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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
8章 袖触れあう距離
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旧イーストフォートと悪魔の砂漠

 スカリーとクレアを見送った俺達は、魔方陣を使ってシャロンの屋敷へと転移した。そして、一旦与えられた部屋へと戻り、そこで旅装を整える。準備が終わると厩へと向かって魔界産の馬を受け取り、玄関へと集合した。


 「皆さん、出発の準備はよろしいようですわね」


 俺達三人の様子を見たシャロンが笑顔で声をかけてくれた。朝起きてから忙しいが、それもあと少しだ。


 「それじゃ行ってくる。旧イーストフォートでの用が済んだら、また帰ってくる」

 「連絡用の水晶がありますから、何かあればいつでもご連絡くださいな。研究三昧の身ですから、いつでも応じられますわ」


 そりゃ助かる。俺は頷くと馬にまたがった。他の二人も俺に続く。


 「じゃぁな、シャロン!」

 「行ってくる。元気でな」


 手を振ってくれるシャロンを後に、俺達は北へ向かって進み始めた。


 シャロンの屋敷があるフェアチャイルド領は豊穣の湖の南部にある。旧イーストフォートへ向かうのならば東側へ進まなければならない。しかし、俺達は豊穣の湖を目指して北上した。それは、この湖の周囲には人の往来する街道が整備されているからだ。王国公路ほどではないにせよ、湖の西端にある王都ハーティアと東端にある副都エディセカルを結ぶ街道なのでよく整備されている。だから利用することにしたのだ。


 シャロンの屋敷から副都エディセカルまでは馬車で一週間かかる。馬の速歩はやあしなら半分でいけるが、馬を疲れさせてまで急ぐ理由がないのでゆっくりと歩かせた。


 副都エディセカルといえば、ハーティア王国で二番目に大きな都市だ。南北の軸を中心として王都と大体正反対の造りになっているのが特徴だったな。大都市には違いないんだけど、俺の印象は薄い。前世では単なる通過点だったもんなぁ。


 「おお、これがエディセカルなんや! むっちゃでっかいなぁ」

 「さすがに大国の副都だけはありますね」


 などと都市の大きさに驚いている二人の横で、俺はひとり冷静だった。


 そうか、アリーはハーティアを知っているけど、流行病で盛り上がりの欠けるところしか見てないから、この盛況さに驚いているのか。カイルに至っては、これだけの大都市を見るのは初めてだったか。レサシガムもかなり大きい方だけど、やっぱりハーティアとエディセカルにはかなわないよなぁ。


 ハーティアに対して、こちらのエディセカルに流行病の影響は見受けられない。ゲートタウンのように難民が押し寄せてきていてもおかしくないのにな。全部吸収してしまったんだろうか。


 心配していた宿と食料の二つは、やや高めではあったものの常識の範囲内だ。さすが副都、なんともないぜ。


 前世と同様に今世でも単なる通過点でしかないエディセカルは、一泊してすぐに出発だ。急ぐ必要はないが、のんびりと遊んでいる暇もない。


 エディセカルからイーストフォートまでは大陸公路を使う。今までよりも一段と整備された街道にカイルだけでなくアリーも驚く。


 「なんやこれ?! 街道の幅がなんでこんなに広いんや?!」

 「噂には聞いていましたが、ここまでとは」


 幅約五十アーテムもある王国の幹線道路だ。都市とはまた違った驚きがある。この上をこれから二週間かけてイーストフォートへと進んでいくことになるわけだ。


 エディセカルから王国公路に沿って真東に移動すること五日、南へと延びる小さな街道が現れる。ラレニムへと通じる街道だ。元々は王国公路だったのだが、レサシガム共和国と同様にハーティア王国からラレニム連合が独立した際に、王国が整備を放棄したのである。懐かしい、この街道も前世で通ったことがあるな。


 南への分岐路から更に真東へと進むと、今度は南側に呪いの山脈の北端が見えてくる。旧イーストフォートが滅亡したときにその余波で呪われた山脈だ。一歩踏み込むと多数の死霊が徘徊している。しかし、以前に比べて呪いは薄くなってきているらしい。誰がどうやって調べたのかはわからないが。


 呪いの山脈が南側から見えなくなると、街道は北東へと進路を向ける。おおよそ五日間くらいずっと続いているが、昔はこの街道のすぐ南まで悪魔の砂漠が迫ってきていた。しかし、今はだいぶ南側まで砂漠が後退しており、街道の南東部は荒野が広がっている。これもやはり、呪いが薄くなってきているせいらしい。


 最後は真北に三日も進むとイーストフォートへと到着する。


 城塞都市イーストフォート、かつては魔王軍との最前線を支える軍事拠点として栄えていたが、今は魔界との交易路として繁栄している。前世では、戦争に探索に何かと世話になった街だった。


