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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
8章 袖触れあう距離
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旧イーストフォートの今

 イーストフォートを出発して九日目にして、ようやく俺達は旧イーストフォートへとたどり着いた。


 真上から照りつける強烈な日差しに晒された廃墟が、俺達の目の前に横たわっている。地面の辺りが揺らめいているのは陽炎のせいだ。


 ここは旧イーストフォート北門跡の正面だ。眩しいまでの日差しに照らされたかつての大都市を三人で黙って見つめる。


 三百年近くもの年月が経過しているとさすがに風化が激しい。北門だった場所は完全に崩壊しており、瓦礫が散乱したまま風と砂に晒され続けている。


 「都市が滅ぶと、このようになるのか」

 「廃村なら見たことあるけど、これはまた規模がちゃうな」


 かつては王都並に繁栄していた都市なので、こんな姿を見たら誰もが諸行が無常だと感じることだろう。いつかはこうなるだろうと思っていたことを実際に見せつけられると、何か地味にきついよな。


 「さて、ここから元領主の館に行くわけなんだが」


 街の中から何やら音が聞こえる。いや、声か? あ、何か壊れる音もしたっぽいぞ。


 「ユージ先生、この音や声ってなんでっしゃろ?」

 「誰かが争っているように聞こえますが」


 カイルとアリーも気づいたようで俺に尋ねてくるが、もちろんわかるわけがない。


 絶対行ってもろくなことがないんだろうけど、行かないともっとろくなことにならなさそうに思える。最近出入りする冒険者の数が増えたとは聞いていたけど、まさか争うこともあるのか。魔物とだけ戦ってりゃいいのに。


 「しょうがない。様子を見に行こう」


 気は進まなかったけれど、俺達だってこれからこの旧イーストフォートで調査をしないといけない。面倒なことはできるだけ取り除いておく必要があった。


 北門跡から二百アーテムほど南へ進み、分岐路を少し進んだところで音の発生源と遭遇した。やっぱり人が争っている。見た目はどちらも冒険者で、二つのパーティが争っているようだ。既に二人倒れており、十人近くが立っている。手前の方が劣勢だ。


 最初に俺達に気づいたのは、戦いを優勢に進めている奥のパーティの方だ。こっちに顔を向けているのだから当然ともいえる。


 「んだ、てめぇらぁ! さっさと消えろ! 死にてぇのか!?」


 出会い頭にそんな言葉を初対面の奴に吐くなんて、どんな連中なのかわかってしまいそうだ。しかも、声を上げた奴の仲間が、こちらに矢を射かけてきた! おい、いきなりか!


 俺達三人は思わず回避した。距離は三十アーテムくらいだから腕は悪くない。ないんだけど、警告射撃じゃなくていきなり殺しにくるのか。


 すると、この頃になってようやく劣勢側のパーティが俺達の存在に気づいた。そして、リーダーっぽい戦士が「助けてくれ!」と声をかけてくる。


 「師匠、どうします?」

 「手前の方に加勢するぞ。二人とも前へ出ろ!」

 「よっしゃ!」


 何が何だかよくわからない状態だが、こっちを殺す気でいる連中を放っておくわけにはいかない。きっちりと撃退しておきたかった。


 俺の声を合図にして、アリーとカイルの二人は抜剣して突っ込んでゆく。相手にもよるが、剣の技量に関しては文句なしの二人だから、しばらくは放っておいても大丈夫だろう。


 その間に俺は倒れている二人に近づく。鎚矛メイスを片手に二人の様子を窺うが、戦士風の男は既に死んでおり、魔法使い風の女は瀕死の重傷だ。


 「我が下に集いし魔力マナよ、神の奇跡を我らにもたらせ、回復ヒーリング


 このままだと長くは持たないと判断した俺は、女の方を回復させる。目を覚ますのはまだ先になるが、これで死ぬ心配はなくなった。


 俺達が加勢したことにより、戦況は逆転した。こちら側のパーティは二人欠けた状態で四対五を強いられていたが、アリーとカイルが参加したことで六対五となったからだ。


 二人の様子を見ていると危なげがない。相手の戦い方がやけに荒々しいので多少危険だが、冷静にその攻撃を捌いているため負けることはないだろう。


 特にアリーは圧巻だ。魔族対人間で身体能力の差があるだけでなく、剣の技量に剣そのものの質にも大きな差がある。しばらく様子を見ているような感じのアリーだったが、力量差がはっきりとわかるとさっさと勝負をつけた。


 相手の攻撃が息切れによって止まった瞬間に右腕を切断する。更に、痛みで悲鳴を上げながら前のめりになる相手の肩から胴の半ばまでを、皮とはいえ鎧ごと簡単に切断して見せた。相変わらずあの黒い長剣ロングソードの切れ味はすごいな。


