計画実行の最終準備
シャロンからフールに関する情報をある程度受け取った後、俺はアリーとカイルを連れてシャロンの屋敷へと転移した。改良した魔法操作の使い方を教えてもらうためだ。
今までも旧版の魔法操作を使っていたので使うだけならすぐにできたが、使いこなすにはやはり適切な指導と弛まぬ訓練が必要だ。俺、アリー、カイルの三人は、屋敷の庭でシャロン、スカリー、クレアの三人の指導を受けた。
最初にコツを掴んだのはアリーで、教えを受けて二日目には自在に使いこなしていた。
「ふむ、近づいてくる敵への牽制に使えるな」
思うように扱えるようになってからは、自分の戦い方にどう組み込もうかと思案していた。基本的に接近戦主体なのでそれとどうやって絡ませるかなのだが、そこで苦戦しているようである。
「アリー、どうや? やっぱり接近戦に組み込むんは難しいか?」
「そうだな。敵との距離が近いと、重要になるのは魔法の発動時間の方だからな」
指導しているスカリーとの話によると、接近戦の場合は相手との距離が近すぎるので、命中率以前に魔法の発動時間を短縮する方が重要だということだ。一番いいのは無詠唱で呪文を発動できるようになることだが、アリーはそれができない。
「魔法操作は、ある程度距離が離れとらんと使いにくいもんなぁ。アリーには使いどころが少ないみたいやな」
「今のところは、複数の敵がやってきたときに牽制として使えるくらいだな。そういう意味では、複数の魔法を同時に使っても制御できるというのはありがたい」
複数の相手に命中させようとすると人数分だけ負担は増える。しかし、できるようになったという意義はやはり大きい。
次に使いこなせるようになったのはカイルだ。魔法を使うことはこの場にいる六人の中で最も苦手としているが、要領は良い方なので覚えるのは速い。
「一度発動させたら、後はいつもとほとんどおんなじやなぁ」
「複数の魔法を同時に撃つときは違うでしょ?」
「そりゃそうやけど、それかて旧版の魔法操作で同時に制御するってゆう程度にしか思えへんで。一回慣れるとこんなもんか」
人によって受け止め方はそれぞれだと思うが、カイルの場合は以前と使う感覚はあまり変わらないらしい。指導しているクレアがその感想を聞いて少し驚いていた。
「実際の戦いでは役に立ちそう?」
「そうやなぁ。近づいてくる敵への牽制ってゆうのがひとつ、あとは一旦仕切り直したいときにも使えるかもしれん」
カイルの言う仕切り直しというのは、剣を交えて戦っているときに、一旦相手との間合いを取り直したいということだ。
「スカリーとアリーも言ってたけど、近すぎると使えないんじゃないの?」
「一旦相手から離れても、しつこく迫ってくる奴もおるんや。そういうときに相手を足止めするために使うんやわ」
つまり、仕切り直すきっかけとして使うのではなく、仕切り直した後の足止めということか。よく考えているなぁ。
そして最後に使えるようになったのが俺だ。物覚えの悪さは健在で、自分の学生よりも上達が遅いことが露わになる。いやぁ、優秀な学生を持つことができて嬉しいですねぇ。泣いてなんかいないですよ? 落ち込んではいますけど。
ともかく、俺としても使えるようになった以上は使い時を考えないといけない。俺の場合は接近戦主体じゃないから、魔法を活かせるように戦い方を組み立てればいいだろう。
「ユージ教諭はフールを剣で倒すのですよね? そうなりますと、アリーやカイルのように接近戦のことも考えておかないといけないのでは?」
そーでした。シャロンの指摘で思い出した。最終的に俺が星幽剣で決着をつけないといけないんだから、自分の得意な間合いだけを考えるというわけにはいかないんだ。
ということで、どうにか接近戦でも魔法操作を使って戦えないか考えてみる。
「けどなぁ、真近くにいる相手の場合だと、発動した瞬間に魔法を叩き込むみたいなものだから、そもそも制御する必要がないんだよなぁ」
アリーとカイルも困っていたが、接近戦の場合だと、そもそも制御するだけの距離がない。撃った瞬間に相手へ当たらなければ、そのまま後方へ飛び去ってしまうだけだ。
「そうなんですわよね。元々、わたくしみたいな魔法使いのための魔法なんですから、近接戦闘を行う方のお役には立ちにくいですわね」
「魔法操作って、魔法の軌道を制御するんだよな。一回転くらいできたら話も変わってくるんだけど」
シャロンと相談しながら何気なくつぶやいた俺だったが、その自分のつぶやきの内容を頭の中で反芻して気づいた。そうだ、一度撃った魔法を一回転させて相手にぶつけられるんじゃないのか?
