死者の腕輪
星幽剣の制御をどうにかできるようになってきた頃、オフィーリア先生から死霊系の魔物を操る魔法具が完成したという連絡があった。材料を渡してからきっちり三週間だ。
俺、アリー、カイルの三人は、ジルと別れてデモニアにあるライオンズ邸へと転移した。
「ようこそ、お三方。お待ちしておりましたわよ」
執務室へと入ると、オフィーリア先生が笑顔で迎えてくれる。その隣にはエディスン先生もいた。
「やぁ。ユージ君、星幽剣の制御はどの程度できるようになったかな?」
「一対一なら問題なく制御できます。二人を相手にしてもある程度はできるようになりましたけど、三人以上と同時に戦うとなるとまだ難しいですね」
俺の言葉を聞いてエディスン先生は首をかしげる。
「フールはひとりなのですから、一対一の形式で制御できるのなら問題ないのでは?」
「理論上はそうです。でも実際に戦うとなると、どんな状況になるかわからないですから、邪魔が入っても星幽剣を制御できるようにしておきたいんです」
特に組織の一員として動いている現状だと、フールには護衛がついているはずだ。以前ハーティアでちらりと見かけたときも護衛らしき奴はいたしな。それに、どんな切り札を持っているのかわからない。
俺の回答に納得したらしいエディスン先生は、ひとつ頷くとオフィーリア先生へと視線を向けた。それを受けて今度はオフィーリア先生が口を開く。
「それでは、この死者の腕輪について説明しますわね」
「いきなり不吉な名前ですね」
思わず口を挟んだ俺に、エディスン先生から「名付けたのは私です」という言葉が返ってきた。うわ、なんて名前をつけたんですか。
「この腕輪は、死霊系の魔物に対して、ある程度強制力のある指示を出すことができます。進路方向を変更したり、しばらくその場に立ち止まったりなどですわ。それに、死者に同類だと思われるので襲われなくなります」
それは以前にも聞いた。完璧に操れるわけじゃないんだよな。
「この腕輪を使うには、もちろん腕に嵌めてもらう必要があります。そして、対象となる死霊系の魔物を視界に納めて指示を出せば、その通りに行動してくれるでしょう」
概要はわかった。でも、実際に使う分には説明が不足している部分がある。まずはそこから質問してみよう。
「オフィーリア先生、いくつか聞きたいことがあります。まず、ある程度の指示を聞いてくれるということですが、どの程度の指示まで聞いてくれるんですか?」
「それは指示者次第です。死霊系の魔物との親和性が高いほどより強力な拘束力があるみたいですよ」
なんと、効果は一定じゃないということか。そうなると、実際に使ってみないとわからないことが多いんだろうな。
「それやったら、前世が守護霊やったユージ先生は相性ええんとちゃいますの?」
「ふむ、確かにカイルの言うとおりだな」
隣で俺とオフィーリア先生の話を聞いていたカイルとアリーが口を挟んでくる。
「そうなると、多少の無茶な要求にも応えてくれるのかなぁ」
「ふふふ、もしかしたら可能かもしれませんわね」
「ただ、フールも死霊魔術師のようですから、そう簡単にはいかないでしょう」
オフィーリア先生が希望のある返事をしてくれたかと思ったら、直後にエディスン先生が事実を指摘してきた。そうだ、すっかり忘れていたけど、フールって死霊魔術師なんだよな。
「これは、フールと死霊系の魔物の支配権を取り合うと勝てなさそうだな。使うなら牽制くらいか」
「そうですわね。死霊魔術師と死霊関連で争うのは勝ち目がありません。あくまでも、死霊系の魔物の動きを一瞬止めるというように、用途を限定した方がいいでしょう」
お守りみたいなものか。ないよりかはましなんだろうけど、話を聞くと思ったほど使えなさそうだよなぁ。
「お婆様、最初は死霊系の魔物を使ってフールを倒す方法を考えていましたが、今の話を聞いていますと、とても無理なように思えます」
「そうね。私とトーマス先生も最初はそれを期待していたけれど、この腕輪の効力を実際に試してみて、それは事実上不可能ではと判断するようになりました」
せめてフールが死霊魔術師じゃなかったら期待できたんだろうけどなぁ。あくまでも理論上では死霊系の魔物で倒せますよという話か。
「この腕輪は、切り札というよりも隠し球と言った方が正しいですね」
「そうだね、私も身を守るために使うことをお勧めするよ」