 一方のカイルは、学生のときと違って、だいぶ洗練された戦い方ができるようになっていた。在学中は攻撃か回避のどちらかしか行動が取れなかったので戦いに幅がなかったが、今では攻防一体の戦い方がかなり板に付いてきている。わずか一年でこんなに変わるものなんだな。


 そんなカイルはアリーと違って様子見なんてことはせず、最初から全力だ。隙あらば攻撃を仕掛けて優位に立とうとする。対戦相手は徐々に押されてしまい、ただでさえ荒々しい戦い方が雑になってきた。カイルはその雑になった部分を見逃さず、相手の剣を叩き落とし、返す刀で刃先を首筋に叩き込んだ。


 こうなるともはや決着はついたも同然だ。俺達三人がいなくても、あちらのパーティだけで敵対パーティを全滅させることができた。


 「ありがとう、助かったよ」


 戦いが終わってから、リーダーっぽい戦士が俺に礼を言いに来る。


 「そりゃどうも。魔法使いの方は助けられたが、戦士の方は駄目だった。既に死んでいたからな」

 「そうか。残念だな。いい奴だったんだが」


 俺が助けた魔法使いは別のパーティメンバーに介抱されている。あとはあっち側の問題だな。


 「それで、何でまたこんなところで争っていたんだ?」

 「あいつら、追いはぎを兼業としている冒険者なんだよ」


 それを聞いて俺は顔をしかめた。確か、仕事を終えた冒険者を狙ってその成果や装備なんかを奪う連中のことだ。大体冒険者稼業がうまくいっていない連中がそんなことをする。ばれると一発で冒険者ギルドを追放になるんだけど、どのみちまともなやり方では立ちゆかなくなる連中はいくらでもいるので、やる奴は跡を絶たない。


 「こんなところにまで来ているのか」

 「それが、ここを調査して空振りだったから、帰りがけの駄賃とばかりに俺達を襲ったようなんだ」


 何そのとばっちり。そんなのでいちいち襲われていたらきりがないぞ。


 俺は念のため、捜索サーチの魔法で同業者がこの街にいないか調べてみる。すると、二組いた。元領主の館と街の南東にだ。この二組はどうなんだろう。


 「あんた達はこれからどうするんだい? 俺達はもう引き上げるけど」

 「俺達はこれからこの街を調べないといけないから残るよ。ついさっき来たばかりだしな」


 まさか同じ人間が邪魔になるとは思わなかったな。みんな同業者なんだから、可能性としてはあってもおかしくないのはわかっていたけど。


 「そうか。気をつけろよ。まだ他にも同業者がいるみたいだし、俺達みたいに不意を突かれないようにな」


 俺はリーダー風の戦士と別れの挨拶を交わすと、アリーとカイルの二人を連れて元領主の館へ向かって歩き始めた。




 助けた冒険者達と別れると再び元領主の館へと足を向ける。今も一組のパーティがいるものの、残念ながら行かないという選択肢はない。


 「ユージ先生、この様子やとこれから行くとこにも誰かおるんとちゃいますか?」

 「さっき捜索サーチで確認した。一組いる。どんな連中かまではわからんけど」


 くそ、現地に来てこんな面倒なことになるとは思わなかったぞ。どうしよう、やっぱり誰もいなくなってから元領主の館に行くべきだろうか。


 「せめて何をしているか確認するだけでもしませんか?」

 「物陰からこっそりと覗くのか? う~ん。でも、そもそもなんでこんなに俺達が遠慮しなけりゃいけないんだ」


 別に調査をするのに早い者勝ちという決まりはない。各自好きなようにすればいいんだよな。もめ事を避けようとするあまり、変に引っ込み思案になっていたのかもしれない。


 「それなら、このまま元領主の館に行くんでっか?」

 「うん、行こう。何かあったときはそのときその場で対応すればいい」


 よし、吹っ切った! これからは周囲に遠慮なんてせずに何でもするぞ!


 気を取り直した俺は、かつてライナス達と通った崩れた壁をまたいで館の敷地の中へと入る。


 一辺が五百アーテム四方の広大な屋敷だったので、建物が瓦礫と化して点在している今は見晴らしがいい。市街と違って遮蔽物がほぼないので反対側の壁まで見渡せる。しかしそれは同時に、視界に移る範囲にまともな建物は存在しないということも意味していた。


 はるか南側の壁には、先客である冒険者パーティのメンバーが六人いる。こちらを気にしているのか、時折こちらに指を差して仲間と何かを話しているようだった。今のところ俺達には関係ないので、自分達の作業をすることにしよう。


 「師匠、これからどうやって探すのですか?」

 「捜索サーチを使って探してみる。それで見つかったらひとつずつ拾っていこう」


 本当はお墓に入れて供養するのが一番いいのだが、残念ながらそれはできない。全てが終わってからなら魔法具を供養してもいいが。


 ということで、アリーとカイルが注目する中、元領主ディック・ラスボーンの骨を捜索サーチの魔法で探してみた。幽霊の状態で会ったことがあるので反応してくれると思うんだけど、無反応だったらいきなり手詰まりだ。


 「おお、反応するんだ!」


 驚いた。幽霊の状態でしか会ったことがないのに、見たこともない当人の体も探せるのか。随分と便利だな!