「なぁ、シャロン。魔法操作で魔法を制御できるのって、魔力に比例するんだったよな?」
「はい、そうですわ。それが何か?」
「だったら、一度撃った魔法を一回転させることもできるよな?」
初めて俺の案を聞いたとき、シャロンはそんなことをする意義を見いだせずに困惑した。しかし、後方に逸れた魔法が背後から襲ってくることの恐ろしさを理解すると、シャロンは俺のしようとしていることを納得してくれた。
「しかし、一回転させようとしますと、けっこうな魔力を使う必要がありますわよ?」
「俺の場合は魔力量を考えなくていいからな」
「そういえば、ユージ教諭は魔力量が無尽蔵でしたわね。羨ましいですわ」
普通なら魔力切れを考えないといけないところだが、俺は例外だ。燃費無視の戦い方も充分実用的になる。
ということで、早速試してみた。
飛距離が伸びると制御時間が増えるので必要な魔力量も増える。そして、旋回半径を小さくするほどやっぱり魔力量は増える。撃った魔法の飛ぶ速度にもよるが、基本的にはこれらの兼ね合いで魔力量が決まるわけだから、その量がどの程度なのかということを感覚として知っておけば、あとは慣れの問題だ。
大きな円や小さな円を描かせながら攻撃魔法を一回転させる。ひとつでできるようになったら二つ、三つと増やしていった。
「扱えるようになるまでは三人の中で最も遅かったですけれども、一度扱えるようになると三人の中で最も使いこなせるのですね」
俺の練習風景を半ば呆れつつ眺めながら、シャロンはそんな感想を漏らしていた。
夏真っ盛りの八月に入った。フォレスティアはもちろんのこと、大陸の北側にある魔界でさえも暑くなる。
そんな季節に再び俺達はシャロンの屋敷に集まっていた。いよいよフールを襲撃するときがやってきたのだ。
「さて、皆さん。いよいよユージ教諭の敵である、フールを討つときがやってまいりました。ここで、フールに関することについて最後の確認をいたします」
屋敷の書斎にある応接用のソファに座った俺達に対して、シャロンが声をかける。
説明の最初は前回と同じだ。近年急速に大きくなった密輸組織にフールは幹部として所属している。そして、組織内での付き合いは最小限で孤立している。だから、フールを殺しても組織は反撃する可能性が低い。
こんなところだ。
「新たにわかったことですが、フールは基本的にどこへ行くにしろ、必ず護衛を二人連れています。この二人は常に頭からフードを被って顔を隠しており、そしてしゃべることもありません。また、名前もわかっていませんわ」
「え、それじゃどうやって呼びつけとるんや?」
「誰も知らないそうですわよ。調べてもわかりませんでしたわ」
カイルとシャロンのやりとりを聞いて俺は顔をしかめる。いきなり嫌な感じがするな。
「そうだ、すっかり忘れていたが、フールが憑依している人物の名前と人相はわかっているのだろうか?」
「名前はハイドだそうです。偽名の可能性が高いですけど」
アリーの質問に答えながら、シャロンはハイドという男の人相が描かれた用紙を俺達に差し出す。
「ごっついってゆうだけで、特徴のある顔とちゃうよなぁ」
「そうね。でも、強そうには見えるわ」
似顔絵を眺めながらスカリーとクレアが感想を漏らす。
「人相がわかるってことは、普段は顔をさらしているということか」
「どうもそうみたいですわね。ハーティアでユージ教諭が初めてハイドを発見したときは、護衛と同様にフードで顔を隠していたそうですが」
あれは、顔を見られたくなかったわけじゃないのか。あ、そうか、あの頃は流行病が発生していたもんな。感染対策だったのかもしれない。
「それで、普段のハイドは月の二十日間ほどを密輸の護衛に従事しているようですわね。残りの十日ほどは休暇みたいですわよ」
「その休暇中に、ハーティアからおらんようになってるっちゅうわけやな?」
「姿を消すのに一定の規則でもあるのだろうか?」
カイルが確認を、そしてアリーが質問をそれぞれシャロンに投げかける。
「多少前後はするようですけども、毎月下旬頃に姿を消すことが多いそうですわね」
今日は八月の一日だから、しばらく先になるな。
「姿を消すのは、倉庫街の倉庫に入って出てこないということか?」
