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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
8章 袖触れあう距離
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揃いつつある討伐条件

 元領主の遺骸を集めた俺達は、もう日没まであまり時間がないので、この元領主の館の敷地で一泊することにした。新月の時期の夜半に歩き回る勇気はさすがにない。


 早々に決断すると、俺達は少し早めの夕飯を取ることにした。どうせ他にやることもなかったしな。


 しかし、そこでひとつ思い出したことがあった。それは、旧イーストフォートに転移用の魔方陣を設置するかどうかについてだ。以前は単純に大陸の東側へ行くのが楽になるからという理由しかなかったが、今は違う。エディスン先生に死霊系の魔物を操れる魔法具を作ってもらった後に、それを実際に試すという理由もできた。


 これについて、アリーとカイル、それに連絡用の水晶を使ってオフィーリア先生の三人に相談してみた。


 「俺は止めといた方がええと思うで、ユージ先生」


 真っ先に反対したのはカイルだった。黙っているか賛成するかだと思っていただけにこれは意外だった。


 「どうして反対なんだ?」

 「今日半日いただけですけど、この廃墟って冒険者が結構来てますやん。こんな頻繁に誰かが来てるとなると、描いた魔方陣は必ず見つかりまっせ」


 利便性を考えると是非とも設置したいのだが、確かにカイルの指摘も正しい。広く公開するつもりはないのだから、できるだけ人目につかないようにはするべきだろう。


 「それに、そもそも隠せるような場所がありません。私が見たところ、どこも瓦礫の山ですし、かろうじて建物の姿を残している所があっても、いつ崩れるかわからないです」


 今度はアリーから否定的な意見が出てきた。そうだよな、隠せるような場所があったらここまで悩まないもんな。


 「ユージ、魔法具の試験環境でしたらトーマス先生に用意してもらえばいいでしょう。最悪、再び旧イーストフォートか呪いの山脈に赴けばいいですわ」


 いやだから、そこまで移動するのが面倒だから相談しているんですよ。しかも呪いの山脈って、山賊の根城がたくさんある場所じゃないですか。もっと危険なところで試験させるつもりなんですか?


 ともかく、相談の結果、魔方陣は設置しないということになった。


 そして日没後は、三人で不寝番をしつつ旧イーストフォートで一晩明かした。いい気はしなかったけど、砂漠で一泊するよりかはましなんだよな。


 もちろん元領主の館の敷地で過ごしたわけだけど、市街地は以前と同じように多数の白骨死体スケルトン幽霊ゴーストが徘徊していた。壁一枚を挟んだこちら側に全く出てこないのとは対照的だ。


 「おお、いっぱい動いてる」


 俺は不寝番をしている間にそれを眺めていた。


 犠牲者を求めて彷徨っているというよりは、生前の生活をそのまま繰り返しているように見えるな。とある白骨死体スケルトンは急いでいるのか小走りに大通りを走り抜けていくし、別の幽霊ゴーストは親子三人で談笑しながらゆっくりとかつての脇道へと入っていく。


 「以前にも考えたことがあるけど、滅亡直前の行動なんだよな」


 自分が死んでいることに気づかない死者もいるという話を聞いたことがある。そういった死者は生前の行動を繰り返すそうだから、この人達もそうなのだと推測している。


 元住民だった白骨死体スケルトン幽霊ゴーストは放っておいてもどうってことはなさそうだ。少なくともこちらから何かしない限りは。


 そのとき、遠くの方で何やら音が聞こえた。人の声もかすかに聞こえるから、これは戦闘音なのかもしれない。しばらくその音が聞こえていたが、やがて断末魔らしき悲鳴がいくつか聞こえると、それっきり静かになった。


 気にはなるけど、関わらない方がいいんだろうな。




 翌朝、熱気で満たされる前に俺達は旧イーストフォートを出発した。一日にも満たない滞在ではあったが、生き物が生きる環境としては最悪の場所なので誰も文句は言わない。


 丸三日かけて砂漠を踏破した後、五日半かけてイーストフォートへと戻った。砂漠を歩いた後に平原や街道を歩くと随分と楽に感じる。しかし、砂漠を歩いたときの疲労は思いのほか大きく、イーストフォートに戻ってからしばらくは何もしたくなくなった。


 三日ほどイーストフォートで休息を取ってから、一路シャロンの屋敷へと向かう。この間は馬上の旅だったわけだが、やはり徒歩と比べて断然楽だ。騎乗の練習をしていてよかったと改めて思った。


 「おかえりなさいませ、皆さん」


 屋敷ではシャロンの出迎えを受けて、まずは沐浴をさせてもらう。街道上の宿屋でもできたけど、やっぱり時間をかけてゆっくりと洗うなら個人の家だよな。順番待ちがないのは嬉しい。