 「ユージ先生、見つかったんでっか!」

 「うん、見つけた。見つけたんだけど……」

 「どうしました、師匠? 何か問題でも?」


 俺は二人には反応せず、そのまま捜索サーチの結果を確認する。


 魔法でどこに遺骸があるのかわかったのはいいが、これがまた困った状態になっていた。それは、骨の量が少なくて更に散乱しているのだ。考えてみれば当たり前で、街ごと滅ぼされた後は埋葬してくれる人なんて誰もいなかったのだから、朽ちるがままになる。その状態が三百年近くも続けば、散逸するのは当然だろう。


 「元領主の遺骸がだいぶ風化しているんだ。下手をすると魔法具を作るのに足りないかもしれない」

 「「え?!」」


 さすがに二人も俺の言葉に驚いた。見つからないんじゃなくて、見つけられたけど量が足りなかったなんてことは考えもしなかった。


 「ともかく、集められるだけ集めよう。人の骨を集めるなんて気が引けるけど、我慢してくれ」


 アリーとカイルに言葉を向けると二人とも頷いてくれた。


 時刻は昼過ぎ、とりあえず簡単に昼ご飯を済ませると、すぐに遺骸発掘作業に取りかかった。


 今回の作業は、俺の指示に従ってアリーとカイルが地面を掘り起こして元領主の骨を回収する。何しろ探し出せるのが俺だけだから自然とこうなる。そして、カイルが土属性の魔法で固い地面をほぐし、アリーと一緒に掘り返すのだ。出てきた骨は、俺が捜索サーチをかけて元領主のものかを確認する。元領主のものならば持ってきた袋にひとつずつ入れてゆく。この作業を延々と繰り返すのだ。


 「こびりついている土はきれいに取らなくてもいい。それは後でエディスン先生がやってくれるから」


 俺も手伝わされるかもしれないが、今ここで下手に弄って骨を痛めてしまうよりかはましだろう。正直なところ、持って歩くのでさえ少し怖い。


 そうして日がそろそろ傾こうかという頃に作業は終わった。エディスン先生から要求されていた頭蓋骨は半分だけしか見つけられなかったけど、これは仕方ないだろう。素人目に見ても不自然な切り口だったので、魔の眷属を召喚したときにやられたんだと思う。


 「よし、これで全部だ。お疲れさん」

 「はぁ終わったでぇ!」


 カイルが大きなため息と共に座り込む。地味な作業を延々としていたんだから、戦いとはまた違う疲れが溜まるだろう。


 「師匠、あちらから別パーティの冒険者がひとりやって来ます」


 俺も思わず座りそうになったところで、アリーから声をかけられた。そちらを振り向くと、魔法使い風の男がこちらへと歩いてきている。


 「どうした?」

 「ちょっと気になったことがあってね。何をしているのか聞きに来たんだ。ほら、ここは一見すると何もなさそうに見えるだろう?」


 いきなり質問を投げかけられて驚いたが、そんなことを聞く理由はある程度理解できた。めぼしい成果が上がらないからだろう。


 「人の骨を集めていたんだ。魔法使いからの依頼でね」

 「ああ」


 俺の返事に魔法使い風の男は苦笑した。よくわからないものを集めてくるように依頼を出す魔法使いは珍しくない。それを知っているからだ。


 「ちなみに、何に使うか聞いているかい?」

 「依頼書にはそんなことは書いてなかったな。あったとしても言えるわけないだろう」


 守秘義務はこちらの世界にも存在する。多分に道義的なものではあるが、それだけに破ったら後が大変なことになりかねない。


 「そりゃそうか。答えてくれてありがとう。そうだ、お礼にひとつ、この街の夜のことを教えよう。日が暮れると大量の死霊系の魔物がたくさん出るんだが──」


 既に知っていることだったので聞くまでもなかったが、せっかくの好意なので最後まで聞いた。そして、別れる。


 「どうも普通のパーティみたいでしたね」

 「そうそう他人を襲撃するパーティに鉢合わせたないから、こんでええやん」


 全くである。しかし、これで一応エディスン先生から頼まれていた材料は手に入れた。後は持って帰るだけだ。それはそれで大変なんだけど、温かいご飯とベッドが待っていると思って耐えるとしよう。

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