それぞれの情報と成果の共有
死者の腕輪を受け取ってからの俺は、星幽剣を更に使いこなすために再び修行を続けた。エディスン先生からはもう充分ではと言われたが、やっぱり多人数を相手にしてもきっちり使えるようになっておきたい。どこからどんな邪魔が入ってくるのかわからないからな。
一方、スカリーとクレアは俺に真銀製の武器を渡すと、シャロンの屋敷に赴くことが多くなっていた。遊びに行っているわけではない。魔法操作の研究を補佐するためだ。
ペイリン魔法学園で研究を始めて以来、シャロンは更に性能を向上させるべく研究を重ねている。そのために屋敷まで構えて没頭していたのだが、やはり研究環境としては限界があるらしい。
そこで連絡用の水晶を手にしてからは、スカリーとクレア、それにサラ先生と頻繁に意見交換をしているそうだ。話がよく脱線してしまうそうだが、それはご愛敬だろう。
更に設置した転移用の魔方陣を使ってレサシガムへと足を運び、魔法学園でも研究に必要なものを用立てていると聞く。書物も設備もやはり魔法学園が一番と漏らしていた。
そしてついには、スカリーとクレアを屋敷に呼び寄せて研究を手伝ってもらっているという次第である。水晶と魔方陣の恩恵を一番受けているのは、実はシャロンなんじゃないのかと思えるくらいの使いっぷりだ。
ということで、現在はフォレスティアで俺、アリー、カイル、ジルが修行をしていて、フェアチャイルド領でシャロン、スカリー、クレアが研究をしている。
こうやってきれいに二ヵ所に分かれていると、みんなと連絡がとりやすい。俺達は水晶を使って毎晩寝る前に話をするのが日課みたいになっていた。
「あ゛~、疲れたぁ~」
「なんやユージ先生、第一声がそれかいな」
憔悴しきった俺をスカリーが呆れた様子で眺めている。いやだって毎日一日中三対一で対戦するんですよ? しかもみんな容赦なく攻め立ててくるし。
「そうよ、ユージ。あんたはもっとシャキっとしなさい。だらしないわよ!」
「お前が遊び感覚で精霊を次々とけしかけてくるからだろう。なんで四方から延々と精霊に襲われなけりゃいけないんだ!」
ジルの奴、面白がって精霊を次々と召喚して俺にけしかけてきやがった。そんなことをするものだから、一時期アリーとカイルが入り込む余地すらなかったじゃないか。
「ジル、さすがにあれはやり過ぎだ。あれでは私とカイルが切り込めないぞ」
「最初は支援するだけのはずやったのにな。いつの間にか俺らは置いてけぼりにされてしもたわ」
さすがに自分達が何もできなくなるほど精霊を召喚されると、アリーとカイルも黙ってはいられない。俺達三人に責められてようやくジルは怯んだ。
「う、ちょっと調子に乗りすぎただけじゃないのよぅ。あたしだって最初は二体くらいで様子を見ようと思ってたんだから」
「ジルはすぐに調子に乗ってしまうところがいけないのね。でも、ユージ先生、精霊を召喚して戦わせることは悪くないのでしょう?」
しょげ返ったジルを慰めようとしたクレアが、俺にも励ますように話を振ってくる。
「うん、アリーとカイルを相手にする場合は、実際に切らないように気をつけないといけないけど、精霊の場合はそんなことを気にせず切り込めるから、その点はよかった」
これはお世辞じゃなくて本心だ。アリーとカイルも恐らくそうなんだと思うけど、やっぱり本物の剣を使っていると扱いは慎重になる。
ではどうして俺達三人とも本物の剣を使っているのかというと、俺の場合は真銀製の武器でないと星幽剣に耐えられないからだ。そして、俺が真銀製の武器を使うとなると、他の二人も木剣では話にならないので、やっぱり本物の剣を使うことになってしまうというわけだ。
当然これはかなり危険だ。だから、アリーもカイルも光属性の魔法である祝福をかけて攻撃回避とダメージ軽減を図り、更にカイルは無属性の身体強化で身体能力を向上してから修行に参加してもらっている。これで今のところ事故はない。
ちなみに、武器には魔力付与をかけて剣を保護している。何しろ、星幽剣って大抵のものはすぱすぱ切っちゃうからな。修行ひとつするにもなかなか大変である。
こういった理由があって、考えなしに戦えるジルの精霊はとても便利なのだ。
「ふふん、そうでしょう! あたしはユージが全力で修行できるようにしてあげたのよ! 感謝しなさいよね!」
で、少し褒めたらこれである。いつものことでもあるが。
「ところで、シャロン達の研究している魔法操作はどのくらい研究が進んだのだ?」
きりのいいところでアリーが話題を変える。すると、真っ先に答えたのはシャロンではなくスカリーだった。
