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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
1章 ユージ、教師になる
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噂話と世間話

 自分の担当学生が優秀なのに喜びつつも、何を教えようかと悩む日々が始まった。よく言えば嬉しい悲鳴なんだけど、余裕がないので喜びきれない。


 こんなときに思い出すのが、かつて勇者ライナスとその親友である戦士バリーに武術を教えていた師匠のことだ。二人の生まれ故郷にやって来たその師匠は、冒険者の心得なども合わせて約十年間教えていた。あのときは俺も学ぶ側だったから何とも思わなかったが、こうやって教える側になるとそのすごさが理解できる。優秀だが一般的な冒険者だと思っていたけど、元々教えるのが上手かったんだろう。


 今の俺は、前世で俺を直接指導してくれた三人の先生とライナスとバリーの師匠がどう教えていたのかを思い出しながら指導している。この四人がいなければ、俺は人に物を教えることなんてできなかった。いくら経験が豊富にあっても、それを上手に伝えられなければ教師とは言えない。


 ということで、精神的には先月よりも追い詰められているのだが、更に圧迫されるような話を耳にした。


 「おい、ユージ。お前、授業で派手にやったそうじゃないか」


 やたらと楽しそうな笑顔を浮かべて、事務作業をしている俺にモーリスが近づいてきた。こいつがこんな顔で寄ってくるときはろくな話じゃない。


 「あ、俺、仕事が忙しいんで」

 「嘘つけ。俺が昨日振ったどうでもいい作業じゃないか」

 「自分でどうでもいいなんて言うか……」


 俺は半目でモーリスを睨むが、こいつは気にした様子もなく俺の言葉を適当に受け流した。


 「何でも、学生同士を対戦させて競わせたんだそうだな。しかも、なぜかそこにハーティア王国のお嬢様も混ざってたそうじゃないか」

 「別に隠しているわけじゃないけど、よく知っているな」

 「そのとき、訓練場の別の場所で授業をしていた先生と学生がたくさんいたからな。みんな途中から見学していたそうだぞ」


 授業としてやらせたことなんだから別にやましいことはないんだけど、明らかに学生の範囲を超えた試合だったので、学校側から呼び出されないか少し不安に思っていたりする。みんな調子に乗って色々やらかすから……いや、止めなかった俺も悪いんだけど。


 「学校から注意されないかなぁ、やり過ぎだって」

 「これから毎回あんな調子で授業をするならともかく、そうじゃなきゃ大丈夫だろうさ。それよりも、学生の間で話題になっているらしいぜ。あの五人は別格だって」

 「そりゃ、あんな戦いぶりを見せつけたら噂になるだろう。どう見ても玄人の戦いっぷりだったからなぁ」

 「あれ、お前が教えたのか?」

 「まさか。元々学校へ来る前に、家や道場でかなり修行をしていたそうだ。たった二ヵ月であの域に引き上げるなんて無理だよ」

 「だろうな」


 モーリスは俺の話をあっさりと受け入れてくれた。まぁ、俺の手柄だって主張しても誰も信じてくれないだろうけど。


 「しかし、こんなにできるだなんてわかってたら、最初から個人に合った指導をしておけば良かったな」

 「初歩的な武術や体術を覚えていて損はないって、前に言ってなかったか?」

 「言ってたよ。でも、そんな必要がないくらいだったんだ」


 やったことが全くの無意味だとは思わないけど、もっと四人に合ったやり方が今になって思い浮かんできやがった。なかなか思い通りにはいかないなぁ。


 「そうそう、聞きたかったことがあったんだ。その派手な試合をしていた授業に、大貴族のお嬢様もいたそうだけど、お前の授業は選択していなかったよな? どうしてそこにいたのさ?」