「そうですわね。少し人を増やして例の倉庫を見張らせていますけど、一度入ると一週間ほどは籠もりっぱなしだそうですわ。しかも、食べ物の差し入れもなく」
ということは、中に入ってじっとしているんじゃないってことか。普通なら隠し通路から別の場所に移動することを疑うんだろうけど、フールの場合は捜索で引っかからなかったからな。
「魔方陣を使って転移している可能性が高いんやろうけど、問題はどこに転移しているんかやわなぁ」
「もし魔方陣を使って逃げられたら、追うのは大変じゃないかしら?」
スカリーとクレアの会話を耳にして俺は眉をひそめる。
どこに転移しているのかということも気になるけど、追いかけるときは相応の勇気がいる。というのも、サラ先生の言うとおり、フールが襲撃されることに慣れているのなら、絶対に何らかの対策を講じているだろうからだ。そのため、考えなしに追いかけるのは危ないと思う。
「それと、ハーティアの流行病はどうなっているのだ?」
「今はほぼ沈静化しているそうですわよ。ですから、気にしなくてもよろしいでしょう」
忘れていた重要なことをアリーが問いただしてくれた。フールにばかり気を取られていたが、流行病を気にしながら行動するのはしんどいからな。
「みんなの話をまとめると、八月の下旬にフールが倉庫街の倉庫へ向かうときに襲撃することになるな。そして、魔方陣で転移されるのを阻止しつつ倒す」
概要を口にするとこんな感じか。随分とあっさりとしたものだから、簡単にできてしまえそうに思える。
「ハーティアへ行くんは、俺とアリーとユージ先生の三人でええんやんな?」
「そうなるな」
カイルの質問に俺は頷く。
具体的な襲撃方法はまだ考えていないが、乱戦になる可能性もあるから、接近戦が苦手なスカリー、クレア、シャロンを連れて行くわけにはいかない。
「師匠、いつハーティアへ向かうのですか?」
「すぐに行こうと思う。フールは毎月下旬に例の倉庫へ向かうみたいだけど、時期がずれる可能性もあるなら、早めに倉庫周辺を見張っておくべきだろう」
のんびりしていて取り逃がしましたというのは避けたい。また一ヵ月待つのは嫌だ。
「あと、ハーティアの地理に慣れるため、街の中を何日か歩き回っておきたい。俺だけじゃなくて、アリーもカイルもだ」
「確かに、私達はハーティアの街に慣れていませんでしたね」
「俺なんて行ったことすらないもんな」
俺の指摘にアリーとカイルは納得する。
フールをその場で殺し損ねて取り逃がした場合でも、魔方陣の利用は阻止しないといけない。そして、阻止が成功した場合だが、今度は街の中を追いかけることになる。例え俺の捜索で追跡できたとしても、ハーティアの街に不慣れだとなかなか追いつけない。しかし、ある程度でも地理に明るいと、ひとりが先回りするなどの方法が使える。そのためにも、早めにハーティアの街に慣れておくべきだろう。
「密輸組織を調べさせている者には、何か新しいことがわかり次第、冒険者ギルドへ書簡として預けるように指示してあります。ですから、毎日冒険者ギルドでユージ教諭宛の手紙があるか確認してくださいな」
「おお、それは助かる」
シャロンの配慮に俺は感謝した。これからハーティアで活動するならば、情報を俺達に直接渡した方が速いからだな。
「よし。それじゃ、明日か明後日にここを出発してハーティアへ向かおう」
「「はい!」」
俺の言葉に反応してアリーとカイルが返事をし、他は頷いた。
二日後、俺はアリーとカイルを伴ってシャロンの屋敷を出発した。馬を使って移動するのでハーティアまでの道のりは四日で済む。
自分の知る限り、準備は入念にやった。フールの情報についてはシャロンからもらったし、どう襲撃するかはみんなで知恵を出しあった。
また、俺自身もフールを倒す手段を身につけている。切り札の星幽剣は真銀製の剣二振りによって制御できるようになったし、死者の腕輪で死霊系の魔物もある程度操れる。そして、魔法操作によって相手の不意を突くことも不可能ではない。
あとはフールの出方次第だが、これでかなりまで対処できるのではないだろうか。逆にこれで討ち漏らしたら、次はどうしよう。
そんな期待と不安がない交ぜになった状態のまま、俺は一路ハーティアを目指した。