「研究はちゃんと進んでんで。最初に取り組んだ魔力の消費を抑えるってゆうやつは、一応成果があったしな」
「卒業時点のときより二割も減らすことができましたのよ。というより、術式の組み方が非効率的だったので、それを修正しただけなんですけれども」
若干はにかみながらシャロンがスカリーの言葉を受けて感想を述べる。
これはサラ先生から聞いた話だが、魔法を開発研究している魔法使いがきちんとした成果を出すのに、普通は五年や十年かかるのが当たり前らしい。それを準備期間を含めても、わずか一年半で魔法操作という魔法を生み出したシャロンは、研究者として相当優秀らしい。
更に、こういった大きな成果を出すと、大抵はそれに寄りかかって権威主義的になってしまい、以後研究をしなくなってしまう魔法使いが多いそうだ。だから、例え改良の余地があったとしても、そのまま放置されることが大半だと聞いている。しかし、シャロンはそれに反して未だに改良発展の研究をしているので、研究者としても非常に好ましい態度だそうだ。
大貴族のお嬢様の道楽ではなく、本当に研究者として歩んでいるというわけである。だからこそ、水晶と魔方陣を使って再び関係を持てたことに、サラ先生は喜んでいたのだ。
「他にはどんな成果が上がっているんだ?」
「魔法を発動させると直径五十イトゥネックの白い真円が現れていましたが、あれを十イトゥネックまで縮めて、手首に現れるように修正しました。これで目立ちにくくなりましたし、他の魔法を発動させた時点で魔法操作の制御を受けることになりますわ」
そりゃすごい。今までは白い真円に収まる範囲に攻撃魔法を調整しなければいけなかったけど、今度からはその制限がないのか。
「それにね、複数の攻撃魔法を同時に使っても、全部制御できるようになったんですよ! 二つ同時に撃った水槍が標的に当たったときは、本当に驚きました!」
「そりゃ本当にすごいな」
熱心にしゃべるクレアの話を聞いて俺は素直に感心した。白い真円を通さなくてもよくなったからなんだろうけど、そうか、同時に複数の魔法を制御できるのか。
「けど、それって制御する手間が二倍になるんとちゃうの?」
「それが、対象がひとつだけなら手間は今まで通りなのよね。それぞれ別の軌道を描いて向かっていくのはすごいわよ」
カイルの疑問に対してクレアがはっきりと答える。クレアがここまで熱心に説明するということは、相当な出来映えなんだろうな。
「うちとクレアはシャロンに教えてもろて使えるようになってるから、今度こっちに来たときにみんなに教えたるな」
「う~ん、あたしも使えるようになるかなぁ」
スカリーのお誘いに反応したジルが首をかしげながら悩んでいる。何をするにしても精霊を使うお前に必要とは思えないんだけどな。
ここからしばらく雑談へと移る。最近の話題の中心はフェアチャイルド領で流行っている食べ物についてだ。これとフォレスティアの食べ物を合わせて料理したらどうなるのかということが、みんな気になって仕方ない。全員食べることは大好きなのだ。
さすがに七人でしゃべっていると話題は尽きない。次々と話の内容が移り変わっては花を咲かせてゆく。そして、そろそろお開きにしようかという頃になって、シャロンが急に思い出したように俺へと話を振ってきた。
「そうですわ、ユージ教諭。お伝えしなければいけないことがありましたわ」
「え、なに?」
「フールとその所属する組織についてですわよ」
楽しい話をしていてすっかり忘れていたが、シャロンのおかげで思い出す。そういえば、あれからどうなったんだろう。
「何か話せるようなことがあるのか?」
「はい、相変わらず少数の者しかハーティアへ向かわせることができませんが、それでもある程度の成果はありましてよ」
落ち着いた様子のシャロンが話すのを全員が静かに聞く。
「以前もお話したことも織り交ぜて説明しますわね。まず、フールの所属する組織は、ハーティアで最も大きな密輸組織です。近年急速に大きくなった組織で、内部に色々と不安要素を抱えているようですわ」
そうだった。今のフールは裏社会の組織に属しているんだったよな。
「フールは、いえ、正確にはフールが憑依している人物は、去年の秋頃にこの組織へと入ったようです。密輸の護衛などで頭角を現して、現在は幹部のひとりになっていますわ」
「へぇ、裏社会とはいえ、全うに働いてのし上がったんやな。てっきりもっとえげつない方法を使ったんちゃうかって思ってたけど」
カイルがフールの組織内での活動を聞いて変に感心している。やっていることは非合法なんだけど、その組織内では真っ当なやり方でということなんだろう。