 シャロンの屋敷から約三週間かけて、予定通りイーストフォートへとたどり着いた。今回はここを拠点にして、旧イーストフォートを探索する。




 イーストフォートに着いて最初に探したのは、やっぱり厩舎だった。馬は誰かに世話をしてもらわないといけないからなんだけど、他にも理由がひとつある。それは一ヵ月ほど預かってもらいたいのだ。これから旧イーストフォートへと向かうが、そのためには悪魔の砂漠を越えなければならない。この砂漠越えに馬を使うことはできないからだ。


 さすがにハーティアの混乱はここまで届いていないらしく、イーストフォートの各種値段は常識的だ。大北方山脈を越えて王国に入ってから久しぶりな気がする。


 俺達はとある厩舎で馬を一ヵ月預かってもらうことに成功した。料金は半分を前払い、もう半分を後払いにする。一ヵ月も預かってもらうことを怪しまれないか内心どきどきしていたが、旧イーストフォートへ向かうためと告げるとあっさり納得してくれた。今は珍しくないらしい。


 「はぁ! やっと落ち着いたなぁ!」


 日没も近かったので早々に宿を取った俺達三人は、一階の食堂で夕飯を食べることにした。先の言葉は、最初のエールを呷ったカイルのものだ。この一年でおっさん臭くなったな、お前。


 今の俺達は路銀を心配する必要がないため、質・量ともに奮発した料理を注文した。鶏の丸焼きに豚肉の太もも、野菜のスープ、黒パンなどだ。それと、なぜかバリーのことを思い出したので、ちょっとだけチーズを頼んでみたりもした。


 「師匠、これから旧イーストフォートへと向かうわけですが、準備しておかないといけないものはありますか?」


 鳥の丸焼きの一部を削り取って食べているアリーが、とりあえずお腹が落ち着いたのか、これからのことを聞いてきた。


 「水は魔法でどうにかなるからいいとして、保存食は必要だな。魔法使いみたいに体力がない場合だと杖は必須なんだけど、俺達には必要ないか。あとは……そうそう! 防寒対策だ。昼間は暑いけど夜は冬みたいに冷え込むんだよ」


 かつての経験も交えて必要なことを伝えていく。砂漠が厄介なのは暑いだけじゃなくて寒いところもなんだよな。


 「防寒対策でしたら、私と師匠は山越えのときのものがありますから大丈夫でしょう。そうなるとカイルだけですね」

 「いるのはわかるけど、俺、あんまし金持ってへんで?」

 「俺が出すからそこは考えなくていい」


 渋い顔をしたカイルに俺は即答して安心させてやった。懐事情が厳しいのは冒険者の常だ。渋るのは仕方ない。


 「そんで、ユージ先生。悪魔の砂漠ってどんなところですんや?」

 「それは明日調べてみる。どうも俺の知識が使えるか怪しいしな。確認しておかないといけない」


 このイーストフォートへ向かう途中の王国公路で、徒歩の冒険者が南下していくのを何度か見かけた。どこかの街へと移動するなら隊商護衛などを引き受けるものなのに、歩いて街道を進んでいるというのは不自然だった。あれが気になる。


 「それでは、明日は悪魔の砂漠について調べるのですね」

 「アリーは、カイルに必要なものを一緒に買ってやってくれ。俺達と同じものでいい。その間に俺が砂漠について調べておく。それで、昼頃にこの食堂で集合というのはどうだ?」


 どちらもそんなに時間がかかるわけじゃないから、街の中を観光しながら必要なことをすればいいだろう。


 「よっしゃ、決まりやな! おねーちゃん、豚の太もも二本追加!」


 カイルの言葉を聞いてから目の前のテーブルを見ると、ほとんど食い尽くされていた。いつの間に……俺、まだほとんど食ってないんだぞ。欠食児童か、お前らは。




 翌朝、俺はアリーとカイルの二人と別行動で情報を集めた。まずはイーストフォートの冒険者ギルドで、悪魔の砂漠と旧イーストフォートの現状について調べる。その次に周辺の気候や冒険者の動向だ。二百年前のことを思い出しながらひとつずつ確認していく。