エディスン先生からもお勧めされたとなると、フールに対して正面切って使えなさそうだな。どう使うかは後で考えるとしよう。
「次に、死者に対して指示を出すときはどういうふうにすればいいんですか? 普通にしゃべって命令すればいいんでしょうか?」
「はい、一度に複数の魔物へ指示を出すよりも、一体だけに指示を出した方が拘束力は強くなりますわよ」
オフィーリア先生の返事を聞いて俺は微妙な顔をする。いや、その発言の内容自体には納得できるよ。そうじゃなくて、口頭で指示を出すというところにだ。
「師匠、どうしたのですか?」
「いやな? 言葉で指示しないと動いてくれないとなると、こっちの意図をフールに知られてしまうなって思って」
そもそも死霊魔術師のフールと死霊系の魔物の支配権を争っても勝てないんだから、この腕輪は攻撃的なことに使えない。でも、防御的なことに使うにしても、わざわざ相手にこちらの意図を知らせるようなことはしたくない。
「具体的な希望として、精神感応を使って指示を出せないかなって思っているんだよ」
「なるほど、それならこちらの意図を悟られることはないですね」
アリーは納得してくれたようだけど、それだけでは意味がない。俺はオフィーリア先生とエディスン先生に視線を向ける。
「可能ですよ。私は仕事で幽霊を使役することがありますが、精神感応を使って指示を出していますからね」
「できるんだ。よかった!」
よし、これで戦いに幅が出るぞ。俺が死霊系の魔物に指示を出せるということを気づかれないうちは、この腕輪の効力でフールを攪乱できるだろう。
「大体、ユージ君は前世で私と精神感応を使って会話をしていたでしょう。あれと同じことですよ」
「あ! そうか!」
こちらの世界に初めてやってきた頃のことを思い出した。まだに日本語しか話せなかった頃は、アレブのばーさんも会話に精神感応を使っていたよな。なるほど、あの感覚でいけるのか。
「ユージ先生、どうにかなりそうでっか?」
「うん、結局は星幽剣頼みになるけど、補助的に使えそうだな、この死者の腕輪は」
うまく使えば、死霊系の魔物の足止め、フールへの牽制なんかに使える。俺が何かしていることはすぐに気づかれるかもしれないが、攪乱くらいには利用できそう。
「ユージ、他に質問はありますか?」
「そうですね。他にあるとすれば……あ、この腕輪って呪われていたりしないですよね? 身につけたら取れなくなるとか」
俺の質問を聞いたオフィーリア先生はトーマス先生に顔を向けた。あれ、即答してくれない? まさか、本当に呪われている?
「わからないですね。少なくとも、オフィーリア嬢が身につけても何もありませんでしたよ」
何ですか、その微妙な回答は。俺には何かありそうな言い方じゃないですか。
「試しに身につけてはどうでしょう?」
「いやあのですね、身につけてからだと遅いから、先に話を聞いておきたいんじゃないですか」
何ともなかったオフィーリア先生が、小首をかしげながら腕輪を嵌めるように勧めてくる。これは困ったな。
しばらく俺達五人は、執務机にぽつんと置かれた死者の腕輪を見つめる。
さすがに元領主の骨から作られているとあって、質感は人骨そのものっぽい。幅は二イトゥネックで、細かい骨を何かの紋様みたいにちりばめてある。単純な輪っかなので、手の先から二の腕に嵌めこむようになっていた。そうと言われなければ、人骨で作られているとは気づきにくいだろう。
「どうします? 使うのは止めますか?」
「いや、使いますよ。そんな贅沢なことを言っている余裕なんてないですし」
フールを確実に仕留めるために使えるものは何でも使うべきだ。余裕で倒せるわけではないのだから、使わないという選択肢はない。ただ、不安なだけだ。
このまま考えていても仕方ないので俺は死者の腕輪を手に取る。もうさっさと身につけてしまおう。
今は七月に入ったばかりだが、魔界でも半袖で充分過ごせる季節だ。フォレスティアからそのままの姿でやってきた俺も当然半袖である。だから、直接左腕に嵌めてみた。すると、吸い付くような感じがしたかと思うと、ぴったりと俺の二の腕に嵌まる。
「まるで俺専用にしつらえたみたいですね。ぴったりだ」
「ユージ先生、なんか呪われたって感触はありまっか?」
「いやな言い方をするなよ。別にこれといって……あれ?」
カイルの質問に顔をしかめながら腕輪をはずそうとした俺は、手にかけて力を入れても外れないことに驚く。うわ、まさか?!