 旅の垢をきれいに落として食堂へと全員が集まると、情報の交換会を兼ねた夕飯が始まる。最近はシャロンと水晶を使って連絡を取り合っていなかったので、話すことはお互いにあった。


 「まずはわたくしからお話ししましょう。スカーレット様とクレアのお二人ですが、一週間後にレサシガムへと戻られる予定です。もちろん、真銀ミスリル製の剣を二振り携えてですわ」


 俺はシャロンの最後の言葉に疑問を覚えた。


 「あれ、剣って一本だけじゃなかったのか?」

 「こちらとしてはそのつもりでしたけど、余った材料で弟子に作らせたそうですわ」


 何それいいの? なんかえらく軽いのりで作らせているように思えるんですけど。


 「それ、もう一本分の代金ってどうもなかったんか? 高いんやろ?」

 「代金についてはきちんとお支払いしたそうですわよ。例え足りなくても、後日に支払えるだけの信頼関係はあるそうですので」


 そうなると後は剣を引き取るだけなのか。こうなると、星幽剣アストラルソードだけじゃなくて、剣を扱う訓練もしないといけないな。


 「シャロン、ちなみにどんな剣なのだ? 一本は長剣ロングソードだと思うのだが」

 「もうひとつは短剣ショートソードだと聞いていますわ」


 アリーの質問にシャロンが答える。ちなみに、もう少し詳しく聞くと、長剣ロングソードは長さ一アーテム、短剣ショートソードは長さ四十イトゥネックらしい。


 今度は俺達が旧イーストフォートと悪魔の砂漠での出来事をシャロンに説明する。砂漠が縮小していることから始まって、廃墟の中で冒険者同士が争うこともあることなどを話してゆく。


 「さすがにお伽噺とは違って生々しいですわね」


 話を聞いたシャロンがそう感想を漏らすが、少なくとも旧イーストフォート内に関していえば、二百年前は現実でもここまで生々しかったわけじゃないぞ。そもそも冒険者が簡単に行ける場所でもなかったしな。


 他には、元領主の遺骸である骨は採取できたが、量が足りるのか不安があることも話す。足りなかったらどうなるのかはわからないが、とりあえずは一旦エディスン先生に相談しないといけない。


 「そちらの事情はわかりましたわ。フールなる人物を討伐するために必要な手段は、着実に揃いつつありますわね。こちらとしても苦しいですが、フールとその所属する組織について調べております。ユージ先生が星幽剣アストラルソードを制御できる頃までには、ご説明できるようにしたいですわね」


 さすがに部下二人程度じゃ調べられることも限度があるよな。だからフールの調査に関してはあまり期待していない。むしろ、フールがハーティアで活動していることを監視してくれることの方が重要だ。


 「調査はできる範囲でいいよ。組織を潰したいわけじゃないから」


 そう、あくまでも俺の目的はフールだ。組織の方はどうでもいい。


 「わかりましたわ。可能な範囲で調べておきますわね」


 俺の言葉を受けてシャロンは頷いた。これで必要なことは全てしゃべった。まじめな話はこのくらいでいいだろう。この後は旅先であった面白いことを、俺、アリー、カイルが順番に話しながら五人で夕飯を楽しんだ。




 翌日、俺達三人はライオンズ邸へと転移した。魔法具を作るための材料を集めてきたので、エディスン先生に渡すためだ。


 「はい、ご苦労様。これはわたくしがいただいておきますわね」


 案内された執務室で、俺達はオフィーリア先生に元領主の遺骸を渡した。エディスン先生でない理由は簡単で、幽霊は物質に触れることができないのだ。オフィーリア先生に指摘されるまですっかり忘れていた。自分もかつてはそうだったのにな。


 「お婆様は、死霊系の魔物を操れる魔法具を作れるのですか?」

 「ベラ殿の魔法書がありますし、トーマス先生に指導もしていただきますから、作れますわよ」


 どうもエディスン先生との共同作業らしい。それならもう俺が口を挟む余地はないな。


 「どのくらいで作れますか?」

 「三週間程度でしょうね。作りはそれほど複雑ではなさそうですから」


 そうなると、七月には完成した魔法具を受け取れるのか。なら、今月の後半は受け取った真銀製長剣ミスリルロングソード真銀製短剣ミスリルショートソードを使って星幽剣アストラルソードの練習だな。