 「前からスカリーと知り合いになりたかったそうなんだけど、きっかけがないって相談されたんだ。だから引き合わせたんだよ。あのときだったのはたまたま」

 「確かシャロン・フェアチャイルドだったよな。平民のお前と接点なんてあったっけ?」

 「以前、マルサス先生の所へ雑用で行ったときに、シャロンさんがいたんだよ。それで、図書館で再会したときに話すきっかけがあったんだ」

 「へぇ、きっかけなんてどこに転がっているかなんてわからんものだねぇ」


 全くだ。俺もマルサス先生が端緒になるなんて思わなかったもんな。人助けはしておくもんだ。


 「とりあえず、シャロンさんの要望には応えられたし、四人の実力も大体わかったから良かったよ」

 「羨ましいって言いたいところだけど、あれだけ集まると厄介なことも降りかかってくるだろうし、やっぱり遠慮しておきたいねぇ」

 「何だよ、厄介ごとって」

 「学生と先生の間で取り合いが始まったってことさ」

 「取り合い?」

 「学生の場合はお近づきになりたいっていうのが大半なんだけど、中には自分のグループに引き込もうって動きもあるらしいんだ」


 あれか。スカリーは同期生でかたまっているし、カイルは自分でどうにかできるだけの社交性があるからいいだろう。シャロンもその辺りはわきまえていそうだから心配しなくていいよな。


 そうなると、残るはクレアとアリーか。以前どっちにももっと積極的に人付き合いをするように勧めたけど、今のように大きく注目されている状態でうまくやれるだろうか。クレアは頭はいいけど気は弱いし、アリーは魔族というのがどういう結果をもたらすのか気になる。


 「誘いを断るといじめられることってあるのか?」

 「やっぱりあるみたいだよ。グループに入るメリットがあるなら、入らないデメリットがあって当然だろう」


 モーリスの話を続けて聞くと、良くて無視、悪ければ物理的な暴力もあるらしい。どこの世界もこの辺りの闇は同じというわけか。


 「けど、もっと面倒なのは、一部の先生と学生グループがつながっているということなんだ。そのグループに目をつけられると、同時に先生からも目をつけられてしまうのさ」

 「なんだよそれ、先生も一緒になっていじめるってのか?」

 「平たく言ったらそうなるね。困ったことに、そういう先生は証拠が見つからないようにするから注意すらできない」


 うわ、最悪だな、それ。俺だって正義感があるわけじゃないけど、そこまで学生を追い込むことなんてしないぞ。


 「俺を嫌って無視しているマルサス先生がましに思えてきたぞ」

 「あれは貴族のプライドだろうね。平民ごときなどまともに相手にできないっていう」

 「ということは、俺が貴族だったらものすごい排撃をされるのか?」

 「そもそも貴族だったら嫌われることはないと思うけどね」


 確かにそうかもしれない。


 「そうだ、学生だけじゃなくて先生も取り合いを始めたってさっき言ってたけど、どういうことなんだ?」

 「三回生になると専門課程っていうのを選ぶことになるんだけど、自分のところに誘おうとしているのさ」


 首尾良く進級試験に合格し最上学年である三回生になると、専門課程というものを選んで卒業までの一年間はそれに取り組むことになる。日本の大学のゼミに相当するものらしい。


 その専門課程では一人の教員の下について作業をすることになるわけだが、教員としては優秀な学生を集めることに熱心らしい。何しろ学生の成果がそのまま教員の指導成果になり、学校内での発言力にもつながるからだ。


 「今から専門課程の先生とつながって、何かいいことでもあるのか?」

 「そりゃまぁ、何かと便宜を図ってくれるだろうさ。効率のいい単位の取り方や他の先生への口利きなんかもしてもらえるだろうし、何かやりたいことがあったら融通も利かせてくれるだろう。あ、仲のいい学生グループも紹介してくれるだろうね」

 「確かに特典としては悪くないんだろうけど、あの五人にはあんまり必要なことじゃなさそうだなぁ」

 「自力で何とかしてしまいそうだってことかい? 言われてみるとそうだね。となると、手を伸ばそうとしている先生は苦労しそうだ」


 特典が特典にならないとなると、確かに誘うのは難しいよな。俺には直接関係ないことだから、穏便に済ませてほしいものだ。断られたときはきれいすっぱり忘れる、というような態度をとってほしいね。


 「専門課程を担当している先生は大変だな」

 「のんきなことを言っていられるのも今のうちだけかもしれないよ。どうやっても誘いに応じないとわかったときは、お前のところに『相談』を持ちかけてくるかもしれないんだぜ?」

