなのだ。せっかく仕掛けても、逃げられてしまっては意味がない。
仕方がないので、俺達は隠蔽の魔法で姿を消し、防音の魔法で物音を消すと、なんと例の倉庫の目の前で待つことにした。
姿も音も消しているのでこちらの存在はばれないはず。ならば、真正面に居座っても問題ないはずという乱暴な理屈だ。この案を披露するとさすがにアリーとカイルの二人に呆れられてしまった。
(さすがにこれはどうなんかと思いましたけど、案外何とかなるもんでんなぁ)
待ち伏せ二日目、精神感応の魔法を使ってカイルが俺に話しかけてくる。それに対して俺は無言だが、思いは同じだ。
(目の前の見張りは、見る限り柄が悪いだけでそれほどの腕ではないでしょう。戦いが始まったらすぐに切り伏せられると思います)
戦う相手になりそうな人物をアリーは冷静に分析している。
倉庫の見張りをしているあのチンピラ二人は三時間ごとに交代している。しかも、倉庫の中から交代要員が出てくるのではなくて、別の場所から新たな二人がやってくるのだ。随分と面倒なことをするものだと思う。
(ユージ先生、そろそろ夕方でっせ~)
カイルに指摘されるまでもなく、日の当たる場所が朱色に染まりつつあるのがわかる。捜索でフールの様子を確認してみたが、こちらに来る様子はない。
(今日も外れみたいだな。引き上げようか)
長期戦だというのは承知の上だが、いつ来るかもしれない標的を待つというのは精神が参るものだな。
俺達は立ち上がると、今日の襲撃はあきらめて宿へと戻ることにした。
待ち伏せを始めて五日が過ぎた。いつやってくるかわからないということで早めに待ち伏せを始めたせいもあるが、こうも毎日空振りとなるとさすがにつらくなってくる。
(いつ来るんかなぁ)
カイルが精神感応を使ってつぶやく。その姿は隠れていて見えないが、きっとだらけているに違いない。俺も似たようなものだから何も言わないが。
こうなってくると、事の成否は次第にどうでもよくなって、とにかく動きたくなってくる。だんだんと思考が停滞してきている証拠だ。
それでも俺達は、一日五時間か六時間くらいの待ち伏せが終わると宿に帰ることができるだけましだろう。こういう待ち伏せでは、何日も同じ体勢でじっとして待たないといけないこともあるらしい。そんな仕事は引き受けたくないものだ。
(既に八月も下旬に入りましたから、もういつ来てもおかしくないはずですね)
俺とカイルが暇なあまりだれてきているのに対して、アリーはいつも通りのように思えた。その強い精神力が羨ましい。
このままじっとしているのも精神衛生上よろしくないので、俺はたまに捜索をかけてフールの居場所を確認する。大抵は同じ場所にいるので暇つぶしにもならないが、たまに予想外のところで見つかることもあるから、毎回わずかな期待をしながら捜索をかけている。
「あれ?」
フールの居場所を確認した結果、いつもと違う場所に位置しているようで俺は思わず素でつぶやいた。
(二人とも、フールがこっちに近づいてきているっぽい)
(やっと来たんでっか?!)
カイルの声に力がこもる。実際のところはどうかわからないが、俺もこちらに近づいてきていることを期待したい。
俺は五分おきに捜索をかけることにした。もし本当にこちらへと向かってきているのならば、その位置は刻々とこの倉庫へと近づいてくるはずだ。
(うん、やっぱりこっちへ向かってきている)
捜索する設定をフールだけでなく護衛二人も追加すると、三人がひとかたまりになっていることがわかった。
(師匠、あとどのくらいでこちらに着きますか?)
(このままだと十分くらいかな)
移動速度はさっきから変わらない。この様子だと歩いているんだろう。
(ユージ先生、そろそろ準備しといた方がええんとちゃいますか?)
(そうだな。よし、それじゃみんな抜剣しておこう)
俺は二人に伝えると、真銀製長剣を抜いた。星幽剣はまだ発動しない。あれはフールと実際に対峙したときでも遅くないからだ。
魔法に遮断されて二人の様子はわからないが、俺と同じように抜剣しているだろう。カイルは更に魔力付与の魔法を剣にかけているはずだ。
こちらが姿を隠すための魔法を解除して仕掛けるタイミングは、フールが目の前に来たときだ。俺が隠蔽用の魔法を解除すると同時に、アリーとカイルはフール以外を切り伏せる段取りになっている。
理想的なのは、扉に正面を向けたときにこちらが背後から襲うという形である。例えそこまでうまくいかなくても、最低限第一撃は奇襲できるだろう。
ここに来て緊張してきたが、もう後には引けない。俺はじっとフールがやってくるのを待つ。
そして、ついにその姿を視界に捉えた。ごつい顔であるもののそれほど特徴のない顔で、その輪郭が二重にぼやけて見える男。両脇にフードを被って正体不明となっている二人を従えている。
彼我の距離が徐々に縮まる。フールに乗っ取られた男の顔はなぜか笑顔だ。何か良いことがあったのか、それともこれからあるのか。どちらにせよ、それもここで終わりだ。
剣を手にする右手が湿り気を帯びてきた。しかし、さぁそろそろだというところで、フールと護衛の二人は立ち止まった。
フールは倉庫の入り口から三十アーテム手前で立ち止まっている。あれ、どうしたんだ?