 「ユージ先生、スカリーとクレアから武器を受け取るまで、俺らは何してたらええんでっか? 一週間くらいありますけど」

 「それでしたら、師匠と剣技の稽古をしないか? 旅の間はなかなか時間が取れなかったが、しばらく休息期間になるのだからな」


 アリーが期待に満ちた目でカイルと俺を見る。そうだな、どうせ俺も剣を使った訓練をしなければいけないしな。


 「俺はいいぞ。やるならペイリン魔法学園でやらないか? あそこなら木剣もあるしちょうどいい」

 「なるほどなぁ、古巣で修行するんでっか。そりゃええわ。この一年でアリーがどのくらいつようなったか見せてもらわんとな」


 カイルはやけに挑戦的な表情の顔をアリーに向ける。それに対して、アリーも不敵な表情を浮かべて受けて立った。どちらもやる気満々だ。俺と違って純粋な剣士と戦士だからお互いが気になるのだろう。俺は端でのんびりと眺めるとしよう。


 「しかしその前に、師匠の剣の技量をきちんと知っておきたいですね」

 「せやな。確か、剣を使って戦ったこともあるんでっしゃろ?」


 二人がこちらに向く。いや、そんな争いに巻き込むのはやめていただきたい。卓越した技量なんてないですよ。鎚矛メイスを使っている時点でお察しください。


 その後、スカリーとクレアが戻ってくるまでの約一週間、俺達三人はペイリン魔法学園で剣の練習に打ち込んだ。各自の実力を確認するためもあって、模擬試合などはできるだけ均等に対戦相手が当たるようにしていた。


 実のところこれが少し楽しかった。三者三様の戦い方をするので色々と参考になることが多かった。しかし、こと剣技に関してはアリーが最も優れており、カイルがそれに続いていることが改めてわかる。


 こんな俺が真銀ミスリル製の剣なんて持ってもいいのかと思うが、星幽剣アストラルソードを使うために手にするだけだからな。世の中ままならない。




 ということで、ついにこの日がやって来た。スカリーとクレアのレサシガムへの帰還だ。約二ヵ月半かけたお使いからのお帰りである。


 「ただいまー!」

 「みんな、帰って来たわよ!」


 あらかじめペイリン邸で待ち構えていた俺、アリー、カイル、シャロンの四人は、サラ先生と一緒に二人を出迎える。


 「は~い、お疲れさ~ん。頑張ったな~」

 「スカーレット様、クレア、お帰りなさいませ! 長旅でお疲れでしょう。わたくしにも経験がありますからよくわかりますわ」


 サラ先生とシャロンの二人が前に出て、最初にスカリーとクレアの二人と抱擁を交わす。次にアリーとカイルの番だ。


 「ユージ先生、ちゃんと剣二本作ってもらったで!」

 「てっきり一本だけだと思ってたんだけどな」

 「ふふふ、武器は多いほどいいと言いますから、よかったじゃないですか」


 確かにそれは知っているけど、今から受け取るのは思い切り高価な武器だしなぁ。正直なところ、ちょっと気後れしていたりする。今も昔も小市民であり庶民だしな、俺。


 スカリーが背後に控えていた使用人に目配せをすると、その使用人が抱えていた二振りの剣を俺に差し出す。


 「これか」


 俺は小さくつぶやきながら長剣の方をまずは受け取ると、鞘から抜く。


 造りは非常に簡素だ。形状は通常の長剣とほぼ同じで飾り気はない。しかし、刀身や刃など、真銀ミスリルの部分の輝きは全く違う。金属なんて色が違うだけで輝き方なんてどれも同じようなものだと思っていたら大間違いだ。上品であるにもかかわらず力強さを感じる。


 「ライナスの使っていたやつと似ているな」

 「そら、勇者の剣とおんなじの作ってって注文したんやもん」


 同じ工房で同じやつを作ってと注文したら、似たような剣ができあがるのは当然か。なんだかライナスが使っていたあの剣を持っているみたいで少し嬉しい。


 俺は長剣を鞘にしまうと、今度は短剣を受け取って鞘から抜いてみる。こちらも長剣と同じだ。小ぶりにしたような感じだな。


 「師匠、試しに星幽剣アストラルソードを使ってみませんか?」

 「ここでか? さすがに危ないから止めておこう。まだきちんと使いこなせていないんだから」


 今すぐ試したいのは俺も同じだけど、さすがにここは自重しないといけない。訓練は広くて周囲に誰もいない場所でしないとな。


 しかし、これでようやくフール討伐の切り札が手に入った。これからはしばらく星幽剣アストラルソードを使えるよう修行に専念しないといけない。そして使いこなせるようになったならば、いよいよ本格的にフール討伐だ。


 俺は内心で改めて決意しながら短剣を鞘に収めた。

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