 そして昼前、調査が一段落付いたので俺は宿の食堂へと戻った。


 頭の中で調べたことを整理する以外にやることもないので、昼間からエールを飲んでのんびりと待つ。他の職業じゃなかなかできないことだ。自由業の利点である。


 「あ、ユージ先生ですやん! もう来てはったんでっか!」


 宿屋の入り口から声を上げて入ってきたのはカイルとアリーだった。荷物を抱えている。


 「とりあえずその荷物を部屋に片付けてこい」

 「「はい」」


 一旦部屋に戻って荷物を置いてきた二人が、しばらくしてこちらへとやって来る。俺の手元を見たカイルが、給仕に同じものを頼んだ。


 「そっちは必要な物は買えたのか?」

 「そりゃもうばっちりでっせ! 二人と同じやつが買えたから完璧でっしゃろ」

 「師匠の方はどうでした? 悪魔の砂漠と旧イーストフォートについて何かわかりましたか?」


 もちろんわかったので俺は頷く。もったいぶっても意味はないのでさっさと話すことにしよう。


 「悪魔の砂漠の気候や状態だが、砂漠そのものは普通の砂漠と変わらない。そもそも悪魔の砂漠という名前がついたのは、召喚された悪魔に呪われているという噂からそう呼ばれるようになっただけだからな。ただ、夜になると幽霊ゴーストがよく出てくるようだが」


 これは二百年前から変わらない。もちろん他にも話すべきことはある。


 「魔物についてだが、砂虫サンドウォームは最大で二十アーテム程度のものが確認されている。砂の中を往来していて、どうやってか砂漠の上を歩く生き物を感知して、それを丸飲みしようとする。でかい上に動きが速いのが注意だ」

 「うわ、生きたまま飲み込まれたらたまらんな」


 カイルが顔をしかめる。うん、あれと戦ったことはあるけど、正面から向き合いたい相手じゃないな。


 「他に、砂蠍サンドスコーピオンという砂漠に住むさそりがいる。普段は砂の中にじっと隠れていて、獲物が目の前を通りかかるとしっぽの先端にある毒針を刺しに来るんだ。この毒は麻痺性のもので、相手を動けなくしてから二つのはさみで分解して捕食するらしい」


 どちらも俺の捜索サーチで引っかけられるので、不意打ちを食らうことはないだろう。しかし、事前に話はしておくべきだ。


 「旧イーストフォートについてはどうでしょうか?」


 アリーの言葉に応えて、俺はポケットから折りたたんだ紙を取り出して広げた。そこには俺お手製の旧イーストフォート概略図が描かれている。


 「東西が四オリク、南北が二オリク半だ。面積にしたら王都よりもでかい。出入り口は東西南北に門がひとつずつある。俺達は北門跡から入ることになるだろう」

 「これは、かなり大きな都市だったんですね」


 広げられた概略図を眺めながらアリーが感想を漏らす。探索するときはこの広さが逆に困りものなんだけどな。


 「領主の館ってのはこの真ん中にあるやつなんでっか?」

 「そうなると、北門から入って約一オリクといったところか」


 カイルとアリーが俺の描いた概略図を元に相談を始める。俺は知っていることを他にも二人に説明して、不明点をひとつずつ潰していった。


 「それと、昼間は本当にただの廃墟なんだが、夜になると白骨死体スケルトン幽霊ゴーストが徘徊する。昔は放っておいても害はなかったんだけど」

 「途中で言葉を切ってなんでっか?」


 二人が不思議そうに俺を見る。どうせ説明しないといけないことだから話はするが。


 「この百年間くらいで、悪魔の砂漠が後退しているみたいなんだ。それに伴い、旧イーストフォートへと行きやすくなった。そうなると、何かないかと乗り込んでゆく冒険者が増えたんだが、そいつらが夜に出てくる白骨死体スケルトン幽霊ゴーストを片っ端から排除していくことがあるらしい」


 事情を知らない冒険者連中に、旧イーストフォートの元住民のことをよく考えろと言っても無駄だ。だから俺もそんなことは言わない。けど、何も見つからなかった腹いせに、害のない白骨死体スケルトン幽霊ゴーストを片っ端から倒していくというのはどうなのか。


 「そんなことがあったせいか、だんだんと白骨死体スケルトン幽霊ゴーストも反撃してくるようになってきているそうだ」

 「そりゃ無抵抗でやられっぱなしなんてことはないやろなぁ」


 カイルは憮然とした様子で感想を漏らす。


 「つまり、私達が旧イーストフォートへ行ったときは、夜に注意ということですか」

 「そうなる」


 アリーの言葉を俺は肯定する。まさかこんなことになっているとは俺も思わなかった。


 「あ、けどそうなると、元領主の館なんて冒険者に荒らされとらんかな。俺なら一番にお宝がないか探すけど」

 「それもそうだな。もっとも、今回探す元領主の遺骸、というか骨がどこにあるのかがそもそもわからないが」


 二人の言うことはもっともだ。ただ、俺達はお宝を探すわけじゃないから、元領主の館が荒らされていても困らない。ラスボーンさんの骨については、これから考えようと思う。


 「ともかく、こんなところだ。他の冒険者にちょっかいを出されなくても大変だろうけど、頑張ってやりとげるしかない」


 自分で提案しておいて今更なんだが、三百年近く前に散逸した骨をどうやって探そうか頭を抱えながら、一旦旧イーストフォートの話を終わりにした。

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