 「なんで俺になんだよ。俺、ただの戦闘訓練担当だぞ?」

 「向こうも必死ってことだよ。何かいいことをちらつかせて協力を求めるか、それとも脅してくるかはわからないけどさ」

 「そんな奴のところに、あいつらが行きたがるとは思えないなぁ」

 「あくまでも裏の話だから、ばれなきゃいいのさ」


 酷い話だな。学生のことは二の次かよ。せめてやりたいことを聞いてからそういう話はするべきだろうに。


 「あ、協力を断ったらどうなんの?」

 「さぁ? そのとき次第じゃないかな」

 「え、俺完全にとばっちりじゃないか、それ」

 「そんなこと俺に言われたって知らないよ。俺は関係ないんだし」

 「うわ、人を引き込んでおいて酷いな。ちなみに、お前はそんな経験はないのか?」

 「ないね。あったら上手く取引して、今頃はもっと美味しい目にあやかっているさ」


 ああ、汚れた教師がここに一人いる。取引材料にされる学生が哀れだ。


 「しっかし、それなら戦闘訓練の授業であいつらを引き取ったらいいのに」


 シャロンはどうかわからないが、他の四人は勧められたり選択肢がなかったって言ってたぞ。そこに声をかけたら……いや待て、スカリーは無理矢理俺を指名したって言ってたよな。クレアはモーリスに勧められたんだっけ。アリーとカイルは俺しかいなかったんだよな。いや違う。結局、全員最後は俺のところを勧められたと聞いたぞ。


 あれ、そうなると最初の時点で勧誘は失敗しているのか?

 俺がおかしな表情をしたのを見たモーリスが、にやりと笑った。


 「どうしたんだい?」

 「なぁ、もしかして、あいつらの勧誘って入学前からあったのか?」

 「カイル以外はね。アリーは魔族だったから微妙だったけど」

 「となると、俺のところにスカリー、クレア、アリーが集められたのは……」

 「専門課程を担当している先生が戦闘訓練を担当していることはほとんどないよ。でも、そんな先生の頼みを断ったり、説得に失敗して睨まれるようなことは、わざわざしたくないよねぇ?」


 俺は文字通り絶句した。こいつ、そのために魔法学園へ俺を入れたんじゃないだろうか。


 「他にも、みんなの実家が実家だから、何か事故が起きたら大変だしね」

 「お前を呪う魔法を開発したくなってきた」


 笑顔で「おお怖い!」なんて抜かしやがる。くそ、本当に作ってやろうか。


 「でもね、たぶん、スカリー、クレア、アリーと一番仲がいい先生ってユージだと思うよ」

 「どうしてわかるんだよ」

 「一番しがらみがなくて、対等に見てもらえるからさ。もちろん教師と学生っていう立場の違いはあるけど、それ以外は、実家のことを考えたり利用したりなんて考えて付き合ってないだろう?」

 「そりゃそうだ。俺はそんなのに興味はないからな」


 前世でこの異世界に召喚されてから今世で生まれてくるまで、人間社会でのしがらみなんてほとんどなかった。そして、今世でも結果的に今まで深い付き合いをした人なんてほぼいない。この世界にやって来てからのそんな生き方が大きく影響しているんだと思う。出世なんて望んでないし、立ち回りも最小限しか考えていない。そのせいでモーリスにいいように使われてしまっているが。


 「だから、週二回の授業しか接点がないのに、あんなに懐かれているのさ」

 「そうなのか?」

 「ああ。他の授業じゃもっとあっさりとしているって聞いているぞ」


 そういえば、自分の授業を受けているとき以外のみんながどうしているのかなんてほとんど知らないな。今まで気にしていなかったけど、これは当たり前の事じゃないのかな。


 「ということでだ、もっとあの三人のことを気にかけてあげるといいと思うよ」

 「お前、いい話としてまとめようとしているけど、厄介ごとを俺に押しつけたっていう話は覚えているからな」

 「あれぇ?」


 どんなに言い繕ったって、お前のやったことは変わらないんだからな!

 くそ、いつか絶対仕返しをしてやる!

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