再出発
冒険者ギルドで再会したカイルに、卒業してからの一年間で何をしていたのかを説明した。俺の話から始まって他の四人が順番にしゃべる。これが結構時間がかかった。五人分なんだからある意味当たり前とも言えるが。
「はぁ、みんなそんなことしてたんか。そらすごいなぁ」
全てを聞き終わったカイルは、ため息をつきながら感想を漏らす。一介の冒険者では考えられない支援の下で動いてるもんな、俺。
「それにしても、アリーはようユージ先生に同行する許可が下りたな。スカリーもクレアもあかんかったのに」
「ライオンズ家は兄上が継がれたからな。私はいなくなっても困らないのだ」
似たような立場だったと言うことを思い出したカイルは、その説明に納得する。長男以外は基本的に不要なんだよな。それじゃ子供をたくさん作るなよと言いたいが、子供の死亡率が高いからそういうわけにもいかない。大変だな、家って。
「今は俺とアリーの二人でフールを直接追いかけているところだ。スカリーとクレアは後方支援として動いてくれている。シャロンは拠点の提供と魔法の開発だな」
「そうなると、俺はユージ先生んところに入ったらええんでっか。どうせ今はどうにもならへんし、よろしゅう頼んますわ」
よし、これで決まった。これからフールの所属している組織とぶつかる可能性が出ていただけに、直接戦力が増えるのは実に嬉しい。一年間冒険者活動をしていたカイルなら、戦うこと以外もある程度やっているだろう。
俺達が話がまとまって喜んでいると、使用人が夕飯の準備ができたことを伝えに来た。
「あら、もうそんな時間なのね。外も暗くなってきているじゃない」
「そんなら食堂へ行こか! ぐずぐずしてると、食べるもんがなくなってしまうで!」
スカリーの言葉にみんなが笑う。この家で出される量なんて食い切れるか。
ちょうどお腹の減ってきていた俺達は、スカリーを先頭に食堂へと向かった。
「みんな、よう来たな~って、あれ? カイル君やん。来てたんや」
食堂にはサラ先生が既に座っていた。俺達が入ってくるのをにこにこと眺めていたが、カイルの姿を見ると驚いた表情に変わる。まだ何も知らせていなかったから仕方のないことだった。
「ペイリン先生、お久しゅう。つい最近パーティが壊滅してしもて困ってたら、みんなに来うへんかって誘われたんですわ」
すっかり立ち直ったカイルが笑いながらサラ先生に説明する。こいつの引きずらない性格っていうのはいいよな。
「へ~、そうなんや。それじゃユージ君と一緒に動くわけなん?」
「はい、そうですねん。アリーも一緒やさかい、昔に戻ったみたいですわ」
そういえば、この二人が在学中に授業の一環として指導していたことがあったな。もう随分と昔のことのように思っていた。
カイルの分の席が用意される間、俺達はサラ先生も含めてカイルの話に終始した。ここに来ることになった経緯をカイルがしゃべる。
夕飯の準備が終わると、運ばれて来た料理をまずは食べた。
「やっぱりスカリーん家の飯ってうまいなぁ! いくらでも入るでぇ!」
遠慮なく食べているカイルの勢いはものすごい。みんな呆然とみているが、俺は学校にいたときのことを思い出した。一緒に食べていたときは、話をしている最中でもひたすら食べているときが多かったな。まだ育ち盛りなんだろうから、食欲が衰えることなんてないんだろう。見ていると胸焼けしそうになるときはあるけど。
「あはは~、いい食べっぷりやね~。なんか食卓の上に載ってる料理が全部なくなってしまいそうやわ~」
さすがにそれはないと思うけど、肉類は少し確保しておかないとなくなってしまいそうだな。今から取り分けておくとしよう。
「ところで、おかーちゃん。今日は家に帰ってくるなんて珍しいやん」
「何ゆうてんの。昨日久しぶりに会ったばかりやん。うちはまだ愛娘に会い足りひんで」
スカリーの言葉にサラ先生がわざと悲しそうに振る舞うが、愛娘の不審そうな視線と周囲の苦笑しか得られていない。サラ先生は不満そうだけど、残念ながら弁護してくれる人はいなかった。
「わかったから、おかーちゃん。うちらになんか話でもあるんか?」
「えー、もぉ、しょうがないなぁ。えっとな、スカーレットとクレアちゃんなんやけど、体を休めたら次はロックホールに行ってほしいねん」