「しかし、フールは組織内でのつきあいは最小限しかしていないようで、周囲から何を考えているのかわからないという評判です。更に、たまに姿を消すこともあるそうで、一体何をしているのか見えないことから、組織内では孤立しているということですわ」
そういえば、以前フールを捜索で見つけたときも、いきなりいなくなったよな。あれはあのときが初めてなんじゃなくて、いつものことなのか。つまり、他で何かやっているというわけだ。
「こちらとしては、組織内で孤立しているというのは好都合だな。狙いをフールにだけ絞ってもいいわけだ」
「師匠、フールと戦ってもその組織は何もしないということでいいのですか?」
「アリー、さすがにそれは楽観的すぎるやろ。ただ、積極的に助けに来ることはなさそうやけどな」
大体カイルの言う通りだと思う。組織のメンツさえ潰さなければ、後々後腐れもないだろう。
「それで、結局どうするんや?」
「まぁ、有り体に言えば暗殺することになるな」
スカリーの質問に俺が答えると周囲が静かになる。魔王のときと似ているなぁ。
「暗殺ですか。いい響きではありませんね。しかし、実際にはどうやって暗殺するのですか?」
諜報の専門家ではない俺達が組織の中に入っても、うまくやっていく自信はない。ならば、人気のないところで襲うしかないだろう。都合よく、襲撃に適した場所もある。
「以前ハーティアでフールを捜索で見つけたときに追跡したことがあるけど、あのとき人気のない倉庫街で見失っただろう? あそこだよ。アリーは覚えているだろう?」
アリーは黙って頷く。
「実際に襲うんは、俺とアリーとユージ先生として、そのフールって奴の生活習慣はわかってるんか?」
「そこはもう少しですわね。特に、アリーとユージ教諭の前から姿を消したという倉庫街へいつ行くのかを調べていますわ」
シャロンの方もちゃんとわかっているみたいで、こっちの知りたいことを探っていてくれているようだ。これならこのまま任せてもいいだろう。
「それで、これからユージ先生達はどうするんですか? シャロンがハーティアの様子をきちんと調べるまで、フォレスティアで修行を続けるんですか?」
クレアの言葉でみんなの視線が俺に集まる。う~ん、どうしようか。
「師匠、人気のない倉庫街でフールの襲うのでしたら、星幽剣の制御は今のままでも充分ではないですか?」
「せやな。以前二人がそこでフールを見かけたときは、護衛が二人、倉庫の入り口を二人が見張ってただけなんでっしゃろ? なんぼなんでも、そんなぎょうさん隠れてる奴がおると思えへんから、このままでもいけると思いまっせ」
襲撃するなら俺、アリー、カイルの三人として、相手はフールを含めて最低五人、多くても十人はいないだろう。常に星幽剣を発動させておく必要はないから、今のままでもいけるのか。アリーとカイルの話を聞いていると、だんだんとその気になってきたぞ。
「そうだな。それなら、明日からはシャロン達に改良した魔法操作の使い方を習おうか。それで時間がまだ余るようなら、またフォレスティアへ戻って修行を再開しよう」
どうせ完璧な状態で事を起こせることなんてないんだから、どこかで見切りをつけるしかない。この辺りでそろそろフールと決着をつけてもいいだろう。
細かいことは後日決めるとして、このときはシャロンの情報収集が終わり次第フールを討伐するということに決まった。
それと、この件についてオフィーリア先生、サラ先生、レティシアさんにも翌日話をしておいた。さんざん支援してもらっておいて、肝心な話をしないなんてあり得ないからだ。それと、近日フールを襲撃することについて、どんな意見を返されるのか気になったというのもある。
オフィーリア先生とレティシアさんは単純に賛成してくれた。早く討伐できるならそれに越したことはないという考えだ。今のところ人間の都市だけで問題が起きているだけだから、俺達ほど関心がないのかもしれない。特にレティシアさんはその傾向がある。
一方、サラ先生は襲撃に原則として賛成してくれたものの、慎重に実行するように注意してくれた。相手は何百年もこういった暗殺に遭遇しては対処してきているはずなので、簡単にいかないかもしれないということらしい。それは確かに言えている。ただ、それじゃどうすればいいのかというところまでは何も思いつかない。
今すぐ襲撃するわけではないので、サラ先生の注意も踏まえた上で、他のみんなと計画を練っていこうと思う。次にハーティアへ行ったときには、必ず仕留めてやる。