「師匠、本当に外れないのですか?」
がんばって腕輪をはずそうとしている俺の周囲は呆然と眺めているばかりだ。
その間も外そうとするものの、どうがんばっても駄目だった。どうして俺のときだけ外れてくれないんだよ!
「くっそ、本当に呪われていたのか……」
「おかしいですわね。私のときはすぐに取り外せましたのに」
「ユージ先生ってその腕輪に好かれたんとちゃいます?」
俺は思わず執務机に両手をついてがっくりと項垂れた。あーもう、嫌な予感はしていたんだよな。でも、使わないわけにはいかないし。
「ふむ、材料が旧イーストフォートの元領主のものだということは、もしかしたらユージ君と一緒にフールを討ち取りたがっているのかもしれませんね」
冷静に腕輪の現象について考えていたエディスン先生の言葉に、俺は思わず顔を上げた。
「なるほど、敵を討ってほしいって言っていたくらいだから、自分にもその機会があるとなると、当然飛びつきますよね」
「そういうことです。オフィーリア嬢は単なる使用者でしたが、ユージ君の場合は同志と見なされたのかもしれません」
なるほどなぁ。そういう理由なら腕輪が外れない理由も理解できる。本来なら自分でやりたかったろうしな。
「つまり、師匠はフール討伐の同志をひとり迎え入れたわけですね」
「いやまぁ、そういう言い方もあるんだろうけどさ」
なんというか、もやもやとしたものが残る。せめて一言あってほしかった。どうせなら覚悟してから嵌めたかったよ。
「そうだ、念のために魔法感知をしてくださいよ。俺が腕輪を嵌める前後で何か変化したか知っておきたいです」
この際、呪われたのは受け入れるとして、せめてこの腕輪がどんな状態に変化したのかは知っておきたい。
「ふふふ、わかりました。私が確認しましょう」
若干面白がっているオフィーリア先生が俺に対して魔法感知をかける。
「魔法の効果、属性ともに変化はしていないようですわね。あら、でもユージとの結びつきは強くなっていますわ」
結びつきが強くなっているのか。外れないのはそのせいなんだろう。
「何か害があるようなことはないですか?」
「特には見当たりませんわね。単に外れなくなっただけかと思いますわ」
ということは、フールを倒したら外れてくれるのかもしれない。さすがに腕輪ごと消滅することはないだろう。
「わかりました。それじゃ、これはこのまま使うことにします。それで、試しに使ってみたいんですけど、今できますか?」
「それなら、私の使役している幽霊がいますから、それで試してみましょう。既に屋敷の地下室に待機させていますから、ついてきてください」
試用することは最初からわかっていたことなので、準備してもらえていたようだ。俺たちは五人揃って地下室へと向かった。
転移用の魔方陣が描かれた部屋とは別に、全部で三体の幽霊が待機している部屋へと案内してもらった。俺はそこでオフィーリア先生とエディスン先生の二人から死者の腕輪の使い方を教えてもらう。
最初は声を出して幽霊に指示を出すところから始めた。説明を受けた通り、移動させたり止めたりすることは簡単にできた。けど、さすがにお互い戦うように指示しても動いてくれなかった。
「ほほう、いきなり自在に操っていますね。腕輪との相性がいいのかもしれません」
「私のときは、最初は思うように動いてくれませんでしたものね」
エディスン先生とオフィーリア先生の会話を聞きながら、俺は死霊系の魔物の操作について考えてみる。
筋がいいというよりも、これは元領主との知り合いだからなのかもしれないな。フール討伐を請け負ってもいるし。その差が出たのかもしれない。
次に精神感応を使って幽霊に指示を出してみた。お、こっちも素直に動いてくれる。これができるのならば、一時的にでもフールを混乱させることはできるだろう。
試用の結果、なかなかいい感じに死霊系の魔物を操れることがわかった。目的を達成するための手段が増えて嬉しい。