真銀製長剣の件か。あれがないと俺の星幽剣を制御する修行が進まない。
「勇者の剣と同じ真銀製長剣を作ってもらうってゆう話やね。それユージ先生から聞いてるで」
「わたしもです。早速のお手伝いですね」
スカリーとクレアは動じることなくその話を聞いていた。最初からそのつもりだったので余裕だ。
「勇者の剣と同じとは、また大したものですわね。そんなものが本当にできますの?」
「レティシア殿から、精霊の水というものを分けてもらえることになっているので、作れるそうだ」
シャロンの疑問にアリーが答える。それで思い出した。精霊の水をレティシアさんからもらってこないといけないんだ。
「そうそう、アレクサンドラちゃんが今ゆうた精霊の水やけど、ユージ君が取ってきてくれへんやろか?」
「いいですよ。いつ取りに行けばいいですか?」
あの精霊の水が傷んだり腐ったりするのかわからないけど、新鮮な方がいいだろう。だからできるだけ直前に取り寄せたい。
俺とサラ先生はスカリーとクレアに顔を向けた。すると、今度はその二人が顔を見合わせる。大体いつ頃というだけでもいいから、予定を教えてくれるとこっちは楽だ。
「クレア、いつにする?」
「そうねぇ。今三月の下旬だから、四月に出発するのはどうかしら。ちょうどきりがいいし」
それなら俺もわかりやすい。二人の意見に俺も賛成した。
「なら決まりやね。真銀はこっちで用意するさかい、ユージ君から精霊の水を受け取って出発してな。代金は剣と引き替えに渡すこと。あ、作ってもらうところはグビッシュ工房ってゆうところな。昔っからの付き合いがあるから、引き受けてくれるはずやで」
また懐かしい名前が出てきたな。やっぱりあそこか。
「そのグビッシュ工房って、どんなところなんやろう?」
「勇者の剣を作った鍛冶師のおった工房やで。腕の良さは保証できるさかい安心や」
カイルが咀嚼したものを飲み込んで質問すると、すぐさまサラ先生が答えてくれた。
話を聞いている分には当の本人は生きていなさそうだけど、あのドワーフの系統なら確かに信用できるな。
これでいよいよ年内には真銀製長剣が手に入る。そこから修行を本格的に始めるわけだ。
「そうですわ。せっかく皆さんが集まっていらっしゃるから、今のうちに話しておきましょう」
真銀製長剣の話が一段落すると、今度はシャロンに話があるようだった。
「以前、ユージ教諭とアリーからハーティアの状況を話していただきましたけど、あれからフールが所属しているという組織について少し調べさせておりますわ」
初耳だった。まさかそんなことをしていたとは予想外である。
「しかし、シャロンの手の者に、その手の調査ができる者がいるのか? 以前屋敷を見た限りでは普通の使用人しかいないように思えたが」
アリーの言う通りだ。俺もシャロンの屋敷を見ていると、お使いはできても裏の社会を調べられる人なんているとは思えない。相手は用心深い上に暴力的だから見つかると大変なことになる。
「フェアチャイルド家くらいの貴族になりますと、わたくしのような子女にも裏方の護衛が何人か付きますのよ。その中から二人を派遣しているのですわ」
うわ、そんなのがいるのか。どこで見張られているのかわかったものじゃないな。でもそうなると、今ここに来ているのはいいんだろうか。護衛対象が消えたら慌てているような気がするんだが。
「それで、その結果をここで報告してくれるんかな~?」
「残念ながら、まだわたくしも報告を受けておりませんの。月末まで調査がかかると連絡がありましたから」
サラ先生をはじめとした俺達は、いささか肩すかしを食らった形だ。
「そうなると、俺らはシャロンからの報告を受けてから、ハーティアに行くっちゅーんやな。スカリーとクレアの二人とほとんど同時やん」
尚も食べ続けているカイルが日程を整理した。ほぼ同時か俺達の方が少し早いくらいか。正直なところ、俺達の直近の目的は旧イーストフォートだから急いでもらう必要はない。けど、知っておいて損はないしな。
「どの程度調べられるのかはわたくしもわかりませんけど、お三方に役立つお話しはあるでしょう。今しばらくお待ちくださいませ」
その組織そのものには全く興味はないけれど、フールが所属している以上は無視できない。フールだけを切り離せるような情報があったらいいんだけどな。
「シャロンちゃんのお話しはこれでええとして、他はもうないんかな~?」
俺も首を捻りながら考えてみるが、特に言っておかないといけないことはないな。
これで三月中は休んで、四月から再び行動を開始するという方針が決まった。春からはまた忙しくなりそうだ。
三月最後の日、俺達は再びペイリン本邸へと集まった。明日からは俺、アリー、カイルの組とスカリー、クレアの組が旅に出る。そのための最終的な準備を済ませるためだ。
俺達の方は、カイルが追加で参加することになったので、フェアチャイルド領にもう一頭の魔界産の馬を連れて行かなければならなかった。どうしようかと色々悩んだが、結局魔方陣で転送するしかなかったのでそうした。
これに驚いたのはシャロンの屋敷の使用人だ。何しろ向こうの屋敷で魔方陣の存在を知っている者は執事くらいなので、いきなり馬が屋敷内を歩いているところを見て驚かないわけがない。俺も随分といたたまれない思いをしたが、あらかじめシャロンの執事に説明をしていたので、俺は馬を運ぶだけでよかった。
一方、スカリーとクレアの方は、馬車に真銀を先に積み込んであり、後は本人が乗り込むだけだった。精霊の水を運ぶ役は俺だ。レティシアさんのところへ取りにいった。別に誰がやってもいいんだろうけど、何となく。ちなみに、例のいくらでも入る魔法の革袋に今回も入っていた。
そうすると、残るはフールの所属する組織についての情報だけだ。シャロンの部下によると、ハーティアで最も大きい密輸組織らしい。フールはその中の幹部のひとりということだ。
「よく二週間程度でそんなことがわかったな」
「最近急に大きくなった組織らしく、意外と機密保持ができていないみたいですわ」
なるほどな。内部に確執があるのかもしれない。こっちとしては好都合だ。
「フールが倒せるようになるまでは関わらないようにするけど、その間に続けて組織の調査をしてくれるか?」
「わたくしの護衛ですので、あまり無茶なことはさせられませんが、できる限りのことはいたしましょう」
それでいい。元々俺が独力でやらないといけなかったことだしな。文句なんてない。
「ユージ先生のとこに比べたら、うちらのところなんてお使いも同然やな」
「同然じゃなくて、お使いそのものでしょう。しかも運ぶ荷物がかなり高価なものじゃない。気が抜けなくてこっちも大変よ」
「お金よりも貴重なもん運ぶしな。盗賊に盗られんようにせんと」
真銀が荷物だもんな。俺達とは別の意味で精神が削られることになりそうだ。
「しっかし、旧イーストフォートで骨探しが目的とはなぁ。なんか墓荒らしみたいで気が引けまんな」
「更にその探す骨というのが、元領主のものなのだろう。師匠は面識があるらしいが」
既に幽霊だったけどな。本人が許してくれると信じて探すしかないだろう。
翌朝、俺達は馬車の前に集合する。スカリーとクレアが、今からロックホーンに向かって出発するところだ。
「そんじゃ行ってきますわ!」
「行って帰ってくるだけなら一ヵ月半くらいね。こっちはすぐに戻って来られそうだわ」
そして今度は報酬を持ってすぐに出発しないといけないだろうけどな。まぁ、剣の製作期間も考えないといけないけど。
「スカーレット様、お気をつけて!」
「途中で盗賊に襲われても、魔法でなぎ倒してやったれ! 二人やったら楽勝やろ!」
「そういった手合いに襲われないように祈っているぞ」
同期生の三人は馬車に乗り込んだ二人に挨拶の言葉を贈ってゆく。
「じゃあな。頼んだぞ、二人とも」
俺の言葉を合図にスカリーとクレアを乗せた馬車は動き出した。ゆっくりとペイリン本邸を離れてゆく。
「はぁ、行ってしまわれましたわ」
「そして今度は俺達の番ってわけだ。シャロンの屋敷からお馬さんで」
たった今見送った俺達も、これから転移用の魔方陣でシャロンの屋敷へと向かい、そこから旧イーストフォートを目指す。
「よっしゃ、そんじゃ俺らも行きますか!」
なぜかカイルが主導しているが、ずっとここにいても仕方がないのは確かだ。
俺達はカイルを先頭にペイリン本邸の中へと入っていった。